閑話 強欲の魔人
偽王アルバストールが撤退した後、星中がお祭り騒ぎとなった。
最大の功労者である勇者マタタビの名を誰もが知った。
この日は魔王に勝利した記念日として長く語り継がれることになるであろう。
「めでたし、めでたしというわけさ」
欲王ココペリは大げさに両手を広げて目の前の人物を嘲笑う。
彼女は帰還後、すぐにマタタビ一行と別れて首都ルーボワのゲストハウスに戻った。その部屋で監禁している要人に会うためだ。
「――今日はなんて素敵な日なのでしょう、神様に感謝ですわ」
椅子に座っていた人物も微笑みを返す。
彼女の名はマリリン。ノーブレス王国第二王女。
「それでぇ、いつ私を解放してくれるのかしらココちゃん」
王女がわざとらしく首を傾げて尋ねた。その瞳は暗く淀んでおり、あらゆるものを見下し蔑んでいる心境が伺える。
「ボクもまだまだ未熟だったよ。キミを利用することばかり考えていて、キミが魔王を利用する企みに気づけなかったなんてね」
「あらぁ? 一体なんのことですの?」
「わざとらしい演技はやめろよ。全部わかってるんだ。魔王の神託を偽装して魔人を操り、地下に自分だけの楽園を作り、裏工作で連合軍への妨害までしてみせた。アルバストールすら利用してこの星を滅ぼそうとした人物。それがキミの正体だ」
マリリンは声をあげて嗤った。その嗤いが本心なのかあるいは偽りなのか、ココペリでもってさえも判断できない。
彼女の本性を知ったいま、その挙動すべてが気味悪く思えてならなかった。
「ボクはこの星で一番キミと親しい仲だ。それでも理解できないな。キミがやったことに何の意味がある?」
「意味?」
マリリンはきょとんと呆けた。
「そうねぇ……確かに何の意味があるのかしら? あまり深く考えたことはありませんの。強いて言うなら……欲しかったのよねぇ。この星が。うん、そう。きっとそう」
「キミの実力があれば、こんな方法でなくても手に入れられるさ」
「それは何百年後のお話ですの? 私は今欲しかったのですわ」
彼女の口調はおどけていて、無知なる者が聞けば単なる冗談にしか聞こえないだろう。
「キミは獣だよ。本能のまま動く獣さ」
「人間は誰しもそうですわ。それに私は生まれが良かっただけですのよ」
「謙遜するなよ。キミならどんな出自だろうと、知性と知恵を駆使して同じ地位に上り詰め、そして同じことをしていたさ」
「うふふ、ココちゃんったら」
マリリンが指を鳴らすと物陰から何人もの長耳族が姿を現す。彼らは一斉に弓を構えてココペリに向けた。
「ふうん、キミの諜報部隊かあ。なるほど悪くないね」
「彼らはとっても役に立ちますの。情報を撹乱してもらったり、テロリストを軍艦に潜入させたり……」
彼女はココペリに近づき、その頬を細く美しい手で撫でる。
「私、今は何が欲しいかわかってますのよ。私の大大大好きなココちゃんの心と体をぜーんぶ頂きたいんですの」
「ふん、ボクは安くないぞ」
「まぁ! お可愛い事ですわ。強がるその表情もとってもそそりますのよ。どうして今までこうしなかったのかしら」
傍から見れば絶体絶命のココペリは、しかし鼻で笑った。
「強がってるのはどっちかな。……マリリン、手汗がひどいよ」
「……!」
「キミが僕を支配しなかった理由を知りたいのかい?」
ココペリが指を鳴らした瞬間、彼女の影から4体の魔人が出現する。
色欲のドゥメナ。
暴食のケルベロス。
傲慢のアウトレイジ。
憤怒のヤンバルマン。
彼らは食卓の席に座った家族だ。その手にナイフとフォークを持ち、目の前に配られた高級な肉を頬張る。彼らにとって諜報部隊は肉でしかない。
「なっ……えっ……?」
「キミは本能で理解していたんだよ。キミとボク、どちらが真の支配者なのかね。キミは無意識にボクのご機嫌をとって生き残っていただけさ。でも駄目だ。魔王を利用した罪を償ってもらうよ」
マリリンは渇いた笑みを見せた。諦めと絶望が入り混じった、敗北の証だ。初めて見せる彼女の本心を堪能したココペリは、嗜虐心と勝利に酔いしれる。
「心配するな、ボクもキミが大好きだ。だからキミも傘下に加えてあげるよ。覚悟はいいかい、強欲なる王女様?」
――ノーブレス王国第二王女マリリン・カットラス。彼女はこの日、魔人となった。
支配する側が支配される側に回る屈辱。それが彼女に与えられし罰である。
とはいえ彼女の強欲さは侮れない。主人を喰らって支配者の座を、いや魔王の座を狙う事は十分に考えられる。
その反抗心を折るために、しばらくは彼女の教育に専念しよう。
「空席はあと一つ……か」
邪神の復活も近い。勇者陣営との本格的な戦争が始まるのだ。
いずれあの勇者と相まみえる時が来る。
「他の誰にも渡すものか」
彼はこのボク、欲王ココペリのものだ。




