閑話 地球の記憶①
核爆弾。それは僕の故郷、地球における最終兵器。
なぜこの異世界に? という疑問は後回しだ。核爆弾が使われる前に取り戻して廃棄しなくてはならない。
僕はこの世界の美しさ、そして醜さが好きだ。
だからこそ、だからこそ。地球で二番目に醜い存在、多くの生命に死を与え大地を苦しめる核兵器がモモ様の世界にある。その事実がこれ以上なく不快に感じた。
――お前は駄目だ。この世界に紛れ込むんじゃないよ。
「大丈夫かいマタタビ? 物凄い剣幕だけど」
「もしかしてぇ、この遺物に詳しいんですの?」
「……えぇ、本当によく知っています」
僕は核兵器の危険性、および地球でどう使われたのかを語った。仕方の無いことではあるが、彼らは説明を聞いても半信半疑で首を傾げたままだ。ココだけがとても感心した表情を見せた。
「まさに『欲望』の行き着く先か……本当に惑星の3分の1を破壊したのかい? この遺物がさ」
「ええ、僕が生まれた1年後に」
◆◇◆◇◆◇
過去回想、地球にて。
「へー、エベレストの標高は世界一だったんだ。8,848メートルって高いなあ、それに綺麗だ。じっちゃんは登ったことある?」
「若い頃に一度だけじゃな。あと3回は登っておくべきじゃったのう……【大戦】後は100位圏外になってしまったわい」
僕はソファに寝そべりながら古い雑誌を読んでいた。大戦時に消滅した国の観光ガイドブックだ。
「週末だというのに家でゴロゴロしおって。1回ぐらい試験に落ちたからと言って燃え尽きるでない」
「次の募集はいつかなあ」
宇宙飛行士選抜試験に落ちた頃の僕は夢も希望も失った状態であった。こうして祖父の研究室でだらだらする日々である。
「じっちゃん。日本アルプス行こうよ日本アルプス」
「アプリを更新せんかい馬鹿もんが。最早そこも指定汚染区域じゃぞ」
「はあっ!? じゃあどこに遊びに行けば……?」
スマホを取り出し、政府公認の「汚染監視アプリ」を起動する。確かに日本アルプス一帯のSv値が基準を超えていた。つまり立ち入り禁止ということだ。
祖父は黒い色が好きである。普段着は当然黒、外出用の防護スーツも黒一色だ。ちなみに僕は真逆の白派、防護スーツも宇宙服に似たカラーリングにしている。祖父は防護スーツを担ぎながら僕の尻を叩いた。
「隣町の山へ行くでの。予報じゃとSv値は限度以下じゃ。規制も解除されて山頂まで登れるわい。わかったらさっさと車に乗らんか!」
再び尻を叩かれたので仕方なしに立ち上がり、防護スーツ入りポーチを腰につける。昨今では突発的に核爆弾が落ちてくる事もあるので、外出の際は防護スーツの携帯を義務付けられているのだ。
誰かが言った。
「人類共通の敵が現れた時、世界は団結する」と。
そんなものは幻想だったらしい。実際にその「敵」が出現した時、世界は自国の利益を優先して足を引っ張り合った。
人々はパニックになり、誰もが恐怖と不安、疑心暗鬼に苛まれた。その負の感情が世界恐慌を引き起こし、国同士の繋がりを絶ち、過剰なまでの警戒心を生んだ。
「大戦」を語る上で核爆弾は避けて通れない。最初の爆発はテロ組織の仕業とも、某国の策略とも、「敵」を誤認したとも言われている。真相は今も闇の中だ。少なくともそれが戦争の引き金だった。
報復に次ぐ報復で、気づけば世界は「敵」よりも味方を恐れていた。全ての大陸が深い傷を負い、「敵」の脅威が去ってようやく終結したのだ。
大戦が終わって20年、世界は元の色を取り戻しつつある。それでも核爆弾の傷は癒えておらず、僕ら若い世代は心底大人を憎んでいる。こんな終末世界を押し付けた大人は口々にこう叫ぶのだ。「地球の将来を担うのは君達だ」と。
宇宙飛行士になって月移住計画に参加する。それは冒険という夢であると同時に、この地球からの逃避の意味もあった。まあ、試験に落ちたからこうして大地に這いつくばっているわけども。
車のトランクに祖父の発明品を詰め込もうとした時、ちょこんと置かれた真っ黒なスーツケースに目がいく。なんだこれ?
「それは小型核爆弾じゃ」
「嘘でしょ!?」
なんでそんなもんを無造作に置いてるんだよ!?
祖父がカカカッと笑いながらケースに鍵を差し込んで回す。かちゃりと開かれたケースの中には、放射線マークがプリントされた円筒形の金属物に無数のコード、そしてタイマーが設置されていた。
「い、いやあよくできたレプリカじゃん。本物だと思ってびっくりした。じっちゃんが作ったの?」
「軍事企業の友人からもらった本物じゃ」
「ぜ、全然笑えない……」
「世間は疑心に包まれておる。いずれ遠くない未来、1家に1核兵器が配れるかもしれぬ。護身用としては最強の武器じゃからな」
「過剰戦力すぎ」
カチッと音が鳴り、タイマーが起動した。00:59からカウントダウンを始めている。
「気のせいかなじっちゃん。作動したように見えるけど」
「ふむふむ……確かに動いてるのう」
「やっぱり!?」
「カカカッ、心配せんでもええ。ここにマニュアルがあるでの、解除方法はp50に……」
「今から読み込むの!?」
◆◇◆◇◆◇
館長に目録を見せてもらう。長方形型、黒い金属で出来た箱。手に持てるサイズだが非常に重い。そして描かれたスケッチ。スーツケース型核爆弾の可能性が高い。
「ケースに刻印はありましたか?」
「鑑定書によると『NL45』という文字が刻まれていましたワン」
「その刻印、どんな意味があるんだい?」
「『New Life 2045』の略称です。間違いありません、これは本物です」
『New Life』は家庭用核爆弾の製品名だ。耐久年数200年、値段はお手頃。軍事企業が民間向けに販売した核兵器シリーズの一つである。
祖父の予言通り、僕が実験で転移される直前にはこれが市場に出回っていた。かなり悪趣味な名前だが、市民の評判が良くて驚愕したことを覚えている。
「大陸級魔術と同程度の威力があるんだろ。本当に誰でも起動できるのかい?」
「ロックを解除できれば。鍵は見つかっていますか?」
館長は残念そうに首を横に振る。僕はむしろ安心した。この爆弾の鍵は特注品で簡単に複製はできない。
「……そもそも、オトス兄弟はどうやって遺物の秘密を知ったんでしょうか」
「キミ以外にも知識を持つ人間がいるんだろうね。マリリン、心当たりはないかい?」
「確か闘技場の奴隷に漂流者が一人いましたわ。そのお方が地球人かもしれませんわよ」
まずはオトスが核爆弾の存在を知った経緯を突き止めよう。もしかしたら彼がどの施設を狙っているのかがわかるかもしれない。
話の通じる漂流者でありますように。




