114. ニセ勇者ともう一人の漂流者
鳥マスクで顔をすっぽり覆い、黒のライダースーツを着込む中肉中背の男。それがヤンバルマンと呼ばれる漂流者の正体だった。
なるほど確かに、あの男は漂流者に違いない。魔力の流れから「魔核」を持っていないとわかる。つまり魔術は使えないはずだが、徒手空拳で戦えるのか?
そして僕は男と共に現れた他の奴隷に目がいってしまった。全員が蜥蜴族、しかも顔に施されたペイントに見覚えがあったのだ。
「……マ・ギジャ族」
「はっはは! 詳しいなお嬢ちゃん。奴らは奴隷だ、惑星ゴルドーから連れてこられたな」
惑星ゴルドーは南方ウェロペ共栄圏に加盟していない。だから奴隷として商品にされるのだ。胃がぎゅっと縮まりムカムカした。少しだけ吐き気を感じる。
ふと惑星ゴルドーでの冒険が脳内を駆け巡った。あれからまだ半年しか経っていない。誇り高きクレイヴは、他の皆は元気だろうか。今でもモモ様を崇拝してくれているだろうか。この光景を見れば何を思うだろうか。
司会者の声で我に返る。今度は巨獣の登場だ。
「連敗に次ぐ連敗の巨獣陣営は、遂に奴らを解き放つ事にしました! さあご覧ください、魔獣が跋扈する惑星の迷宮で捕獲された怪物【ミノタウロス】の登場です!」
反対側のエレベーターから現れたのは三体のミノタウロスだ。二体は身長3メートルほど、残る一体は更に大きい身長5メートル、かつ四本腕である。彼らは人間大の斧を悠々と持ち上げて吠えた。首輪に繋がれた太い鎖がガラガラと鳴り響く。
蜥蜴族の装備は槍と円盾、そしてレザージャケットとあまりに貧弱だ。戦力差は圧倒的、これから始まるのが殺戮ショーなのは誰の目にも明らかだった。
マリリンがやや困ったような口調で尋ねる。
「ケイトスちゃん、いま漂流者に死なれては困りますのよ」
「今更止めるわけにはいきませんな。なあに、運が良ければ生き残りましょうぞ」
興奮した観客が双方の陣営にエールを送っている。彼らはスポーツ観戦や競馬と同じ感覚でこの殺し合いを眺めているのだ。
……僕はなぜこんなモノを見ているんだ? そう思った時、左腕が疼いた。ソレが「行動しろ」と叱咤しているようにも思えた。
この場にココがいたら何と言うだろう。「馬鹿な真似はよせ」かな、それとも「キミは欲望に忠実だなあ」だろうか。どちらにしろニヤニヤ笑ってくれそうだ。
スピカだったら「スピカも手伝う!」と言って一緒に飛び出すな。
リトッチはきっと「やっぱりお人よしの馬鹿だぜ」と文句を言いつつ手伝ってくれるんだ。
そしてモモ様は――
うん、そうだよ。僕はいつだって「そうしたいからそうする」のだ。迷いがあろうが後悔が待ち受けていようが、したいことをする。どれだけ迷惑を掛けようと、それが正しい事だと思えば一歩踏み出すのだ。
こんな無鉄砲な僕を支えてくれる仲間が心強く、そしてこの場にいない事がとても寂しかった。だからこそ、彼女達に恥じない行動をしたい。
半裸のスタッフが銅鑼を鳴らす。試合開始の合図だ。リザードマン、ミノタウロス、そしてヤンバルマンが一斉に走り出す。
同時に僕も立ち上がり、客席から広場へ向かって跳躍したのだった。
◆◇◆◇◆◇
闘技場のフィールドは円柱や岩が散りばめられている、さながらアスレチック広場だ。僕は円柱のてっぺんから別のてっぺんへ跳躍しつつ戦況を把握する。
ヤンバルマンは四本腕のミノタウロスと一対一を始めていた。斧や剛腕による攻撃を紙一重で躱しつつ、怪物の足に拳を叩きこんでいる。しかしミノタウロスは微動だにしない。とても効いているとは思えないが……。
他方では、リザードマン4人がミノタウロス2体の猛攻に押されていた。全員で連携して攻撃を捌いているが、僅かな乱れであっという間に陣形が崩壊するだろう。そう思った矢先に1人がミノタウロスに捕まった。まず助けるべきは彼だ。
ミノタウロスは逃亡しないよう鎖で繋がれている。船の碇を繋ぐ鎖と同じ太さのそれを持てる人間は僅かだ。たとえば僕のような半神族とかね。
「よい……しょっ!」
円柱から飛び降りて、そのまま鎖を思いっきり引っ張る。奴隷の頭を食いちぎろうとしていた怪物が首輪を引っ張られて転倒した。
「今のうちに!」
リザードマンは僕の乱入に驚きと困惑の表情を見せた。どうも言葉が通じていない様子である。《言語取得》の魔石すら支給されていないとは……。
つまり彼らは観客の言葉を理解できず、その数万人の笑みで察してしまっただろう。「自分達は供物なのだ」と。
そう、表情だ。僕は彼らを思いっきり睨み、倒れたミノタウロスを指さした。それだけで十分である。
4人は僕が味方だと知り迅速に行動し、仰向けの怪物に一斉に攻撃を仕掛けた。4対1なら彼らでも倒せるはずだ。なにせドラゴン狩りもできる種族だからね。
激高して迫り来る別のミノタウロス。僕は拳を構え、その巨獣に心の中で謝罪した。
僕の勝手で殺してすまない。
◆◇◆◇◆◇
会場はブーイングの嵐だ。本来なら今頃リザードマンが全員食い散らかされていたのだが、既に2体のミノタウロスが返り討ちにあって横たわっている。
観客の罵声は乱入した僕に集中していた。物凄くキツイけど、ぶち壊した僕が全面的に悪いので受け入れるしかない。我慢だ我慢。
「×××、×××」
4人の奴隷が駆け寄り言葉を発する。僕は右手の拳を左胸に当てた。クレイヴのポーズを真似ただけだが、彼らはすぐに理解したのか4人とも同じポーズで応えてくれた。
突如、観客が罵声をやめてどよめき出す。その視線は最後のミノタウロスに集中していた。その怪物は苦悶の表情で片膝をついている。鋼のような足が腫れていて立つ事すら困難な様子だ。
ヤンバルマンは無機質な瞳で怪物を見つめつつ淡々と語り出す。
「お前、『ハブ』を知っているか? 俺の故郷……とある島に住む蛇だ」
「強い毒を持つその蛇を駆逐するため、人間は『マングース』と呼ばれる動物を輸入して解き放った。マングースがハブの天敵となる事を期待してな」
「だがマングースはハブを捕食するどころか、その島の希少動物を食い荒らし生態系を破壊したのだ。人間の業が生み出した悲劇だ。度し難いとは思わぬか」
「お前もまた外来種よ。万が一にも脱走すれば生態系が破壊される」
「我が名はヤンバルマン。愛の戦士。人間の業に鉄槌を下し、大自然を守る男!」
ミノタウロスの額に鉄拳が飛ぶ。鈍い音と共に額が陥没し、その怪物はゆっくりと倒れた。落胆する者、大はしゃぎする者の声がごちゃ混ぜになり、闘技場は爆発的な歓声に包まれた。
テイトスには本当に申し訳ないと思う。賭けは中止で払い戻しによる損害は半端ないだろう。その元凶である僕を生かして帰すわけないか。早く漂流者に聞き込みをして逃げよう。
広場を外れ券の紙吹雪が舞う。ヤンバルマンがこちらへゆっくりと歩いてきた。マスクをしていると何を考えているのかさっぱりわからず不気味だ。
「えっと、ヤンバルマンさん。実は尋ねたいことが……」
「核爆弾の件か?」
「……っ!」
僕はポーカーフェイスが苦手である。リトッチとのトランプ勝負で何度も見抜かれた。動揺が顔に出てしまったのか、ヤンバルマンは返事を聞かずに頷いた。
「なるほど、お前も漂流者だな。俺と同じ地球人か」
「……え、ええ」
「――お前、『ハブ』を知っているか?」
男の表情は一切読み取れないから声で判断するしかない。だから僕はぞっとした。彼の言葉には紛れもない敵意が混じっていて……。
瞬間、ヤンバルマンの拳が眼前に迫った。




