02 オークの腹は伊達ではない
数分前の羞恥心を捨て、俺は森の中を歩き続けた。
知らない土地、しかも森林地帯なうえどこから猛獣か襲ってくるか分からないこの状況。
だが、心配はない。なにせオークのスキルのおかげで周囲状況はすでに把握済みだ。
《鋭敏嗅覚》
【匂いに関して鋭くなる】
【遠くのものを嗅ぎつけることができる】
《嗅覚分析》
【匂を分析・解析することで情報を得る】
《地理》
【周囲の地形・土地の状態を分析・解析する】
【地図として自動で記録される】
【記録された地図は任意で自身の視界に表示することができる】
強化された嗅覚で危険な猛獣の匂いを広範囲で察知し、同時に地形を把握して危険な場所を避けながら安全なルートを進む。
まさに索敵機能付きマップ機能。その完成度は実に高性能。
転生する前、宇宙娘から見せてもらったスキルの一覧に周囲の敵情報を察知する《世界索敵》とか位置情報と地域情報が瞬時に把握できる《世界図》とか便利そうなチートスキルがあったが、こちらのほうが凡庸性が高くて、スキルを合わせれば相乗効果があるかもしれないと思ったが、うまくいってよかった。特にオークは豚のような嗅覚を持っているから、このスキルとは非常に相性が良く、半径約五キロ圏内にいる猛獣の状況が常時確認できる。
おかげ、危険な猛獣とエンカウントせず安全に探索することができた。
ただ、問題点というか不満点を挙げるなら場所だろうか。
この森…広すぎる…!?
マップで確認してもあるのは森・森・森と一面森ばかりで、集落や人の存在がなく、いるのは危険らしき森の住民たちだけ。
これは山中や森とかのレベルではない――樹海だ。
それも富士の樹海(テレビの知識で知った)より広大な大樹海だ。
人から離れて一人生活するのが目的だが、誰もいない森の中で彷徨うのは不安で折れそうになる。
ぐぅ~!!
ついでに腹も減ってきた。
転生してからまだ何も食ってはいないかったしなぁ。
木の実かなにか落ちていないか、目と鼻で探してみる。オークだから拾い物食いしても大丈夫だろう。それを見越してオークに生まれ変わったんだし。
あたりを見渡しながら歩いていると、木の根元から食えそうな匂いがした。
木々の根元にはぷっくらと傘を広げたキノコが大量に生えていた。
色は赤・緑・青など見た目が毒キノコのようだが、異世界のキノコだから前世の常識が通じるのか分からない。
が、さっきから腹の虫が鳴き止まない。胃に何か詰めろと叫んでいるように必死に重く鳴らしている。
この衝動はおそらくこれがオークのスキル欄にあった《飢餓》のデリメットだろう。
《飢餓》
【空腹時に自動で飢餓状態になる】
【任意での解除不可能】
【飢餓状態中、全能力値が1,5倍補正】
この状態異常を甘く見てたかも。メリット的に高いし、どうせ腹がものすごく減るだけだと思ってたけど、実際は精神的にきつい。能力値が倍になるチート効果も、この状況では何の意味もない。
あ~だめだ。腹の減りすぎてガチで死にそう。
この衝動を止めるには飢えを満たすしか方法しかない。
このキノコを食って大丈夫かどうかわからないが、匂いからして大丈夫だろう。《嗅覚分析》で確認したら毒性はないこと判断している。ただし、副作用があるかどうかは、今の俺には判明することができなかった。
腹の虫が悲鳴を上げている。宇宙生物みたく内側から食い破ろうとするくらいに。
もはや、背に腹は代えられない。
せめて、伝説の配管工みたく巨大化する効果であってほしい。そう願いながら、キノコを噛り付く。
ガブリ…もぐもぐ…ごっくん。
うん、美味い。
警戒はしていが、食ってみたらシイタケに似た味がした。
ほかのキノコを嗅覚で選別して食べ続ける。触感はどれもどれも歯ごたえがあって、味もだし汁で味付け足したように深みがある。何度食べても飽きない美味しさだ。
ついでに匂いを嗅ぐだけで、そのキノコの名称と情報が分かるようになった。
おそらく、俺個人のレベルが上がったのだろう。その影響で《嗅覚分析》の練度が上がり、物品の鑑定ができるほど応用ができるようになった。うれしい誤算だ。
約五十個ほどのキノコを食べ終えると飢えが治まった。
飢餓状態から解放され一安心するが、まだ油断はできない。なにせ俺の腹はまだ満足していない。数時間したらまた飢餓状態になるはずだ。
周囲に生えていたキノコはほとんど食べつくしたため次の得物を求めつつ、同時に水の確保に向かう。
自家製マップのおかげでではこの先に川があることは把握済みだ。しかも、周辺には危険な魔物など徘徊していない絶好の場所だ。
もしかすれば、川魚が取れるかもしれない。
この世界の魚はどんなものなのか、どんな味なのかグルメ家(自称)として興味がある。
俺は新たな美味いものを求めて川へと向かう。
森の探索?
美味いものが最優先だ。
先の見えない木々を抜けると、岩場の多い川沿いがそこにあった。
念のため周囲を索敵――敵性反応なし。
この場に居るのは俺と川で泳ぐ魚たちだけだ。
安心して川に近づき、川の水を飲む。水はミネラルウォーターのように冷たくてうまかった。
生水だがオークの腹は頑丈だから大丈夫なはずだ。《痛覚耐性》もあるし。
さて、喉の渇きを潤したら、また腹が減ってきた。
やはりキノコだけでは物足りないか。
俺は《嗅覚分析》を発動させ、食べれそうなものを探す。
ちょうど、変な川魚もいることだし、水の中でも匂いをかぎ分けられるはずだ。
岸辺の近くで泳ぐ肉厚で金槌にような頭部をした魚数十匹を集中して匂いを嗅ぐ。
すると視界からその魚に関する情報が表示された。
えー名前は金槌魚…そのまんまだな。字面的に泳げなさそう。
説明欄によれば頭部が硬く金槌のような形で、捕食動物から身を守るためその頭部で攻撃する攻撃的な川魚で、レベルは1と低いが、石を粉砕するほどの頭突きをしてくるため捕獲するのに注意が必要。
なお、身は脂がのって大変美味であり高級魚として人気とのこと。
ふむ、それはぜひとも食べてみたい。
否、食べてみせる!
俺はその辺にちょうど転がっていた手ごろな石――ボーリング球ほどのサイズの岩を持ち上げ川へと入り、ゆっくり金槌魚へ近づく。
子供なら流されそうなほど川の流れは速いが、オークの赤ん坊なら耐えきれる。
金槌魚はこちらに気づいておらず、川の流れに逆らいながらその場から動こうとはしない。
警戒されてないのは好都合。
俺は金槌魚から遠くない、水面から顔を出している岩に近寄る。
そして手に持ったボーリング球の岩を大きく持ち上げ、水面の岩へ何度も叩き出す。
すると水面から金槌魚が何匹も仰向けぬ浮かんできた。
今やったのは石打漁というもの。
水中の岩を岩やハンマーでたたきつけ、その衝撃で魚を気絶させて捕獲する方法だ。
日本では違法だが異世界なら問題ない。
さてと、気絶した魚たちが下流へ流されていく前に捕まえなければ。
ちょうど、俺がいた場所が下流だったため回り込んで待ち伏せすることできた。
しかし、俺が鈍感だったのか、オークの反射神経が遅かったのか何匹か流されてしまった。
もったいなかったが、流れていったもんは仕方がない。
鮭サイズの金槌魚を六匹は手に入ったから飯には十分だろう。
両手に飯のおかずを掲げて川から上がろうとしたその時、水面から一匹の金槌魚が飛び出してきた。
げっ、まだ生き残りが!?
金槌魚の衝角が俺の胴体を撃ち抜かんと鈍器が迫る。
ぼよ~ん!
が、俺の腹がトランポリンのごとく金槌魚を受け止め、そのまま跳ね返した。
空中に投げ飛ばされた金槌魚はなすすべなく、樹木へ激突し、そのまま地面へとぼとりと落ち動かなくなった。
石をも砕く頭でも、オークの腹は破れなかったようだ。
岸辺に上がり、捕まえた金槌魚を平らな岩に置く。
腹で跳ね飛ばした分を合わせて計七匹の金槌魚。
ちなみにだが、俺が所持しているモノは腰に巻いた布切れ一枚だけ。
包丁どころかライターもない。
サバイバルなら木を擦り合わせて摩擦で火を起こすのだろうが、火を起こす間に鮮度が落ちてしまうので却下。ファンタジーなら魔法で火を起こすこともできそうだが、オークは魔法が使えない。
デフォルトでそんなスキルがなかったし、なによりどうやったら魔法が使えるのか知らない。
これでは魚を食うことができない――と、一般人ならあきらめていただろう。
吾輩はオークである。
ナマモノをへっちゃらで食べることができる豚野郎である。
なにより《雑食》と呼ばれるスキルがあるから骨や寄生虫が残っても平然と食べれるのだ。
《雑食》
【有機物・無機物といった様々な物体を噛み砕き瞬時に消化する】
【食べた分だけHP・SPを回復する】
【毒物や害ある物質は消化できず、HP・SPは回復しない】
食糧危機の際、木の皮や石とか食べれないモノを食べれるよう保険として考えていたスキルだ。毒物とか体に害があるものはさすがに消化できないけど、寄生虫くらいなら消化することができるはずだ。
ということで、ナイフが無いので指と爪で魚のはらわたを処理していく。
一匹丸ごと飲み込むこともできるのだが、やっぱりここは美味しくいただきたい。
そういえばこの世界には《調理》というスキルがあった。どんなものも調理することができる便利なスキルだ。
オークでも習得できるかどうかわからないけど、ぜひとも欲しいところ。
スキルの習得で思い出したが俺の今のステータスどうなっているんだろうか?
キノコの選別でレベルが上がったのは確かだが、それを確かめる手段は俺にはない。自分のステータスを確認するにはたしか《自己管理》というスキルが必要。なければ、何かしらのアイテムで確認できるかもしれない。
オークはデフォルトでそのスキルがなかったから、前者は無理だ。逆に後者だとそんなアイテムは大抵、教会とかに置いてそうだからオークの俺には無理な話。速攻で討伐されるのが目に見えている。
まぁ、欲しいスキル云々は後で考えるとして今は金槌魚を捌くことに専念しよう。
川と骨と内蔵を七匹ともすべて取り除き終える。
皿がないので近くに生えていた木の葉に乗せた。葉は笹の葉に似ていたので、魚の身を乗せると和風感があって酢飯が欲しくなる。
この世界に米があればぜひとも入手したいものだ。
捌かれた金槌魚の身は脂がのっていてテカテカとしている。
指でつまんで一口。
ぱっくんちょ…もぐもぐ――
うん、美味い!
味的にはブリに近いけど、コリコリした噛み応えのある感触がたまらない。
噛むたびに口の中でとろけて、何匹でも食べたくなる味だ。
醤油やポン酢が欲しくなるが無いものは仕方がない。
金槌魚に舌鼓をしながら七匹すべてを完食。量的にまだまだ食えたのだが、腹八分目だ。
これからやることはやまほどある。
だが、いまは異世界の魚の美味さに余韻に浸りながら、のんびりと休憩でもしておこう。
ストレスは豚の天敵だし。