128. ニセ勇者と魔王、あやす
「これは罠ですマタタビ君!」
真っ先に否定したのはモモ様だ。うん、そりゃこうなるよね。
「むしろこの魔王こそが、テロリストの背後にいた黒幕に違いありません!」
キーキーと叫ぶモモ様。どうどうと落ち着かせるリトッチ。牙を剥き出しにして今にも襲い掛かりそうなスピカ。同じ勇者のアニヤは冷静に魔王を観察しているようだった。
「はぁ……まあ信じなくていいけどさ。その黒幕なら始末したよ」
「……始末した?」
「これ以上の妨害はないってことさ」
「アニヤさん、確かめられますか?」
アニヤが杖を軽く振るとくすりと笑った。
「魔王の言葉に嘘はありません。これは興味深い展開になりましたね」
「なにが興味深いですか。ココペリは私達をたぶらかそうとしているのです。騙されてはいけませんよマタタビ君!」
「……」
モモ様には悪いけど僕は魔王を信用しかけていた。直感というやつだろうか。それとも既に彼女の術中に嵌っているのか?
答えを出せずに黙っていると、欲王ココペリは再びため息をついた。
「あのさあ。ボクの助け無しでアルバストールを退けられると本気で思っているのかい? そうなら具体的な策を教えてくれよポンコツ女神様」
「そ、それはマタタビ君がなんやかんやで……」
「ほらやっぱり! 勇者を言い訳してさあ、キミ自身は何も考えて無いじゃないか! ほらほら早く何か思いついてみせろよ」
ココペリがモモ様に顔を近づけて舌を出す。挑発されたモモ様は顔を真っ赤にして震えていたが、やがてポロポロと涙を流し始めた。
「ぐ、ぐうぅぅぅ~~」
「ふん。負けを認めたな。なら大人しくボクの話を……」
「うわあ゛ぁぁぁん! わあ゛ぁぁぁ~~!」
うん、大声で泣き叫んでるね。
「お、おい女神。流石に恥ずかしく無いのかよ」
「わあ゛ぁぁぁ! わあ゛ぁぁぁ! わ゛あぁぁぁ!」
「ちょ、待て、3歳児かよお前は!」
「わあ゛ぁぁぁ! わあ゛ぁぁぁ! わ゛あぁぁぁ!」
滅茶苦茶に泣き叫び、しかも魔王を指さして何かを訴えるモモ様。
「おい勇者! 早くこのポンコツ女神を何とかしろよ!」
「すみません、泣かした人があやさないと無理です」
「なんでだよ!?」
「おーい。さっさとモモをあやせよな。話が進まねえ」
ちなみに僕もリトッチもスピカも、モモ様をガチ泣き幼児退行させて後悔したことがある。
「ふん。ボ、ボクは悪くないぞこいつが悪いんだ。それでアルバストールを」
「わあ゛ぁぁぁ! わあ゛ぁぁぁ! わ゛あぁぁぁ!」
「倒す方法だけど」
「わあ゛ぁぁぁ! わあ゛ぁぁぁ! わ゛あぁぁぁ!」
「あいつにも魔核が」
「わあ゛ぁぁぁ! わあ゛ぁぁぁ! わ゛あぁぁぁぁぁぁ!」
「――あぁもう! わかったよ! あやせばいいんだろあやせば!」
あまりの五月蠅さに魔王の方が根負けしてしまった。気持ちはよくわかる、本当に死ぬほど泣き止まねえんだもんこの女神。
ちなみに泣き虫女神の顔は涙と鼻水でやばい事になっている。魔王は嫌々ながらも謝罪した。
「ま、まあボクも大人げなかったかな? だからお互い水に流してやってもいいよ」
泣き止む気配無し。
「……お、おーよしよし。ほらポンコツ女神、もう何も怖くない、怖くないよー」
頭を撫でたり優しい言葉をかけても泣き止む気配無し。
「全然誠意が足りないぜ魔王様よ」
「本気で言ってるのか……?」
「マタタビ、手本見せてみ」
「仕方ありませんね」
泣いてるモモ様に向かって変顔を披露する。
「ばあ! べろべろばー! ぴょろぴょろぴょろ~~」
「ゆ、勇者お前……」
「こんな感じです」
「今のをボクにやれって言うのか!?」
「そうです」
淡白に返事をするとココペリは真顔のまま固まった。それでもモモ様は泣き止まない。
「泣き続けると魔法が暴走して大変な事が起こりますから、どうぞ急いで」
「……くっ!」
観念した魔王は、何度か逡巡しつつも恥ずかしそうに変顔でモモ様をあやす。
「ば、ばああ! ほーら、魔王ですよー」
「わあ゛ぁぁぁ……ひっく、ひっく、ぐす」
ようやく泣き止んだモモ様は、魔王を無視して僕に抱きつき顔をうずめた。体を軽く揺らしながら落ち着かせる。
100年間も姉達に虐められていたモモ様は、彼女らを退散させる切り札としてこの方法を身に着けてしまった。悲しいかな、今もトラウマが残っているようだ。幼児退行を克服するのはまだ先になると思う。
「キミ達、全然動揺しないんだな……」
「慣れてますから」
◆◇◆◇◆◇
モモ様は泣き疲れて眠りについた。
反対派の筆頭が脱落した事で話は進めやすくなったな。ココペリは変顔を早く忘れて欲しいのか、何度か咳払いしてきりっとした表情になる。
「アルバストールにも魔核がある。それを利用するのさ」
「破壊するの?」
「いいや。壊しても奴は本能的に動き続ける。壊すんじゃなくて『干渉して撤退を促す』のさ」
なるほど……勇者アニヤが天文台の職員にした事と同じか。しかし当のアニヤはがっかりしたような表情になる。
「非現実的ですね。理屈上では魔核に干渉して撤退命令を出す事も可能です。しかし問題点が3つ。魔核はどこにあるのか、射程距離までどうやって近づくのか、本当に効くかです」
「いやそもそもだ。どうやって雷門の向こう側に行くんだよ」
「雷門は開閉ができるんだよね? 時間はかかるけど、魔王から離れた位置の雷門ひとつを閉めてそこから成層圏に出れば……」
「連合艦隊との連携も取れなくなるぜ。ほとんど生きて戻れないじゃねえか」
「迷っている暇は無いと思うなあ。アルバストールは待ってくれないさ。一応あいつも……」
ココペリの言葉を遮るように頭上で雷鳴が響く。見れば雷門の防壁がこれまでになく大きく凹んでいた。防壁の向こうに見えるのは……。
「こ、拳?」
「あいつも学習する」
指一本で何キロメートルの長さがあるのだろうか。アルバストールはそれだけ巨大な拳を形成し、再び凹んでいた箇所を殴った。雷鳴が戦場に響き渡って空気が震える。
突破されるまで幾ばくも無く、ココペリの提案以外に有効な手は思いつかない。
「それでどうするんだい勇者様? 策に乗るかい?」
猫の手も、いや魔王の手も借りたいところだったし……この際だから賭けてみよう。
「乗った。お互いに裏切り無しで」
手を差し出す。ココペリは少しだけ戸惑いつつも、不敵な笑みで手を握り返した。




