111. ニセ勇者と魔王、調査する①
僕らを乗せた船が都市ルカシノに到着した。まず驚いたのは船の港が巨大な樹だったことだ。高さ500メートルの大樹【イアペトゥス】は、頂上付近の太い枝一本一本が魔道帆船の停泊所となっていた。
これほど立派なランドマークは早々拝めないな。
ルカシノは大樹から同心円状に建築物を配置した娯楽都市だ。広大な森林地帯の一角を更地にして建てられたリゾート地である。これが長耳族の王国内とは思えない、ある意味異様な街並みだ。
「他の都市もこんな感じなの?」
「ルカシノが特別なんだ。ルーボワやモンターニャは趣がまるで違うよ」
千人以上の観光客と共に、大樹の樹皮に彫られた螺旋階段を降りる。貴族や商人だけでなく平民らしき客も見受けられた。1日で訪れる観光客は多い時には5万人を超えるとのこと。まさに共栄圏の繁栄の象徴だ。
観光に気を取られるわけにもいかない。まずやるべき事は冒険者ギルドでS級の申請だ。溢れる人込みをかき分けて歩くのだが、大通りには魚の大群のように人々がひしめいていた。
「ちょっと待ってココ君、見失いそう」
「トロいなあマタタビは」
すいすいと進むココとは対照的に、僕は人とぶつかっては謝りながら歩いていた。面白いのは種族がてんでバラバラなことだ。人族、長耳族、炭鉱族を始めとして多種多様な種族が混在していた。どう見てもキノコな生命体や全身が氷人間など、見たこともない種族もちらほら見受けられる。
彼らはじろじろ眺める僕を気にする様子もなく、カジノや剣闘場といった娯楽施設に足を向けていた。
驚くばかりで碌に歩かない事に業を煮やしたココが僕の手をとってぐいぐい歩く。ようやく人混みを抜けると睨まれてしまった。
「……迷子になりたいのかキミは? 今度のろのろしていたら置いていくからな」
「ご、ごめん」
「わかればいいさ」
彼はそのまま僕の手をひっぱり大通りから脇道に入る。人の往来が大分少なくなったが、今度は迷路のような路地を歩く羽目になった。迷子になるよりはマシなので大人しく引っ張られる事にする。
「さあ着いたよ。ここが冒険者ギルドだ……ひゃあっ!?」
振り返ったココが女の子のような悲鳴をあげて手を離した。思わず振り返るが背後には何も無い。
「どうかした?」
「どど、どうかってその……何でもないっ!」
ずっと手を繋いでいたことが恥ずかしかったのだろうか。確かに男同士だとあらぬ誤解を生むかも知れないな。
「大丈夫だよココ君。僕は何とも思ってないから」
全然気にしてないよという風に笑うと彼の顔から表情が消えた。
「……ふんっ。この間抜け勇者!」
むすっとした表情でそっぽを向くココ。対して僕の頭はクエスチョンマークで埋め尽くされる。なんで怒ったのかさっぱりわからない……。
◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルド。
「「エピテスが死んだ!?」」
受付嬢は僕とココの叫びに申し訳なさそうに返答した。
「はい。昨夜遅く、オトス兄弟の弟エピテスが冒険者に討ち取られました」
二人そろってがっくりと肩を落とす。S級申請を終えた後にオトス兄弟の情報を求めたのだが、まさかのターゲット死亡ですか。
「まだ兄オトスが捕まってませんが、報酬はどうなるのですか?」
「兄弟が二人とも捕獲あるいは討伐された際に、30万ローペを功労者に割り振る形式です。現在の功労者は『青の獄門』パーティーです」
受付が指した先の酒場では大鬼族の男三人が酒盛りしていた。彼らが弟エピテスを討伐したらしい。
「ふうん……? 妙だなあ、あの程度の実力でエピテスを倒せるはずがない」
ココは「ちょっと尋問してくる。まあ見てろ」と言って男達の下へ向かう。意外と喧嘩っ早いなあ、心なしか張り切っているようにも思える。
僕は酒場のテーブルに座り、受付嬢からもらった情報を整理する事にした。
「その一。オトス兄弟は数年前に保護団体【プロテクター】を設立した。20人程度の信奉者と共に過激な手段で森林を保護している。彼らの活動は年々過激化していて、テロによる犠牲者も出ている」
「その二。都市ルカシノは現在も拡張していて、街周辺の森林は今でも開拓され続けている。オトス兄弟は工事現場への破壊工作やパトロンの誘拐あるいは殺害などを繰り返していた」
「その三、オトス兄弟は一週間前にこの都市で強盗を働いた。襲われたのは博物館【マリリン・ミュージアム】。館内が破壊され展示品が数点盗まれた。博物館は修復作業のために休業中」
「その四、エピテスは冒険者ギルドのすぐ近くで討伐された。討伐者のギュウイチは『ギルドへ侵入しようした隙をついて倒した』と証言している。兄オトスの目撃情報はなく、常に兄弟そろって活動するパターンからは外れているとのこと……か」
僕は博物館の強盗に違和感を持った。ギルドは「活動資金を得るため」だと断定しているが、オトス兄弟の「正義」に明らかに反する行為だ。あるいは彼らの正義に繋がる何かが博物館にあるのか……?
ふと顔をあげると、ココがニヤニヤしながら僕の顔を眺めていた。
「見てたかい?」
「何を?」
彼は一瞬固まり、すぐに恥ずかしそうな表情でテーブルの向かいに座った。
「……ごほん。とりあえず『青の獄門』の連中に吐かせたよ。エピテスを討伐したのはあいつらじゃなかった」
「えぇ? つまりどういうこと?」
「十中八九、報酬目当ての虚偽報告だろうね。とはいえ物証の首をギルドに運び込んだのは彼らだ。責めるつもりはない」
「じゃあ誰がエピテスを討伐したの?」
「それを今から確認する。……遅いぞ早く来い!」
ココが叫ぶと、青い肌の大鬼族の男がペコペコ頭を下げながら駆け寄ってきた。その手に何かを持っている。
「ま、待たせてすいやせんでした」
男は恐怖と作り笑いが入り混じった表情だったが、僕を見た瞬間に顔をこわばらせた。
「て、てめえはまさか」
おや、もしやこの支部にまで僕の噂が広がった? ちょっと嬉しい。
「……女装癖のマタタビ!」
「人違いですっ!!」
だからなんでその二つ名なんだよ!? 僕は自分から女装癖を名乗った事ないし、惑星アトランテのギルド支部から「魔王殺し」の二つ名をもらっているんだぞ!
「おい、さっさと本題に入れよ」
ぎろりと男を睨むココ。男は小さな悲鳴をあげて、恐る恐るテーブルにそれを置いた。
それは矢じりに血の跡がついた矢だった。
「これは?」
「エピテスの命を奪った凶器さ。こいつは死体を発見した時、せこい事に矢を隠してギルドに持って行ったんだ。その方が自分が殺したと主張しやすいからね」
矢を手に取ると、驚くほど軽くかつ丈夫であることがわかる。これは長耳族が作った矢に違いない。
「マタタビ、矢羽の部分を見てみろ」
「やっぱりニセ勇者の小僧じゃねえか……っ!」
「お前は黙れよ」
怒られて縮こまる男を尻目に、言われたとおりに矢羽を確認する。羽に「髑髏のリンゴが実った木の模様」が描かれていた。
「これは?」
「プロテクターの紋章だ」
「それってつまり……」
ココは頷きつつ確信めいた声色で告げた。
「エピテス殺害犯は、奴の同胞かもしれない」




