99. ニセ勇者と女神様、孤児院へ
夜が明け、僕らはルビィを連れて孤児院へと向かった。
別荘と孤児院を繋ぐ山道は無い。ノーブレス王国の森は木人族の棲みかだ。彼らの敵対者は方向感覚が狂わされ、死ぬまで森から出ることはできない。そのため木人族に友好的な長耳族のルビィに案内役を任せた。
少年は僕らとアシュリア王女の関係をもっと知りたがった。敵対関係だった事実は伏せ、惑星ドラゴネストで出会ったことを告げると彼は目を輝かせた。
「皆さん他の惑星から来たんですね。羨ましいです」
頭上を見上げ、木々の隙間から空を見る。今日も別の惑星が視界の半分を占拠していた。惑星ウェロペはハブ惑星と言われるだけあって、他の惑星と比べて星の口づけの頻度が多い。冒険心のある少年なら、誰でも星渡りに憧れを抱くだろう。ルビィもまたその一人のようだ。
歩くこと数時間。巨大なドングリが山積みになった場所に到着する。そのドングリが孤児院であった。中をくりぬいて住居として利用しているようだ。一番高い部屋からクリョンが顔を出し、慌てて梯子を降りて駆け寄ってくる。ルビィの姿を確認すると安堵した表情を見せるが、すぐに彼を叱り始める。
「ルビィ! 夜中に一人で出歩いちゃだめだろう!」
「……夜の森は慣れてる」
「それは関係ない。共同生活にはルールがあるんだ」
「……どーでもいい」
ルビィはむくれてそっぽを向いた。どうやら思春期真っ盛りのようだ。クリョンさんは怒り心頭で、今にも少年を引っ叩きそうな剣幕である。
その気まずい空気を思いっきり蹴飛ばしたのはスピカだった。彼女はルビィの頬を掴んで引っ張りながら怒鳴る。
「こらルビィ! クリョンに迷惑かけちゃ駄目だよ!」
「はぎっ!? ひゃ、ひゃめ」
「ほら謝る!」
「ほ、ほへんなひゃい」
涙目の状態で謝る少年。クリョンも突然の事で戸惑っているが、彼もまた溜飲を下げざるを得なかった。スピカはうんうん頷いて手を放す。
「じゃあ仲直りの指切りしよう!」
「い、いらないよそんなの」
真顔でルビィを睨むスピカ。竜の瞳に睨まれるなんて失禁ものだ。少年は慌ててクリョンと指切りげんまんした。
僕とリトッチはスピカの行動に驚いてばかりだ。モモ様は何故か誇らしげに胸を張っている。
「素晴らしい指導です竜の子よ。やはりモモ教の教えによる賜物ですね」
「スピカはマタタビの真似をしただけだよ。いつもモモを叱ってるから」
「モモと子供は同レベルってことだな」
「子供に失礼ですよリトッチ」
3人に馬鹿にされて石のように固まったモモ様を置いて、僕らは孤児院に招かれた。
◆◇◆◇◆◇
この世界では、異種族間の結婚は珍しいことではない。異種族間で子を成せないのは地球と同じだが、フレイヤ教に入信すれば話は違うからだ。夫婦で信仰を積めば女神フレイヤが顕現し、二人の子を宿してくれる。スピカが代表的な例である。
しかし他の宗教は違う。原則的に異種族間の結婚はタブーだ。それゆえかフレイヤ信徒は迫害される事も多く、公言する者はあまりいない。ノーブレス王国は国教が指定されていないが、フレイヤ信徒を軽蔑する長耳族も少なくないとのこと。
そしてこの孤児院の子供は全員が「フレイヤ信徒が産んだ混血児」である。ただでさえ白い目で見られる存在で、かつ親がいないとあれば、然るべき環境に置かなければ有意義な幼少期を送ることはできない。
孤児院を経営するクリョンもフレイヤ教だ。
「妻は50年ほど前に他界しました。私が彼女の下へ逝くのはまだまだ先になりそうです」
そう語る彼の顔には寂しさと疲れの色が見えていた。長命の長耳族は、常に愛する人を看取る立場にあるのだ。
リトッチが納得いったように頷く。
「道理で孤児院がこんな辺境にあるわけだ。王女様が孤児院を支援する理由も、同じフレイヤ信徒だからってことか」
「少年少女を攫って監禁してるわけじゃないんですね。ほっとしました。ちなみに子供達もフレイヤ教なのですか?」
「いいえ、彼らはどの宗教にも属していません。本来ならばフレイヤ教の教義に従って生活するべきなのですが……」
言い淀むクリョン。モモ様が至って真面目な口調で引き継ぐ。
「教義によると、フレイヤ信徒は産んだ子を成人まで育てる義務があります。孤児の子にとって、自らの存在は両親が教義に背いた証に他ならないのです」
「……ではルビィの両親も?」
ちらりと窓の外を見る。ルビィは他の子供達に囲まれて人気者になっていた。やや興奮しながら僕らの事を説明している。子供達にとって外来人は大変珍しく映っているようだ。窓の端からは幼い少年少女の顔が覗いている。僕らはちょっとした有名人だ。
「はい。長耳族と人族の子ですが、産まれてすぐ孤児院に捨てられました。……その後、両親は亡くなったと聞いています。ルビィ本人も知っています」
愛し合って、女神フレイヤの祝福を受け、望んで産んだはずの子供を捨てるなんて! ルビィがあんまりじゃないか。きっと他の子供達も似た境遇なのだろう。しばらくお世話になることだし、何か僕らに出来ることは無いだろうか。
……いや待てよ。こういった状況の人達にこそ、モモ教を広めるべきでは無いだろうか。
「おっと、マタタビが悪い顔をしてるな」
「なに言ってるんですか。モモ教の布教を考えていたんですよ」
「つまり悪い顔で間違いないじゃねえか」
「ふふふ、私の出番ですねマタタビ君!」
「モモ様は座ってて」
「お前は座ってろ」
「……最近、私への風当たりが強いのは気のせいでしょうか」
扱いに慣れてきたとも言う。
僕らの静止も無視して、モモ様が勢いよくテーブルの上に立つ。その顔は自信に満ち溢れていた。
「どうやら人の子は信心が足りないようですね。私直々の布教に不安があると?」
「不安を通り越して確信ですね」
「相手はまだ子供です。せんの……布教は赤子の手を捻るより簡単ですよ」
「いま洗脳って言おうとした?」
「彼らの心を私の色に、つまり桃色に染め上げて見せましょう!」
「その言い方やめろぉ!」
「ならばピンク色に染め上げて見せましょう!」
「いや余計に直球! というか使い方間違ってる!」
やっぱりモモ様に任せるのは駄目じゃないか。何とか手綱を握らなければ。




