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閑話 星巫女の帰還

 首都ルーボワの大サピエーン大使館。


 蟹座将軍クレープスは従者から戦争終結の知らせを受けた。最も首都は数刻前からお祭り騒ぎだったので事態は把握済みである。


 彼は頭をガリガリと掻いて安堵した。


「んーむ。これで無事に帰還できるニガ」


 クレープスの任務は勇者マタタビを捕縛して皇帝グリアに差し出す事である。強硬策は失敗したものの、アニヤは幽閉中も自信ありげであった。


「私に任せてください。彼に取引を持ち掛けます」


 クレープスは彼女の言葉を信じて推移を見守ることにした。


 そしていざという時、つまりこの惑星がアルバストールに蹂躙された際は、今度こそ勇者マタタビを捕縛して独自の星渡りルートで帰還する準備があったのだ。


 本音を言えば、ノーブレス王国を丸ごと敵に回して暴れ回りたい気持ちもあった。南方ウェロペ共栄圏に中指を立てる行為だが、陛下はむしろ笑ってその意気を称えたであろう。


「むぅ……早く祖国で魔物どもを討伐したいニガ」


 そんなわけで完全に緩みきっていたクレープスは、帰還したアニヤから「マタタビの捕縛を諦める」と言われて卒倒しそうになった。


「まさか手ぶらで帰るつもりニガ!?」


「有り体に言えば……くすっ。そうですね」


「何を笑っているニガ!? 陛下と女神の双方から受けた命令だと貴殿も……」


「落ち着いてください。真っ赤になっていますよ」


 クレープスは赤みを帯びた全身を震わせて恐怖した。大サピエーン皇国へ帰国したところで待つのは処刑だ。茹でられる自身の末路を想像し、クレープスは口から泡を吹いた。


「と、取引は……取引は失敗したニガ?」


「残念ながら。丁重にお断りされました」


「ならば無理やり攫って……」


「私の占いでは失敗します」


「しかしこのままでは、儂は茹でガニに……」


 アニヤはクレープスの心配をよそにくすりと笑う。


「この度の戦争で私が果たした役目を鑑みて、ノーブレス王国は《転移装置テレポーテション》の使用を許可してくださいました。【彗星】を待たずとも帰国できますよ」


 彼女の真意が読めずクレープスは閉口する。アニヤはその様子が可笑しいのか再び笑った。


「安心してくださいクレープス。貴方が茹でられる事はありません」


「いやしかし、我々は任務を果たせなかったニガ」


「確かに勇者マタタビを攫う事は果たせませんでしたが、陛下の望みは叶います」


「んーむ。というと?」


 彼女は天を指さして予言した。


「彼は自らの意思で、我が大サピエーン皇国へやってくるでしょう」




 クレープスは自室でほっと一息つく。先ほどは柄にもなくうろたえてしまったと振り返る。


 従来の彼女であれば、陛下と女神から与えられた使命は如何なる犠牲を払ってでも達成したはずだ。実際、卑怯な手を使って勇者マタタビを連れて行く方法はいくらでもある。


 あの星巫女が任務を()()()()とは。一体どのような心境の変化なのだろう。それを尋ねる勇気は無い。機嫌を損ねて責任を負わされるのも困る。


「……んーむ。よもや陛下の《魅了チャーム》が弱まったニガ?」


 惑星サピエーンと惑星ウェロペは、ティアマト星系の北西と南東、つまり世界の対極に位置している。そして皇帝とアニヤは3か月以上も接触していないのだ。《魅了チャーム》の効果が弱まった可能性は十分に考えられた。


 最もクレープスの予想は的外れであった。《魅了チャーム》の効果は今も十全に発揮され、アニヤの皇帝グリアに対する忠誠心に揺らぎは無い。


「明日は星でも降ってくるかもしれぬニガ」


 クレープスはお祭り騒ぎが好きではなかった。気晴らしに夜空を見上げたが、首都の明かりで星々は霞んで見えない。


 やや残念に思いつつも、彼は故郷へ無事に帰れる事に安堵した。


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