101. ニセ勇者と女神様、遊び相手になる
木人族の森の孤児院。
僕らは孤児院の子供達と遊ぶことにした。4つのグループに分かれ、それぞれ5~7人の子供を担当するのだ。
モモ様は担当の子供達を洗脳しようとしていた。熱心なことは良いことだ。「勇者マタタビの英雄譚」を紙芝居で披露していたところまでは順調だった。しかし一時間後に様子を見ると、いつの間にか子供達に虐められていた。そういう体質なのだろうか……子供は残酷だなと他人事のように思った。
「ひぐっ、ひぐっ。子供は嫌いです」
「よしよし、モモ様は頑張りましたよ」
あんまりにも可哀想だったから、少女の頭を撫でて励ましておく。
ちなみに僕が担当した子供達にはチャンバラごっこをさせた。棒切れを持たせ、構えを教えた後に僕を練習台にして打ち込ませたのだ。子供の面や突きは全然痛くないので苦にはならなかった。
「よしもっと打ち込んで―! いい剣筋だよー!」
ノームとの修行の日々を思い出す。今にして思えば彼が先生で本当に良かったと思う。彼の教えが僕を生かしてくれたことは間違いない。
「もっと腕を振って! 姿勢を大事にっ! ワン、トゥ、スリー!」
なぜだろう。子供達は楽しそうにしているが、僕らを見守っていたクリョンの表情が引きつっていた。もしかして僕にマゾッ気があると勘違いしているのだろうか? 全然痛くない、むしろ丁度良い塩梅の痺れで気持ちが良いだけなのに。体は痛くないが視線は痛かった。
練習の後、子供達はいつか僕のような立派な男になりたいと目を輝かせていた。僕は満足だったが、モモ様は「マタタビ君はいつも布教を忘れます」と頬を膨らませている。忘れてはいないけれど、それはそれ、これはこれである。
リトッチは子供達を連れて山菜採りにでかけ、夕暮れになってようやく戻って来た。皆で集めた貴重な薬草を大釜に入れていく。いかにも魔術士らしい事やってるなあ。
「いやー、マタタビに食べさせるのが楽しみだぜ」
「さらっと毒見させるつもりですね?」
リトッチは悪い笑みを浮かべつつ混ぜ棒を手にしている。子供達はさながら魔女に使役される妖精のように、焚火に木の枝をくべていた。
ちなみに夕食時、僕はリトッチ特製のスープを飲んで昏倒した。毒うんぬん以前に、リトッチが混ぜた甘すぎるシロップが原因だった。あらゆる山菜の味が殺されていたので悲しかった事は覚えている。リトッチと子供達は「勇者を倒した」と喜んだ。……そっちが目的だったの!?
そしてスピカは子供達と鬼ごっこをした。ルビィも一緒だったが、きっと彼も他の子供達もトラウマを背負ったに違いない。鬼になったスピカは「歩く環境破壊」の如く、通りすがりのあらゆる物を吹き飛ばして彼らを捕まえていた。やっぱりドラゴン怖い。
ちなみに木人族がめっちゃ怒ったらしく、何故か全員でごめんなさいと頭を下げた。更にスピカが「スピカのウ〇コ、欲しい? 肥料になるよ?」と爆弾発言したのでもう一度謝った。
だけどスピカが発言した時、木人族のざわめきが嬉しそうだったのは忘れてない。ちょっと変態チックな香りがするが、木だからおかしくはないよね?
◆◇◆◇◆◇
夜になって子供達が就寝についた後、のんびり紅茶を飲みながら雑談する。
「本日はありがとうございました。なにぶん私一人では、子供を遊ばせるのには限界がありまして」
「いえいえ、こちらこそ。泊めてくださりありがとうございます」
クリョンとお互いに頭を下げあう。
「明日、発たれるのですか?」
「はい。クリョンさんには悪いのですが、アシュリア王女の手から逃れたいので。朝一で別荘に戻って、ゴブリンと共に旅を続けます」
「私も早く発ちたいです。もう人の子らにボコボコにされ、馬の真似をしてヒンヒン言わされたくありません」
「モモ様……」
目に光が無い女神様にかける言葉が思いつかない。
スピカが不満げな顔で俯く。
「ねえ、もっとここにいないの? ルビィともっと遊びたい」
彼女はよほどルビィが気に入ったようだ。……アシュリア王女の魔の手から少年を救うべく、一緒に連れて行くことも一瞬は考えた。しかしそれは紛れもない誘拐だし、彼の人生に責任が持てるかと言われると言葉に詰まる。
王女様に子供に手を出すなと忠告すべきだろうか? でもあの王女がはいそうですかと聞くわけが無い。説得できそうなモモ様は王女の側につくだろうしなあ……。
「リトッチはどうすべきだと思います?」
「アタシもとんずらに同感だ。近くのモンターニャに行きたいな。『雷門』があるんだろ?」
「『雷門』?」
なにそれ、と言おうとしたその時。ガタッと窓の外で音がした。顔を出すと、ルビィがこそこそ森の奥へ消えて行くのが見える。
どうやら、またもや一人で別荘へ行くつもりらしい。流石に何度もクリョンに迷惑をかけるのはいただけないな。
「あっ! 待ってルビィ!」
スピカが家を飛び出して少年の後を追う。僕も彼女の後に続こうとして、はたと足を止めた。だらけていたリトッチの表情が引き締まる。
「……おい、感じたか?」
「はい、感じました」
山の方角からの鋭い視線。ルビィの時とは違い素人ではなく、何者かが魔術で僕らを視認したことに気づく。恐らく千里眼の魔術だ。
「……もしや王女の狩人部隊ですか?」
「いや、はっきりと敵意が感じられたな。アタシらか孤児のどっちが狙いかわからんが」
木人族の森全体がざわついている。クリョンが地面に耳を当てると慌てた様子で告げた。
「凄い数の足音です。恐らく100人を超える集団が山を降りてこちらに……」
動転している様子のクリョンに対し、モモ様が腹の座った声で命じた。
「人の子よ、すぐに孤児と共に別荘へ避難するのです。待機している小鬼族が守ってくれます」
「は、はい。……みんなー! すぐに起きるんだー!」
寝ぼけ眼で家から出てくる子供達を尻目に、僕は聖剣タンネリクを鞘から抜いた。モモ様は魔石の中へ移動し、リトッチは箒を担ぐ。
『マタタビ君も人気者になりましたね』
「まだ僕が狙いと決まったわけじゃありません。ただ孤児院狙いで100人はちょっと過剰ですからね……」
「異教徒がフレイヤ信徒を弾圧しに来たか、徒党を組んだ魔人がお前を狙いに来たかじゃないか?」
「誰であろうと、敵意のある連中なら全員ぶっ飛ばしますね」
久しぶりの戦いに身震いしつつ、気を引き締める。そしてクリョンと孤児達がこの場を去って数分後、その連中が森の中をかき分けてやってきた。
彼らの姿を見て思わず面食らう。なぜなら、まるで予想外の連中だったからだ。
様々な捕り物道具を構えた彼らは、一人残らず「蟹頭の兵士」であった。
山から蟹が降りてくるとは、これいかに。




