閑話 動き出す世界④
北西星域、惑星サピエーン。
女神イザナミは接触地帯に浮かぶ【天空城】の庭へと降り立った。地上の穢れが無い透き通った空気を吸うため、彼女は被っていたガスマスクを脱ぎ捨てる。美しく長い黒髪が空の風に揺れた。
「すぅ……はぁ~~。七〇点です」
彼女は庭に咲く色とりどりの花の香りをかぎ、いちいち点数をつけて回った。
「やはりヒトの手が及んでいない大地は綺麗ですね。それと比べてこの惑星の地上は……酷い臭い」
城の端から眼下の大陸を眺める。大サピエーン皇国の軍隊が街を蹂躙する光景が映った。恐らく反乱軍の鎮圧だろう。この惑星で戦火が絶えることは無い。
「地上の揉め事に関わらなくて良いのは幸いです。こうして草木を愛でられますから」
そうして時間を潰していると、彼女の下へこの城の主が歩み寄る。
「――イザナミ様」
「――アストライアさん。お久しぶりです」
数十年ぶりの再会を祝し、イザナミは妹のアストライアに微笑んだ。しかしアストライアの曇った表情は揺らがない。そもそも彼女の笑顔を見たことは一度も無いのだが。
「イザナミ様。フレイヤ……様により《女神会議》の開催が宣言されました。全ての女神は勇者を連れて恒星ティアマトに集合します」
「わかりました。私の勇者はいつでも招集に応じます。なんなら今すぐにでも……」
「会議は半年後です」
イザナミは露骨に顔を歪ませて呟いた。
「それはモモの勇者が参加する事を見越した日程ですね」
「……」
全くもって女神フレイヤは甘い。あの末妹は女神のルールをいくつも破っている。特に「地上に干渉しない」という女神同士の不文律を無視して好き放題に布教しているのだ。あの娘の行為には目に余るものがある。
「なんとまあ、品の無い娘です」
イザナミはなぜか覇気の無いアストライアに声を掛ける。
「アストライアさん。いつも以上に元気がありませんね。どうかしましたか?」
「……」
彼女は黙ったまま目に涙を溜めて俯く。イザナミは妹が傷つき苦しんでいる事に気づき、優しい表情で両手を広げた。
「さあアストライアさん、こちらへ」
正義を司る女神はイザナミの胸に顔を埋める。そして震え声で悔しさをにじませた。
「私の勇者が、負けました。あの馬鹿モモの勇者に」
「まあ。それはお辛いでしょう」
イザナミはアストライアを抱きつつその髪に鼻を近づけ、彼女の冷たくも健気な香りを嗅いで頬を緩ませる。
この子はいつも良い香りです。八〇点。
「私にできる事があればお手伝いしますよ」
「……イザナミ様」
彼女は潤んだ瞳でイザナミを見上げてくる。イザナミは頭を撫でながら約束した。
「今度は私の勇者も一緒に戦います」
アストライアが再び顔を埋めて呟く。
「――ありがとうございます、姉様」
その言葉を聞いてイザナミは苦笑した。彼女が「姉様」と呼ぶのは女神ヌートだけだ。本当は敬愛するヌートに手助けして欲しかったのだろう。アストライアにとってイザナミはあくまで代替であり、実のところ彼女に対する感謝など微塵も感じていないのだ。
本音を隠し切れないのはまだまだ子供ですね。
イザナミは彼女の心境に気づかない振りをして話を続けた。
「《女神会議》の開催日までにモモの勇者を叩いておかねば、あの娘共々招集されてしまいます。その前に決着をつけましょう」
アストライアが覇気を取り戻して力強く頷く。
虎の威を借りた狐のように粋がる愛すべき妹。
私の家族。
「さあ、一緒にあの子を躾けるのです」
この世で最も嫌いな桃の臭いをまき散らす憎き妹。
私の天敵。
永遠に塔に引きこもっていれば良いものを。
「――彼女は〇点です」
これにて第4章「惑星ウェロペ編」は終了です。
今年はプロットと書き溜めおよび新作の執筆に時間をあてるため、第5章の更新は来年となる予定です。




