103. ニセ勇者と女神様と星の巫女
ココはマリリンから星巫女アニヤの目的を聞き、唸るように考えを巡らせる。大サピエーン皇国と勇者マタタビの接点がわからない。
「マリリンはどう思う?」
「ん~~、現皇帝は勇者を囲い込んでいると聞きますわ。新たな勇者を勧誘するつもりかもしれませんわよ」
ココはその意見には賛同せず、彼らの行動を訝しんだ。勇者と十二星将がわざわざ南東星域に出兵するなど、いくらなんでも過剰戦力じゃないか? 本国の防衛にも隙が出来るはずだしリスクが大きい。死霊王スペクターは喜ぶだろうけど。
彼らの目的は一旦脇に置き、その戦力について分析を求める。
「キミの見立てはどうかな。二人は王国内でも脅威になりえるかい?」
「グラティア帝国ならまだしも、この国の全戦力でもかないません事よ」
「それはまた彼らを過大評価、いや王国を過小評価していないかい? 仮にも共栄圏の本部がある国じゃないか」
マリリンはハイになった様子で大笑いする。
「星巫女アニヤと蟹将軍クレープスが強すぎるんですの」
そして彼女は二人の能力について説明を始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇
エルフの孤児院。僕は次々と湧いて出てくる蟹兵士に辟易していた。
最初の十数人は《大神実・酔狂花》で穏便に無力化しようとしたが、魔力が枯渇する危険性に気づいて普通に斬って捨て始めた。
それにしても、いくら何でも多すぎる。100人どころかもう200人は超えてる気がする。
『マタタビ君うしろですっ!』
モモ様の言葉と同時に振り返り、襲ってきた兵士の腕を斬り落とす。悲鳴をあげてその場に倒れる兵士をまたぎ、孤児院の中に入って扉を閉めた。
「はぁ……はぁ……。リトッチは無事ですか?」
『まだ捕まっていませんが、森の中へ逃げたので距離が離れています』
リトッチは魔術が使えない。一体倒すのにも苦戦していたけれど、彼女をフォローする余裕すらないほどに敵の攻撃が激しすぎる。これが捕獲用じゃなくて殺害用の武器だったらもっと危険だった。
窓ガラスが破れ、新たな蟹兵士が次々と中に侵入する。そいつらの攻撃を躱しつつ2階へ駆けあがり、タンスを投げて階段を防ぐ。
「キリが無いですね。彼らは一体何者なんですか?」
『海人族の甲殻種ですが、惑星アトランテに住む者達とは甲羅の色が違います。別の星域から来た蟹の子かもしれません』
2階の窓から外を見る。すると蟹兵士の中に一人だけ豪華な鎧にマントをなびかせる大男がいた。奴が蟹兵士を率いているらしい。観察していると、大男は中腰になり両手を広げた。
そして次の瞬間、大男の口から大量の水が放出されたのだ。
「――《水流弾駄》!」
うねりながら迫りくる水の竜巻が孤児院を押しつぶすように直撃する。その一撃で建物が半壊し、僕は瓦礫と一緒に外へ放り出された。
◆◇◆◇◆◇
「甲殻種は戦争屋ですわ。生まれつき気性が荒く、その生態がとっても戦争向きなんですの」
「ああ、『自切能力』だろ。それはボクも知ってる。手足が傷つけば自分で切り離して、魔力を消費して再生させるんだ」
奴らは首が無く胴体は特に硬い。たとえ傷を負わされても、頭が残っている限り手足を再生させて戦線に復帰する。ちゃんと殺しておかないと兵力を見誤るだろう。
「それだけではありませんわ。彼らは女官に受精卵、つまり『兵士の素』を何万個も抱えさせ、現地で産卵させますの。水と魔力があればあっという間に成長して兵士になりますわ。自切した手足を加工して武器や盾に使いますの」
「なるほどね。惑星ウェロペの海はそこそこ大きいから、成長にはうってつけというわけだ」
それらの荒くれ軍隊を束ねる蟹将軍クレープスの実力もまた脅威だろう。
「それで、勇者アニヤの方は?」
ケシ入りアイスを笑いながら食べていたマリリンは真顔に戻り、テーブルの上で両手を組んだ。
「ぶっちゃけ、あの子が一番やばいですわ。星巫女アニヤは大サピエーン皇国で唯一『惑星級魔導師』を名乗っておりますの」
惑星級魔導師。それは世界に干渉できる魔術を習得した証。
マタタビは彼らに敗北し、捕らえられる以外の道は無い。なれば欲王ココペリはどう動くべきか。
「憎き勇者を助ける」という選択肢を捨てきれず、ココはさりげなく話の核心に入った。
「ちなみに、彼らに弱点はあるのかな?」
◆◇◆◇◆◇
ずぶ濡れの状態で地面に着地。目の前には十数人の兵士と大男がいた。
よくも子供達の家を壊したな。ふつふつと怒りが込み上げてきた。聖剣を鞘にしまって構える。
『――マタタビ君?』
「剣技『閃光斬魔』!!」
剣技を発動して魔力の刃を飛ばす。大男は咄嗟に両手でガードするが、そばにいた兵士達の胴体が真っ二つに切り裂かれた。
『……っ』
「なんという鋭い斬撃……やはり本物の勇者ニガ」
「僕が狙いなら受けて立つ!」
彼らが何者で、どうして僕を狙っているのかはどうでもよかった。明らかに敵ならば斬り捨てて何の問題がある?
剣を構えて大男に向かって走り出す。大男はチェーンソーのような巨大な蟹爪を掲げて待ち構える。
しかしそれらが衝突することは無かった。突如、僕の頭上に巨大な動物の前足が現れたのだ。
目の前の敵に意識を向けすぎたためか、その攻撃を躱すことができなかった僕はあえなく踏みつぶされた。
これで気を失えばどれだけ楽だったか。なまじ頑丈な体のおかげで意識は保てたが、ドアに指を挟んだような衝撃が全身を襲った。トラック同士が正面衝突に巻き込まれたらこんな感じなのだろうか?
「ぐぇ……このお!」
邪魔された怒りに任せて剣を足の裏に突き刺した。獣が悲鳴を上げてその場をどく。見上げるとそこにはライオンに似た巨大な獣がいた。
『これは……神獣召喚です!』
「くすっ。その通りですよ」
声の主が蟹男の背後から現れる。巫女服を着た妖狐族の少女。両目を包帯で覆っているのが特徴的だ。剣を構えなおして敵を睨みつける。
僕が戦意を失っていない事に気づいた少女は、ニヤリと冷たい笑みを浮かべるのだった。




