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119. ニセ勇者と星巫女、手を結ぶ

 雷門が起動してから街は大騒ぎだ。誰もがこの非常事態でパニックになり、我先に逃げようとしている。安全な場所なんてどこにも無いのに。


 僕らはオトスとヤンバルマンを連行して冒険者ギルドへ急いだ。道中、オトスが勝ち誇った顔で喋り出す。


「何をしようと手遅れです。まもなくアルバストール様が降臨なされます。全員彼の一部となるでしょう」


「……どうしてこんな真似を?」


「マタタビ君、狂った異教徒の言葉など聞いてはいけません」


 モモ様が忠告するが、僕はこの男が何故こんな愚行を犯したのか知りたかった。


「貴方には見えない。力なき人々を蹂躙し、私腹を肥やす貴族の腐った笑みは」


「貴方には聞こえない。伐採され薪として消費される木人族エントの悲鳴は」


「貴方には語れない。都市の発展の犠牲となり、失われた一族の伝統は」


 彼は今まで見た中で最も長耳族エルフらしい男だ。それが原理主義と言われればそれまでだが、僕はこれまでの冒険で知っている。蜥蜴族リザードマン海人族シーマン竜族ドラゴン達が貴族に苦しめられた事を知っている。


 その感傷に気づいたのか、僕を見たオトスの表情が少しだけ和らいだ。


「――貴方の瞳に、同じものを感じます」


「核爆弾を使おうとする人間と一緒にしないでください」


「……」


 男は僕に何か同調したのだろうか、急に事情を喋り始める。


「貴方はコトツギソウを知ってますか? かつて王国に自生していた美しい花で、非常に希少価値が高いものでした」


「我が一族は死者をその花で覆い埋葬するのです。彼らの魂が無事に女神の下へ行けるよう願いを込めて」


「しかし都市の開拓で生息地が激減し、更に貴族によって根こそぎ奪われました」


「父と母はコトツギソウを栽培しようと尽力しました。しかし心無き密猟者に襲撃され、命を奪われたのです。犯人は金の亡者に成り下がった同じ長耳族エルフでした」


「私と弟は、王国の堕落を何としても食い止めたかった。ですがある日気づいたのです、そんな術は無いのだと」


「現実に打ちのめされたその時、まさに天啓でした。アルバストール様が語り掛けてきたのです。この惑星の堕落した人間を全てリセットするべきだと」


 リトッチが鼻で笑う。


「結局は魔王に洗脳されただけか。とんだ破滅主義者だぜ」


「違います、私は選ばれたのです。他にも多くの同志が天啓を受けました。皆が新世界に備えています。この惑星をリセットし、誇りと伝統を愛する者達で国を作り直すのです」


 ココが眉を潜めてぶつぶつと考え始めた。


「妙だな……ありえない……」


「ココ君?」


「ごめん、ちょっと用事を思い出した。後でまた合流するよ。……そうだ、この鳥男は僕が有効活用しようかな。行くぞドゥメナ」


「かしこまりました。さあついてきなさい駄鳥」


 ヤンバルマンは情けない悲鳴をあげながらドゥメナに引きずられていった。


「あいつ急にどうしたんだ?」


「どんな味か気になったのにー」


「駄目です竜の子よ。きっとお腹を壊します」


 ココも何か考えがあるに違いない。彼を信頼して自分の出来る事に集中しよう。



◆◇◆◇◆◇



 夜。首都ルーボワ。


 ノック、ノック、ノック。


「どうぞ。開いてます」


 僕は三人を別室で待たせ、一人でその部屋に入った。


「……くすっ。お待ちしておりました」


「僕が来る事は分かってたみたいですね」


「ええ、ですが占いではありませんよ。アルバストールの侵攻は私の耳にも届いていますから」


 目の前にいるのは星巫女アニヤだ。彼女は国内での狼藉を咎められ、首都ルーボワのゲストハウスに軟禁されていた。アシュリア王女に頼んでこうして面会許可をもらったのだ。


「今日はお願いがあって来ました。実は手を貸して欲し――」


 彼女の指が僕の唇を遮り、冷たい微笑みで言葉を紡ぐ。


「まずは茶をいかがですか?」


 アニヤは紅茶を淹れてテーブルに座り「どうぞ」を話を促す。仕方なく座って一杯頂いた。濃厚な魔力が甘さを引き立てている。


 ちらりと星巫女を観察する。紅茶を飲んだ彼女の頬がわずかに火照り、艶めかしい吐息を吐いた。狐の尻尾がご機嫌な様子で揺れている。


「敵が出す飲み物は簡単に口をつけてはいけませんよ。有能な魔導師は精神干渉系の魔術を水に混ぜますから」


 思わず手が止まると、アニヤはくすりと笑い「この飲み物は安全です」と言った。


 しかし飲み物に魔術を混ぜる事が出来るのか。試しに《大神実オオカムヅミ》の魔法をちょっぴりだけ紅茶に含ませる。たちまち桃の香りが立ち上がった。


「おぉ……!」


「飲み込みが早いですね。見習いレベルとは言えど魔法使いの素質は十分です」


 しばらく他愛もない雑談に付き合い、そろそろかと思って本題に入る。


「雷門はご存じですか?」


「惑星を包み込んでいる魔道防壁ですね。星詠みに苦労します」


「えっ、もしかして今は占星術が使えないのですか」


「くすっ。出来ないとは言ってません。物理的な覆いは困りますが、魔術的な障害は取り除くことが可能ですから」


 それを聞いてほっとする。今頼れるのは彼女の占星術なのだから。


「実は占って欲しい事があるんです」


 テロリストが雷門を破壊しようとしている事を説明する。最初は何故か嬉しそうに聞いていたアニヤも、その顔が段々と曇っていった。


「どの国でも、愚民というものは面倒極まりないですね」


 惑星リオットとの接触は2日後、そして両惑星の接触期間は約24時間。テロリストはこの3日間に核爆弾で雷門を破壊するはずだ。


「雷門の防衛は各国に任せておけば良いのでは?」


「アシュリア王女を通じて警告はしています。ですがこの世界の人々は、核爆弾がどれだけ脅威なのかわかりません。雷門を破壊できるはずが無いと侮る可能性があります」


「確かに普通は信じないでしょう。直接目の当たりにしない限りは……ですが」


 彼女の言葉に引っかかりを覚える。まさかアニヤは核爆弾を知っているのか?


「私もこの星で死ぬつもりはありません」


「では協力してくれますか?」


「その前にお返事を聞かせてください。私達と共に皇国へ来ていただけますか?」


「……それなんですが」


 僕はアニヤに返答した。



◆◇◆◇◆◇



「皆さんこんばんは」


 アニヤを連れて仲間と合流する。三人とも頬を膨らませ恨めしい表情で僕を睨んでいた。


「そいつはアストライア姉様の勇者ですよ! つまり私達の敵です!」


「敵の敵は味方です」


「アタシは信用しねえぞ。隙を見てお前を誘拐するかもしれんだろうが」


「僕も信用してません。ですが彼女の助けが必要です」


「変な事したら食べていい?」


「……ええっと、取り押さえるだけでいいから」


 アニヤは三人の視線を物ともせずに飄々としていた。


「くすっ。勇者マタタビのパーティーは賑やかですね」


「どうやらまた尻尾を掴まれたいようですね、狐の子よ」


「そうだ、こいつの尻尾に縄つけようぜ縄」


 モモ様とリトッチが両手をわきわきさせて近寄ると、アニヤはやたら演劇めいた倒れ方をした。


「ああっ。勇者マタタビは無抵抗な女性を仲間に襲わせるサディストだったのですね」


「まって僕は何も命令してない!」


「このまま私は汚されてしまうのでしょうか……およよ」


「情に訴えても無駄です狐の子よ、マタタビ君は並大抵の変態ではありません」


「おい女神」


「マタタビはこの女をいやらしい目で見るからなあ。胸だ、絶対この胸だぜ」


「いや確かに彼女の胸はご立派ですが」


「ねーマタタビ、サディストってなに?」


「……はいやめー! ストップ!」


 スピカがまた変な言葉を覚える前にやめさせる。今はお互いに協力すべき時だと説得し、何とかまとめる事が出来た。


「それじゃアニヤさん。テロリストを探してもらえますか」


 同じ失態は繰り返したくない。今度こそ核爆弾を取り戻さなければ。


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