131. ニセ勇者と魔王、約束する
「スピカ。その部屋にあるケースをとって」
『これ?』
彼女が「NL45」を掲げる。それを手に取った時、不安そうな表情のスピカと目が合った。
「ごめんよスピカ」
『マタタビ? どうしたの?』
「モモ様に祈ればきっと見つけてくれるから。リトッチにも伝えておいて。約束守れなくてごめん」
『……やだ、やだよ! 待ってよマタタビ!』
そのまま聖剣を離す。スピカの叫びが聞こえたような気がした。剣は着水して水底へ沈んでいく。
僕の手元には小型核爆弾だけが残った。剣が十分に沈んだら起動させよう。
肌寒さを感じて宙を見上げる。視界には極寒の惑星リオットが広がっていた。見渡す限りの吹雪である。あんな星にも雪人族という種族が住んでいるのだ。
惑星リオットは原初三惑星のひとつ、今ではアルバストールの本体しかいない惑星マルと惑星ウェロペを結ぶ中継惑星である。中継と言えど何ヶ月も滞在しなければならないので、どの種族も星渡りは命懸けらしい。
もし僕らがあの星へ旅するとしたら。
モモ様は調子に乗って外へ飛び出し、カチコチに凍ってしまうだろうな。
リトッチは体内に炎を宿せるから意外と余裕そうだ。
スピカは全然平気に違いない。宇宙空間でも活動できるし。
目を閉じてあり得たはずの冒険を想像する。楽しかったり辛かったり、もっともっと色んな経験が出来たはずだ。
死にたくない。
同時に、死ぬべきだと思う。
なぜなら僕は、あれだけ憎んだ核爆弾を自ら使おうとしているのだから。
こいつは単なる便利な兵器じゃない。周囲一帯を長期的に汚染し、あらゆる生命を傷つけてしまう。かつて地球にいた頃、これが日常に溶け込み始めた時でさえ忌避していた。使う人間も所持する人間も等しく軽蔑したのだ。
今、僕はそいつらと同じ側にいる。
これを使えば僕は決定的に変わってしまう。何かの枷が外れてしまうのだ。だからこの手で使うなら、いっそのこと死のうと思う。
つまりこれは自殺だ。あるいは覚悟、あるいは責任。何でもいいや……とにかく僕は自分が許せない。
「そろそろかな」
スピカとアニヤは安全圏まで離れただろう。背中をアルバストールの魔核に預けてケースを開ける。起動用の鍵は刺さったままた。これをひねればカウントダウンが始まる。
「……よし」
鍵を掴む。不思議と胸の鼓動は静かだ。僕自身が軽蔑する対象になったのだから当然だろう。
鍵をひねる。タイマーが起動。3分からカウントダウンが始まった。
「――ふうん。それがキミの決断か」
見上げるとそこには暴虐竜アウトレイジがいた。ドラゴンの背中に乗る欲王ココペリと目が合う。
彼女の険しい視線が突き刺さった。
◆◇◆◇◆◇
爆発まで残り3分。
「……何でお前がここに?」
「キミ達の真似をしただけさ。このドラゴンも超レアなんだ」
「もうすぐ核爆弾が爆発する。今すぐ逃げないと巻き込まれるよ」
「ボクを巻き込めば一石二鳥だろ? 何で逃がすような真似をするのさ」
「癪に障るから。こいつが成果をあげるだけで憎いんだ」
「馬鹿だなあ。道具は所詮道具だよ」
ココペリは逃げる気配が無い。もしかして目の前にいるのは分体か何かだろうか。
僕の考えを察したのか、魔王は魔核へ飛び移って隣に腰を降ろした。肩と肩が密着する。彼女の体に纏わりつく炎は熱さを感じない。その代わりにミントのような香りが鼻をくすぐる。
ココペリが指を鳴らすと、アウトレイジが黒い霧になって彼女の影に吸い込まれた。
「どうだい、ボクは本物だよ」
「……君は何がしたいんだ」
「それはこっちのセリフさ。女神様や仲間を置いてまで死ぬ事に、何の意味があるんだい?」
「それは……」
爆発まで2分。
ココペリがやれやれという表情で嗤う。
「どうせつまらない意地ってやつだろ? これだから頭の固い勇者はさあ」
「ぐっ」
それは否定できない。
「まあ好きに死ねばいいさ。ボクの手柄にしてあげるよ。序列を久しぶりにあげられそうだなあ。ああそうだ、今この瞬間に止めを刺してもいいかい?」
「君は殺さないよ」
「なんだって?」
「その気になればいつでも殺せたじゃないか。僕やモモ様をさ」
「…………」
沈黙。時間だけが過ぎていく。
爆発まで1分。
ちらっと魔王を見ると、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。
「……い、いつから気づいていたんだよ」
「ついさっき。冷静に考えれば名前似すぎてない? ――ココ君」
彼、あるいは彼女。頼れる冒険者仲間で友達。
ココが僕を好きだと知って、ずっと彼について悩み考えていた。だから何となく魔王との類似点に気づたのかもしれない。そして確信を持ったのは匂いが同じだったことだ。二人を結び付けた瞬間、すっと合点がいった。
どうせ死ぬんだから聞いておこうかな。
「僕が好きってホント?」
「っ!? キ、キミはなあ、いつもデリカシーが無いんだ!」
わかりやすい動揺である。
「す、好きなわけないだろ調子に乗るなっ! ふん!」
そっぽを向く魔王。なんだろう、彼女と話したからだろうか。もうすぐ死ぬというのに心は穏やかなままだ。
爆発まで30秒。
「ココ君。いやココペリ、逃げないの?」
「ふん、ボクの事なんて気にする必要ないだろ」
彼女は逃げる気配を見せない。まさか僕と心中するつもりなのか? ちょっと好きというレベルを超えている気がする。
でも2体の魔王をまとめて退治できるなら、それが最善の選択肢のはず……。
爆発まで残り5秒。
僕は鍵を抜いてカウントを止めた。
◆◇◆◇◆◇
2人で空を見上げる。
「なんで止めたんだい? ボクは魔王だよ」
「僕にとってはココ君でもある。君が逃げないなら無理だ」
「……ふうん。じゃあボクは勇者を見事に篭絡したわけだ。ボクの勝ちかな」
「かもね」
しばし沈黙。どういうわけか、核爆弾に関する悩みが遥か彼方へ消え去った気がした。
「ああそうだ。前にボクの頼みを何でも聞くって約束しただろ」
「うん、した」
「キミはいずれボクの所有物にしてやるよ。だからこんな事で死ぬのは許さない。もしそれを破ったらキミの仲間に手を出してやる」
「うん、わかった。でも仲間に手を出したら君を斬る」
奇妙な感覚だが、僕は彼女を敵と認識しつつ、不思議と信用もしていたのだ。
……うん。核爆弾を使うのはやめにしよう。
「――ココ君。アルバストールに干渉できる?」
「ボクの魔術は干渉というより侵入かな。キミも一緒に入ってみるかい? アルバストールの夢の中にさ」
「それでこの魔王をどうにかできるなら」
魔王ココペリはココ君と同じ笑みを浮かべて手を差し出した。
僕は迷いなく、その華奢な手を握った。




