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85. 女神様、宝物を披露する

 アタシは魔力回路の調整をしつつ、マタタビが練習する様子を眺めた。


 実際、魔力量をぴったり合わせるのはかなり難しい。左右の手で砂を掴み、握った砂粒の数を同じにする程度の精度が必要だ。


 感覚的に出来るようになるには、常人なら匙を投げるか発狂するほどの果てしない反復動作が求められる。


 しかしマタタビは「ウチューヒコーシ」とかいう職業を目指していたらしく、この手の精密動作は得意分野だと張り切っていた。


 なるほど確かに、こいつはひとつの物事を集中して取り組むことが得意のようだ。周りを気にせずひたすら光魔術と闇魔術の同時発動を繰り返している。


「ちょっとモモの様子を見てくるぜ」


 返事は帰ってこない。完全にシャットアウトしているなこりゃ。マタタビの邪魔になるのでそっと地下を後にする。


 家の外へ出ると、上空を数匹の竜が飛行していることに気づいた。恐らくモモが《念話テレパス》で協力を呼びかけたんだろう。


 竜の後を追って森を抜けると、そこには予想を遥かに超える風景が広がっていた。


「……マジか」


 どんなトリックを使ったのか知らないが、竜族ドラゴンの群れが草原を埋め尽くすほど集まっている。彼らはモモを中心に円形に座っていて、一心不乱に祈りを捧げていた。


 おっかなびっくり竜の脇を通りながら中央に辿り着くと、不満げに顔を膨らませて体育座りするモモと、彼女を元気づけようと肩を揉むウンディーネの姿があった。


「お、おい。こりゃ一体どういうことだ」


『おやリトッチ様。こちらは順調に信仰ポイントが増えております』


「その割には嬉しそうじゃないな」


「……私はこのような不敬な手段で信仰を得るなんて反対です」


竜族ドラゴンの連中に何を吹き込んだんだ?」


『信仰ポイントが100万貯まれば、モモ様の宝物をドラゴンに譲渡すると言いました』


「本当は信仰をもらってもお譲りしたくありません!」


 モモは怒りを露わにして地団太を踏む。


『よしよし、またティアマト様にお願いしましょうね』


 ウンディーネが少女を慰める間も、続々と竜が集まって来る。彼らは祈りを捧げる竜と意思疎通を行なった後、すぐさま同じように祈り始めた。


「モモ、ちょっとあいつらの会話を聞かせてくれ」


 モモがしぶしぶと《念話テレパス》を発動すると、竜族ドラゴンの会話がアタシにも理解できるようになる。


『皆の者、捧げる魔力がまだまだ足らぬぞ!』

『ぬうう、もう我は駄目だ……後は任せた……』

『まだだ、まだ倒れんよ!』

『絶対にあの宝を一族の下へお迎えするのだ!』


 ちょっと引くくらい張り切っていた。


「いやマジで必死になりすぎだろ。なんなんだその宝物ってやつは」


『ティアマト様のブロマイド写真です』


「ぶろまいど……しゃしん……?」


 思わず首をかしげる。主神ティアマトはわかるが、その後に続く単語は聞いた事がない。


「凄く精巧な絵です。というより目に映った景色そのものが紙に描かれています」


「そりゃ凄いな。主神ティアマトの肖像画と思えば良いんだな」


『はい。しかもダプルピースしています』


「ダブル……ピース……?」


「ティアマト母様を頑張って説得して撮りました。しかも初期の恥じらいVer.ですよ。門外不出のはすが、こんな大勢の地上の子に見せるなんて……」


 つくづく実感するが、こいつらに関わると従来の女神像が音を立てて崩れてしまう。


『リトッチ様もご覧になられますか?』


 一瞬悩むがすぐに首を横に振った。そもそも女神を信仰しないアタシには毒でしかない。


「今はどれくらい貯まったんだ?」


「50万ポイントくらいです」


「流石は竜と言いたいところだが、100万は無理か」


 既に集まった竜族ドラゴンの半数以上が魔力切れで倒れている。残念だが目標には届かないだろう。


 不意に草原が大きな影に覆われた。見上げると海竜マギナが飛行している。


 竜族ドラゴンの長はゆっくりと草原に降り立ち、アタシらに顔を向けた。


 やべえ、目が全然笑ってねえ。怒らせたか?


『何をやっているのですか』


「ちょっと待ってくれマギナ、これには真面目な理由が」


『祈りとはこうするのです我が子らよ、ふん!』


「あ、100万まで貯まりました」


「今ので!?」


 海竜マギナの祈りであっさりと目標に達成してしまった。


「……ありがとうございます、竜の子よ。約束通りこちらは差し上げます」


 100万ポイントも貯まったのに、モモは全然嬉しそうじゃなかった。名残惜しそうにポケットから輝く紙切れを取り出すと、竜の連中が一斉に群がってくる。


 そしてモモが紙切れを掲げた瞬間、半狂乱になる竜、泣き出す竜、力みすぎてその場で卵を産む竜と大騒ぎになった。


「こ、こんなんでいいのか……?」


 女神像だけでなく、竜のイメージまで崩れ落ちる音が聞こえた。


 人の事は言えないが、こいつら俗物すぎるだろ……。



◆◇◆◇◆◇



 深き谷(アビス・バレイ)の最深部。


 勇者カナリアの仕掛けた魔導防壁が、欲王ココペリによって遂に解かれた。


「ふう。頭の体操にはなったかな」


 ココペリがこぶしを振り上げて殴る。すると防壁はパリンと音を立てて割れた。


 そして少女は柱に繋がれた嵐王ズムハァの下へ歩み寄る。


「やあズムハァ、生きてるかい?」


 腐敗した目玉が彼女と視線を合わせると、かすれた声が響いた。


「――俺は、どれくらいここにいた?」


「大体20年。アウトレイジから聞いたよ。勇者カナリアに手ひどくやられたんだって?」


「――カナリアはどうした?」


「キミには朗報だろうね。5年前に死んだってさ、おめでとうズムハァ」


 ココペリは彼が勇者の死を喜ぶとばかり思っていた。勇者を倒す事は魔王にとって誉れ高い功績だ。


 故にズムハァがとった行動に思わずぎょっとする。


 彼は涙を流しながら嗚咽を漏らしたのだ。


「おおカナリア……カナリア……」


「ズムハァ? どうしたんだ、キミらしくないじゃないか」


 彼は常に冷静沈着で、ココペリの能力でも感情が揺らがないほど理性的な男のはずだ。それが今や、弱々しく情けない姿を晒し感情を露わにしている。


 まさか、勇者カナリアに幻術でもかけられたのか?


 ココペリが困惑していると、ズムハァが何かに気づいたように天を見上げた。


「――いる。奴は生きている」


「えっ?」


「ココペリ。貴様、俺を騙したな?」


 彼女が反論しようと口を開けた瞬間、嵐王の失われた左腕が生え出してココペリの首を掴む。封印が解かれたことで《完全耐性フル・レジスト》により急速に再生しているのだ。


 声も上げることができない少女を、嵐王が憤怒の表情で睨む。


「嵐王、ココペリ様から離れなさい!」


 主を助けようとドゥメナとケルベロスが同時に襲い掛かるが……。


「邪魔だ」


 《完全耐性フル・レジスト》により瞬く間に全身を再生させたズムハァが、鎖を引きちぎりながら右腕を振るった。その拳の風圧だけで二人の魔人は吹き飛ばされ、洞窟の壁や天井に激突する。


「カナリアは生きているぞ。この惑星から脱出しようとしているな」


「――《憤怒ノ炎(ラース・フレイム)》」


 ココペリの全身から緑色の炎が噴き出した。その炎がズムハァの腕に絡みついたため、彼は思わず手を放す。


 自由になったココペリは数歩下がりながら嵐王を観察する。


「ズムハァ落ち着くんだ、勇者は死んだ。キミは誤解している」


「いいや間違いない。俺の《死季ノ嵐(モンスーン)》が彼女を感じるぞ。邪魔をするなら、例えお前でも容赦はしない」


 嵐王が六枚の翼を広げて飛翔する。そしてココペリに目もくれず、洞窟の天井突き破ってその場を去った。


「……あいつ、感謝のひとつもないのかよ! まだ勇者(仮)の方が礼儀を知っているぞ!」


 岩陰に隠れているアウトレイジがそっと声をあげる。


「ご無事でなによりです、我が魔王。惜しい二人を無くしましたな」


「人を勝手に殺さないで、駄竜」


 ドゥメナとケルベロスが呻きながら起き上がった。


「ちっ。しかし嵐王は完全に錯乱したようであるな。勇者カナリアの死は、我もこの目で確認したのだが」


「……ふん、どうでもいいよあんな奴。人の好意を無下にする男は大嫌いだ。尊敬していたのに幻滅だよ」


 ココペリは足元の石ころを蹴る。無礼な嵐王はさっさと忘れよう。


「これからどうなされますか?」


 ココペリは従者の問いに対し、魔道具『ウノメタカノメ』を手に取って答えを示す。


「とりあえず勇者(仮)マタタビと合流しよう。ボクの獲物をズムハァに横取りされたら困る」


「そういうことにしておきましょう」


「べ、別にあいつが心配だからじゃないぞ!」


 こうして欲王一行は洞窟を後にし、地底世界を目指す。

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