133. VS偽王アルバストール②
『トモダチ! トモダチ!』
「じゃあアルバストールは友達作りが目的で惑星ウェロペに? でもこの魔王は何でも吸収するんだよね」
「まあね。アルバストールは対象を吸収・分解してエネルギー源に変える。同時にそいつの記憶を蓄積しているんだ。こいつの魔核が異常に巨大化していただろう? 多分、溶かした人間の魔核を取り込んでいるんだよ」
「……つまりこの世界は、魔王に吸収された人達の記憶で出来た世界?」
「カカカッ。そういうことじゃな」
ニセ祖父がスライムを撫でると、それはぷるぷるとゼリーのように震えた。
『トモダチ! トモダチ! トモダチ!』
なんだか凄く嬉しそう。
「こやつは『友達を作る』という行為が『対象を喰らう』という事実すら理解できておらん。純粋に友達を求めて、はるばる星を渡ったわけじゃ」
そんな理由で惑星を丸ごと飲み込もうとしたのか……。とてもぶっ飛んだ行動だけれど、魔王の目的がわかってすっきりした。
「もしアルバストールを満足させれば、大人しく惑星ウェロペに帰ると思う?」
「……何を考えているんだい?」
「大方、自分が友達になって説得するとか言い出すんじゃろ」
「まあそうなんだけど」
「お主はいつも単純じゃのう。そうやって相手を信じてばかりで、疑うことを放棄しておる」
そいつは本物の祖父のように、いや祖父よりも邪悪な笑みで嗤った。
「……お前の目的はなんだ? 僕の何を知ってる?」
ニセ祖父は答えずサングラス越しに視線を投げ続ける。
「ボクもそいつの正体は気になるなあ。だけどマタタビ、今はアルバストールをどうするか考えるべきだ。核爆弾を使わないならどうするんだい?」
ごめん、さっぱり思いつかない。
そうして悩んでる間もスライムは元気に震えていた。僕の腕を揉んでいるのだが、これもスライム流の愛情表現なのか……?
更に僕を慰めるためか、スライムは一部を舌のように変形させると僕の頬をぺろりと舐めた。その時だ。ふとアイデアをひとつ思いつく。言うだけタダだから提案してみよう。
「このスライムってペットに出来る?」
「なんだって?」
「ええと、これは一応モンスターなんだよね。契約とか使い魔とか、そういう方法で従わせる……とか」
闘技場で調教師がクラーケンを飼っていた事を思い出す。もしこのスライムを同じように制御できれば、惑星マルに送り返すことも可能かもしれない。
「はあ……やっぱりキミは勇者らしくない。魔王を手なずけるなんてどうかしてる」
そこは気にしないことにする。なにせ僕はニセ勇者なのだから。
「やっぱり無理かな?」
「そうは言ってないよ。モンスターに限らず、対象と主従契約を交わすことは出来る。アルバストールがキミを主人と認めればの話だけどね」
心臓の鼓動が段々と早くなる。もし成功すれば惑星ウェロペを救うことが出来るのだ。わずかでも可能性があれば賭けてみたい。ココペリの感心した表情からも、この作戦が非現実的でないことがわかる。
――魔王を従える勇者。ちょっとかっこいいかも。
「まずは調べてみようか」
ココペリがスライムに触れて、その体から一枚の羊皮紙を取り出した。その紙には文字がびっしり書かれている。
「それは?」
「アルバストールの情報を抜き取ったのさ。夢の世界でプライベートなんてありはしないよ」
彼女が羊皮紙を読み、すぐにため息をつく。
「惜しかったねマタタビ。先に主従契約を交わした奴がいるみたいだ。特別な呪術《破棄》で契約を解除しないと無理だなあ」
「ココ君はその呪術使える?」
「いいや。第一、他人の契約を勝手に破るなんて邪道だね。契約は破っちゃいけないから結びがいがあるのさ。軽率に契約を結ぶ人間の欲望と後悔といったら、そりゃあもう病みつきだよ」
ココペリが凄く悪い顔をして微笑えむ。そう言えば彼女も魔王だった。
起死回生の案にも思えたので、なんとか主従関係を結びたいんだけどなあ。
「ちなみに契約相手は誰?」
「ボクも初めて聞く名前だ。……というより読めないね。ソロ語でもドルフ語でもない。地方言語にしては気味の悪い字だけど」
ココペリの脇から羊皮紙を覗いてみる。
そこには■■と書かれていた。
「――■■」
僕には読めた。
同時に、背筋がぞっとした。全身の鳥肌が立ち、顔に汗が滲む。
これは言語じゃない。概念そのものだ。
なぜ僕がこの概念を理解しているのかはわからない。だけどこれが誰を指しているのかは理解している。
「なんだって? マタタビ、なんて言った?」
ココペリでさえ理解が及ばないソレをどうして僕が? 急に自分自身がわからなくなる。自分の事をどれだけ知っているか、自信が持てなくなる。
「なあ。物思いにふけってないで答えろよ」
「……う、うん。アルバストールの契約相手は」
彼女に伝えるべく言葉を探す。そしてぴったりの意味を持つ言葉が浮かび、恐る恐る口に出した。
「――邪神、だよ」
ココペリが目を丸くして僕を見つめる。ニセ祖父は表情を崩さず嗤い続けていた。
◆◇◆◇◆◇
考えてみれば、魔王のご主人が邪神というのは至極真っ当なことだ。
「当時の邪神は勇者一行に倒されたんだよね? 主人が死んでも契約は解除されないの?」
「はあ? キミさあ、勇者の癖に知らないのか」
「……なにを?」
「邪神は死ぬ度に転生するんだよ。元の力は失うけどね。だから信者がせっせと魔力を捧げるのさ。契約が解除されないのは、転生先に契約が引き継がれているからだ」
邪神が転生することは初耳だった。モモ様は知ってるのかな?
「例えば女神の衣装で解除できないかな。邪神の契約なら呪いっぽいし」
「……この女装魔め」
「ちっ違う! これは合理的な判断だ!」
「ボクに着せようとしたら本気で殺すからな。……まあ邪神の呪いを打ち消せるとは思えないけど、試すなら止めないよ」
ちらりとニセ祖父を見る。彼は肩をすくめるだけで反対はしなかった。
ぶっちゃけ成功するとは思ってない。そこらの呪いとはわけが違うんだ。でも仮に邪神の呪いを打ち消せるなら、大真面目に本物の勇者を名乗っていい気がする。
「ごほん。じゃ、じゃあ物は試しということで」
ココペリの軽蔑的な視線が痛い。
しかしスライムにどうやって着せよう。ウンディーネのように人型になってもらおうかな。
「アル、人の姿になれる?」
身振り手振りで説明すると、スライムはぴょんぴょん飛び跳ねた後に幼い少年の体型になった。顔の形も人間そっくりだ。
「キミさあ……着せる対象がどんどんヤバくなってるよね」
言わないで。これでも気にしてるんだから。
「いやでも、僕自身も5歳から10歳までは女神の衣装を着てましたよ」
「それが性癖が歪んだきっかけかあ」
「だからこれは性癖じゃなくて……」
「何度でも言うけど、ボクに着せたら本気で殺す。誰かに着せたくなったらキミの祖父にでもやるんだね」
想像だけで吐き気するんだけど。
「ごほん! じゃ、じゃあ改めて」
スライムの手を取る。彼の頭からクエスチョンマークが(物理的に)出ていた。これから何をされるか理解していないようだ。
――ええい、うまく行きますように!
「《衣装》!」
◆◇◆◇◆◇
はっとして目が覚める。
視界に映るのは宇宙と惑星リオット。つまり現実世界だ。アルバストールの魔核に横たわっていたせいで背中が痛い。
隣で眠っていたココペリも目を開けた。寝起きに弱いのかぼーっとしたまま動こうとしない。
「あれ、何が起こったの?」
「…………ああ、たぶん成功したよ、うん」
ココペリがぼんやりとした口調で告げる。しかし僕は《衣装》を発動してから先の記憶が無い。ココペリに詳細を尋ねてみるが返事は「よく覚えてない」の一点張りだ。
恐らくまたニセ祖父の仕業だろう。前回の《事象ノ地平線》の時も記憶が無くなっていた。結局あいつの正体は掴めずじまいだ。
「……どうしよう」
次の手が浮かばずに呟いたその時、スライムの海がうねる。アルバストールが動き始めたのだ。海から無数の触手が突き出て惑星リオットへと伸びていく。
間違いない。アルバストールが撤退している!
「やった、うまく行ったよココ君!」
しかし彼女は喜ぶどころか、ほとんど無表情のまま暴虐竜アウトレイジを召喚していた。
「巻き込まれる前に、さっさとここから脱出しよう」
「……う、うん」
ココペリは僕と目を合わせようともしない。アルバストールを撤退させる事に成功したのに、一体どうしたんだろう。
もやもやした気持ちを抱えたまま、ドラゴンの背中に乗る。アウトレイジは雄たけびをあげながら飛翔し、触手を躱しつつその場を離脱した。
アルバストールの星渡りを眺める。さながら鍾乳洞のつららをひっくり返したような光景だ。
『トモ ダチ!』
気のせいだろうか。
小さなスライムの「ばいばい」が聞こえた気がした。




