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86. ニセ勇者と女神様、飛び立つ

 合成魔術の練習を始めて24時間後。


 僕とリトッチはぽかんと口を開け目の前の崖を見上げてる。さっきまで二倍の高さがあったが、必殺魔術の試し打ちで上半分が奇麗さっぱり消失していた。


「成功、ですかね」


「本番は一万倍の魔力を使うんだぞ」


「実際に魔力100万ポイントだとどうなっちゃうんですか?」


「知らん、他に方法も無いしな」


 こんなやばい魔術だとは知らなかった……。


 不安に駆られて黙るとリトッチに背中を叩かれる。


「何にせよ、これでアタシらは惑星級魔術を放てるようになったわけだ。素直に喜べ」


「大サピエーン皇国が封印指定したのも良く分かります」


「一緒に魔術ギルドに入ってみるか?」


「バレた瞬間に投獄されますよ。これ以上誰かに追われるのは勘弁です」


 兎にも角にも《事象ノ地平線(イベント・ホリゾーン)》の試射は成功した。後は本番で失敗しなければ、竜族ドラゴンの皆を助けられる。


 草原に戻るとモモ様が駆け寄ってきて、自慢げにポイントカードを見せてきた。


「どうですかマタタビ君! 集まりましたよ100万ポイント!」


「おめでとうモモ様、頑張りました」


 よしよしと少女の頭を撫でる。これで全ての準備は整ったわけだ。


「……ん?」


 ふと視界の端に人間の姿が映った。岩の影に誰かが隠れている?


「リトッチ、あそこ」


「ああ、アタシも見えた」


 リトッチが箒を取り出し、僕はひびのついた聖剣タンネリクを構え、モモ様は落ちていた石ころを拾う。三人で恐る恐る回り込むと、岩肌にココとドゥメナが張り付いていた。


「あれ、ココ君?」


「……」


「お久しぶりでございますマタタビ様。登場するタイミングを伺っておりました」


「いちいち説明するなっ」


 とにかく敵じゃなくて良かった。ほっとして武器を降ろす。


「流石はモモ教信者です。私への信仰心を示すために来たのですね? 殊勝な心掛けです」


「違う」


「ふふん。惚れた女のためって奴か、アタシも罪作りな女だな」


「お前じゃない」


「えっまさか僕に惚れた?」


「だから違っあっいやそうだよ。いやそうじゃない、んもうっ!」


「つまり消去法で、人の子は私に惚れたのです」


「それはない」

「それはない」

「それはない」


 全員に否定され突っ伏すモモ様。ココの態度があやふやで困っていると、そっとドゥメナが囁いてくる。


「ココ様は皆さんのパーティーに加わりたいのです」


「は、はぁ……」


 そうだったのか。なら最初からそう言えば良いのに。


「ココ君、僕らのパーティーに加入したいの?」


「えっ」


「えっ」


「……ふ、ふん! 誰がお前達みたいな弱小パーティーに加わるもんかよ。ボクはな、S級冒険者だぞ。有象無象の冒険者とは違って優秀で替えの利かない人材なんだ」


 予想外の反応に戸惑いつつも、断られた事は理解する。


「そっか、それは残念」


「えっ?」


「えっ?」


「キミはボクの話を聞いてたのか? ボクは優秀な冒険……」


「加わりたくないんだよね?」


 確かにそう言ったはずだ。リトッチは何故かくすくす笑っている。


「もうコントはいいから出発しようぜ。竜族ドラゴンも準備できたようだ」


 見回すと海竜マギナの一族が数百匹も空に集まり、僕らの出発を今か今かと待っていた。


「そうですね。じゃあまずは地上へ行きましょう」


「ちょっと待てよ! ボクの話はまだ……」


「マタタビ様。誠に勝手なお願いではございますが、乗船許可を頂けますか」


「あっどうぞ」


 ドゥメナがココを脇に抱えてエグゾセット型航空船に乗り込む。僕も倒れていたモモ様を担いで後に続いた。


 リトッチが操縦席に座り船を起動させる。


「それじゃリーダー、景気よく頼むぜ」


「モモ様は《念話テレパス》をお願いします」


「勇者らしくかっこつけてくださいねマタタビ君」


「勇者(仮)です」


 ゆっくりと船が空を飛ぶ中、僕はお腹に力を込めて皆に語り掛けた。


「これから1時間以内に、深き谷(アビス・バレイ)と地底世界に住む全ての竜族ドラゴンと合流します。そしてこの惑星で最大の星渡りに挑むことになるでしょう」


「20年前、皆さんは魔王と戦いました。そして今再び戦いに挑みます。絶滅との戦いです。生きるために戦うのです」


「あの嵐を抜け、生き残ったら、今日という日は歴史に刻まれることになるでしょう。世界中が知るのです。人は運命に抗わずして消えたりはしない! 戦わずして絶滅などしない!」


「生き残りましょう皆さん! 今日こそが……海竜マギナの一族が星を渡る日です!」


 竜族ドラゴンが一斉に叫び、吠え、僕らの後を追うように飛翔する。深き谷(アビス・バレイ)を抜けて地上を目指す。


 その先に立ちふさがるであろう巨大な嵐。僕らは嵐さえも切り裂いて、希望の道を駆け抜けるのだ。



◆◇◆◇◆◇



 同時刻。


 《死季ノ嵐(モンスーン)》を抜けようとする魔導帆船アルビオン号では異変が起こっていた。


「一体どこから火の手が回ったんだ。早く消火しろゴブリン共!」


「大変だ、檻の鍵が壊されている。竜の雛が逃げ出したぞ!」


 船内で次々に起こる異常事態に、長耳族エルフの騎士は大混乱に陥っていた。何者かが船倉に放火し、檻の鍵を破壊して回っていることは明らかだ。


 クーガー団長が冷静に命令を下すと、部下達はなんとか足並みをそろえて船内を捜索し、すぐに犯人を特定して取り囲んだ。


「気でも触れたか、まさか貴方が反乱を起こすとは」


 クーガーは苦渋の顔でその人物に語り掛ける。


「なぜです、理由をお聞かせください。――ヤンバルマンさん!」


 周囲を包囲された冒険者の一人……ヤンバルマンは仁王立ちの姿勢を崩さない。ガラス玉のような瞳は一切の感情を見せず、鳥頭の男は口を動かさずにこう答えた。


「お前達、コロンブスを知っているか?」


「いきなり何を……」


「1492年、探検家のコロンブスは新大陸に上陸した。原住民は男を歓迎したが、コロンブスは彼らを虐殺し、土地と金品を略奪し、大勢の奴隷を生み出した。醜いほどの傲慢と偏見。貴様らはコロンブスよ、名声を残すに値しない愚か者どもめ!」


「訳の分からないことを!」


「我が名はヤンバルマン。愛の戦士。罪深き人間に鉄槌を下し、大自然を守る男! 覚悟しろ長耳族エルフめ、とぉー!」


「か、かかれー!」


 徒手空拳で突っ込んできたヤンバルマンを数十人の騎士が取り囲んで袋叩きにする。彼はものの数分で拘束された。


「ぐぐぐ……鳥だけに取り押さえられてしまうとは」


 ようやく騒ぎが収まったと思ったのも束の間、船内に緊急警報が鳴り響く。


『警告、警告。小竜ワイバーンが多数接近しています』


 窓の外を見ると、巨大な津波の如き小竜ワイバーンの群れが船に襲い掛かってくるのが見えた。


「総員、何かに捕まれ!」


 次の瞬間、無数の小竜ワイバーンがアルビオン号に激突する。船が斜めに傾き大勢の騎士が床を転がり落ちた。



◆◇◆◇◆◇



 王女アシュリアと勇者カタルは、船の甲板で侵入してきた小竜ワイバーンを撃退していた。剣についた血を振り払いながら王女は勇者に声を掛ける。


「勇者よ、気づいたか」


「嫌でも気配を感じるよ。膨大な魔力と殺意だ。そこらの魔人とは格が違うな」


「――魔王か?」


「きっと魔王だ」


 アシュリアは護衛に冒険者を集めるよう命じる。カタルは剣の柄を握る手が震えていることに気づいた。


 これは武者震いだと思いたい。恐怖に打ち勝ち、魔王に打ち勝つ。そうでなければ、多くの犠牲と共に力を手に入れた意味がないのだから。



◆◇◆◇◆◇



「……ん」


 揺れを感じてスピカは目を覚ました。


 彼女は眠気まなこでベッドから起き上がる。服装は奇麗なドレスに変わっていた。


 しばらくぼんやりとしていたが、すぐに父バザルが捕まったことを思い出す。


「お父さん! お父さんどこ!?」


 スピカは叫びながら部屋を見回した。見るからに豪華な船室だ。しかし少女は此処が船内だと理解する頭はなく、ただ知らない場所に怯えるしかなかった。


「お父さん……みんな……」


 家族も友達もいない事に気づき、スピカの心は恐怖でいっぱいになった。


 目に涙が溜まったその時、部屋の扉がゆっくり開く。


「ウホッ、起きたかいスピカ?」


「ゴリ、マー?」


 彼女はようやく、自分が誘拐されたのだと気づいた。

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