120. 魔王、裏を探る
マタタビと別れた魔王ココペリは、ヤンバルマンを路地裏に連れて行くと縄を切った。
「おい、何で一匹狼のキミが魔王と手を組んでいるんだい?」
「それはこちらのセリフだ。なぜ魔王のお前が勇者と手を組んでいるのだ」
ドゥメナが鋭い目つきでヤンバルマンの肩を掴む。
「失礼な物言いは許しませんよ駄鳥。序列25位の分際で、よくもココペリ様をお前呼ばわりできたものです」
ヤンバルマンは魔人である。魔道帆船アルビオン号に乗船していた二人の魔人の片割れだ。
「ぐぬ……っ。お前こそ俺より低い序列だろうが」
「ドゥメナを甘く見るな。序列はわざとあげてないんだ。実力はお前よりも上さ」
「ならここで試させてもらおうか!」
男は手を振りほどくとドゥメナに正拳突きを放った。彼女はその拳を紙一重で躱してカウンターキックを決める。ヤンバルマンは股間を押さえてその場に倒れ伏した。
「おおぉ……お……」
「噂よりもずっと弱いですね。それで序列20台とは恥を知りなさい」
「そこの魔王が悪いのだ……! 見ろこの指を!」
ヤンバルマンが差し出した右手の中指には《拘束指輪》がはめられている。魔人の気配を隠すため、ココペリが彼に預けたものだ。
「この指輪が俺の力を封じているのだ! しかも……抜けなくなった!」
「貴方の指には小さすぎましたね。ご愁傷様です」
「だけど女神モモにばれずに済んだだろう? もしその指輪が無ければ今頃あの世行きさ」
「この指輪のせいで反乱に失敗し、無様に捕まったのだぞ。ヤンバルマン一生の恥だ」
魔王は内心でこの男をからかった。弱体化していい気味だ。
見た目変態のこの鳥頭は表向きは冒険者だが、裏の顔は暗殺者だ。腕っぷしのみで数多の王族、貴族、学者に聖職者を亡き者にした。
ココペリが唾をつけていた欲深き屑も何人か始末されたため、狭い指輪を渡したのは単なる嫌がらせである。
「話を本筋に戻そうか」
「アルバストールと手を組んだ覚えはない。もしオトスが奴と繋がっていたら取引しなかった」
「……だよなあ」
そもそも、ココペリの知るアルバストールは魔人の手下を作る事などしない。そんな知能など無いからだ。持ち得るのは根源的な本能、すなわち食欲である。アレが出来るのは吸収と増殖だけだ。
「まさかアルバストールの奴、知性を獲得したのか? それでオトスに洗脳を?」
もし本当に奴に知性が備わったのなら邪神陣営の最大の脅威になりえる。アレそのものは邪神を崇拝しているが敵味方の判別ができないのだ。惑星ウェロペに住む信者全員の命を天秤にかけるとなると話が違う。
万が一の場合は、他の魔王も呼んでアルバストールを駆除する必要があるかもな。
「それで、お尋ね者になったキミはどうするんだい?」
「やる事は変わらん。俺は愛の戦士、この世界を欲深き人間どもから守る」
「ふうん……ならいっそのことボクの傘下に入りなよ」
「なりませんココペリ様」
ドゥメナが語気を強めて反対の意思を示す。
「この男は怒りと復讐に憑りつかれた狂人です。いつか魔王様に反旗を翻し、その首を狙うでしょう」
「へえ、そう? 確か同じセリフで啖呵を切ったにも関わらず忠実な部下になった魔人がいたなあ、ドゥメナ?」
面食らった顔をする彼女をココペリは面白そうに見た。心変わりは誰にだってあるものさ。だからこの男を手駒に加えたいと思った。
「断る。俺は誰とも組まないし助けもいらん」
そう捨て台詞を吐いて、ヤンバルマンは路地裏を去っていった。
数分後。
男は息も絶え絶えで戻ってきて、近くのごみ箱の影に隠れる。捕り物を構えた冒険者達が通りを横切っていく。
「……ひぃ、ひぃ」
「お尋ね者は辛いなあ。しかもその目立つ格好でさ。どうだい、ボクと手を組めば今まで通り好きな事ができるよ」
「…………」
「まあ、返事は後でいいさ。今は確認が優先だ」
「何を確かめるつもりだ?」
ココペリは一呼吸置き、自身の考えを述べた。
「この事件、まだ裏がありそうだ」
◆◇◆◇◆◇
一夜明け、僕らは魔道帆船アルビオン号に乗り込んだ。
「ウホッ。久しぶりだね」
「ゴリマーさん! 貴方も防衛戦に参加するのですか?」
「もちろんだよ。戦争は目まぐるしく戦況が変化するからね。少しでも君達に助言できればと思うよ」
そして騎士団を率いるクーガーも僕らを出迎える。
「作戦内容はアシュリア王女から伺っております」
星巫女アニヤがテロリストの居場所を特定し、この船で奇襲を仕掛ける。それが僕らの作戦だ。
「アシュリア王女は?」
「首都で他の王子らと共に王国軍を指揮するそうです。また、共栄圏の総司令官に軍神テイトス・クロウが任命されました」
闘技場のテイトスが総大将か。どうやらかなりのお偉いさんだったらしい。……やべ、まだ謝ってなかった。
魔導防壁で覆われた空を見上げる。それは圧巻の光景だった。青空を埋め尽くすような船、船、船。世界中の魔導帆船が接触地帯へ向かって航行している。
「惑星リオットは明日の正午に接触します。丸一日かけて一周するので、常に船団ごと移動してアルバストールと戦わねばなりません」
船だけでなく魔術士もほとんど駆り出されているようだ。箒に乗った魔導部隊が編隊を組んで飛んでいた。リトッチが羨望の眼差しを向けている。
「それでは、早速占いましょうか。甲板から人を遠ざけてください」
アニヤが杖を持って巫女舞いを始める。星詠みが難しいのか踊りは一時間近く続いた。服が汗でびっしょりと濡れてスケスケになり、細い体に張り付いている。
「マタタビ君、またエッチな事を考えましたね」
「な、なにを根拠にそんな……」
「顔がにやけてます」
「えっ嘘!?」
やがて巫女舞いが終わると、アニヤは杖を西へと向けた。
「くすっ。大体の方角は詠めました。ですがあちら側にも星詠士がいます。いま警戒すれば悟られて目標を変更しますよ」
「ですが今日にでも爆弾を使われたら……」
「それはありえません。星々は明日の朝まで凶兆を告げています。少なくとも惑星リオットが接触する直前になってから決行するでしょう」
汗だくのアニヤは着替えのために船内に降りて行った。ゴリマーが感嘆の声をあげる。
「やっぱり星巫女アニヤは凄いね。予知レベルの星詠みができる魔導師はこの惑星でも誰一人いないよ」
「ゴリマーさんも星詠士でしたよね」
「ウホッ。大サピエーン皇国の魔術学校に留学して学んだよ。星詠士を目指す生徒で彼女の名を知らぬ者はいなかった。星巫女アニヤは6年間主席の座を譲らずに卒業した伝説の先輩だよ。こうして会えて光栄だね」
「彼女に紹介しますよ」
「とと、とんでもないっ! 私なんかが声をかけて良いお方じゃない……ウホッ」
思わず笑ってしまう。彼は既に四人の勇者と繋がりが出来ているのだ。この広い世界でそんな人は滅多にいないだろう。
「この場に勇者カタルがいれば頼もしかったのですが」
「彼は惑星アトランテに留まったからね。仕方ないよ」
空を覆う船団は船首を接触地帯へ向け、星同士の接触ポイントへ移動を始める。アルビオン号はその波に逆らい、ゆっくりと目的地へ進む。テロリストにばれない距離で待機するためだ。
いよいよ明日、成層圏と地上の両方で戦争が始まる。




