閑話 動き出す世界③
北西星域、惑星【リーオー】。
大サピエーン皇国の領土であるその星は、死霊王スペクターの軍勢と衝突する最前線だ。
今まさに、宇宙に浮かぶ暗黒惑星がリーオーと接触しようとしていた。
ライオンの頭を持つ獣人族の大将が声を荒げて兵士を鼓舞する。
「皇国の民よ。我らが旗を掲げよ、我らが牙を掲げよ、我らが剣を掲げよ!」
かつて惑星リーオーは獣人族が暮らす文明度が低い星だった。しかし大サピエーン皇国に占領され、その支配下に置かれた後はほとんどが奴隷となり、皇国の正義の下に続く永き戦争に駆り出されているのだ。
甲冑を身に纏い天馬に乗った兵士達が一斉に叫ぶ。
「「「我らが旗、我ら牙、我らが剣!」」」
彼らの士気はすこぶる高い。なぜなら魔人との戦争は聖戦であり、その死は正義の女神アストライアによって祝福されるからだ。
そして暗黒惑星が接触すると同時、何万もの軍勢が一斉に飛び立ち大気圏を目指す。
対する魔人の軍勢も同等の勢力で星を渡る。骨の翼を羽ばたかせる骸骨族の群れだ。
「突撃ー!」
星と星の境で、今宵も多くの死者が戦場を漂う。
――その凄惨な光景を、女神アストライアが地上からじっと見上げていた。雪色の長い髪が揺れ、天秤座の模様が描かれた古代ギリシア衣装がはためく。
「殉教者の魂よ、安らかに眠りなさい」
死の瞬間に発せられる魂の輝きは、どんな祈りよりも濃厚な魔力を捧げてくれる。
女神アストライアの下へ、命を散らした兵士の魔力が雨のように降り注ぐ。
正義に殉ずる彼らの美しさに、女神は甘い吐息を漏らした。
魔力の水浴びに興ずる彼女の背後に、女神ヌートが《転移》で現れる。
「――アストライア」
「――ヌート様」
アストライアは振り返ると同時に片膝をつき、敬愛する姉様に頭を垂れた。
「お恥ずかしい所をお見せしました」
「いや、気にするな。私の方こそ邪魔をしてすまないな」
「いえいえ、いつ如何なる時でもお越しになってください。むしろ私に与えられた全ての時間を姉様に費やしたいくらいです」
「いやそれは」
「ヌート様こそ私の正義、天秤の支柱です。貴方様と過ごした時を一秒たりとも忘れたことはございません」
「流石に気持ち悪いぞ」
「失礼しました。ですがヌート様が私を気持ち悪がったのは7年ぶり198回目で」
「――コホン、本題に入ろう。《女神会議》の招集だ」
アストライアの異常な敬愛ぶりにたじたじになりながらも、ヌートは強引に話を進めることにした。
「いずれお前とお前の勇者が神殿に招かれる。勇者は健在か?」
「はい。私の勇者『星巫女アニヤ』は順調に育っています」
「うむ、期待しておこう」
アストライアの声色が、興奮から警戒へと変わる。
「ときにヌート様。モモの勇者はどうされました? ヌート様の勇者に排除の命令を下したとお聞きしましたが」
「ああ……その命令は撤回したぞ」
「なぜですか」
女神ヌートは勇者マタタビの活躍を思い出し、ふっと笑みを見せる。
「少なくとも魔王を倒す力を見せた。ならば一考の余地があると踏んだのだ」
「……つまり、あの二人は未だ地上にいると」
「そうだ。少しずつ信者を増やしているらしい」
「……そうですか」
アストライアの不満を知ってか知らずか、ヌートは彼女の肩を叩いて別れを告げる。
「ではまたな、アストライア」
ヌートが去った後、アストライアたっぷり数十秒、触れられた肩の感触に絶頂していた。
あの御方と肌を交えたのは12年ぶり149回目。今日も何とお美しく、力強い手だったのでしょう。
その後、賢者タイムに陥った彼女はゆっくりと立ち、怒りと侮蔑をあらわにした表情で呟く。
「ふん、モモの癖に生意気ですね。でも勇者を取り上げれば、あいつはクソからクソ以下の女神に逆戻りでしょう」
「これ以上調子に乗る前に、その鼻をへし折って思い出させてあげます」
「所詮、何の力も持たない引きこもり女神だと」
次なる試練は「星巫女アニヤ」と「女神アストライア」。
二人の勇者と二人の女神は、惑星ウェロペにて雌雄を決することになる。
ニセ勇者とポンコツ女神の苦難もまだまだ続く……。
これにて第3章「惑星ドラゴネスト編」は終了です。
11月はプロットと書き溜めに時間を当てるため、本編の更新をお休みします。不定期で第3章のおまけを投稿するかもしれません。
次回、第4章「惑星ウェロペ編」は12月1日開始予定です。




