97. ニセ勇者と竜人、狩りをする
夜、食事の時間。
長耳族の料理は基本的に量が少ない。サンドイッチやビスケットといった小麦を使った料理がメインなのだが、少量でも満腹感が襲ってくるのだ。胃もたれとはちょっと違う。全身に魔力が巡り、あっという間に空腹感が消えてしまう。
しかし満腹とは無縁のスピカは手を止めることなく、次々と料理を平らげている。最初は肉料理が無くて不満げな顔をしていたが、どの料理も絶品だとわかるとすぐにご機嫌になった。
「スピカ、僕の分も食べる?」
「いいの? うん!」
ちょっと行儀が悪いほどがっつく少女をたしなめつつ、僕らは早くも食後の紅茶を楽しんでいた。
「惑星ゴルドーと比べると、やっぱウェロペの料理は美味いな。シロップもしまっておくか」
リトッチにシロップを引っ込ませるとは。それだけ料理の完成度が高いのだろう。
「マタタビ君、後で桃の樹を植えましょう。きっと美味しい実がなります」
「僕も同じことを考えていました」
料理人の腕は確かだが、恐るべきは食材の方だ。味付けが無くても甘味やうま味がある。とても自然の産物とは思えない。地球では作物の品種改良が当たり前に行われていたが、この世界はどうなんだろう。
スピカが空になった皿を持ち上げて「おかわり!」と叫ぶと、キッチンから給仕係の小鬼族達がやってくる。彼らを束ねるクンミが恭しくお辞儀をした。彼女は包帯をぐるぐる巻いている珍しいゴブリンなだけに、名前を覚えるのは簡単だった。
「お待たせしやした旦那様方」
「ありがとう、助かるよ」
「滅相もございやせん。縛り首になる私達を救って下さるだけでなく、このようなお役目まで頂き感謝しやす」
彼らはアルビオン号で反旗を翻した船夫である。首謀者のクンミと賛同者6匹のゴブリンは反逆者として処分される運命だったが、僕らが買い取って事なきを得た。そもそも彼らを唆したのは僕らだったので申し訳なく思っている。
クンミ達の処遇は未定。自由にしてやりたいが、南方ウェロペ共栄圏では小鬼族は「物品」として売買できる。彼らを解き放っても商人に捕まえられて奴隷に逆戻りだ。
突如、一匹のゴブリンが悲鳴をあげる。見ればスピカが料理と一緒にゴブリンを捕まえ、頭から頬張ろうとしていた。
「お、お助け―!」
「スピカ駄目! それ料理じゃないよ」
「あ、ごめん」
すんでのところで気づいたスピカは、てへへと笑いながらゴブリンを降ろす。他のゴブリン達も戦々恐々としていた。彼らにスピカの世話はさせられないな……給仕ですら命がけだ。
「クンミ達はお肉じゃありません。間違っても食べないように」
「はーい。……じゅるり」
「そろそろ肉を与えないとヤバいんじゃないか?」
「しばらくはモモ様の頭で我慢してもらいましょう」
モモ様が僕を凝視しているけど無視。
「ちなみに共栄圏の外だと小鬼族の扱いはどうなんですか?」
リトッチがうーんと唸る。
「どの惑星でも似たようなもんだと思うぜ。モンスターや魔獣の支配領域が広い南西星域なら、奴隷扱いはされないだろうがな」
「小鬼の子が言うように、それこそ革命を起こさないと難しいはずです」
革命は大勢の血が流れるし、僕はその責任が持てるほど強い人間じゃない。今は僕らが所有者になってマシな生活を送らせるのが精一杯か……。
スピカが満足したように膨れたお腹をさする。それにしてもかなりの量を食べたな。別荘の食材無くなったんじゃないか?
4人でご馳走様をすると、キッチンから料理を作ってくれた長耳族の男性が顔を出す。初老に差し掛かっているのか、やや皺が見られる。
「お粗末様でした。いやいや、王女様からたくさん作るように言われておりましたが、まさか全て平らげてしまうとは」
「はらはちぶんめ!」
「ではでは、こちらのプディングをどうぞ」
彼の名は【クリョン】。普段はこの近くにある孤児院を経営しているらしい。別荘の管理も兼任していて、アシュリア王女が利用する際に掃除や料理をするとのこと。
「ありがとうございます。いただきます」
デザートを食べながら、彼とアシュリア王女の関係を尋ねてみる。
「アシュリア王女から孤児院への寄付金を頂戴しております」
「へえ。あの王女様が寄付ねえ。そんな柄には見えないよなあ」
「人の子よ、失礼ですよ」
「いえいえお気になさらず。実はこの別荘は公にされておりません。雇われているのは私だけ、小鬼族すら立ち入りません。きっと口止め料なのでしょう」
「ほら、やっぱり裏があるじゃねえか」
モモ様がむーと頬を膨らませる。
「アシュリア王女はよく泊まるんですか?」
「1年に1、2回くらいですね。護衛もいないので、何かあったら大変だといつも肝を冷やしてます」
流石に王女様が一人で行動するのは危ないはずだ。そうまでしてこの別荘でバカンスを楽しんでいるか?
◆◇◆◇◆◇
デザートを食べ終わると、給仕係のゴブリンが皿を片付ける。クリョンは「子供たちの世話があるので、失礼します」と席を立った。
僕とリトッチで彼を見送るために玄関を出る。夜も更けて闇夜の森が広がっていたが、クリョン曰く木人に見守られているから安全らしい。
「どうもありがとうございました。とても美味しい料理でした」
手を振ってクリョンの後ろ姿を見つめる。彼が深い森の中へと消えて行った後、リトッチがそっと耳打ちをした。
「――誰かに見られているな」
「ええ、僕もさっき気づきました」
森の奥から視線を感じるのだ。気配を全然隠しきれていないから素人かもしれないが、油断はできない。
「数はわかりますか?」
「この感じだと一人だな。どうする?」
「僕とスピカで捕まえます。リトッチは念のためモモ様の護衛を」
リトッチが中へ戻り、入れ替わりでスピカが出てくる。パンパンのお腹をさすりながら、少女は張り切った様子で足踏みした。
「狩りごっこするの?」
「僕らを監視してる人を捕まえよう。食べちゃ駄目だよ」
「うん!」
「それじゃ、ごー!」
二人で森の中に飛び込み、視線の下へと走り出した。距離にして大体3、400メートル。
スピカは凄く夜目が利く。いやそれ以前に障害を物ともしない。美しい星々の輝きも届かない森の中を機関車のように突っ切っていく。倒木や岩を突進で破壊しつつ移動するものだから、巨大な猪が森を荒らしている感じになっている。
「スピカ、木は避けて! 木人を怒らすと出られなくなる!」
僕は先見の型を研ぎ澄まして障害を避けながら走る。先見の型は極めれば魔力の流れすら視覚化できるのだ。
この森の樹々は通称「木人」と呼ばれる植物系の種族だ。それらの樹はモンスターと同等かそれ以上の魔力に満ち溢れている。先見の型で観察すれば、まるで樹にイルミネーションが飾られているように地形がはっきりと見える。
進行方向で足音が聞こえた。監視者が逃げ出し始めたのだ。しかし行動が遅すぎた。どんどん距離を詰め、遂にスピカが監視者を射程におさめる。
「えーい! 捕まえたー!」
スピカは目を輝かせながら、遅れて到着した僕に捕らえた監視者を見せる。ネズミをご主人に献上する猫のような表情だが、そんな事より捕まえたのが意外な相手で驚いてしまった。
「それ……子供ですよね」
スピカが首根っこを押さえているのは、年端もいかない(であろう)少年の長耳族だった。彼は恐怖の表情を浮かべ、悲鳴を上げながら手足をばたつかせている。スピカが少年の顔に鼻を近づけてすんすんと嗅ぎ始めると、震えながら大人しくなった。
監視していたのが子供だったのは想定外。他に怪しい者も見当たらないし対処に困る。
「ねえ、この子どうするの?」
「うーん。とりあえず別荘に連れて行きましょうか」
別荘で待機している二人にも相談しよう。




