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29 老犬の祈り

今回はシャルロットの祖父が視点となっております。


 儂の名はローニン。

 リーベルク大樹海でコボルドたちの長をしている老犬じゃ。


「では……長、行ってきます」

「ウム、リーベルクの住民代表として頑張りなさい」


 儂は今、孫娘であるシャルロットの見送りをしていた。


 長年、人との接触を極力避けてきたリーベルク大樹海に住む儂ら部族は、とある事情により人間との協定を結むことになった。

 協定の条件として儂らが人間に移住できる土地と資材を与え、代わりに人間たちが齎す利益を儂らに回し、彼らを監視する取締役――いわゆる長を付けることじゃ。

 そして、その長に選ばれたのは我が孫娘である。


 暴れん坊であった我が愛娘と違い、大人しく礼儀正しい淑女のような娘じゃが、儂らコボルドの部族では太刀打ちできぬほど実力者へじゃ。

 他種族の部族同士による格闘技の試合で、各部族が自慢する実力者(それも魔人)たちことごとく打ち倒した。

 しかも、魔物において最弱の成長期でもある未進化体でじゃ。

 実の孫娘に出鱈目すぎて恐ろしいと思ってしまったわい。


 昔、どのようにして力を身に着けたのか疑問じゃったが、その答えはシャルロットの身近におった。


「つまり、コボルドの村をわたくしたちのいる街とあなたがいるギルドの街をつなぐ中間地点にすると?」

「いずれは各部族を中継地点に物流を確保したいところだが、ほかの部族長がまだ承諾してくれなくてよう。幸い、おまえさんが転移門を設置してくれたおかげで移動時間は短縮できた。これなら移住計画が大幅に前進することは間違いネェ」


 愛娘の旧友で儂らに協定を持ちかけてきた冒険者ギルドの幹部であるゼクト殿。

 その彼と話しているのは人間の少女に擬態した魔物――アルラウネのラウラという娘じゃ。

 アルラウネは伝説の魔物で、儂ら魔物でも有名な種族じゃ。

 異形な姿でありながら蠱惑魔的な魅了と性欲で雄どもを虜にし、全知と真実を見抜くスキルを用いて、いくつものの国を滅ぼした傾国の怪物。

 大昔に魔物の撲滅を掲げげた教会と協力者である勇者一行によって絶滅したという言い伝えじゃがまさか生き残りがいたとは。

 シャルロットの魔力と魔法がうまくなったのはおそらく彼女の教鞭のおかげじゃろう。アルラウネは他者に叡智を与えることができる種族。しかも、強力な魔法をほぼすてべ扱えるから彼女から魔法を教えられれば、凄腕の魔法使いになれるじゃろう。

 シャルロットの親友というし、十五年も彼女から魔法を教わっていれば魔法の腕が上がるのも納得じゃな。



 そして、シャルロットが真の意味で強くなった切っ掛けは間違いなくあの子じゃろう。


「義姉ー、ラウラー、冒険者たちを全員転移装置に乗ったから早いとこ拠点に帰るぞ。もうこっちはお風呂入りたくしてしかたないんだよ」


 黄昏のような煌めく赤い髪を揺らしながら、怠そうな声で孫娘を義姉と呼ぶ美少女の容姿をした青年。

 名はオーズ。十五年前、かの秘境でシャルロットと姉弟の契りを交わし、昨日の晩で一線を越えた孫娘の大切な番。つまるところ儂の義理の孫娘婿というものじゃ。本人は否定しているがのぉ。

 あと、一見人間の青年じゃが正体は魔族でオークじゃ。

 オークと言えば、十数年前に遭難の際、儂らの集落に立ち寄ったオーガやゴブリンに似た厳つい人型の異形じゃという話だが、今はスキルの効果で人間の青年に変身しておる。


 ためしに、本来の姿を見せてもらったが、容姿の差でうっかり吹いてしまったわい。

 魔族というのは儂ら魔物と違い生まれながら強靭な肉体と強力なスキルをもつ生き物じゃ。

 そんな子を義弟に、あまつさえ自身の番にするなら、雌として、戦士のプライドとして、義姉として自身も強くならなければいけない。

 シャルロットがここまで立派に成長したのは彼という存在が動機かもしれん。


「うん。…長、義弟がせかすので私はこれで……」

「ゼクトさま、町との運営については資料を飼い犬(コボルド)さんたちに運ばせながら話し合いましょう」


 そういって、シャルロットとラウラ殿は転移門の台座に乗り込む。


「ふぉっふぉふぉ、向こうの生活が落ちつたら、たまに帰省して来い。人間たちの長になったとしてもおぬしは儂らの大事な家族の一員じゃからのぉ」

「うちの若い衆を思う存分、こき使ってやれ。甘やかすとロクなことしないからな」


 儂とゼクト殿が見送るとラウラが転移門を起動させた刹那、眩しき閃光があふれ出し、瞬きした瞬間、転移門の台座に乗っていた孫娘たちの姿は消える。

 無事に、かの秘境に戻ったのじゃろう。


 彼女たちを見届けた儂は安堵の息を零す。


「ふぅ、協定が成立した早々に襲撃とは最初はびっくりしたが、計画の破綻が防げたのは僥倖だったのぉ。しかも、集落を守ったのが黄昏のような赤い髪の持ち主とは。これは予言通りになるかもしれぬ」

「予言?」

「実はのぉ、あ奴らが暮らしてる拠点にはある言い伝えがあるのじゃ」


 それは儂の祖父から言い伝えられた祖先から受け継がれる予言。

 かの拠点(ひきょう)に暮らしていた王から儂らの先祖に託された遺言。



――我がこの地を去って数百年後、この地に黄昏の赤い髪を持つ子が足を踏み入れるだろう。


――その子はいずれ天災により滅ぶであろうこの世界を救う勇者とならん。


――我が友、友の子孫たちよ、どうかその子と共に世界を救ってほしい。


――汝、我が認めし誇り高き戦士なればいずれ世界に轟かすであろう


――我は汝らの武勇がかの勇者の力になってくれることを心から願わん。



「――とはいえ、その予言が正しいかどうか知らぬし、いまさら余所者に手を貸す義理がないからのぉ。儂らはただの迷信だと思い、子供たちには伝えてはおらん。――が、まさか儂の家族を救ったのが赤い髪をもつ魔物の子で、儂の孫娘婿でなど想像できんかったわい」

「……そういえば、その拠点を作ったのは150年前の帝国の国王だったな。たしか、当時の国王には未来を予知するスキルをもったとかの噂もあったな……」


 嗤いながらゼクト殿に予言のことを話すと、彼は顎髭をいじりなら考え込む。


「魔王によって救われた帝国と、魔王の眷属である魔族の青年《オーク》が勇者になることを予言した昔の帝国の国王……いろいろとキナ臭いが荒唐無稽で面白そうじゃねぇカ」


 にやりと口角を上げて笑みを浮かべる。

 まるで愛娘のような顔つきじゃわ。

 長年、あの戦闘狂娘の相棒務められたのは似た者同士というのが理由かのぉ。


「では我々、大人たちも勇者たちのために働くとしようかのぉゼクト殿」

「だな。幸い、花の大賢者ちゃんのおかげで教会共に対抗する手札が一つ手に入れた。今回の一件でやつらの動きを制限されるだろうし、いろいろと準備する時間はあるはずだ」


 彼が言う手札とは、今回の襲撃の黒幕であるアダナギ教の幹部のことじゃ。

 なぜ、教会の幹部の一人が直接襲撃に参加したのかは知らぬが、おかげで情報源と人質役が確保できたわい。

 シャルロットとラウラ殿の拷問である程度吐いたが、まだ叩けば埃が出るとのことで、こやつの身柄はゼクト殿に任せることになり、あとでギルドに移送する手筈となっておる。

 ちなみにそやつの直属の部下で儂らの子供たちを攫った奴らは、ラウラ殿たちの報酬として全員引き取ってもらった。なんでも薬とかの実験体やオーズ殿の肉便器にするとかなんとか。上司とともに、ゼクト殿に引き取っていれば死んだほうが楽であっただろうに、運が悪かったのぉ。

 もっとも、儂らの集落を燃やして子供たちを殺そうとした奴らじゃ。死体になろうが廃人になろうが知ったことではないがな。


 でじゃ、重要なのは此処からじゃ。


「移住の件とは別の“計画”については儂がほかの長達が首を縦に振るまで説得しつづける。その間、外の事情はおぬしに任せるが、おそらく汚れ仕事になるじゃろうて。せっかく、高い地位と名誉を手に入れたのに、この計画でそれすらも失うかもしれん。ホントによいのか?」

「あぁ、覚悟の上だご老公。小悪党どもを食らうのは極悪人の仕事ダ。なによりギルド長をしている体が鈍くなるからヨ。やっぱりこういった仕事は楽しいゼ。クッククク、ひさびさに腕が鳴る」


 そういってあくどい顔を浮かべ、かの幹部がいる集落へと帰路につく。

 儂と付き添いの同志たちも彼に続いて歩みを始めるが、ふと、儂だけ立ち止まり空を見上げる。


「――儂ら一族がこの樹海に暮らして数千年……。外部との接触を避け、ただただ森と家族を守ってきたがもう引き籠るだけでは、我が子たちを守り続けることは無理じゃろうて」


 世界とは常に変化し続けること。

 自然が季節の移り変わりで決まった変化を繰り返すも、同じ風景(モノ)になることは決してない。


 人知れず変わらぬ平穏を続けようが、転換期という名の歴史の荒波を防ぐことは出来ぬこと。

 たとえ、英雄であろうが、国を滅ぼした化物であろうがのぉ。


 実際、外界の者たちによって我らの土地が、我らの子供達(ミライ)が狙わておる。

 今回はシャルロットたちにより助かったが、このまま対策もなしに放置を続ければ儂らが滅ぶのは目に見えておろう。

 ゆえに、儂らは決断しなければいかん。不変というなの平穏と日常を捨て去り、未知なる明日と新たなる命を守るために。


 空の果てにいるであろう我らの創造主たちに向けて、儂は祈った。


「世界を創成し、我らを産み落とした神々よ、あなたたちから課せられた“使命”を放棄はしませんが、どうか我らが変わることをお許ししてください」



――願わくば、魔物でありながら人類へと成ろうとする我らを邪険せず見届けてくれたまへ。




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