06 廃墟と夢
フルチンで、歩き続けること数十分。
日が暮れ、さらに森の密度が濃くなり薄暗さが増すのだが、俺は《鋭敏嗅覚》と《地理》を頼りに廃墟らしき遺跡と突き進む。視覚が悪くても匂いと地形把握で周囲の状況は確認できるのだ。
途中、HPを回復させる治癒草やSPを回復させるプロティン茸をいくつか発見したので、持てる分だけ摘み、歩きながら食べて体力を全回復させた。もっとも、《嗅覚分析》による鑑定によれば薬草は加工することで回復薬になるのだが、生のままだとHPが一割くらいしか回復しないらしい。《雑食》さまの恩恵と質より量という方法で大量に食べなければ数分足らず回復することができなかっただろう。
やはり、オークは高性能だと実感するが、その性能が裏目に出ることを、俺は後で思い知った。
「――臭ッ!?」
異様な臭気が鼻孔に入る。
まるで汚物に激辛唐辛子をブレンドしたような臭気と刺激臭だ。鼻が利きやすいオークのため、この激臭はきつい。あまりにもの臭さに俺は鼻をつまむ。周囲を索敵したとき、目的地の周辺で不快な匂いがあったが現地だとさらに強烈で吐き気そうになる。
臭いの出どころは、その辺に生えている刺々しい花弁をした花だ。
俺は嫌々《嗅覚分析》で鑑定すると、花はドドリアンバナと呼ばれ、動物や魔物が毛嫌いする臭いを放つ植物だとわかった。人間の嗅覚では臭いを感じることができず、その臭いを利用して町や国の周辺に植えて魔物除けとして使われている。
マップで確認したことろ遺跡周辺を取り囲むようにドドリアンバナが生えていた。おそらく、自然でなく人工的に植えられ、そのまま大量増殖したのだろう。
この場から一刻も去りたいが、逆にいえ目的地まであと少しということ。
俺は臭いに耐えながら、ドドリアンバナの生殖地を早歩きで通り過ぎた。
先が見えない森をようやく抜けだすと、目の前に巨大な石壁が立ちふさがった。
それは二十五メートルもあるだろう高い塀で、人の手で掘られたらしい彫刻が施されていた。しかし、長い年月によるものか表面が剥がれ落ち、蔓が伸び、ひび割れ、一部が崩壊している。
俺はその崩壊して通れそうな隙間から塀から侵入し、内部へと足を踏み入れた。
そこはまるで地震で崩壊したような廃墟の町だった。
倒壊し瓦礫の山とかした西洋風の家々。
整備された石畳みの道をめくるように生い茂る雑草や木々。
そして、いたるところに放置された人の骨とドランゴンのような巨大な骨たち。
人骨なった者たちには皮鎧らしきものを装備していた。手元には錆びついたロングソードや棍棒などが落ちている。
見た目と状況から察するにこの町を根城にしていた盗賊だろう。魔物に襲われて息絶えたとみ考える。一様、スケルトンというアンデット系の魔物ではないか分析スキルを使ってみたが、ただの骨としか鑑定できなかった。骨になると個人情報まで閲覧できないらしいが、おそらくスケルトンではない。魔物の骨も調べてみたところ、すべてがワイバーン系の骨であり、こちらもボーンワイバーンと呼ばれるアンデット系の魔物ではなかった。
このまま放置するのアレだが、早いとこ寝床を探さなければいけないため、埋葬は翌日にやっておこう。
俺は骸骨に手を合わせ、その場を後にした。
夕陽が完全に落ちる前に、俺は今夜泊まる物件へ着いた。
瓦礫と化した建造物からひときわ離れた庭付きの広い西洋館だ。ほかの家と同様、外装や屋根の一部が剥がれ落ち、ガラス窓がほとんど割れ、外見が幽霊屋敷そのもの。
ホラーは苦手なのだが、比較手に家の状態が良く、怪し生物が住んでおらず、また、遺体らしき死骸がないのがこの物件しかなかったため、安全性と精神面を考慮して、このオンボロ屋敷に泊まりすることに決めた。
年月による風化か玄関の金具が壊れており、簡単に屋敷に入れた。
外から漏れ出す月明かりでわずかながら屋敷内がうっすらと見える。案の定、外装と同様に屋敷の中もボロボロで、ホコリの積もり具合からして、おそらく何十年も放置されたとみて間違いないだろう。
しかし、それと反して床や柱などはあまり老朽化しておらず、汚れが目立つだけで床が抜けるということはなさそうだった。
分析スキルで調べると、物質固定化と呼ばれる物体の老朽化を防ぐ魔法が屋敷中に掛けられていた。昔か、この世界の建築技術の一種なのかは分からないが、この屋敷が倒壊する恐れはまずないだろう。
俺は、警戒しながら屋敷の中を探索し、寝れそうな場所を探した。
高級そうな家具類が置かれた部屋がいくつかあったが、ベッドなどの寝室はシーツが虫に食われて使えそうになかった。妥協して使えば、ホコリとノミとかで体が痒くなりそうだ。
引き続き探索を続ける最中、クローゼットに密閉された大き目な箱を四つ発見し、開けてみると貴族が着てそうな衣服とシーツなどが入っていた。衣服箱らしく子供用から大人用まで衣服類が揃っている。この屋敷に暮らしていた人たちのものだろう。いくつか虫食いになっていたが、着られないほどボロくはない。
ドロボーまがいだが、放置されたままだったし、もらっても罰は当たらないはず。
そう自分に言い聞かせ、俺は子供用のズボンとカッターシャツを着てみた。
胴体が太すぎるためシャツのボタンを留めれないが、ぴっちり止めるつもりがないのでそのままにした。
部屋にホコリが被った鏡があったので、改めて俺の姿を確認してみた。
窓から入る月光に照らされた鮮やかな赤い短髪
岩石のような厳つい顔面。
眼前を射貫くように直視するギョロリとした瞳。
豚に似た不格好な鼻筋。
下あごから伸びる双牙
子供の身長でありながら荒縄を編み込んだような筋肉。
ボールのような丸みを帯びた腹。
鎧武者のような硬く光沢がある皮膚。
これがこの世界のオークの姿……今の俺の姿が写されていた。
豚を無理やり二足歩行させた感じの化け物だと思ったが、実際は豚鼻の筋骨隆々な鬼のような怪物だ。
赤ん坊サイズからいつのまにか小学生高学年くらいまで成長したのはさておき、この造形は嫌いじゃない。
むしろ、デザインが凝っていてかっこいい。
鏡の前でポーズをとると筋肉が膨れ上がり、服がぴっちぴちになる。
腹は出ていたが肥満というほど脂肪で肉が垂れてはいない。逆に張りが出て、鉄球のような重要感がある。
ナルシシストではないが、この新しい身体は気に入った。
一人ボディービル大会を堪能した後、俺は早めに寝ることにした。
寝床は洋服類が収納していた衣装ケースをベッド変わりにした。寝るのにちょうどいい大きさで耐久性に問題はない。
装飾品が少ない衣服とシーツで下布団を作り、その上で横になる。寝心地はすこし悪いが、ホコリまみれのベッドに眠るよりましだ。
転生した一日目……早々にトラブルに見舞われたがどうにかこうにか生き延びた。
サバイバル前提でオークに生まれ変わったが、体験して改めて無茶だと思い知らされた。
しかし、後悔はしてない。前世でも思い付きと勢いだけで生きてきた。その度にヘマをしてきたこともあるが、この性格を治すつもりはない。
自分らしく生きる、のが俺のモットーだ。たとえ失敗しても、そのたびに反省して学び、俺なりにのやり方で経験を生かして進む。それが俺の人生だ。転生しても、それだけは譲らない。
緊張の糸がほぐれ、瞼が重くなる。
疲れた体を即席のベッドに沈ませ、瞼を閉じる。
明日は町の探索でもしよう、そう考えながら意識を睡魔に身をまかせ、俺は眠りについた。
●●●
夢を見ていた。
俺は気が付くと草原にいた。
青空と草原がどこまで平行線上に続く世界。
生暖かで清々しい風が体に当たる。
草木が揺れ、若草の香りが鼻孔を刺激する。
青空に浮かぶ雲はゆっくりと形を変え後方へと流されていく。
それが夢だと思ったならなんとなく直感したから。
殺風景な光景。
だが、どこか心地よく温もりが感じられる、そんな世界
俺を草原を無意識に歩く。
どこまで続く草原を当てもなくただ歩き続けた。
歩みを止めたのは、目の前に一人の女性が立っていたからだった。
いや、本当に女性なのか分からない。
その人の全身がモザイクがかかったており、性別や年齢、容姿を確認することができない。
それなのに、俺はその人を女性だと理解していた。なぜかは分からない。
ただ、彼女が女性であるのだと、俺の脳が勝手に判断した。
女性は俺を待ってたとばかりの顔で俺に微笑みなら近づく。顔もモザイクがかかっていたため表情は読めとれないが、彼女から発する太陽のような温かな雰囲気から、彼女が俺にむけて微笑んでいるのだと伝わってきた。
女性は俺の目の前に来ると、腰を低くし、オークの子供である俺と同じ視線で語りかける。
「■■■――」
しかし、その声を俺は聞き取ることができなかった。まるで、ラジオの雑音のように、老若男女が混じったような声。
俺の反応から女性は自分の言葉が伝わってないことに気付き、その場で考え込む。
仕方ないとばかりに彼女は嘆息し、俺に何か手渡した。
それは赤い文様がある宝石のように輝く紫色の石だ。
女性は言葉の代わりに手を動かしジェスチャーで何かを伝えようとする。
コミュ障の俺だが、あくまで自分から会話するのが苦手なだけで、むしろ相手の真意を敏感に感じられる人間だ。そのためか、オタク眼鏡や脳筋マンといった特殊な人種しか友達がいないのだが、今はあいつらのことは関係ない。
女性が焦った様子で何かを伝えようとする必死になって腕と体を動かす。
モザイクがかかっていたため容姿が分からなかったが、彼女が体を動かすたび、彼女の胸のあたりで巨大ななにかが左右上下に激しく動く。
――爆乳…それもMカップと見てまちがいなし。
モザイクがなかったら是非、直視したい。
つい煩悩が漏れたが、すぐさま正気を取り戻し、彼女が何を言いたいのか分析し理解する。
地面を掘って、それを、埋めて。
つまり、この石を地面に埋めろという。
どうしてそんなことを、と疑問を抱くと同時に、視界が蜃気楼のようにぼやけてきた。
そういえば、ここは夢の中だった。
この夢を見るのも時間切れのようだ。
薄れていく景色の中心で女性が残念そうな雰囲気で俺を見据え、口を開く。
もっとも、彼女の言葉はすべて雑音に変更され、理解することができなかった。
雑音を聞きながら意識が完全に切れる直後、艶やかでどこか悲壮な声が俺の耳に響いた。
「――その子を………お願い」
●●●
「―――ん…? ここは…?」
目が明けると、そこは知らない部屋だった。
まだ寝ぼけた脳で整理し、思い出す。
あー、俺、転生したんだ…。
現実味のない現実だが、昨日の出来事はこの身体に染みて覚えている。
ってか、よく生き延びれたと改めて思う。
俺は即席ベッドから降り、バキバキと身体の骨を鳴らしていく。
ふと、自分がなにかを握り締めていることに気が付き、手のひらを開けてみると、宝石に似た紫色の石があった。まるでゲームとかで王や神様が主人公に渡してそうな重要そうなアイテムぽい。
はて、いつのまに?
首を傾げて考えたとき、先ほど見た夢の記憶がわずかだけ脳裏に浮かんだ。
夢で爆乳――もとい女性らしき人から渡された石だ。たしか、地面に埋めろとかなんとか…アレは、夢じゃなかったのか?
うーん、謎が深まる。
「どっちにしろ、そういうテンプレは俺じゃなく主人公にやってくれ」
石を指で遊びながら、俺は誰もいない部屋で愚痴を零す。
ひび割れた窓から入る朝日に、石が紫色にうっすらと怪しく光沢する。
その輝きに、俺はまるで嘲笑のように感じられた。