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139.ニセ勇者と竜人の反抗期

 スピカは父が反対するとは思ってもいなかったのだろう。笑顔のまま目を泳がせている。次の言葉が出ない。


「ま、そりゃそうだろうな」


 リトッチが肩をすくめた。モモ様は何度も頬を膨らませている。介入したくて仕方が無いらしい。


 スピカは体を震わせ、目に涙を溜めて呟く。


「どうして?」


『お前は人族ではない。冒険は無理だ』


「無理じゃないもん。お、お父さん前に言ってた。反対しないって」


『それは――』


「言ってたもん! 嘘つき、嘘つき! お父さん嘘つき!」


 スピカの叫びが部屋中に響き渡る。少女はそのまま自分の部屋に走って行った。ドアが荒々しく閉じる音。あまりの気まずさに誰も言葉を発しなかった。


 モモ様とリトッチが何度も僕に視線を送ってくるので、意を決してバザルに尋ねる。


「あの、以前は賛成したというのは本当ですか?」


『カナリアが同伴するという条件付きでな』


 なるほど。確かに母親(かつ勇者)が一緒なら安心か。逆に言えば僕達では頼りにならないようだ。


「竜の子よ、マタタビ君も立派な勇者です。彼がスピカを守ります。私が保証します」


『冒険に保証など無い。カナリアの言葉だ』


「おっさんはスピカを過小評価してるんじゃないか。そんじょそこらの危険ならあいつ一人でも跳ね返せるぜ」


 バザルの唸り声が電話口から聞こえてくる。苛立っているのか?


『やはりお前達は認識が甘い。危険なのは環境ではない、スピカ自身だ』


「スピカが危険なんですか?」


『竜族は食物連鎖の頂点だ。他種族は下等生物、餌に過ぎない。つまり竜族は生殺与奪の権を握る側なのだ。竜の捕食本能は強く、あの子は人族よりも竜族に近い。お前達も何度か喰われかけた事があるはずだ』


「確かにスピカは毎日のように私の頭にかぶりつきますが、それは彼女なりの愛情表現で……」


『命の危機を感じたことは?』


「……あります」


 モモ様が正直に告白して項垂れた。


『スピカもいずれ気づく。自らの強大さ、他種族の脆弱さに。もし竜の本能に屈すれば、暴虐竜アウトレイジと同じく傲慢で残虐な性格へと変貌するだろう』


「そうなったら手が付けられないな」


 リトッチが慰めるようにモモ様の頭を撫でる。 


「おっさんの言いたいことはわかった。スピカが本能を抑えるように躾ける必要があるわけだな?」


『それが親の役目だ。たとえ竜でも親には敵わぬ。親が唯一の天敵かもしれぬ。故に親は、時に力づくで躾ける必要があるのだ。それがお前達にできるか?』


 モモ様とリトッチも納得した様子でため息をついた。確かにスピカにも弱点はあるが、もし本気で暴れたら二人では止められない。


 スピカはどんどん成長して強くなる。そんな彼女を力づくで止められるのは、それこそ勇者だけだ。バザルの言い分はよく分かる。だけど。


「理由はそれだけじゃありませんね」


「……マタタビ君?」


 彼は意図的に冒険の話題を逸らしている。


「バザルさんは冒険が嫌いなのですか?」


『……いや。そうではない』


 やや躊躇った息遣いが聞こえる。


『わからぬのだ。なぜ故に人間は危険を冒して旅をするのか。カナリアを通じて理解できるかと思ったが――』


「バザルさん……」


『教えてくれ勇者よ。お前達にとって冒険とはなんだ?』




◆◇◆◇◆◇




 その後、スピカとバザルが言葉を交わすことは無かった。スピカの意志は固く、モモ様やリトッチが「もう一度バザルと相談しよう」という助言を一切聞かなかった。


「スピカにも反抗期が到来したってわけだな」


「でもこのまま連れて行くわけにはいかないよ。ちゃんと相談しなきゃ駄目だ」


「ああ、わかってる」


 砂浜で遊び終えたモモ様とスピカが戻ってくる。スピカが肩で息をしながら僕達をせかした。


「すっごい楽しかった。ねえマタタビ、速く出発しよう」


「うん。その前にひとつだけ」


 モモ様に目配せする。彼女が頷いたので、僕も腹をくくってスピカに打ち明けた。


「スピカ。やぱりお父さんと話をしよう」


「……やだ。もうお父さんなんか知らない」


 そっぽを向くスピカ。だけど僕は知っている。旅とは別れだ。そこにいた人々と別れを告げる。肉親や友人との別れ。


「僕は今でも後悔してるんだ。じっちゃんに『行ってきます』と言えなかったことを。スピカには同じ思いをして欲しくない。だから……」


 僕は空を見上げて指さした。


「ちゃんと向き合おう」


 惑星アトランテを背にして一匹の竜が星を渡る。


 だんだんと近づくその姿を見たスピカは息を飲んだ。


 その竜は蒼火竜バザルだった。

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