04 戦士の儀式
今回は別の視点になります。
12/3 修正しました。
私の名前はシャルロット。
コボルドの集落を取り仕切る長の孫娘。
今日、この日は私が生まれてちょうど10年になる日。
私たちコボルドは生まれて10年が経つと戦士の儀式と呼ばれる狩りを行う。
自分より強い獣を狩ることで仲間から一人前の戦士として認められ、集落の外に出て仲間と狩りに参加することができる。
失敗すると一年間集落の中で暮らして集落と戦士たちのお世話をしなくてはいけないけど、一年が経てば再度儀式に挑戦できる。
父も母も立派な戦士だった。仲間のためにご飯をとってきて、家族のためにいろいろな知識や生きる術を教えて、生きるために魔物と戦って死んだ。
勇敢だった父と母は私の誇り。
だから、私も戦士になる。
憧れの父と母みたいになって、仲間守る。家族養う。
そのための鍛錬は積んできた。
狩るのは自分より強い獣……もう決めてる。
樹海の将軍――グリーンタイガー。
この森で五本の指に入る虎の魔物。
この魔物に挑んで生き残ったのはコボルドは過去に三人。
私の父と母と集落の長を務めてる祖父だけ。
だから、私も狩る。
家族のようにグリーンタイガーを狩って立派な戦士になってみせる。
儀式の当時。
未届け人として26人が付き添いでついてきた。
本来は5人くらいだけど、私が長の孫娘だから、もしものことがないように長が頼んだみたい。
あまり特別扱いしてほしくないけど、狩りの邪魔にならなければ別にいい。
そして、儀式が始まって数刻。
狙っていた得物――グリーンタイガーをみつけた。
まだ成体に至ってない子供だった。
けど、それでも立派な魔物。
コボルドの私が正面から戦えば間違いなく私が死ぬ。
だから罠を仕掛け、グリーンタイガーの力をそぎ落としながら戦った。
私はボロボロになったけど、優勢に渡り合えた。
でも、あと少しで狩りつくせると思った矢先、グリーンタイガーが罠から抜け出し走り去ろうとした。
逃がさない。
私はグリーンタイガーに剣を突き刺してしがみついたけど、疲れて気絶した。
目を覚ましたのは走るのをやめたときだった。
起きた私はグリーンタイガーの背中を切り裂いて、止めを刺そうとした。けど、グリーンタイガーは強かった。背負った私を振る落とし、とどめを刺そうとした。
私はすぐさま立とうとしたけど戦いで疲労して動けなかった。
グリーンタイガーはゆっくりと近づいてきた。
私を食べるつもりだ。
樹海の森は弱肉強食。
ここで私が死んでも私が弱かっただけ。
死ぬことは怖くない。ただ、父と母のような戦士になれなかったのが心残り。
私が死を覚悟したとき、グリーンタイガの首に何かが乗りかかった。
疲労で視界がぼやけて見えなかったけど、視力が回復するうち私より小柄な生き物だと分かった。
その生き物は必死にグリーンタイガの首を絞め――虎の頭を食った。
そのまま肩や喉に噛み付き噛みながら、グリーンタイガを生きたまま食らっていく。
樹海の将軍が悲鳴を上げながら食い殺されていく光景を私は呆然と観続けしかなかった。
グリーンタイガの断末魔が途切れた時、そこにグリーンタイガがいなかった。
代わりにいたのは私より一回り小さな生き物…?
私と同じ日本の足で立ってるけどコボルドじゃない。
どことなくオーガやゴブリンに似てるけど、オーガみたいに角もないし、ゴブリンみたいに耳も鼻も長くない。
例えるなら筋肉質なボール?
そういえばあの生き物の特徴、母から聞いたことがある。
たしか、オークという生き物だったはずだ。
屈強な暴れん坊。
残虐で欲張り。
村や国を襲っては異種の雌と無理やり交尾して仲間を増やし、仲間と共に暴れ回る災厄にして最悪な怪物たち。
どうしてこんなところにオークがいるのかわからないけど、敵なら戦わないと。
私が剣を拾い上げると、オークは困ったような様子になった。
それはどこか人間臭く、母から聞かされてたオークとはちょっと違う。
そして、なんとなく面白い子…だと思った。
この子がオークなのか分からなくなると、オークは森のほうへ視線を向けた。
森から仲間たちの匂いがしてきた。
そういえば、グリーンタイガにしがみついたときに置いてきたんだった。
オークはさらに困った様子だった。
たぶん、私の仲間と会うのが嫌なんだろう。
オークが危険な生き物だというのは集落のみんなが知ってること。
おそらく、仲間はこのオークを殺すに違いない。
そんなのはダメ。
このオークは私を助けてくれた。
得物を横取りされたけど、こうして生きられたのはこのオークのおかげ。
恩は必ず返す、それが当たり前。
だから私はオークの手を掴み、そのまま川へと投げ飛ばした。
私より小柄だったから、あまり重くなく、すんなり投げることができた。
この川を下れば集落より離れた土地へとたどり着く、と長が前に言っていた。
私は一度行ったことも観たこともないけど、長は嘘をいわない。
この川に流せばオークを逃がすことができるはず。
オークを川へ流した時、オークは何か叫んでいたけど、きっと感謝の言葉だろう。
良いことした後は清々しい。
「孫娘殿ー!」
「無事ですかー!?」
森林から未届け人だった仲間たちが出てきた。
孫娘とは私のこと。
私が長の孫だから集落のほとどんどが私のことを孫娘と呼ぶ。
名前で呼ぶのは長である祖父か集落のお年寄りたち。
そして、死んだ両親だけ。
みんな、走ってきたので皆息が荒く、疲れている様子。
私たちコボルドは俊敏で障害物が多い森の中を早く走ることができるけど、相手がグリーンタイガだと追い抜くことはほぼ無理。
子供だったとしても、伊達に将軍の二つ名はついていない。
「疲れたけど…この通り…無事」
擦り傷はあるけど致命傷はない。
私が無事だったことに彼らは安堵の息を漏らした。
「スミマセン、私たちが付いていながら…」
「我らがお供したのに、このようなことになろうとは…」
「しかも孫娘を連れ去られるなどもってのほか」
「お目付け役として、教育者として不甲斐ないです」
「そんなに自分を責めなくていい…狩りは…何が起きるか分からない」
心配してくれるのはいいけど、そもそも彼らに落ち度なんかない。
これは戦士の儀式であり、私が一人前の戦士になるための試験。
もしも、私がグリーンタイガーに殺さたとしても、それは私が弱かっただけ。
彼らに責任を背負う義務はない。
ただ、彼らにとって私は長の孫娘だから余計に心配しているだけ。
…その特別感はあまり気に入らない。
でも、私個人として心配しているからあえて反論はしない。
「しかし、孫娘殿。これは貴女がやったのですか」
同胞の一人がグリーンタイガーの亡骸(骨の欠片と肉片と血の跡しか残っていない)を指摘する。
ほかの同胞も困惑している。
私でも手を焼いていた魔物がこんな無残な姿になったのだ。
現役の戦士でもこんな惨い殺しはしない。
「違う…ここにいた別の獣が…やった」
嘘は言ってない。
私にとって人も亜人も獣人も魔物もすべて生き物でしかない。
生き物は平等に獣。
違いなんて、個性があるかないかの話。
「その獣はなんの?」
「分からない…初めて…見た」
これも嘘じゃない。
あれが母が言ってたオークなのか確信してないし、オークを観たのが初めてだから、言葉通りに答えた。
「私の得物を横取りして…去った」
結果的に横取りされたのは事実。
そして、あのオークが去ったのは私が手助けして逃がしたのが正解だけど、どちらにせよにこの場から去ったのは事実だから嘘はひとつもついていない。
ただ、真実をすべて言ってないだけ。
「追いますか、孫娘」
「それはいい…放っておいて…」
「しかし…」
「必要以上に関与しない…それがこの森の掟…悪戯に踏み込めば危険…家族…仲間に被害が出る」
生きるために生き物を殺すのが弱肉強食の常識。
でも、生きる以外で生き物を殺すのがダメ。
弱くても、強くても、生き物である以上、両方とも生きる権利がある。
無差別に殺すことは弱肉強食の理に反してる。
もしも、不本意に相手の生活圏を侵せば、逆に自分たちの生活圏も侵される可能性がある。
自分のせいで自身が死ぬことがあっても、それは自己責任。
でも、それで仲間が死んだらもっとダメ。
死んじゃうと、謝ることができなくなるから。
「…それで…儀式のほうは?」
私はあえて結果が分かってること聞く。
グリーンタイガーと挑んだけど、最後にとどめを刺したのはあのオークだ。
儀式は得物を一人で狩り終えてこそ、一人前の戦士として認めれる。
私は最後まで戦えなかった。だから、失敗。儀式は不合格。
私は戦士になれない。
残念で悔しい。
でも、まだ諦めてはいない。
今日がだめだったとしても、一年後がある。
一年間、修行して強くなる。今度は子供のグリーンタイガーじゃなく、大人のグリーンタイガーを狩ってみせる。
私がそう意気込んでいると、仲間たちは私を除け者にしてひそひそと話し合っていた。
なんだろうと、私が首をかしげると仲間の一人が代表して言う。
「孫娘殿。儀式ですが我々の結論からして、貴方様は合格。一人前の戦士として認めます」
その言葉に私は目を丸くする。
「どうして…? 私…得物狩ること…失敗した」
「この儀式はあくまで戦士の卵たちの力量と器を図るもの。なにも自分の力だけで狩りをするためのものではありません」
「あの魔物をあそこまで追い詰め、さらに逃げる得物を逃がさんとした貴女様の執念」
「さらに、この森の掟を理解し、我らのことを考えるその姿勢」
「そして、危険な獣から生き延びる幸運」
「これらを踏まえてたうえで、孫娘は立派な狩人と我らは結論しました」
皆がそろって言う。
その言葉は私が長の孫娘だからという理由からじゃないことは、私には分かる。
彼らもまた、一人前の戦士なのだ。
コボルドの戦士は単独でなく仲間同士で助け合い狩りをする。
ゆえに、背中を任すことができるほど信頼が厚く頼れる仲間が必要。
もしも、未熟な戦士に背中を任せたら、自分たちにも危害が及ぶかもしれない。そこに生半可な戦士を入れるほど彼らは馬鹿じゃない。
だからこそ、彼ら戦士たちに認められたことに、私は心から歓喜する。
顔の表情を変えるのが苦手だけど、今の私はきっと笑っているはずだ。
「今夜は宴です。孫娘が一人前になった祝いです」
「さぁ、長が待ってます」
「参りましょう、孫娘」
仲間たち――戦士の仲間と共に集落へ帰る。
私は川辺から立ち去る際、川の流れの向こうへ視線を向ける。
あのオークは今頃、どこまで流されたのだろうか。
そうだ。宴が終わったら会いに行こう。
戦士になれば三日だけ単独で外出することができるから、お土産持っていろいろとお話ししよう。
仲間たちはこれから行われる宴を楽しみにしながら、私はこの場にいないオークと再会することを夢見ていた。