106. VS星巫女アニヤ①
両部隊が激突して乱戦となった隙に、狙いを神獣キマイラに定める。スピカが自由に動けるだけで戦況は大きく変わるはずだ。
スピカは血みどろになりながらも懸命にキマイラと戦っていた。彼女の尻尾に飛び乗りそのまま走り出す。ちょうど首筋まで登った所で閃光斬魔を発動。その斬撃が山羊の頭を斬り落とした。
『ええーい!』
蛇の頭に食らいつくスピカ。彼女の首にしがみつきながら見上げると、獅子の頭が巨大な口を開けて迫っていた。僕を飲み込みスピカの首を食いちぎるつもりだ。
「そこだっ!」
跳躍、そして獅子の口の中へ。舌に剣を突き立てて大神実を発動し、生えてきた樹の枝がのどの奥へ奥へと伸びていく。
獅子の頭は何度もむせながら僕を吐き出した。ゲエゲエと苦しんでいるが、がっちり根を張った桃の樹が取れることは無い。
蛇の頭をかみ砕いたスピカが尻尾を振り回し、とどめとばかりに獅子の頭へと打ち付けた。その巨体がゆっくりと倒れて蟹兵士達を巻き添えにする。痙攣しながらも立つ気配はなかった。
「……っ!」
それを見たアニヤが動いた。エルフの猛攻を耐え凌いでるクレープスの背中に杖を押し付けて、何かを唱えている。
『彼女が魔法を使おうとしています。誰か止めてください!』
「勇者だ、勇者を狙え!」
狩人部隊が一斉に矢を放つ。しかしアニヤの魔法が速かった。
「『憑依覚醒』! カルキーノス!」
それは詠唱が終わると同時だった。クレープスが巨大化し、その姿を蟹の化け物に変えたのだ。体長はゆうに50メートルを超え、その巨体が大木をなぎ倒している。木人族の悲鳴が木霊した気がした。
「これは……神獣召喚なのか?」
『いいえ違います。人を神獣に変身させる魔法です!』
「ニーガニガニガニガッ!」
片方の蟹バサミが狩人部隊の陣地に突き立てられ、砲弾が着地したような衝撃が地面を揺らす。エルフ達は吹き飛ばされて散り散りとなった。
更にもう片方の蟹バサミがスピカを挟み込んだ。ドラゴンのつんざくような叫び。
「閃光斬魔!」
魔力の刃を飛ばし、間一髪でそのハサミを斬り落とした。挟まれたままのスピカが地面に横たわる。
「全部の足を斬り落としてやる!」
「させませんよ」
真上の神獣に気を取られていた僕は、彼女が接近していた事に気づけなかった。アニヤの杖がみぞおちに打ち込まれる。吐き気を催す痛みに思わず膝をつく。
「くすくす、こう見えて棒術も嗜んでいるのです。この神器【ケーリュケイオン】は戦闘用ではありませんが」
アニヤが杖を振り回して連撃を浴びせてくる。腹を押さえながら剣で捌きつつ「三極の型」を発動。返しの剣で少女の首を狙うが……。
「まあ、なんて素直な攻撃なのでしょう」
まるで僕の剣筋を全部読んでいるかの如く綺麗に防御された。そして杖の打突が僕の肩にヒットする。目隠ししているはずなのに精度が高い。
「いったぁ……一体どんなカラクリなんですか?」
彼女の型は魔導の型だ。魔導の型は利き手に武器を持ち、空いた手で魔術を発動するのが基本である。彼女は何らかの魔術を発動しているはずだが、こちらへの干渉が感じられない。
「いいえ、ずっと干渉していますよ」
アニヤが再び杖を繰り出す。美しい演舞を伴った連撃は反射の型で凌ぐが精一杯だ。反撃に転じようとした瞬間、待っていたかのように急所を狙ってくる。この短期間で僕の癖を読んだのか?
「くすっ。困惑の気配を感じます。不思議でしょう? 貴方の剣術は私のそれを遥かに上回るはずなのに、なぜと」
「くっ。これも魔法なのか?」
「いいえ。由緒ある流派【マギサ流占星術】です」
「……つまり占い?」
「占星術です!」
わずか数合で彼女の演舞に強い苦手意識を持ってしまった。とにかく手筋が厭らしいのだ。こちらの攻撃は完全に読まれ、読みは完全に外れてしまう。占星術で最善の手を占っているようだが、ここまでくると予知レベルだ。
頭上ではクレープスの失った足が再生していた。スピカはまだ動けていない。アシュリアが「誰かあの神獣を止めろ!」と叫ぶが、狩人部隊では精々がかすり傷を負わせる程度しかできないほどの巨体である。
このままじゃ負ける。頭の中に「投降」の二文字が浮かぶ。いま敗北を認めて彼らに捕まれば……そんな思いが脳内を駆け巡った。
しかしそれは念話によってかき消される。
『――やれやれ、さしもの勇者も助けが必要みたいだね』
久しぶりに聞く声。それは別れたはずの少年。
「……ココ君?」
なんで彼の声が、という疑念をリトッチの声が払しょくする。
『おいアタシだ。ココと合流したぜ、蟹の怪物はこっちに任せろ』
『ふん。ひとつ貸しだぞ』
『あーはいはい』
『おいもっと感謝しろよな! せっかく攻略法を聞いてきたんだぞ』
「攻略法?」
『ふっふっふ。星巫女アニヤを倒す方法、知りたいだろ?』
彼のニヤリとした笑みが目に浮かんだ。




