115. VSヤンバルマン
会場は再び沸き始めた。奴隷と乱入者が格闘戦をおっぱじめたからだ。
「覚悟しろ漂流者!」
「今は戦ってる場合じゃない、核爆弾が奪われたんだ!」
ヤンバルマンの格闘術は「空手道」に近い。間近で見ると筋骨が隆々としている。その腕から繰り出される正拳突きは、受ければ《鋼体》越しでもひどい鈍痛を感じた。
「だからやめろって!」
「我が名はヤンバルマン。愛の戦士。人間の業に復讐を誓い、世の理を守る男!」
全然聞いてくれない。しかし考えを巡らす余裕もなく、狂人の猛攻は激しさを増していく。こうなったら多少痛めつけてでも事情を聞かなければ。
ヤンバルマンの正拳突きに合わせてこちらも拳を繰り出した。お互いの骨が砕ける感触と激痛が走る。
「……ぐっ」
「……ぐぇえぇぇぇえ~~いってえよ~~~~!」
「なにその醜態!?」
男は奇声をあげて倒れ、折れた右手を押さえつつ悶絶していた。さっきまで格好つけていたのが嘘のようだ。
「し、死ぬ! ヤンバルマン死ぬ! 死んでしまうぅ~~!」
「おおお落ち着いて、すぐ治すから」
折れた右腕に触って《治癒》をかける。喚く子供をなだめるつもりで優しく語り掛けた。
「い、痛いの痛いの飛んでけー」
「死なない? ヤンバルマン死なない?」
急に甘えた口調は勘弁してくれ。赤ちゃんプレイのようで気持ち悪いぞ。
「大丈夫、腕が折れただけだよ」
「隙あり!」
「!?」
治った拳で頬を殴られた。ひどすぎる。
「俺の迫真の演技に騙されたな……ぐはっ」
「ひ、卑怯だぞ。というかさっきのはどう見ても演技じゃない。本気で痛がってただろ!」
「痛みは試練だ。ヤンバルマンはどんな試練も乗り越える」
「全然乗り越えてないよね?」
この野郎、骨をもう一度砕いてやるか。
再び拳を構えた時、間にリザードマン達が割り込んだ。彼らは槍をヤンバルマンへ向ける。
その瞬間、風船がしぼんでいくように狂人の殺意が消えた。どうやらリザードマンとやり合う気は無いらしい。
「命拾いしたな」
「そっちがね」
「俺はまだ力を半分しか見せていない」
「僕は3割くらいかな」
「2割5分だ!」
「そこ張り合う!?」
会場は再び観客の罵声で埋め尽くされた。殺せだのやっちまえだのと五月蠅いので、こいつから情報を引き出したらすぐにでも立ち去りたい。
「――核爆弾はどこですか?」
「知らん。俺は情報を流しただけだ。どの道、あれは俺しか使えん代物だからな」
ヤンバルマンは懐から鍵を取り出した。銀色で複雑な模様が刻まれている。
「核爆弾を使いたがる人間はこの世界にもいる。この鍵欲しさに奴らも来るだろう」
「……まさかオトスがここに?」
突如、地面に小さな揺れを感じた。地震かと思ったその時、一気に揺れが大きくなり思わずしゃがみ込む。ヤンバルマンは仁王立ちで恰好つけたままだ。
「お前、『クラーケン』を知っているか?」
地面の一部が吹き飛び、地下からミノタウロスより巨大な蛸が這い出てくる。その蛸が僕らの目の前に何かを投げつけた。どさりと落ちたそれは、胸に矢が刺さった職員だった。
「調教師だ。こいつがいなければ誰もクラーケンをとめられん」
「なんてことを……っ!」
会場は思わぬサプライズに興奮し、一斉に歓声を上げた。これがパフォーマンスだと勘違いしてるようだ。
ヤンバルマンから鍵を奪おうと立ち上がった時、鋭い殺気に身震いがした。振り向き様に剣を抜き、迫ってきた矢を切り払う。見れば観客席に数人の弓手がいた。全員フードを被っているが弓捌きから長耳族に違いない。
「さらばだ漂流者!」
声がした方角を見ると、ヤンバルマンが必死に走っていた。あの野郎逃げる気か!
更にクラーケンが動き始めた。観客席に向かって這いずり、触手を伸ばして観客を捕まえ始める。その場にいた観客が悲鳴をあげて逃げ出すが、他の席は未だに歓声の渦だ。
ヤンバルマンを追うべきか、クラーケンをとめるべきか。
「《閃光斬魔》!」
魔力の刃を飛ばして触手を切断する。捕まった人は客席に落ち、クラーケンがこちらに振り返った。その眼がはっきりと僕を睨む。
「みんな下がって!」
所詮は蛸だ、輪切りの刺身にしてやる!




