08 コボルドと異世界料理
2019年2月14日本文修正
スライムを堪能した後、貯水池を調べた結果、池の水は透き通るほど綺麗で、分析スキルで検査しても危険な成分は出なかった。
一口飲んでみると、長年放置された池の水とは思えないくらいミネラルウォーターのように美味い。
おそらく、スライムたちのスキル《浄水》の効果だろう。スライムたちがこの池に生息した影響で、池の水は汚れず常に清潔のままになったのだ。
浄水器の代わりになるな、あのスライム。一家に一匹ほしい。
飲料水の確認ができたので次は朝食の食材調達のため一旦屋敷に戻ろうとした道中で来客が現れた。
「…見つけた」
昨日、俺を川へ放り投げた犬娘だ。
自家製マップをオフにしていたが、ここまで接近して気付かないとは。
レベルが上がっとはいえ、俺はまだオークの能力とスキルを完全に使いこなしてないかもしれない。練習の必要があるな。
俺は犬娘を一瞥する。
最初の時と違い新品でアイヌ民族衣装のような青と白を主体とした服を着て、腰には二本の剣を佩刀していた。木製らしき柄には星座らしき彫り物が施され、伝統工芸品らしき一品。
ただ、とくに目立っていたのは、背中に背負った巨大な風呂敷包みだ。
風呂敷から漏れ出す匂いから察して食べ物らしいが、小柄な犬娘が持つには重量オーバーといえるほどパンパンに膨れ上がっており、今にも押しつぶれそうな感じがする。しかし、犬娘は重さを感じてない様子。身体強化系のスキルでも使っているのだろう。
犬娘はじーと、俺をの顔を伺っている。
犬顔(オタク眼鏡曰く人外娘系の萌えキャラ)なのに、まるで少女の見つめられている感じがする。
ロリコンなら最悪死んじゃうかもしれないが、コミュ障の俺には痛い視線だ。宇宙娘(神)の時は対人じゃなかったから、人外も大丈夫かと思ったが俺の勘違いだったようだ。最初の時は一時のテンションと発音不能でやりすごしたが、今はどう話せばいいか分からない。
とにかく会話だ。まずは会話しなくては…!
「……何しに来たんだ?」
いつも通りに、ぶっきらぼうに言う俺。
すると犬娘は、すこしだけ驚いた。
「……喋れるの…?」
「つい最近な」
素っ気なく言うと犬娘が俺に近づいて匂いを嗅ぐ。
犬娘から犬のような獣臭さがない。むしろ石鹸のいいにおいがする。
「…ん。…背丈が違う…でも、匂い…同じ…あの時のオーク…間違いなし」
「疑っていたのか? 会ったのは昨日の今日だぞ」
「一夜で変わりすぎ…成長しすぎ」
それには同意見。
転生した時と比べて、目線の高さが違いすぎる。
半日で一メートルくらい伸びたに違いない。
「それで何しに来たんだ? 俺を討伐に来た…雰囲気じゃないな」
「……これ」
犬娘は荷物を下ろし、風呂敷包みを開くと、中から大きな葉で包まれたものが大量に入っていた。
匂いからして料理なのは間違いない。
「助けてくれた…お礼」
「助けてくれた? ――あぁ、グリーンタイガーの時の。アレは2Pカラーの態度が気に入らなかったからやったまでのことだ。別にあんたを助けたつもりで倒したわけじゃないぞ」
「でも、貴方がいなければ私…死んでた。命の恩人には感謝とお礼。これ常識」
結果論を押し通そうとする犬娘。
だが、あの時は、どちらかといえば俺は巻き込まれた側で、降りかかる火の粉を払ったまでのこと。むしろ感謝謝よりも謝罪がほしいところだが、言ったらKYなのであえて口では言わない。
それよりも、草の包みから美味そうな匂いがしてくる。朝、水しか飲んでないから余計に腹が減ってくる。
…この際だ、慰謝料としてもらっとくか。
「わかった。ありがたくもらっとく」
「うん…」
そう言って、俺は犬娘の頭を撫でた。つい、犬を撫でる感覚で自然にやってしまったが、犬娘は嫌がらず気持ちよさそうに撫でられた。
毛並みサラサラ。このままモフリ続けたいが、ここは我慢だ。
「にしても、よくこの場所が分かったな」
「川を下って来た…。岸辺であなたの臭いがあったらから…そこから匂いを辿った」
「匂いを辿ったって、あの岸辺からここまで結構な距離があったはずだが。途中、高い滝もあったし、危険な猛獣もうようよいたはずだぞ」
「コボルドの足と鼻は獣人により上。あの程度の滝から降りるなんて造作も…ない。それにこの樹海で生きる術さえ守れば大抵身は守れる」
「それは頼もしいことで」
だとすればこの犬娘は樹海の先住民で間違いないな。
この犬娘からこの樹海…この異世界についてなにかしら情報が得られるかもしれない。
…コミュ障にはつらい試練だが、この異世界で生きるためだ。ガンバだ、俺。
まずは、何かしらたわいのない話でも振ろう。
「それでもよくこの町に入れたな。この町の周囲に臭い花があっただろう? なんともなかったか?」
「うん…すごく嫌な臭いする花いっぱいあった…臭すぎてあなたの匂い…分からなくなった…でも、足跡があった…真新しいモノだったからあなたの足跡だと思って臭い耐えながら足跡辿って走った」
「そ、それは大変だったな。俺と同じで臭いに敏感そうだから、あの臭いにはきつかっただろうに」
「きつかった。でも、恩を返すのが普通…障害があっても突破するだけ…それだけのこと…」
と、冷淡に言うコボルドの娘。
イケメンだ。コボルドなのにイケメンだぞこの犬娘。
もしも、人間の女子大生だったら男女共にモテるかもしれない。
「なら、そんな頑張ったご褒美に一緒に食うか?」
「…いいの?」
「あぁ。一人だけ食うのもアレだしな。あんたも腹減ってるだろ?」
俺みたいにSP消費を抑えるスキルがあるかもしれないが、長距離を走ってきたとなれば相当おなかが空いてるはずだ。
それに、一人だけ飯食うのも悪い気がするし。
食事するならみんなで美味しく楽しく食べる。それが食の秘訣だ。
…別に変な料理があったときの説明と毒見役が必要だとか考えはいない。一センチほども。
「……シャルロット」
「ん?」
「私の名前…シャルロット…あんたじゃない」
うーん、あんた呼ばわりは気に入らなかったらしい。
にしても、シャルロットとはしゃれた名前だ。容姿からして種類は洋犬ぽいが、どことなくアイヌ民族ぽいからちょっとミスマッチかも。まぁ、俺的には良い名前だと思う。それに、ここは異世界だから中二病でも常識内に入はずだ。キラキラネームでも普通かもしれない。…そうだよな、宇宙娘?
「えぇと、シャルロットって呼べばいいのか?」
「うん…」
シャルロットが照れ隠しながらうなずく。
にしても、いきなり名前で呼んでって、ギャルゲーぽいことで。
相手、犬だけど。俺、豚だけど。人間×人外ではなく人外同士のギャルゲー……オタク眼鏡がいればアリかナシかといえばアリだと応えるだろうなきっと。
この場にいない親友を思い出しながら、俺はこっそり、犬娘にスキル《嗅覚分析》を発動させた。
最初の時はグリーンタイガーに注意してたからこいつのステータス確認してなかった。
初対面で失礼だが、用心に越したことはないし。
名前:シャルロット
種族:コボルド
LV:19
HP:2280
MP:1200
SP:2460
筋力:205
耐久:190
敏捷:570
魔力:100
知力:305
器用:590
スキル:《剣術》《二刀流》《運搬》《鋭敏嗅覚》《鋭敏聴覚》《軽功》《持久走》《高速設置》《道具作成》《調薬》《風魔術》《土魔術》《闇魔術》《光魔術》《気配感知》《死体解体》《隠蔽工作》
うん、十分強いなこの娘。
能力値はグリーンタイガーと今の俺を見たから普通に感じるが、LV:19にしては十分な能力値だ。便利そうなスキルが数多くそろえているから舐めてかかると痛い目見そう。
あと、あの大きな荷物を担げるのはこのスキル《運搬》の恩恵か。
《運搬》
【自身より倍の質量を運ぶことができる】
「あなたの…名前は…?」
「俺? 俺は――」
岡崎麟之助と言いかけてるが、とっさに口と閉じる。
考えてみたら、その名前は過去であり、前世の親からもらった名前だ。
今の俺とはもう赤の他人の関係だから、その前を名乗るのに抵抗がある。
それに、俺の勝手な妄想だが、本名で名乗ったら小説の主人公みたいに厄介なことが巻き込まれる可能性がある。クラスメイトでの異世界転移で、生徒全員が敵に捕まえられて人質&実験台にされるっていう定番もあるし。
ここはあえて偽名…新しい名前を名乗ったほうがいいだろう。
しかし、なんて名乗ろう?
異世界だからそれっぽいのにしたい。種族はオークだから、厳ついのがいいかもれない。
そういえばゲームで使ってるアバター…あれって厳ついおっさん系だから、今のオークにぴったりかもしれない。ネームも結構気に入ってるし、その名前にするか。
「――オーズ。オークのオーズだ。改めてよろしく」
あとでステータスを確認したら名無しだった名前欄にオーズという単語が記入されていた。
こうして、俺はオークのオーズとして生きることになった。
●●●
「いろいろあるんだな」
「昨日は宴だったから…ごちそういっぱい…」
諸点である屋敷に戻った俺たちは、屋敷にある庭園で食事をすることにした。
屋敷内はまだ掃除していないため、外で食べることになった。
庭は草木の手入れがされておれず雑草が生えまくっていが、シャルロットが剣を抜くと、風が吹いたと思った一瞬の内にその剣で雑草を狩りつし、草刈り機で整えられたような芝生になった(その腕前に驚いて呆けた)。
そんな芝生の上に風呂敷をシート代わりに広げて食事をはじめる。ちょっとしたピクニック気分だ。
「これは鳥の照り焼きか?」
「羽蛙のソース焼き。甘くて酸味があるタレで焼いた蛙の…肉」
蛙…!?
いや、蛙は鶏肉に似てるって言われてるし大丈夫だろう。
異世界なら蛙は食料とされてもおかしくない。
タレをたっぷりつけてかぶりつくと、チキンのロースト焼きのような歯ごたえとジューシーさがあって美味かった。
異世界の蛙…侮れない。
「このオムレツ、外の卵が厚くて食べ応えがあるな。中身は魚とキノコか?」
「ニワトリケラトプスのオムレツ。中に磨り潰した川魚のすり身とキノコ類が入ってる」
ニワトリケラトプス…?
厳つい名前だが、いったいどういう動物なのだろうか。
名前からして角が生えた鶏?
それともトサカと羽が生えたトリケラトプス?
うーん、興味深い。あと、中身のすり身も卵とまろやかさと相性がいい。
「こっちは岩塩蟹の衣上げ…集落で焼いたパンは硬くて食べれにくいけど、削って揚げ物の衣にするとサクサクしておいしい」
「クリーム無しの蟹クリームコロッケだな。身がほろほろして美味い。塩気が利いて蟹の味をさらに引き立たせてる」
あと、この塩…おそらく岩塩だな。
岩塩蟹だから岩塩が取れるのか?
調味料の確保ができるかもしれないので、あとで聞いておこう。
「宴でメインになった…甲殻牛の蒸し焼き。殻のまま蒸し焼きにした肉料理。…ちょっと獣臭いけど…乾燥させた薬草と木の実の調味料をつけると臭みが取れて味も刺激的なって……」
横でシャルロットが説明しているが、俺は料理に夢中になって話の半分も耳に届かない。
それだけ異世界の料理は美味いのだ。
ガツガツと、肉を咀嚼する。この肉汁がたまらん。米が欲しくなる。
「オーズ…口元汚れてる」
シャルロットが不意に近づき、手ぬぐいで俺の口元を吹こうとする。
びっくりして、とっさに手で払った。
「やめろ、恥ずかしい」
「恥ずかしく…ない。さぁ……姉にまかせて」
ずいずいと、口元のタレを拭こうとするシャルロット。
なぜ、彼女が姉と自称するのかは、屋敷の着く間、すこしばかり雑談でしてときうっかり俺がゼロ歳児だと口が滑ったのが原因だ。コボルドの集落には彼女より下の子がおらず、年下扱いされ続けたことにすこし嫌気を抱いたらしく、俺より十歳年上ということで「なら、私はお姉さん…私を姉と呼んでいい」と、お姉さんぶるようになってしいまった。
精神年齢は俺のほうが六歳も上で身長も彼女より超えているのだが、実年齢がゼロ歳だから反論できない。
姉と呼ばせようとする犬娘をなんとか言いくるめながら、この異世界…この地域について教えてもらった。
シャルロットはまだ十歳で集落の外に出たのは昨日ではじめてだったらしいが、集落にいる大人からさまざな教養を受けていたためそれなりの知識を身に着けていた。
おかげで、俺がいる現在地についてある程度ながら情報が得られた。
この世界は三つに大陸に分かれており、それぞれ西大陸、東大陸、南大陸と名称。
俺がいるのは東大陸で、大陸の四分の一の国土を占める大樹海――リーベルク大樹海だ。この大樹海は貴重な食虫植物からあらゆる鉱物など豊富な資源が採取できる東大陸随一の土地である。同時に、凶暴な魔物たちの強さも東大陸随一で、この森で最下層に位置する魔物でも一匹で町一つ壊滅させるほど危険な地帯である。俺が喰ったグリーンタイガーは子供だったが、アレの成体は下手したら国一つ落とすとか(親に復讐されないように用心しておこう)。
さらに、リーベルク大樹海は北方面に進むたび、魔物の強さ・過酷な環境など危険度も上がるため、一流の冒険者でもおいそれと足を運べず、魔物の流出を危惧して国々が大樹海の侵略・土地開拓を規定し、半ば封鎖という形で樹海からの出入りができなくなっている。
ちなみに現在俺がいるこの廃墟地は樹海の中央から北方面沿いで怪獣並みの魔物が跋扈する生息地の二歩手前の地帯だ。道理でマップで確認してもヤバそうな魔物と木々しかないわけだ。日本列島どころかアメリカ合衆国並みに広い怪獣たちの楽園に捨てたられたんだから。笑っちゃうなほんと、アハハハハハ…!
…はぁぁ、とりあえず北方面に注意しておくか。魔物除けの花が町周辺を囲むように設置されてるといえ、国すらほ滅ぼす魔物が利くかどうかわからないし。
あと、この廃墟についてもシャルロットに聞いたのだが、コボルドの長(シャルロットの祖父)曰くなんでも150年ほど前、どこかの国の王が別荘として立てた町らしく、王とその家臣と家族たちが一時期暮らしていたという(別荘のレベルを超えてるが)。
なぜ、王がこんな危険地に住み着いたのか不明のままだが、王は大変腕っぷしも強く、人間でありながら危険な魔物を一人で数多く狩っていたらしく、生活面は問題はなかったらしい。
樹海の(魔物に属してる)先住民族たちとの関係はというと、それほど険悪でなく、衝突することがあれれども互いに拳を交え、最後には酒を組合すほど打ち解けあったといわれている。
そんな強くて憎めない破天荒な王はいつしか樹海に来ることがなくなり、別荘という名の町は寂れ廃墟と化した。
祖国でなにかあったのか、それとも王の身になにがあったのかはさだかではないが、王と親しかった当時の先住民族たちは、かの王がまた戻ってきてもいいように、町が獣たちに荒らされぬよう町周辺にドドリアンバナを植え、部族たちに町に近づかないように言いつけた。
拳を交え、酒を飲み、共に笑った友がいた証が長く残るように――。
「…以来この場所は秘密の秘境になった…たぶん、この場所を知っているのは部族の長や年寄りたち…あと、長から教えてもらった私と…みつけたあなただけ」
「なるほど。ここはコボルドやほかの部族にとって文化遺産みたいなもんか」
この場所の言い伝えを聞きながら竹筒(異世界に竹があるのは驚いた)に入った果物ジュースを啜る。
味は酸味の強いミックスジュースで、のど越しがとても良い。
「文化遺産の…意味わからないけど…大事な場所…であるのはたしかだと思う…。臭い花があるから気軽に近づかないだろうけど、この森に住民…ご先祖様たちにとってこの場所は大切で思い出深い所だから長やじじばばたちがあまり他人に話さないのもそのため…かもしれない」
「ふーん、最初は震災後かと思ったが、思い出深い所だったんだな。歴史男子じゃないが、ちょっと浪漫を感じる。…ん? だとすれば、俺のようなよそ者が勝手に住み着いたのはダメじゃないのか? 部族たちにとってわりと神聖な場所なんだろ?」
俺がそういうと、お菓子(果物の皮の砂糖漬け)を食べていたシャルロットが食べるのやめ、俯いて考えははじめた。
先ほどの話に察するに、祖父からこの場所には入らないよう忠告されていたのだろう。
そんな場所で俺たちは現代進行形で食事している。
「…私が黙っていれば問題無いと…思う…。それにあなた…ここ以外に行く当てでもある…?」
「一文無しのホームレス豚に、それを聞くか?」
と、作り笑いで聞き返す俺。
この廃墟から退去されたら、また住処を探さないといけない。
まぁ、今の俺のレベルとステータスなら、危険を避けてくらせばある程度暮らせるはずだ。サバイバルは初心者だが、かの芸人とディレクターだって無人島生活できたのだ。ただの芸人とディレクターにできて俺にできないはずがない…確信ないけど。
「私…あなたの姉だからうちで養いたいけど…長たちは認めてもらえないから…無理…残念」
「姉弟設定は確定か。まぁ、オークは(宇宙娘公認で)嫌われ者だからしかたないな。ただでさえ、大飯食いだし、(俺の敏捷値1000突破してるが)足が遅いし、顔は醜い。こんな俺を置いてくれる奴がいるならそいつの顔を見てみたいよ」
「………」
俺が自称気味に笑っていうと、シャルロットが俺に近づき、抱きしめた。
自然すぎて反応が遅れたが、こうも抱き着かれると突き放しづらい。
シャルロットがゆっくり口を開く。
「…そこまで自分を卑下しなくていい…。私はオーズが強く優しい子だってわかってる…。それに…姉は弟を嫌いになんかならない。集落で一緒に暮らせないけど、ここでなら一緒にいられる。三日くらいし外出できないけど…その三日間、私が傍にいてあげる…」
シャルロットは微笑みながら俺の頭をなでる。
その言葉は慰めでなく、本心で言ってるだと触れ合ってるおかげか、なんとなくわかる。
魔物だが、犬だが、人間と同じ温もりと優しがあった。
――この娘はいい娘だ。俺と違って。
だが、その優しさが俺にとって呪いの言葉だとこの娘は知らない。
俺の心境を分からないまま、シャルロットは愛撫を続けた。
●●●
十分くらい経過したに俺から離れようとしない犬娘をようやく剥がすことができた(物惜しみな視線があったが無視)。
筋力値はこっちが上のはずだが、いったいどういうタネがあるのだろうか。興味があるが、今は聞く必要はないな。
「…そもそも、オークは魔族の一種だから…みんなが警戒するのは当たり前…だからオーズは気にしなくていい」
「魔族? オークは魔物じゃないのか?」
「魔族は魔王たちの眷属…同じ魔物でも魔族は別物」
シャルロットによれば魔王とは神話の時代に産み落とされた悪しき人外の王たちのことであり、世界を滅ぼそうとした化け物。そして、魔王と生まれると同時にその魔王とおなじ系譜を持つ者――魔族も誕生する。
魔族に分類されているのは、デーモン、ゴブリン、オーク、ミノタウロス、ギガンテス、オーガ、ハルピュイア、ラミア、ケンタウロス、マーメイド、ダークエルフ、アンデットの12系統。その種族のそれぞれ12種類の魔王がいる。
魔王たちは過去に人間の勇者たちによって滅ぼされたが、魔族たちは魔王亡き後もしぶとく生存し、世界に災いをもたらしていた。
彼らは基本、人間に仇名す存在で、強盗、破壊、殺人、強姦など悪行三昧を繰り返し、恐怖と絶望のふちに落とす。そのため人間たちは彼らを討伐対象にし、魔族撲滅を掲げているが、いまだ魔族のほうに分配が上がってる。なにせ、人間と比べれて基本魔族のほうが数段強く、さらに魔族にはスキル《悪徳》が固定されているから、悪事を働くたびに半無制限に強くなるので、成長速度が通常の人間では相手にならないのだ。
「樹海の外に冒険していた母さんから、人間より力が弱く魔族の中でのゴブリンが難攻不落の城塞をゴブリンたちだけで落としたって聞いた……私が気に入ってるお話」
「ゴブリンだけで城塞落とすって、ある意味でパワーバランスが崩れる話だな」
ゴブリンの概念が壊れそうな武勇伝に、少々呆れる。
専門のスレイヤーさんがいないのかこの世界は。
「そのゴブリンの話を気に入ってるってことはシャルロットは魔族が怖くないのか? 話を推察しても城塞に落とされた後、最低な結末が予想できるんだが。エロゲーのバットエンドみたいのが」
「エロゲー? バットエンド?」
「知らなていい。で、どうなんだ?」
「…たしかに、城塞に住んでいた人々が地獄のような目にあったみたい…けどこれはあくまでゴブリンと城塞に住んでいた人たちの真剣勝負だから……第三者が批判するのは失礼…それに同情すれば敗者がさらに哀れむだけ」
情に脆いかと思ったが意外と冷静な批評ができるんだな。
冷徹とは言わないが、公私を区切りをつけているところに俺は感心した。
「あと、魔族は悪さする生き物だけど中には義理堅くて話ができるのもいる…実際、会ったことある…。ゴブリンとオーガの一団…だいたい30体くらい集落にやってきた」
「30…!? なんでこんな樹海に?」
「一年くらいまえ、樹海の外…北東方面で起きた大きな戦争に参加してたみたい…外の戦争については私は詳しいことはしらない。ただ、その戦争が終わった後、樹海から南西方面の国々を滅ぼそうと樹海を通りぬこうとして……樹海で迷った」
「馬鹿だろ、そいつら」
近場のコンビニ寄るみたいな感覚で大陸横断するか普通。
「コボルドの集落に着いたときには集落を襲えないほど衰弱してて…土下座してまで物乞いしてた」
「まぁ、生死にかかわることだから、プライドを捨てるのは道理だけど。大陸の四分の一もある大樹海を渡るならそれなりの準備してるはずじゃないのか?」
「なんでも、食料は現地調達すればいいって考えで樹海を渡ろうとしてた…みたい。…ただ、地図だけ用意していなかったみたいで…そのまま遭難。そのあげく…自分たちより強い魔物の縄張りにはいって命からがら逃げてきた…らしい」
「まぬけだな、そいつら」
なんでも、この森はコンパスや方角を示す魔道具類が使えないため、精巧な地図と方角を確認するために天体に関する知識がなければ確実に迷うらしい。スキル《地理》で調べたら、この大樹海は特殊な魔力と磁力が溢れていた。道具類が使えないは磁力と魔力に阻害され不具合が起こるのが原因だ。
それにしても、ゴブリンの武勇伝から魔族=エロゲーでヒロインを凌辱する鬼畜どものイメージだったのに、もう世紀末で主人公に狩られるアホなモヒカンたちのイメージしか浮かばない。
人類の天敵でも、しょせんは人間と同じ愚かな生き物か。
「集落の仲間は食料を分ける義理がないから…彼らを一思いに介錯しようとしたみたいだけど…母さんと父さんがさすがに可哀想だったからって長達を説得して…彼らに条件つきで食料と水を分けてあげた」
「条件?」
「南西の土地に侵攻しないこと…どうして母さんたちがそんな条件を出したのか知らない…けど、たぶんわけがあったんだと思う」
「ふーん。それでそいつらは素直に条件をのんだのか?」
「うん。ついでに疲れてるだろうと一晩だけ集落に一泊させて…次の日に北東方面に帰って行った。あと、泊まらせた晩に、母さんたちが魔族たちとなんか難しい話をしてたけど…最後には酒を飲みながらみんな楽しそうに笑ってた。害悪の存在なら分かり合えることなんてならない。だから、魔族にだって仲良くできる人もいる…私はそう信じてる」
そう言いながら、シャルロットは竹筒に入った飲み物を飲む。
しかし、魔族かぁ。
ゲームとかでオークも魔族に分類されているから、驚きがしないがわりと重要な情報じゃないだろうかこれ。
予備知識はあらかじめ説明してくれ、宇宙娘。
「あんたが俺が信用する理由は分かった。けど、なんで最初の時、俺を警戒したんだ? 魔族は敵じゃないんだろ?」
「…オーズ…」
シャルロットが竹筒を片手にジト目で俺を睨む。
急にどうしたんだ?
「私が魔族も信用してもいいと考えても…相手が自分の味方だと勘違いするほど…私の頭はお花畑じゃない。これでも一人前の戦士…そこんところは注意すべき」
「あぁ~、悪かった悪かった。貴女様はかっこいいコボルドの戦士です。なので俺の頭を甘噛みしないでくださいませシャルロット様」
「シャルロット様じゃない…姉と呼ぶべし」
まるで酔ってるかのように俺に絡みつくシャルロット。
分析スキルで気付いたのだが、彼女が飲んでた竹筒にはアルコール成分があった。つまり、酒である。
おそらく、中身を知らずに持ってきたのだろう。
先ほど飲んだばかりだというのに、もう酔っていた。酔うのが速い体質なのかコボルドという生き物は。
その後、シャルロットはお酒が入った竹筒を全部飲み干してしまい、大変な目にあった。一体何が起きたのかは恥ずかしくていえない。
ただ、この年(精神年齢17歳、実年齢0歳、肉体年齢12歳?)で女上司の酒のお相手をする弱気なサラリーマンの心境が理解できたのはたしかだ。
酒癖の悪い女に酒を飲ませたら駄目。
厄介というか危険ッ。
気持ちいいことがあるだろうが、後で絶対後悔する!
おかげで一日中、よっぱらい犬娘の相手をするはめになり、予定していた廃墟の探索は後日となってしまった。