124. 魔王、憤る
接触地帯、高度一万メートル。
総司令官ケイトスは旗艦ゴライアス号から周囲を埋め尽くす何千もの船団を見下ろした。これから彼の演説が伝令兵の《念話》であらゆる船に流れるのだ。
「はっははー! 聞くが良い、この場に集いし戦士達よ! いま我らは! 歴史が紡ぐ壮大な交響曲の新章に立ち会っている!」
彼は両手を広げて大仰分った物言いを繰り返す。それらは兵士と自身を鼓舞するためである。
「奏でられる楽曲は『第二次アルバストール震災』! 惑星全勢力の招集は1268年の対惑星間戦争『プラネットウォーZ』以来、実に234年ぶりである!」
「この演目の最前列に立つ諸君! 諸君らはこの星で語り継がれる歴史の一部となるのだ! 永遠に! そしてこの演目の終曲はただ一つ! 勝利だ!」
「「勝利だーー!」」
「勝利だ! はっはは!」
「「勝利だーー!」」
ケイトスは後続船が合流するたびに演説を繰り返し、全兵士の戦意高揚に努める。本人も武者震いで絶頂する勢いだ。どんな強大な敵が来ようと捻り潰す、という自信を胸に惑星との接触を待った。
それはわずか一時間後の事だが、彼らにとっては永遠にも感じる長い時間だっただろう。
「惑星リオット、接触まで1分!」
望遠鏡を覗く星詠士が叫ぶ。目視で確認できるほどに惑星リオットは接近している。巨大な雪の惑星。その表面がゆっくりと盛り上がっていく。
ケイトスは「餅」を思い出した。膨らむ様子がまさにそっくりだ。最も、そのサイズは大陸一つ分だが。
「接触まで30秒!」
膨らんだ表面の氷が砕け、中からアメーバのような青い生命体が姿を見せる。ソレは無数の触手を生やし――魔力回路のように自身を枝分けしていく。
「接触まで10秒!」
何十もの「手」が成層圏へと伸び、接触の瞬間を待ち構えていた。
「――3、2、1、接触!」
惑星ウェロペと惑星リオットの成層圏が重なる。大気が一つとなる。そして触手がゆっくりと降りてくる。いやゆっくりに見えるのはその巨大さ故だ。実際は時速100km以上の速さで迫ってきている!
「アルバストール、雷門までの接触、3、2、1!」
鈍く重たい音が戦場に響いた。アルバストールの先端が雷門の魔道防壁に張り付き、防壁の熱で焼け焦げる音なのだ。
ケイトスはまだ指示を出さない。魔道防壁を監視する星詠士の一人が叫ぶ。
「ポイント25-3、突破されます!」
「第七連合艦隊、速やかに移動して補修作業に入れ! ポイント25-3! さあ開幕だ! 俺達の戦争だ!」
旗艦ゴライアス号はアルバストールを観測し、魔道防壁を突破しそうな「枝」を察知しては艦隊を送り込む役目を担っている。
まさに連合軍の頭脳であり作戦の要なのだ。
◆◇◆◇◆◇
第七連合艦隊の大将、ノーブレス王国第二王子ティッキーはケイトスの指令を受けて口笛を吹いた。
「ひゅう! 今頃アシュリアは悔しがってるだろうな。ま、父上がお認めにならなかったのはご愁傷様だ」
彼女は本人も望まなかった後方支援として、首都ルーボワで国王と共にいる。ただでさえ惑星ドラゴネストに乗り込み国王の心労を煩わせたのだ。今回は致し方あるまい。
各艦隊はその国の大将が指揮して魔王の侵攻を食い止める事になっている。
艦隊が指定座標に移動すると、魔道防壁の一部が徐々に盛り下がっているのが見えた。アルバストールの重みで沈んでいるのだ。それだけ面積が広がり防壁が薄くなってしまう。
「砲撃開始!」
ティッキーの号令で一斉射撃。雷属性が付与された炸裂弾が放たれる。魔道防壁を破壊するのではなく雷魔力を補填するための砲撃だ。数十発の砲弾が直撃すると、魔道防壁が厚みを増して触手を押し返す。
もし雷門に一ヶ所でも穴が開けば触手がなだれ込んでしまう。故に連合艦隊はひたすら魔道防壁を補修し続けなければならない。
勝利条件は二種類。アルバストールが撤退する、あるいは一片も残らず焼き殺す。
「惑星リオットが離れるついでに引いてくれればな……あと24時間か」
防壁のへこみが元に戻るとティッキーは汗を拭った。再びケイトスの命令が下ったのか、別の艦隊が移動する様子を眺めて呟く。
「このまま戦況が変わらずにいてくれよなあ」
◆◇◆◇◆◇
同時刻、地上。
ココペリはドゥメナとヤンバルマンを連れて薄暗い森の奥へと歩みを進めていた。鳥男が訝し気に尋ねてくる。
「こんな人気の無い場所に何の用だ?」
「キミは一匹狼だから知らないだろうけど」
茂みをかき分けた先にひっそりと見える朽ち果てた教会を指さす。
「魔人にもギルドがあるんだよ。ここはその拠点のひとつさ」
「なん……だと……」
ココは壊れた入り口から教会内に入り、錆びた聖堂の前で呪文を唱えた。
「なある なある いん うしゃ。隠されし扉よ開け」
音を立てて床が左右に割れる。現れたのは地下へ続く階段だ。
その階段を降りて行くと、今度は頑丈な扉が行く手を阻む。ドゥメナが訝し気に呟いた。
「妙ですね。以前来た際はこんな扉はありませんでした」
「黒幕が改築したのさ、アルバストールから身を守るためにね。ボクの予想が正しければ……」
再び呪文を唱えて扉を開ける。更に降りた先の光景を見た3人は息を飲んだ。
かつてそこは、数十人しか入らない小さな酒場だった。しかし今、目の前には巨大な街が広がっている。洞窟の天井には星を模したランタンが無数に掲げられ、その巨大空間をぼんやりと照らしていた。
石の建物から住人達がココ達を見つめてくる。ざっと見ても数百人はいるだろう。みな不安な表情をしていた。彼らは地上で起きている戦争を知っているのだろうか。
「これは……地下帝国か?」
「箱舟さ。この戦争の裏で糸を引いた黒幕が建てたんだ。まずは魔人ギルドの人間を探そう。きっとあいつがいるはずだ」
◆◇◆◇◆◇
街の中央には大勢の人間が集まっていた。ステージ上で一人の女性が踊りを披露しているのだ。ひらひらのスカートがめくれるたび、周囲の男達が雄たけびをあげている。
「あの猫人族はまさか……リンリイですか? リンリイ冒険団の?」
「なんて破廉恥な女だ。それに群がる男共も情けない!」
「股間を膨らましておいてよく言うよ」
ココペリはステージの裏で踊りが終わるのを待った。リンリイがライブを終えてやってくると軽く指笛を鳴らす。
「あっ! お久しぶりですにゃん、ココペリ様♪」
彼女はいかにも猫っぽい仕草をしてウインクした。しかしドゥメナが睨むとびくりと怯えて縮こまる。
「おや、ボクがくれた《拘束指輪》はどうしたんだい」
「あーあれにゃ? ファンの皆が勘違いして炎上したら困るから、捨てたにゃ♪」
「…………」
リンリイも魔人の一人だ。序列80位の下位魔人だが、ファンから巧妙に魔力を徴収して邪神に捧げる悪魔的アイドルである。
「キミがこの国の魔人ギルドを仕切ってただろ。どうなっている?」
「実は邪神信仰者の中に超がつくほどの金持ちがいたんだにゃ。その人の出資でこの地下避難所を建てたのにゃ」
「勝手に改築したら駄目だろ!」
「にゃ、にゃあ。でもでも、ここにいる全員がアルバストール様の神託を受けたんだにゃ。ここで魔王様を崇め続けるのにゃ」
ココペリは考えを巡らせる。この避難所はアルバストールに何の利益がある? 自身の信者を生かすため? ありえない、奴は信者全員を吸収して一体化する方を選ぶ。
「……なるほどね」
ココペリは一つの仮説を立てた。同時に怒りの感情が腹の底から湧いてくる。
「二人とも、地上へ戻るぞ」
「これからどうするのですか?」
「決まってる」
彼女は若干の怒りをにじませて宣言した。
「魔王すら利用する黒幕に落とし前をつけさせてやる」




