117. ニセ勇者と女神様の遊園地
「パオーン!」
園内から足音を響かせて象がやってくる。その背中にはモモ様が乗っていて、笑顔で僕らを見下ろした。
「おや、人の子ではありませんか」
「は、はあ。えっと、何やってんの?」
「見てわかりませんか? これは遊園地です」
えっへんと胸を張る女神様。その平坦な胸と銅像の胸を思わず見比べてしまった。
「いやそれはわかる。だから何やってんの?」
「ある日、ふと考えたんです」
「聞けよ」
「私、経営者に向いているんじゃないかなと」
「頭でも打った?」
「そこでマタタビ君が叶えたい夢を思い出しました」
「どんな夢だっけ……」
「勇者マタタビを称えたテーマパークが欲しいと」
「言ってないよ!?」
「確かに言いましたよ、夢の中で」
「夢の中!?」
「そこで私、悩みに悩みました。貯めた信仰ポイントで遊園地を建て、ひと山当てるべきかどうか」
「いやいやまさか」
「信仰ポイントは空っぽになりましたが、見てくださいマタタビ君! 立派な遊園地が出来ましたよ」
僕は眩暈がしてその場に突っ伏した。信じられない、普通は強い装備や魔法を開発するとか、自衛のために貯蓄するべきと何度も言ったのに。
これが夢だったらどんなに嬉しい事か。
「夢じゃありません、勇者の子よ。ほら、あれはマタタビ君の顔をしたアドバルーンです」
「やだ、もうやだ」
僕が死にそうになってると、ココが含み笑いで質問した。
「ちょっと待った女神様。土地はどうしたんだい?」
「マタタビ君を担保に借りました」
はっ?
「大丈夫、勇者の子を奴隷落ちにはさせません」
はっ?
「頑張って借金を返済しましょうね、マタタビ君」
ああもう、ちょっと目を離すとすぐこれだもんな!
「……リトッチとスピカは反対しなかったの?」
「もちろん最初は反対されました。でもマタタビ君の夢を叶えたいという私の想いが届き、なんやかんやで最後は賛成してくれたのです」
それはモモ様の夢の中の僕の夢でしょうが。やばい混乱してきた、どうやって対処しよう。
「ちなみにこの遊園地の目玉は『等身大マタタビ君立像』です」
「そんなもんぶっ壊してやる!!!」
立ち上がって剣を抜く。モモ様が口答えする前に行動しようとしたその時、園内を歩いている長耳族のクリョンと目が合った。彼は孤児院の子供達を引き連れて僕らに挨拶する。
「いやいや、この度は招待頂きありがとうございます」
「しょ、招待?」
「ほら皆、勇者マタタビにお礼を言いなさい」
慌てて剣を背中に隠す。子供達が一斉にお辞儀して「ありがとーございまーす!」と叫んだ。クリョンは涙ぐんだ様子で僕の手を取る。
「いつか子供達が心の底から笑える日が来れば、と願っていました。今がその時なのです。貴方には感謝しきれません」
「……ど、どういたしまして」
モモ様はちゃっかり孤児院の子供達を遊ばせていたようだ。彼らは大騒ぎではしゃいでいる。ぐぬぬ、ちょっと非難し辛くなってしまった……。
ふと子供達の最後尾にいる男に目が合う。僕そっくりの男、というか僕そのものだ。
「彼がスタッフ兼ガイドの『等身大マタタビ君立像』です。なんと連れ回してデートもできます」
「お前まさか……」
「……シテ……コロシテ……」
「やっぱり!?」
ゴーレム禁止っつたろうが。何気に造形が凄い上手くなってるし。
「ねーねーガイドさん。変身して変身!」
子供達がゴーレムを囲んで一斉に手拍子を始める。すると人形はポーズを決めて「ヘン……シン……」と呟き、女神の衣装にチェンジした。きゃっきゃと飛び跳ねる子供達。絶句する僕。
「どうですかマタタビ君、渾身の出来でしょう?」
「人権侵害で他の女神に訴えます」
「でも体を張ってお金を稼ぐマタタビ君はかっこいいですよ」
「僕の意思は? ねえ僕の意思は!?」
「女神様、ボクにもガイドを頼む」
「ココ君?」
「一体100信仰ポイントです」
「信仰を徴収するのやめろ」
「……三体だ!」
「ココ君!?」
遂にココまで頭がおかしくなってしまった。どう考えてもおかしいよこの展開は。というか子供達を危険に晒している今の状況はかなり不味い。
「モモ様、後で死ぬほどお尻ぺんぺんです」
「照れなくても良いですよ」
「こいつ……もういいです。この遊園地にライダースーツを着た鳥頭の男が入ってきませんでしたか?」
「長耳族の団体と一緒に来ました。確かレストラン通りに――」
「ココ君行くよ!」
彼の返事を待たずに駆け出す。後方でココの戸惑った声が響く。
「あっおい! まだゴーレムを借りてないのに!」
「本物で我慢して!」
彼らはこの場所で取引するつもりなのだ。間に合ってくれよ。
◆◇◆◇◆◇
レストラン通り。
物陰からこっそりと各店内を眺める。テーマパークの知名度が低いのか、人はまばらだった。この調子で借金を返せるのだろうか? 責任は全部モモ様にとらせるからどうでもいいけど。
ヤンバルマンの頭は目立つ。奴はステーキ屋のテーブルに座り、フードを被った男と顔を突き合わせていた。フードの隙間から顔を覗かせる美男子は間違いなくオトスである。
「お前が核爆弾を盗んだ犯人か。目当てはこの鍵だな」
「はい。貴方の自由と引き換えです」
「ひとつ聞かせてもらおう。核爆弾の目標はどこだ。俺は愛の戦士ヤンバルマン。大自然に被害が及ぶようならば――」
「心配いりません。私が狙うのは『雷門』です」
雷門という言葉には聞き覚えがあった。確かリトッチが呟いたような……何かの施設だっけか。
その言葉を聞いたヤンバルマンは一瞬硬直し、憤ったように立ち上がる。激しく体を震わせてオトスを指さした。
「貴様、正気なのか」
「もちろんです」
「いいや正気ではあるまい。お前は狂っているのだ。偽王アルバストールに魂を売ったな」
アルバストール……? もしやこの事件に魔王が絡んでいるのか。
――次の瞬間、ヤンバルマンの瞳に矢が突き刺さった。男の倒れる隙にオトスが鍵を奪う。仲間割れ?
「させるかっ!」
物陰から飛び出しオトスに体当たり。彼はその弾みで鍵を落とした。お互いに剣を抜いて斬りかかり、刃と刃がぶつかる音が響き渡る。観光客が騒ぎに気付いて、悲鳴をあげながら逃げていく。
「ゴーレム? まさか警備機能まであったとは」
「いや本物です」
「なんと、闘技場にいた勇者でしたか」
「もう逃がしません!」
オトスも剣技に覚えがあるようだが、他の勇者やギルド長と比べると技量の差は歴然だった。わずか三合で彼の剣をはじき、その首筋に聖剣をぴたりと当てた。
「賞金首オトス。神妙にお縄についてもらいます」
「――抵抗はしない」
彼はあっさりと降伏した。敗北を認めたにしても拍子抜けである。
オトスを跪かせた時、遅れてココがやってきた。悪びれもせずに連れてきた笑顔でゴーレムの肩を叩く。
「いやあごめんよ。彼の移動が遅くてさ」
まさかとは思うが、僕のゴーレムで何かしようと企んでないかな。ココの目がちょっと怖い。
「……オトスを捕まえたよ」
「へえ、流石は勇者だね。魔術の鎖で縛っておくよ」
ココがオトスを縛る間、倒れているヤンバルマンを確認する。刺さった矢は目に深く食い込んでいた。しかし出血はなく、地面にはガラスの欠片が散らばっている。
その体が痙攣し、勢いよく起き上がって口が開いた。
「クワァーー! おのれ死ぬとこだったろうが!」
「はい捕まえた」
男の首回り、実際は本物の顔がある部位にパンチして倒す。やはりというか、鳥頭は単なる被り物で間違いない。
「ぐわっはぁ! ひ、卑怯者め。我が心のキンタマを狙うとは……」
「心のキンタマ!?」
ヤンバルマンも同じように縛り、ようやく一息。ココと顔を合わせてにんまり笑う。
「「いえーい!」」
ハイタッチ。これにて一件落着だ。
「それは違います」
オトスは静かに、その不穏な言葉を告げた。
「我が同志は必ずや使命を果たす」
……しまった。オトスが主犯だからと油断していた。
辺りを見回す。鍵はどこにも見当たらなかった。




