123. ニセ勇者と星巫女、突撃する
都市モンターニャ。
『テロリストに要警戒』との連絡が入り、観測所の青年は身を固くした。この街は戦場になるかもしれない。自分だけでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「せ、先輩っ……」
「馬鹿野郎、突っ立ってないで持ち場に戻れ。惑星リオットの接触はすぐだ。観測し続けるのが俺たちの仕事だ」
「は、はい」
これほど先輩が頼もしいと思った瞬間は無い。普段は小言がうるさい爺さんなのに。
天体望遠鏡でリオットを観測する。豪雪が弱まった純白の大地は一目では何も見当たらない。しかしよく観察すると、その大地は波のように蠢いている事がわかる。表面すべてが偽王アルバストールなのだ。
「先輩、やっぱり鐘をならしましょう。もし雷門が破壊されたら、魔王が真上から降ってくるんすよ。せめて住人を避難させるとか……」
「そう言ってお前も逃げ出すつもりだろうが」
あっさりと魂胆を見破られて思わず舌打ち。しかし住人に避難指示を出さないというのは個人的に納得がいかなかった。
伝令兵の《念話》は天文台の職員、つまり星詠士にしか届かない。機密性保持がその理由だが、こんな時くらいは全住民に伝達して欲しいものだ。とはいえパニックによる二次被害を防ぐという理屈も理解できなくはない。
それでも、やはり彼らを避難させるべきじゃないだろうか。
「どうした?」
「やっぱり俺、鐘を鳴らしてきます」
「やめとけ。こんな山の頂上じゃ逃げる場所なんてありゃしねえ」
持ち場を離れて建物の外へ出る。天文台はモンターニャの最も高い崖の上に建てられており、その崖の下に雷門があった。
目の前には眩い光を発する巨大エネルギーの柱がそそり立っている。崖の端からジャンプすれば届いてしまいそうな位置だ。びりびりと肌に熱を感じ、青年は思わず身震いした。
大鐘に近づいてふと気づく。吊り下げていたかねたたきが無い。
「――動くな」
背中にチクリとした痛み。短剣を突き付けられたのだろうと察するが、青年はそれよりも声の主に驚きを隠せなかった。
「……せ、先輩。なんの冗談ですか」
初老の星詠士が、いつになく低い声で告げる。
「すまんな、孫娘のためだ」
両手を後ろ手に縛られ、その場に転がされる。気づけば周囲を十数人もの賊に囲まれていた。フードをとった全員が長耳族、噂に聞いたテロリストに違いない。
「その男は?」
「こいつは関係ねえ。ほっといてやってくれ」
「騎士団が迫っている。すぐに案内しろ」
「……孫はどこに?」
「約束は果たす」
星詠士は数人のテロリストと一緒に天文台の裏手へ向かう。その目的を知り、青年は思わず叫んだ。
「ほ、本気ですか先輩! 本気で雷門を壊すなんて……」
終ぞ彼が振り向くことは無かった。残ったテロリストの一人が青年を見下ろして囁く。
「酒と煙草の臭いがするな。堕落の象徴だ。同じエルフとして反吐が出る」
「ひぃっ」
「お前をそこの雷門に放り出したい気分だよ。どんな音を立てて消し炭になるか見物だな」
「ま、待ってくれ。命だけは」
藁をもすがる思いで男を見上げる。
その時だ。青年は気づいた。
――空をドラゴンが舞っている。
◆◇◆◇◆◇
「いた! あの建物だ!」
『ズギューン!』
竜形態のスピカに指示を出す。僕らは空から急降下して天文台に降り立った。男を取り押さえていたテロリストが弓を構える。
「スピカッ!」
『えーい!』
スピカは尻尾を振り回して男を弾き飛ばした。男は崖の外まで吹っ飛ばされ、悲鳴を上げながら光の柱に直撃して消し炭になる。ナイスホームラン。
「なんだこいつらっ!?」
「うろたえるな、敵は一人と一匹だ!」
スピカの背中から飛び降りて、聖剣を鞘から抜いてテロリストへと向ける。
「核爆弾はどこですか」
「貴族の犬どもめ! 放てっ!」
彼らが一斉に矢を放つ。僕はすぐに聖剣に嵌められた魔石を掲げた。すると中から一斉に騎士達が飛び出して矢を叩き落とす。
「な、なんだと!?」
「かかれー!」
テロリストと騎士のエルフ同士で壮絶な戦闘が始まった。遅れてモモ様にリトッチ、アニヤが魔石から出てくる。
「くすっ。やはり私の占いが正解でしたね」
「ぐぬぬ……女神アストライアの勇者を私の部屋に入れるなんて屈辱です」
「おーよしよし。モモの魔法が役に立ったな」
「リトッチはモモ様の護衛を。僕とアニヤで爆弾を探します」
『スピカは?』
「暴れてよし!」
『うん!』
地面には縛られたエルフが倒れていた。天文台の職員と思わしきその男が僕らに向かって叫ぶ。
「テ、テロリストは炭鉱っす!」
「炭鉱?」
「ここは昔、炭鉱だったんす! 穴が雷門の側面まで繋がっていて……」
「では案内してくださいな」
アニヤが優しく男の顎を撫でる。恐怖に怯えていた彼の表情が和らぎ、決意と共に「うす!」と答えた。
本人は自身が奮い立ったと思っているだろうけど僕には見えた。アニヤが男に魔力を流していたのだ。恐らく興奮作用のある魔術だろう。
男を解放し、僕ら三人は真っ暗な炭鉱へ飛び込んだ。
◆◇◆◇◆◇
《聖なる光》で明かりを灯してテロリストを追いかける。
「――っと分かれ道か」
炭鉱内は複雑な迷路の如くいくつもの道に分かれていた。
「くすっ。右です」
「……占ったんですか?」
「この場所では無理ですよ。単に魔力の残り香を感じたのです」
「流石っす。お二人は騎士様っすか?」
「「勇者です」」
「……ははっ」
奥へ奥へと進んでいると、進行方向の暗闇から矢が放たれた。余裕で叩き落す。しかし同時に石の転がる音。
「――炎魔石ですっ!」
アニヤの警告と同時に地面が爆発。その衝撃で炭鉱内が揺れ、さらさらと砂が落ちてくる。
「ほ、崩落するっす!」
「《大神実》!」
桃の樹を生やして支柱のように立てる。そして強固な枝を天井に突き刺して崩落を防いだ。
「敵味方まとめて生き埋めにするつもりか……!」
「彼らも不退転のようですね。……くすくすっ」
この状況でも笑えるアニヤには不気味さを感じる。というより今までで一番楽しそうだ。
「……何が可笑しいんですか?」
「彼らの自己犠牲が。その高潔な魂に想いを馳せると身が震えます」
星巫女アニヤの言っている事はよく理解できなかった。
先に進むと炭鉱内全体に揺れを感じ始める。雷門のエネルギーによる振動だ。
「――追いついたっ!」
炭鉱の広さがぐっと大きくなる。その洞穴はぼんやりと光で照らされていた。一番奥の壁が崩れていて、神獣が放つ光の柱が見えている。そして今まさに、テロリスト達が核爆弾のケースを開けようとしている。
「お前達、時間稼ぎしろ!」
「遅いっ!」
襲ってくる5人のテロリストを瞬く間に倒した。最後の一人がケースを抱えて逃げ出す。
「させないっ!」
躊躇せずに《閃光斬魔》を飛ばしてそいつの首を斬り落とす。テロリストの手から転がり落ちたケースを初老の男が拾った。
「せ、先輩!」
「それから手を離して!」
男は顔面蒼白のまま、ケースを抱えて一歩ずつ下がっていく。雷門に飛び込んで誘爆させるつもりのようだ。
アニヤが諭すように語り掛ける。
「貴方はテロリストではありませんね。もう彼らに従う必要はありません」
「す、すまねえ。爆発させねえと孫が……」
「ああ、貴方は愛する人のために犠牲になろうとしているのですね? ……なんて素晴らしいのでしょう。感動で私、濡れちゃいます」
「こんな時に何言ってるんですかアニヤさん!」
まるで男に「飛び込め」と言っているような口調じゃないか。
しかし彼女の言葉を聞いた男は足を止め、とろんとした表情でその場に立ち尽くした。
「お、俺は……オレハ、マゴノタメニ……」
「くすくすっ。あら残念、死にぞこないましたね」
精神干渉系の魔術で男を狂わせたのか。もう動けない彼からケースを取り上げて中を開ける。
――間違いなく、それは核爆弾だった。
ほっとしながらも、未だに笑い続けるアニヤにぞっとした。彼女は何処か壊れているのかもしれない。




