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130. ニセ勇者、落ちる

「アニヤさん!」


「流石は……魔王です……攻性防壁ですか」


 アニヤはその場でふらふらと倒れた。口や鼻から血がとめどなく溢れ、苦しそうに咳き込んでいる。彼女が振り落とされそうになったので手を掴む。


「アニヤさん、大丈夫ですか!」


「勇者マタタビ……後は任せました」


 そのまま彼女は気を失った。


 ふと気づく。アルバストールの動きが止まっていた。まるで風が止んだ静かな海だ。菌糸の群れも彫刻のように硬直している。ここから雷門の内側は見えないが、侵入した部位も同じだろうか?


 アニヤの干渉魔術はある程度効いたようだ。奴が再び動き出す前に何とかしなくては。


 しかし限界を向かえたのはアニヤだけじゃなかった。飛翔していたスピカが高度を下げていく。


『マタタビ……俺様も……限界だ』


 くそっここでか!


 金色だったスピカが元の青色に戻り、そのまま竜形態から人形態になってしまう。


「あ、あれ?」


「スピカっ!」


 ぐったりしたスピカと手を繋ぐ。そのまま三人とも自由落下していくが、真下はアルバストールの広大な背面だ。着水したら全員吸収されてしまう。


 せめて二人は助けよう。すぐにスピカとアニヤを魔石の中へ突っ込む。僕も中に避難するべきか。それとも何か出来る事があるだろうか。


 落ちながら周囲を確認する。アルバストールの魔核が視界に入った。もしアレを《閃光斬魔せんこうざんま》でたたき斬れば……!


「ええい、ままよ! 《衣装コスチューム》!」


 一か八かの可能性にかけて変身した。女神の衣装ではない。レベルアップで登録した「男性用水着」だ。


 モモ様は「泳ぎがとても上手になります。あと水属性攻撃にも耐性がつきます」と説明していたから、もしかしたらアルバストールにも耐性があるかもしれない。そう期待するしかなかった。


 飛び込み態勢で海へ着水。


 ――ドボンッ!


 それは例えるなら全身を針で刺された感覚だった。


「――ってえええええっ!?」


 海面に顔を出して叫ぶ。肌がどんどん赤くなり、痛みと寒さの感覚が脳にがんがん突き刺さる。背中に担いだ聖剣は……溶けてない。でも僕の体は間違いなく溶け始めている。


 口から洩れたのは声だけじゃなかった。白い息だ。体が滅茶苦茶に冷えている。これがアルバストールに吸収されるということなのか。


「う、うおおおっ!」


 遠目に見えるアルバストールの魔核に向かって必死にクロール泳ぎを開始。


 頼むから持ってくれよ、この体。



◆◇◆◇◆◇



 リトッチには心の底から感謝している。


 全身の皮膚が火傷のように爛れているにも関わらず、水泳中の体感としては極寒の海にいるようだった。それでもアルバストールの魔核まで到達できたのは、彼女の炎が僕の心を温め続けてくれたおかげである。


 魔核を見上げて気づく。銀色で美しいフォルムの魔核は、近くで確認すると岩肌のようにごつごつしていた。海上に突き出ている部分はクリスタルの上部で傾斜はきつくない。


 海面から魔核によじ登ってしがみつきながら《治癒ヒール》を発動。火傷を治したかったが、アルバストールの吸収能力は特殊なのか回復がやけに遅い。


「……だけど、これで」


 ぶら下がりながら聖剣を引き抜く。痛みをこらえて集中し、剣技を放つ。


「喰らえっ! 《閃光斬魔せんこうざんま》!」


 ――僕の渾身の斬撃は、魔核に弾かれた。


「《聖なる波動(ホーリーブラスト)》!」


 衝撃波でも。


「《大神実オオカムヅミ》!」


 魔法でも、その魔核は傷一つつかなかった。


「くそっ! くそくそくそっ!」


 何度も魔核を斬りつける。金属音が空しく響く。


「《衣装コスチューム》!」


 女神の衣装に着替えて殴る。奇跡的に何かが起こると期待したが、結果は同じだった。


 僕の持つ全ての力が通用しない。


 ここまで来たんだ、皆の力を合わせてここまで。


 アルバストールが反撃しなかったのは不幸中の幸いだ。僕の攻撃なんて蚊ほどにも思ってないのか、アニヤの干渉でまだ混乱しているのか。だけど僕が無力のようで悔しくてたまらない。


 どれだけの間、殴り続けていたのだろう。右手は血で滲み真っ赤になっていた。


『……マタタビ。大丈夫?』


 魔石からスピカの声。


「……スピカ、もう平気?」


『……ふらふら、してる』


「アニヤさんは?」


『……まだ起きない』


 スピカならこの魔核を破壊できるだろうか? いや無理だ。少女の声には明らかな疲労の色がある。気力も回復していないはず。僕自身も魔力がほとんど残っていない。


 つまり、万策尽きたのだ。






 ――カカカッ。心配せんでもええ。


 それは唐突だった。


「……じっちゃん?」


 祖父の声を聞いた気がして辺りを見回す。周囲は静寂の海で何も変わっていない。


 違う、変わったのは僕の方だ。


「な、なんだ?」


 左腕に黒い痣が浮き出ている。その痣は無数の手の形になった。


 目がチカチカして眩暈がする。地球の記憶、祖父との会話が蘇ってくる。これは……フラッシュバック?


 ()()()が何かを思い出させようとしているのか?


 ――それは小型核爆弾じゃ。


「やめろ……」


 ――護身用としては最強の武器じゃからな。


「やめろよ!」


 それだけは嫌だ。この世界で絶対に使うべきではない兵器。()()()は使えと言ってるのだ。そして他に手段は思いつかない。


 回収した小型核爆弾『NL45』は、魔石の中にある。


 僕は……。

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