95. ニセ勇者と女神様、ビーチに立つ
二日後。首都ルーボワに魔道帆船アルビオン号が到着した。
帆船の発着場は木々に覆われていたが、アルビオン号が直上に来ると一斉に開き始める。船が降下していくと、再び木々が発着場を覆い隠していった。ルーボワの森は天然の城壁なのだ。
船を降りたアシュリア王女を出迎えたのはノーブレス王国第一王子【アズナイル】。アシュリアの人生の二倍を生きた男はいつも疲れたような顔をしている。しわ一つない美しい顔なだけに、目の隈がはっきりと衰えを主張していた。
彼は妹に断りもなく、王国陸軍第一師団の兵士を次々と船に乗り込ませる。アシュリアは不機嫌な態度を隠そうともせずにアズナイルを睨んだ。
「お兄様、何のおつもりですか?」
「妹よ、勇者マタタビを引き渡してもらおう。お前が招待したことは耳に届いているぞ」
「心当たりがありませんね」
つっけんどんな返答に、アズナイルはイラつくようにこめかみを押さえる。そして兵士の報告を聞くと目元を痙攣させた。彼が怒鳴る前兆だ。
「王子、勇者マタタビとその一行が見当たりません」
「……アシュリア、何処へ匿った!」
「ですから心当たりが無いと申したでしょう。ゴリマー、貴方はご存じですか?」
アシュリアの脇に控えるゴリマーは「ウホッ」と呟きながら首を横に振った。もっともマタタビ一行を事前に降ろし、別荘へ匿ったのは彼の提案だ。
星詠士は惑星の接触を予測するだけでなく、占星術によって吉兆を占うこともできる。ゴリマーはマタタビ一行に凶兆が訪れることを知り、アシュリアに警告していたのだ。
アシュリアは悔しがる兄を見て心の中で笑う。
「その勇者マタタビとやらが何か問題でも?」
「お前には関わりの無いことだ」
その言葉は聞き飽きた。いつもいつも、彼はいつも私をのけ者にする。構わない、自力で調べれば良いだけの事だ。
「では失礼しますお兄様。これから出資者に調査の成果を報告しなければなりませんので」
「――いいや、その必要はない」
アズナイルの言葉に訝しんだその時、船からウケルタの悲鳴が上がる。彼は泣きながら兵士にしがみつくが、他の兵士に引きはがされて地面に突っ伏す。
「ああー! かか、返してください! 貴重なサンプルが、私の宝物がー!」
いつの間にか、惑星ドラゴネストで収集した植物や鉱物、ドラゴンの骨や鱗から糞に至るまで、調査団が回収した品々が兵士に運び出されていた。
「なっ……! アズナイル貴様、私の手柄を横取りするつもりか!」
「お前の手柄ではない。我らノーブレス王国が主導することで調査は成功したのだ」
「そんな理不尽が通るわけあるか。私の成果だぞ、私のだ!」
「ほう? ならば出資者にお前の本当の目的を明かしても問題無いというわけだな?」
アシュリアは絶句し、言葉に詰まる。長兄にはとっくに見抜かれていたということか。
「勇者カナリアは南方ウェロペ共栄圏の条約に従って追放された身だ。お前のやろうとしていた事は、お前だけでなくノーブレス王国の顔にまで泥を塗る行為だ。何のお咎めも無いだけ、私の慈悲に感謝するがいい」
アズナイルは侮蔑の表情を妹に向けつつ踵を返す。アシュリアは何も言い返せず、彼と奪われた収集品を見送るしかなかった。
「……仕方ないよアシュリア」
ゴリマーの励ましも、今のアシュリアにとっては見下された同情としか映らない。彼女は親友に顔も合わせずその場を去る。
いつもこうだ。私の努力は兄や姉に奪われてしまう。この辛さを共有できるお方は、彼女しかいない。
アシュリアはぎゅっと口を結びながら、尊敬する女神モモを想った。
◆◇◆◇◆◇
アシュリアの別荘。
僕はパーカーに短パン姿で砂浜にいた。隣に立つモモ様はいわゆるスクール水着だ。二人で仲良く背伸びして叫ぶ。
「「ビーチだー!」」
流石は王女様。とても良い別荘をお持ちで。
アシュリア王女の別荘はノーブレス王国の南、海岸線沿いの森に建てられていた。船から降ろされた僕らは敷地内のビーチで遊ぶことにしたのだが……。
「あれ? 何で僕はこんな格好なの?」
「よくぞお聞きになりました勇者の子よ」
少女の水着には律義に「5-1 モモ」と名札が貼られている。お互いいつ着替えたの?
「これはモモ様の仕業ですか?」
「いいえ、マタタビ君の仕業です」
「まったく身に覚えが無いのですが」
「マタタビ君の《衣装》がレベルアップしました。いくつかの衣装を登録して、自分にも他人にも着せられますよ」
「レベルの概念あったの!? ……いや待ってください、こんな服を登録した覚えはありませんけれど」
「登録するのは私ですから」
やっぱりモモ様の仕業じゃないか!
少女の頬をつねって《衣装》の新仕様について吐かせた。涙ぐみながら白状した女神様によると、《衣装》の服はポイントカードで登録するらしい。
モモ様からカードを奪い取って《衣装》の情報を開示。すると「冒険者の服」「女神服」「男性用水着」「スクール水着」「空きスロット」と表示された。
「これでマタタビ君はいつでも私にスクール水着を着せられますよ」
「その言い方やめろぉ! 貴重な枠に水着なんかいりません、削除ですよ削除!」
リトッチやスピカにあらぬ誤解を受けてしまうので、さっさとスクール水着を削除。するとモモ様が全裸になった。
一瞬の沈黙。少女が顔を真っ赤にしてその場に蹲る。
「ひ、ひどいですマタタビ君!」
「えっちょっこれ消えるの!? 先に言ってくださいよ!」
「やっぱりマタタビ君は変態の子です! 速くあっち向いてください!」
「誰が変態の子ですか、こうなったのも全部モモ様の……」
「よっ、お待たせー」
背後からリトッチの声。思わず心臓が飛び上がる。弁明しようと慌てて振り返り、僕はその場に固まった。
彼女は日頃から黒ブラを見せびらかしていたので、水着も似た物だと思っていた。でも今回はフリルのついたワンショルダービキニを着ていた。胸の谷間が隠れて露出度は下がっている。
「どうした? いつもこんな感じだろうが」
「いえ……その。むしろ大人っぽくなったなって。惚れ直しますね」
素直に褒めるとリトッチは赤面して身をよじる。
「は、はっきり言うな馬鹿。あとじろじろ見るな」
「みんなー、待ってー! スピカも着替えたー!」
スピカが別荘から走ってきたので目をやると、彼女の純白ビキニ、バインバインと揺れる胸に視線がくぎ付けになる。五歳児に着せて良い水着じゃない。
「目に毒すぎますね……」
リトッチも羨望の眼差しで彼女の豊満な胸を見つめている。僕らの下へ辿り着いたスピカが不思議そうにモモ様を見た。
「モモ、なんで裸なの?」
「マタタビ君に脱がされたのです!」
しまったこいつの口を封じるの忘れてた!
僕は三人娘の痛い視線を受けながら必死に弁明した。30分近くかけて何とか誤解を解くことができたが、せっかくの水着回がパーになりそうで危なかった。
気を取り直して、バカンスを楽しもう!




