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113. ニセ勇者、闘技場へ行く

 闘技場コロッセオはグラティア帝国の「文化」の一つだ。国策でこの賭博施設を運営し、様々な惑星から奴隷を集めて剣闘試合や海戦、レースなどの見世物を出している。


 帝国と条約を結べば他国も闘技場を建設できる。直径200メートルもの闘技場がルカシノにも建てられ、今では王国一の人気スポットだ。


 ココは「ボクなりに情報を集める」と言って一旦別れた。僕は第二王女マリリンと共に闘技場へ足を運んだのだが、やはりというべきか観光客が他の施設と比べても圧倒的に多い。彼らは老若男女を問わずキラキラした瞳で血と興奮を求めていた。


「まずは経営者にご挨拶しますのよ。せっかくだからマタタビちゃんも剣闘試合に出てみませんこと? 私いっぱい賭けちゃいますわ♪ もし勇者様が望めば褒美に一夜を共にする事も……」


 僕らはVIPルームを目指して闘技場の1F通路を歩いていた。僕のお尻にマリリンの滑らかな手が絡みつきひやっとする。手つきがエッチだ。幸いにもセクハラ行為には耐性がある。女神フレイヤに散々やられたよ、うん。


「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、今はオトスを捕まえる事を優先したいので。というより奴隷以外も剣闘試合に出られるんですか?」


「もちろんですわ。ファイトマネー目当てに参加するお方もいますの。皆さん前日に娼館を利用して武勇伝や一発当てる夢を語りますのよ」


 そんな彼らの話をするマリリンは、悲しみと恍惚が入り混じった蠱惑的な表情を浮かべていた。それは支配者が見せる特有の愉悦であると同時に、これこそ彼女の魅力である事を物語っている。


 マリリンの指が僕の肩をなぞり、彼女の吐息が耳をくすぐる。


「私、本気ですのよ。――勇者様は、悪い女が好みでしょう?」


 うぐっ。この誘惑に耐えられる男は男じゃない。冷静に振舞おうとするが、耳が熱くなり股の下が盛り上がろうとする。そうだよぶっちゃけやりたいよクソッ!


 それでも頑張って我を失わなかったのは、核爆弾を取り戻すという重大な使命を背負っていたからだ。脳内が「悲劇」と「エロ」のイメージでごちゃ混ぜになって気が狂いそうになる。助けてウンディーネ、僕のエロを鎮めてくれ。


「…………今は爆弾の回収に集中しましょう」


 振り絞った声で返答すると、マリリンはため息をついて一歩離れた。頬を膨らませて子供のような態度をとる。


「ふーん! せっかくココちゃんから寝取ろうと思ったのに悔しいですわ」


「変な言い方はやめてください。僕は男色家ではありませんし、ココ君とはただの友人関係です」


「まあ! もしかして気づいておりませんの?」


「何をですか?」


 マリリンが僕を非難するような目で見つめ、さらりとその事実を言ってのけた。


「ココちゃん、貴方に恋慕しておりますのよ」



◆◇◆◇◆◇



 VIPルームの席に座って闘技場の広場を眺める。スタッフが飲み物を出している間、僕はひたすらマリリンの言葉の意味を考えていた。


 先に言っておきたいが、僕はホモセクシャルに拒否感をもっているわけではない。地球にいた頃、僕の世代では大規模な恋愛革命が起きていた。同性だけでなくAIとの恋沙汰さえ一般的だったのだ。この世界でも女神フレイヤがあらゆる恋愛を布教しているし、ココの秘密を知ってもそこまでの衝撃は無かった。


 しかし僕はノーマルなのだ。男性に対して性的感情を抱いたことは無い。いまもココは友達だと思っているが、彼の想いには答えられない。


 このまま知らんぷりして接するか、それとも正直に答えるか。もし正直に話せば、同じ関係のままではいられないだろう。


 ……どうすればいいかさっぱりわからん。モモ様に相談したい。悩みの種が増えてばかりで辛すぎる。いっそマリリンの寝床にお邪魔して発散しようか、と本気で思ってしまう。


 とにかく今は漂流者から話を聞く件だ。


 この闘技場は独特の臭いがする。空間そのものにこびりついたかのような血の臭い。それに感化された観客の熱狂。目の前の殺し合いを楽しむ雰囲気に呑まれそうになるたび自己嫌悪に陥るのだ。できるだけ早くお暇したかった。


 次の試合開始の直前、部屋に一人の男が入ってくる。この闘技場のパトロンである人族ヒューマンの【テイトス】だ。


「おうお嬢ちゃん達、待たせたな!」


 テイトスは身長2メートル、浅黒く引き締まった上半身を晒した大男だった。短く切りそろえた黒髪、全身に刻まれた刺し傷、歯は全て金歯、何より目力が凄い。その声は自信と驕りに満ち溢れている。


「急なお願いで申し訳ありませんわ、テイトスちゃん」


「なーに! マリリン様の要望なら何でも! このテイトスめが叶えてみせましょう!」


 声の圧が凄くて思わず縮み上がる。オーラ強度が半端ないよこの人。その彼に一切ひるまないマリリンもやはり底が知れない。


 僕とマリリンは横長のソファに二人で座っていたのだが、テイトスは僕を挟んで彼女の反対側にどっしりと腰を下ろした。その衝撃で体が少し浮き上がる。


「はっはは! まるで親子の観戦じゃないか! 俺が父、マリリン様が母、そしてお前が愛しい娘だ!」


 大男が片手で僕を抱きしめてくる。やめろその硬い大胸筋を押し付けてくるな。


「あの、僕は男なんですが……」


「そんな貧相な体型で男を名乗ってはならんなあ! はっはは! もっと肉を食え肉を!」


 笑顔を絶やさない男の金歯が輝き、その眩しさに思わず顔をしかめる。ぐうう、このノリ苦手だ。マリリンに「本題に入って欲しい」と視線を投げる。


「ごほん。テイトスちゃん、実は奴隷の一人に面会させて欲しいんですの」


「なるほど奴隷を買いたいわけですな!」


 違えよ話聞け。


「もうそれで構いませんことよ。その奴隷は漂流者で……」


「おっと!」


 突如、テイトスが手を伸ばしてマリリンを静止する。笑顔のままだが目は笑っていない。


「流石はマリリン様、お目が高い! しかし漂流者の奴隷は集客力が高いので、お売りするわけにはいきませんな」


「えっ、さっきマリリンさんの要望は何でも叶えるって」


 口答えをした瞬間、テイトスが僕の肩に手を置いた。それは明らかな牽制だった。全身に鉛を押し付けられたような感覚が襲う。実際の手の重さだけでなく彼の威圧によるものだ。


 なるほど、なんでも力で黙らせるタイプか。……うん、やっぱり怖い。


「では一晩レンタルできませんこと? もちろん代金は弾みますわよ」


「はっはは! マリリン様が引き下がらないとあれば、余程の事情があると見受けました! 良いでしょう、奴隷がこの試合に生き残れたのならば!」


「まさか今から試合に出るのですか?」


 テイトスが答える前に、場内に大量のラッパが鳴り響く。満席になった観客達が身を正して静まり返った。中央のお立ち台に司会者が立ち、声を張り上げて演説する。


「さあ皆さん、本日のメインイベントです! 連日続く『巨獣デスマッチ7番勝負』! 挑戦者VS巨獣の団体戦、片方が全滅するまで待ったなし!」


「本日は遂に4戦目でございます。既にお耳に入れた方もいるでしょうが、なんと前代未聞! 挑戦者側が3戦全勝とかつてない盛り上がりを見せております!」


「その立役者たるが、誰もが恐れし漂流者の奴隷! 謎の冒険者であり王族に刃を向けた大逆人!」


 広場の端には穴が開いていたが、そこからエレベーターのように床がせりあがってくる。立っている人間は6人。司会者は一番前に立つ異様な姿の男を指さした。


「それは皆さん、紹介します!」


「――漂流者『ヤンバールマーーン』!」 


 ……あの男、なんで鳥のマスクを被っているんだ?

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