96. ニセ勇者と魔術士、波に乗る
最初は4人でビーチバレーを楽しもうとしたが、モモ様の実力があまりにもアレすぎたのですぐにやめた。
各自で自由に遊ぶことにすると、モモ様とスピカは仲良く砂の城を作り始める。
「僕らはどうします?」
「アタシはサーフィンするが、マタタビも乗るか?」
リトッチが持っているのはボードと帆だ。どうやらウインドサーフィンを楽しむらしい。
「この大きさで二人が乗っても平気なんですか」
「木人の材木で作られたボードだから、凄く浮きやすいんだよ」
リトッチと話したいこともあったので、お誘いに乗ることにする。
僕らはボードに乗り、帆を立てて沖合に出た。《風詠み》を持つリトッチは帆を動かしてすいすいと波に乗る。雲一つない空の下、若干の汗をかきながら遊泳を楽しむ。その間、お互いに何も話さない。
実はここ数日、二人きりの時はずっと黙ったままなのだ。僕はどう切り出そうか悩んでいるし、リトッチもきっとそうだと思う。
惑星ドラゴネストで嵐王ズムハァを倒して以降、リトッチと魔術の修行はしていない。そして彼女が魔術を使った所を見たことが無い。
少女の両手には今も包帯が巻かれている。せっかくの水着姿も、その包帯の痛々しさを強調しているようにも思える。
風がやみ、ボードの動きが止まった。二人でボードに座り込み、砂浜に小さく映るモモとスピカを眺める。どちらが話を切り出すべきなのか。
「……あの」
「……なあ」
意を決して声を出すがリトッチと被ってしまい、更に気まずい感じになる。咳ばらいをしつつ、リトッチにどうぞと促す。
彼女は頬を掻きながら、申し訳なさそうに呟いた。
「いい加減、アタシに遠慮せずに魔術の練習しろ。腕がなまるぞ」
これ以上、引き伸ばしておくわけにはいかない。はっきりさせなければ。
「腕の怪我、いつ治るんですか?」
リトッチが深呼吸をして、吐き出すように言葉を紡いだ。
「……医者が言うには、自然回復は見込めないらしい」
覚悟はしていたので驚きは無かった。彼女は僕の《治癒》を断っていたし、薬を飲む気配すらなかったからだ。
あらゆる物を切り裂く《事象ノ地平線》。針の穴を通すように発動すべきその魔術が放たれる時、何故か僕は彼女を妨害したのだ。
僕に責任がある。本当ならもっと早く言うべきだった。
「ごめん、リトッチ」
「やめろ。謝るな」
「それでもごめん」
「だから謝るなよ!」
リトッチの叫び。ずっと抑えつけていた感情が爆発しそうな声だ。
「僕にできる事なら何でもします」
「馬鹿! できりゃとっくに頼んでる!」
彼女は包帯を引きちぎり、ボロボロに傷ついた掌を見せつける。
「《事象ノ地平線》で切り裂かれたモノは治らねえんだよ。魔王の体もそうだったろうが。治せる医者なんてこの世にいねえ」
突き出された少女の手を握る。
「治す方法を必ず見つけます」
「だから変な希望を持たせるな……!」
強い拒絶と共に手が弾かれる。惑星ゴルドーで初めてあった時のような壁を感じた。最早、仲間ですらないという意志さえ感じる。
リトッチは僕に背中を向けて縮こまった。これ以上構うと殴られそうだ。それでも僕は彼女に近づいて話しかける。
「――リトッチ」
彼女が振り向き様にビンタをお見舞いしてくる。頬に痛みが走る。
いいや、こんなの痛みの内に入らない。彼女の痛みに比べれば、こんなもの。
怒りの眼差しを向けるリトッチを見つめ返す。
「いいですよ、かっこつけなくて」
「つけてねえよ」
「つけてます。我慢しなくていいです。僕が全部受け止めますから」
「……っ」
そして彼女は、叫んだ。僕を叩き、僕の胸に顔を埋め、ひた隠しにしていた感情を剥き出しにして泣いた。風のない沖合で、その慟哭は他の誰にも届かない。
◆◇◆◇◆◇
夕暮れ。
水平線に太陽が落ちていく様子が見える。泣き腫らした顔をこすり、リトッチがぼそりと呟く。
「お前が軌道をずらしてくれなきゃ、アタシはスピカを殺してた」
彼女は疲れた様子で僕の背中に体を預けていた。
「本当はお前に感謝しなきゃいけないんだ。だけど結果的に、アタシは魔術を使えなくなった。誰のせいでもない、強いて言うなら《事象ノ地平線》に挑戦したアタシが悪い。無謀だったんだ」
「《事象ノ地平線》に挑む姿が一番かっこよかったです。悪いのは僕です」
「……っ。お前のせいにすりゃ楽だろうけどよ」
「実際に僕のせいです。なんとなくですが、そんな感じがするんです」
ぞわりを左腕が冷える感触。
「その手を治す方法を探し続けます。広い世界ですから必ずあるはずです。リトッチの夢を諦めさせるわけにはいきません」
「……アタシには夢なんて無い。その日暮らしが出来れば良いさ」
「本当ですか? 目指しているんじゃないですか、師匠のような大魔導師を」
リトッチが振り返る。面食らった表情の少女は数秒間固まった後、久しぶりに心の底から笑みを見せた。
「アタシが大魔導師になるって?」
「なれますよ。だから諦めずに治しましょう。きっとこれも乗り越えるべき壁の一つなんです」
「呆れるほどに楽観的だな。絶対に後先考えてないだろ」
「どこぞのポンコツ女神に影響されたんです」
「……ま、どうせなら逆に期待してもいいか」
その声色から、彼女がいつもの調子に戻ったことを知る。
「おい、約束だぞ。男なら守れよ」
「もちろん守ります。なにせそのうち、僕は魔術の腕でもリトッチを超えますからね」
「はははっ! 面白い冗談だぜ」
お互い振り返り、笑いながら睨みあう。
「アタシを超えるのは十年早いぜ、弟子」
「十年で超えて良いんですか、師匠」
こうして僕はリトッチと悩みを共有し、一緒に困難を乗り越えることを誓った。
二兎を追う者は一兎をも得ず。モモ様の信者を増やすだけでなく、リトッチの怪我の治療も模索しなければならないが、焦れば両手落ちになってしまう。
でも僕は勇者なのだ。二兎を得るくらいできなきゃ、世界も救えないだろう。
◆◇◆◇◆◇
砂浜に戻った僕らをモモ様とスピカが出迎えた。何故か二人仲良く胸を張っている。
「待っていましたよ人の子らよ」
「どうしたんですか、機嫌がよさそうですね」
「砂の城に飽きたので、せっかくだから砂の彫像を作ってみました。じゃーん!」
「自信作だよ。えっへん!」
二人がソレをみせびらかす。そこにはクッキーモンスターみたいな人型の彫像があった。顔には貝殻や珊瑚の死骸がくっついている。
「なんだこりゃ……まさか等身大の……マタタビか?」
「えっこれ僕!?」
「その通りです」
「そっくり!」
いやどこがだよ。なんでリトッチはモデルが僕と思ったのか問いただしたいくらいだ。
「……シテ……」
「ん?」
声が聞こえる。よく見ると口を模した貝殻がパクパク動いている。
「……シテ……ハジメマシテ……」
「なんか生きてる!?」
「こりゃゴーレム化したっぽいな。恐らくだが、スピカの魔力とモモの気分で魂が宿ったんだろうぜ」
「冷静に分析しないでください」
「彼の名はモデルにちなんで、【マタタタビ君】にしました」
「言いづらっ! しかも一文字多いだけだよね!?」
「いけーマタタタビ!」
「どこに!?」
スピカの命令を受けて、砂の男がザッザっと歩き出す。向かう先は海辺だ。しかし波が砂男の足元に当たるたび、少しずつ身長が低くなっていく。
「溶けてる! 溶けてるよ!」
「だめー! 戻ってマタタタビ!」
「私達の最高傑作が!」
「……シテ……コロシテ……」
ゴーレムはそのまま海に入り、全身がバラバラになって死んだ。
泣き出すモモ様とスピカ。対して僕とリトッチは、彼の最期の言葉が耳にこびりつき絶句していた。
その日の夜。僕はモモ様にゴーレム創造禁止令を発動したのだった。
マタタタビは生まれるべきじゃなかったんだ……。




