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121. ニセ勇者と魔術士の仲直り

 目的地に到着するまであと数時間。僕はリトッチの部屋のドアを叩いた。


「おう、空いてるぜ」


「入るよ」


 リトッチはベッドの脇に座り、相変わらず箒のメンテナンスをしていた。魔術が使えない現状では空を飛ぶこともできないはずだけど。


「……座っていい?」


 彼女は肩をすくめて肯定の意思を示した。


 隣に腰を下ろしてリトッチのメンテを黙々と見る。彼女は意識的に僕を無視しているように思えた。


「相談もせずに決めようとしてごめん。悪かった」


 頭を下げて謝る。するとリトッチがぽつりぽつりと喋り出した。


「師匠の教えでな。こいつがいつ必要になるかわからん内は、常に使えるようにしておくんだよ」


「今のアタシは何も出来ることがねえ。手を動かしてないと色んな事を考えちまう」


「うん」


「結局あの妖狐族ヨーコの提案を受けたのか? アタシは今も反対だぜ。お前やモモ、スピカが皇国に捕まってみろ。それこそ一生後悔するだろうが」


「もしリトッチが苦しみ続けるのなら僕らが一生後悔するよ」


「堂々巡りだな。どっちが正解か分かれば楽なんだが」


「うん。仮に星巫女アニヤが何か企んでいても、ボロは出してくれないと思う。行ってみないとわからない」


「……で、アタシに折れろと言いに来たのか?」


 首を横に振ってリトッチを見る。


「僕やモモ様に気を遣わない言葉を聞かせて欲しい。リトッチの本心が知りたいんだ」


 彼女は手をとめて弱々しく呟いた。その瞳には不安の色がありありと浮かんでいる。


「そりゃあ、本音を言えばだ。大サピエーン皇国に治療方法があるなら行きてえよ」


「うん」


「手を治してくれるなら神でも悪魔でもいい。もしお前らがいなかったら、アタシはきっと邪神に縋ってたぜ」


 大魔導師になるという彼女の生涯の夢。それを諦めろなんて口が裂けても僕は言えない。


「うん。だから行こう、大サピエーン皇国に。もう一人の勇者に会って確かめよう」


 僕の言葉を予想していたのだろう。彼女がやや諦めたたように表情を曇らせた。


「リトッチの心配事なら大丈夫。アニヤの提案は蹴ったから」


「はっ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするリトッチ。


「よく考えたら、彼女と一緒に行く必要は無いかなって」


「……そりゃまあ、確かにそうだな」


「申し訳ないけれど勇者のお誘いは断った上で、別ルートで皇国へ行きましょう。もちろんこっそりです」


「おいおい、お前さっきまであれほど勇者に頼ってたのに騙すような真似するわけか。悪いやつだな」


「彼女だって僕を無理やり誘拐しようとしたんだ。これでおあいこにしようかなって」


 ニヤリと意地悪く笑って見せる。彼女も同じように笑っていた。心の底からの笑みは久しぶりだ。


「いいぜ、アタシは賛成だ。あの女を出し抜いてやろうぜ」


 お互いの拳を軽くぶつける。


 その後、リトッチは堰を切るように色々喋り始めた。僕と離れていた間、モモ様とスピカは彼女を励ますためにあの手この手を使ったらしい。


 皆でスイーツ巡りしたり、洋服店で衣装選びをしたり。グリフィンレースに参加したりカジノで大損こいたり。


「あいつらのおかげで楽しかったよ。でもお前がいればもっと楽しかっただろうな」


「めちゃくちゃ羨ましいし、除け者にされて傷つくんだけど」


「あーわりい。この戦争が片付いたらパーッと遊ぼうぜ」


「その前にマタタビランドをどうにかしないと。あれなんなの?」


「すまん……アタシは最後まで反対したんだが」


「えっ? でもモモ様はリトッチが賛成したって」


「するわけないだろ?」


 ……あのポンコツ女神!



◆◇◆◇◆◇



 モモ様は部屋の中を楽しそうに走り回っていた。いつものお暇タイムなんだろう。少女を捕まえていつものように頬をつねる。


「嘘つきましたねモモ様!」


「ひひゃ、ひひゃいですマタタビ君!」


「モモ様言いましたよね、二人ともなんやかんや賛成したって。あれも夢の中だったんですねこのポンコツ女神!」


「あれ? 私言いませんでしたか?」


「言ってねーよ!」


 反省が足りない様子なので一時間ほど説教したが、それでもモモ様は呆れるほど前向きだった。


「確かに、三人の反対を押し切ってマタタビランドを建設したのは軽率でした。ですがあのテーマパークは信者100万人を突破するために絶対必要です」


 どうやら女神アストライアへの啖呵は本気だったらしい。なるほどモモ様なりに必死に考えた結果というわけだ。少女は頬をさすりながら僕を不満げに見つめた。


「マタタビ君、信者を増やす手伝いを約束しましたよね」


「うん、確かにした」


「具体的に何をしましたか? ちゃんと増やしましたか?」


「えっとそれは……」


 少女の顔が桃のように真っ赤になる。


「してないでしょう! わかりますよ、マタタビ君は勇者として忙しいですから!」


「うっ……ごめんなさい」


 この件ばかりはモモ様が正しいので大人しく謝る。するとモモ様はころりとご機嫌になり、下げた僕の頭を撫で始めた。


「だから私も女神として立派に努めを果たしているのです。マタタビ君のネームバリューを生かして信者を増やす、これが私の必勝法です」


「でもだからと言って、僕だけを担保にしないで欲しいんですけど」


「何を言ってるのですか? もちろん私も一緒に担保にしています。身を売られる時だっていつも一緒ですよ」


 当然だという風に笑顔を見せるモモ様を見て、思わず苦笑する。でも仮に身売りされた時は離れ離れになりそうだ。それは凄く嫌だし、どうにかして借金を返済しよう。


 ……ていうかそもそも女神のくせに身売りするなよ。


「あとリトッチとスピカ、ココにアシュリアも担保にしました」


「一蓮托生ってレベルじゃねえ!」


 後の二人は完全にとばっちりじゃねーか! つかアシュリアは王女だよ!?



◆◇◆◇◆◇



 夕暮れ。甲板に出てみるとスピカとアニヤがいた。意外な組み合わせだ。何やらアニヤがスピカの背中をこちょこちょしている。


「ちょっとくすぐったいですよ」


「……ぷっ! ふひひひ!」


「何をしてるんですか?」


「くすっ。竜人族ドラゴニュートは大変興味があります。折角なので彼女の体を調べていたのです」


「調べる……? 変な事をしてませんよね」


 スピカは精神干渉系の魔術にすこぶる弱い。アニヤが何か仕掛けを施したんじゃないか?


 僕の疑惑に気づいたのか、彼女は手招きしながら釈明した。


「誤解しないでくださいね。単に『憑依覚醒』ができるように魔力回路を確認しただけです」


 確か人を神獣に変身させる魔法だったか。アニヤが懐からエメラルドのような色の魔石を取り出す。


「これには『神獣ドラゴーネ』の魔力が込められています。彼女はこの神獣と最高の適性を持っているはずです」


「やりたいやりたい、スピカやりたい!」


 目を輝かせて手をあげるスピカ。確かに将軍クレープスのようにスピカがパワーアップしたら頼もしい事この上ないな。


「試しに一回できますか?」


「この魔石は大変貴重なのですが……練習は必要ですね。一度だけやってみましょう」




 ――そして数分後。


 僕は硬直したまま、遠目に見える山を凝視していた。アニヤも同じように固まって身を震わせている。


「や、山が……山が……」


「……その先の言葉は……見えなくても分かります」


 スピカは先ほどの変身が楽しかったのか、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて笑っている。事情を知らない人から見れば微笑ましい光景だろう。しかし僕らは心底恐怖した。


 視線の先、山の頂上付近に()()()()()が開いている。


「あの」


「ええ」


「これはマジの切り札でお願いします」


「……ええ」


「二人とも、どうしたの?」


「スピカは何したか覚えてる?」


「うーんとね。……覚えてない! でも楽しかった! もう一回!」


「「駄目です」」


 何も知らずに楽しめるスピカが羨ましいよ。憑依覚醒は予想を遥かに上回る効果を見せた。モモ様やリトッチに言っても嘘だと思われるだろうな。


 だけど『憑依覚醒』自体は結構面白い。少しアニヤに相談してみよう。

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