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89. VS嵐王ズムハァ②

 肉体を再生させた魔王がゆっくりと立ち上がり、僕を睨んだ。負けじと睨み返しつつ虚勢を張る。


「初めまして、勇者(仮)のマタタビです」


「我が名は嵐王ズムハァ。貴様を殺す名だ、憶えておけ」


 面と向かって言われると流石に怖じ気づく。というより殺意のオーラが凄い。そりゃ体を真っ二つにされたら誰でも怒るか……。


 とにかく、少しでも時間を稼ごう。


「そういえばウルウルは貴方の部下なんですよね」


「……ほう、奴を知っているのか」


「きっと今も忍者の修行を楽しんでます」


「まさかとは思うが、俺の部下を殺めてはいないだろうな」


「すみません。僕らのパーティーで二人ほどやっつけちゃいました」


 激怒するかと思ったが、魔王は逆に感心したようくっくと笑う。


「やるな。俺の部下になると誓えば、貴様を殺すのは最後にしてやろう」


『なんて図々しい魔王ですか。マタタビ君は勇者ですよ』


「魔王と悠長に会話する勇者なぞいるか」


「いやそんな事は無いと思いますけど」


 その時、勇者カタルが僕らの目の前に着地した。彼は土ぼこりを払いながら立ち上がり、魔王に剣を向ける。


「魔王! 今度こそ覚悟しろ!」


「そんな事もありましたね」


「貴様らをまとめて捻り潰し、我が序列向上の糧としてくれる」


「待って、せめてスピカを狙う理由を教えてください」


 もしかしたらだけど、戦う以外の道があるかもしれない。魔王の事情も聞いておかなくては。


「……良いだろう。あれは20年と少し前」


「うおおおっ! 魔王ーっ!」


「うるせー!」


 思わず勇者の横っ面をぶん殴る。完全な不意打ちをくらったカタルは昏倒した。


 ごめんよ勇者。でも人の話を遮るのは良くないと思うんだ。


「……あれは20年と少し前、勇者カナリアが魔国ストゥムへと赴いた時だ。彼女と初めて邂逅した時、俺は確信した。ぜひ嫁にしたいと」


「なるほど。一目惚れってやつですね……ええっ!?」


 魔王さん、よりにもよって香菜さんに惚れちゃったの!?


「貴様は理性が吹き飛ぶほどの恋をしたことがあるか? 身が焦がれるほどの情動を胸に秘め、俺はカナリアを追ってこの惑星まで来た」


「す、凄い行動力ですね」


『感心している場合ですかマタタビ君。彼は只のストーカー男ですよ』


「黙れペチャパイ女神が。死んで豊胸娘からやり直せ」


 すげー辛辣な罵倒だった。モモ様が言い返せずに涙ぐんでる。


「だが彼女は既にドラゴンと契りを結ばされていた。故に卑劣な竜族ドラゴン共から彼女を取り戻すため、俺は全身全霊を持って奴らとの戦いに挑んだのだ」


 思考回路が完全にストーカーのそれだった。控えめにいってキモイ。


『そんな理由で大勢のドラゴンを虐殺したのですか』


「俺にとっては聖戦だ」


『性戦の間違いでしょう、変態の子よ』


「魔王ーっ!」


「だからうるせー!」


 起き上がった勇者カタルをもう一度殴って失神させる。


「ごほん。『竜の堕天』にはそんな背景があったんですね。ですが魔王、結果として何十万人もの人々が不幸になりました。勇者カナリアもそんな事は望まなかったはずです」


「だろうな、彼女は優しすぎる。俺だけを愛すれば良かったのだ」


「スピカはカナリアさんじゃないし、アンタを好きになるはずもないです」


「俺はあの小娘にカナリアの面影を見た。カナリアはまだ生きている。俺の夢はまだ死んでいない」


『彼女はまだ5歳です。変態係数はマタタビ君以上ですね』


「変態係数!?」


「俺を馬鹿にするな、魔国ストゥムで立派に育てた後に嫁にするに決まっているだろう!」


 魔王にも深い事情があると勘繰った僕が馬鹿だった。まだ「邪神に供物を捧げる」とかの方がマシなくらい、身勝手でしょうもない理由だ。


「嵐王ズムハァ。お前はカナリアさんの気持ちも、スピカの気持ちも顧みない最低な男だ」


「ならば貴様は誓えるか。スピカにちょっぴりでも欲情しなかったと」


「……」


「彼女のバストに見惚れなかったとは言わせんぞ!」


「……くっ」


『マタタビ君!?』


 ええい、このままじゃ僕も奴と同じ領域まで堕とされてしまう!


「魔王ーっ!」


 丁度良いタイミングで復活した勇者と並び立つ。


「勇者カタル、今回は共闘しましょう。奴は絶対にここで倒します」


「もちろんだ少年!」


「我が恋路を邪魔する連中め。欠片も残らず殺しつくしてやる!」



◆◇◆◇◆◇



 魔王と勇者の戦いは熾烈を極めた。


 まず《死季の風(モンスーン)》により戦場全体が敵と化した。激しい稲妻、勢いを増す竜巻、降り注ぐ豪雨がズムハァを守るために展開され、近づくのは容易ではない。


 たとえ嵐を潜り抜けて接敵できても、更なる壁として《完全耐性フル・レジスト》が待ち構えていた。超再生能力だけでも厄介なのに、斬撃に対する耐性まで有することだ。


 聖剣タンネリクで傷つけられたのは三度まで。四度目以降は耐性獲得により一切の傷をつけられなくなった。《完全耐性フル・レジスト》を攻略できるのは神器を持ち換えられるカタルだけである。


 僕とカタルは連携して魔王に挑んだ。呼吸を合わせ、ひたすらに魔王を斬る。しかし奴が衰える気配は見られない。あと何回斬ればいい? あと何回、奴の攻撃を避ければいい?


『魔力が底をつけば《完全耐性フル・レジスト》も発動できないはずです。二人ともファイトです』


「簡単に言いますけどね……!」


 先に根をあげてしまったのは僕だ。疲労のためか足がもつれてしまう。その瞬間、目の前に雷が落ちて地面が抉え、その衝撃で吹き飛ばされる。


『大丈夫ですかマタタビ君!』


「な、何とか平気です。でも魔力の底がまるで見えません」


『別の手段を考えましょう。リトッチがよく言ってました。敵を知り、己を知ることが勝利への一歩だと』


「とは言っても、さっきから何も変化がありません」


 勇者カタルと嵐王ズムハァの鍔迫り合いを観察する。カタルがズムハァに刀傷を刻むが、すぐに治る様子が見て取れた。


「……ん?」


 いや、まだ治っていない傷がある。奴の胴体には《事象ノ地平線(イベント・ホリゾーン)》で切り裂かれた痕が残ったままだ。そこだけ傷が癒えていない。


 もしあれが突破口だとしたのなら。


「モモ様、ひとつ思いついたんですが……」


 その案を聞いたモモ様は難色を示した。


『魔王も馬鹿ではありませんよ、マタタビ君。ズムハァ自身も傷口が弱点だと気づいています。傷痕をさりげなく庇っていますから』


「だったら僕が囮になりますね」


『……本気ですか? たまにマタタビ君の正気を疑います』


「もちろんです。《念話テレパス》でこっそりカタルに伝えてください」


 作戦内容を聞かされたカタルは驚きと困惑の表情で僕を見た。しかし彼にしか頼めない事だ。


「大丈夫です、きっと上手くいきます」


 などと強がるが、実際は恐怖で全身が身震いするような思いである。文字通り命を賭けなければ、この作戦は成功しない。自分を鼓舞する意味でお腹を叩く。


「……よし。マタタビ行きますっ!」


 襲い掛かる雨あられに耐え、稲妻を避けて魔王に接敵する。勇者カタルに合いの手を入れる形で剣技を繰り出すが、当然ながらまるでダメージを与えられない。


 そして接敵している間も、稲妻や鎌鼬が容赦なく僕らに襲い掛かってくる。ズムハァ自身すら巻き込まれるが、既に耐性がある以上障害にはならないのだ。それらを難なく避ける勇者カタルも大概であった。


 僕も何度か躱すことに成功するが、遂に稲妻を喰らって硬直してしまう。


 その瞬間を魔王は逃さず、僕の顔に豪快なパンチをお見舞いしてきた。


 一瞬意識が飛ぶほどの衝撃。痛みすら失い頬の感覚が無くなる。聖剣タンネリクが手から滑り落ちた。


「少年っ!」


「貴様らの魂胆はわかっているぞ。俺の魔力切れを狙っているのだろう? だが俺は1回だ」


『マタタビ君!』


 顔を中心に全身に何かが這いずり回る。呪いだ、呪いが僕の体を喰らっているのだ。


 魔王は聖剣を蹴り飛ばし、勝ち誇ったようにカタルを指さす。


「俺はただの1回、貴様らに触れるだけで事足りる。その動きも見切りつつあるぞ」


「くっ……」


 視界が呪いの蟲に覆われる中、魔王の背中が瞳に映った。


 ようやく見せたな、完全な隙を。


「――《衣装コスチューム》!!」


 女神の衣装に着替えて呪いを浄化。魔王の背中に飛びついて羽交い絞めにする。


「なにっ……貴様、なんだその破廉恥な格好は!」


「モモ様!」


 魔石からモモ様が飛び出し、聖剣を勇者カタルに向かって投げた。


「勇者の子よ、今です!」


 カタルが聖剣タンネリクを受け取り、剣を構えて魔王に突進する。


「剣技《疾風迅雷剣しっぷうじんらいけん》!」」


 それは雷の如き一撃だった。瞬きする間もなくカタルが接近し聖剣を突き出す。その刃がズムハァの腹の傷痕に突き刺さる。そして剣の切っ先が僕ごと貫通した。


 お腹に燃えるような痛みが走る。


「相打ち覚悟か、無駄な足掻きを!」


 これで良いんだ。僕と聖剣が繋がった。


「――剣技《大神実オオカムヅミ満開花まんかいか》!」


 剣を通してズムハァに魔法を仕掛ける。桃の樹が魔王の体内を突き破り大地に根を下ろした。更に魔王の魔力を吸いながらぐんぐん成長していく。


「があああっ!?」


「嵐王ズムハァ! どこまでも身勝手なアンタの魂、浄化することで罪を断ずる!」


 桃の樹が次々と花を咲かせていく。その色は激情の赤い色をしていた。


「ば、馬鹿なっ……俺の魔力が……」


「吸い尽くせえええ!」


 大樹に巻き込まれないよう、聖剣を引き抜いてその場を脱する。


 そして嵐王ズムハァは大樹の一部となり、《完全耐性フル・レジスト》を発動するための魔力を失った。

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