13 スライムは結構チートぽいです
まさか、喧嘩を売ってきたスライムが俺を助けてくれるとは。
スライムはどれも見た目同じだが、体臭判別で確認したので昨日の個体であることは間違いない。
「オーズ……このスライムは?」
「昨日絡んできた不良」
――PURN!
チンピラ系スライムが俺の頭に飛び乗る。
頭の上で「遊んでー、遊んで―」と強請る子供のようにじゃれつく。
「……やけに懐いてる。スライムは通常ほかの生き物前にはめったに出てこない生き物のはず……オーズ何か、した?」
「いいや。こっちが聞きたいくらいだ」
しいて言えば、喧嘩を買われ、打ち負かして、指で撫でただけのはず。
今では猫みたいに甘いたがっている。流動体なのに肉食動物のマネとはこれいかに。
しかし、猫……スライム……ねこすら?
一瞬、猫耳を生やした一頭身のスライムが脳内によぎった。
この組み合わせはヒットの予感がする。
「もしもーし? スライムとじゃれあってるとこ悪いのですがわたくしのこと忘れないでくださいまし。こちらは現代進行形で死に掛けていますので」
あっ、忘れてた。
スライムから死に掛けのアルラウネに視線を戻す。いつのまにか半ワイバーン形態から元の半触手形態に戻っていた。さきほどより線が細くなり、葉っぱや根が枯れかけ、ほぼ腐りかけだ。
垂直に立つこともままならず、地面に臥している。
ステータスを見てみるとアルラウネのHPがもう二ケタ台になり赤マークとなっていた。
数分足らずで、死ぬなこいつ。
「もう悠長にしてる暇……ない。男らしく、オークらしく、この娘の処女……奪うべき。ついでにわたしのも」
「おまえはただヤリたいだけだろうが」
本心を隠そうとしない義姉に呆れる。
とはいえ、このままだと花娘が死ぬのは明らかだ。
異世界版汁男優の精力で、誰かの命を救えるのなら本望だろうと自己解釈的な建前が唱えられただろが、なんせ相手は幼女だから。
思春期による性的興奮はあるものの、妙なところで高くなるプライドと少ない道徳心と紳士力が衝動を抑えてくれている。おかげでギリギリ冷静だ。
俺が煩悩に侵される前になんとかして、エロ以外の方法を見つけないと。
花娘の命のためにも。
俺の信条のためにも。
「……栄養が足りないなら食事でもいいんじゃないのか。この樹海、食べれる物には不自由しないし」
「それもありだろうと思うけど、得物を調達する時間……ある?」
うっ、たしかに。
俺の自家製マップならすぐに活きが良い肉とか野菜とか見つけられるんだが、花娘の残りHPを考慮しても時間が足りない。
敏捷値が無駄に高いが、それでも魔物を捕まえようにも調理時間を加えると時間が足りなさそうだ。加えて、キノコや木の実とかを採取しても、どれだけの量を確保すればいいか見当がつかない。
なにせ食べる相手が、屋敷全体の植物を枯らすほどの大喰らいだ。生半可な質量では完全回復まではいかないだろう。
――PURUN? PURRRRRUN!
考え込んでいると、スライムは何か言いたげに騒ぐ。
ハイハイハイ! と小学生が手を挙げているような感じだ。
おまえ、なんかいい案でもあるのか?
――PURU!
あるよ、と鳴くスライム。
俺の頭から飛び降りたスライムが、貯水池のほうへと向かって「PUTPURPURRRRRR!!」と可愛らしき鳴き声を響かせる。
ドドドドドドドドド!
貯水池がある方角から何かが地鳴りを上げて大量に押し寄せてくる。
――PURRR!
――PURRRRRRNN!
――PUUUUU!
それは、スライムの大軍である。
昨日の軍勢より十倍の数が大波のように行進してきたのだ。
スライム軍は叫んだスライムの前に急停止し、代表らしきスライムとなにやら会話を始めた。
おたがい「PURN!」とか「PPPR? PUUUU!」とか聞いてるだけで和みそうな鳴き声を交わしている。スライム語は習得していないので、何を言っているのか分からないが、リアクションからして事情を説明しているのだろう。
一方、犬娘のほうは数千以上のスライムの軍勢に前に面食らっていた。
「すごい……スライムがいっぱい。一体だけ出会うのも幸運なのに……一度にたくさんのスライムが現れるなんて……」
「そんなに珍しいものなのか、これ?」
「うん。さっき言ったけどスライムがほかの生き物前に現れるは……稀。単体だと最弱だし、加えて味も栄養素も豊富だから、魔物に見つかったら即座に食べられ……ちゃう。おかげで普段は隠れているから見つけるのに一苦労……する」
なるほど。
スキルからの情報だとそれなりに食べられていたと書かれていたが、実際は天然のマツタケかトリュフみたいな存在なのか。
魔物だと雑魚の分類んだが、食品としてはそうとうな珍味らしい。
――PURUN!
――PRRRRRRRRRRRRRRRRN!!!!
不良スライムとリーダー格らしきスライムが叫んでハイタッチみたく体をぶつける。
どうやら、話は付いたようだ。
不良スライムが、はじめ! とばかりの短な鳴き声を上げるとほかのスライムたちが一斉に不良スライムに突進。野球戦士並みの速度で激突する。
しかし、不良スライムは吹き飛ばない。代わりに激突したスライムたちと次々と同化させていく。そのため質量が増え、面積も膨れ上がり、ついには三メートルのも及ぶ、緑色をした巨大な水の塊へと姿に変わった。
「でっか! ってか、こいつはもしかしなくても……」
「……ジャイアントスライムで間違い……ない。数百のスライムが合体してはじめて進化する個体。大きくて目立つから魔物の餌になりやすく、樹海で見ることは一生に一度しかない言われているのにまさか生で見れるなんて……!?」
本当に合体したら進化したよ、このスライム。
これがスキル《同種合体》の効果か。予想道理すぎてリアクションに困る。犬娘の反応からして、ジャイアントスライムはなかなかのレアらしい。ゲームだと割と定番ぽいが。
ちなみに、ジャイアントスライムのレベルが65と結構高め。ステータスだと通常のスライムの五十倍で、俺の最大能力値を余裕で超えている。敏捷値と魔力値が4000台とか、樹海の将軍も涙目だ。
スキルも《生命増加》《物理耐性》《斬撃無効》《同種分裂》が新たに追加されていた。
前者三つのスキルによりHPがさらに増加され、防御面もガチで強くなっている。
あれ、スライム系って中ボスだっけ?
――BRUN!
スライム(大)が重々しい鳴き声を漏らす。
ジャイアントになると声が太くなるようだ。
重量感のある特大プルプルボディーを花娘のほうへ近寄る。
なめらかな流体ボディーに口らしき切れ目が現れ、カバの口ように大きく開いた途端――
「――なんでしょうか。嫌な予感がしま――」
パックン!! ごっくん!
「「…………」」
……
…………
た、食べたぁぁぁああ!
花娘がセリフを最後まで言えず、スライム(大)に食われ飲み込まれてしまった!?
「待て待てまてぇ――! なんで食べた! 飯か!? 飯だと思ったのか!?」
「すぐに、ぺってするッ! 早く、吐く!」
俺と犬娘が叫びながらスライム(大)をぺしぺしぺしと叩く。が、食事をする牛みたく、微動だにせずぐちゃぐちゃと咀嚼を続けていた。
「くっ、スライムの主食が草花だから……弱った植物型の魔物は格好の餌だったことをうっかり失念して……た。不覚……!」
「なんでまたそんな重要なことを後から言う!」
わざと忘れてないか、こいつ。
犬娘の説明が事実なら花娘はこのまま消化される、と、思われたその時だ。
――BURN……っべ!
味がしなくなったガムを捨てるにように花娘を地面へと吐き出した。
スライム(大)の体内にいたせいか、花娘の体中はドロドロでねちょねちょの体液まみれになっていた。
滑りと照りが、幼げな花娘の色気をさらに引き出している。
実に、エロい…!
「興奮してくるのはありがたいのですが、はっきりいって気分は最悪ですの」
花娘が気分が悪そうな顔で、起き上がる。スライム(大)に咀嚼されてたたらしいが、外傷らしきものはない。ヌルヌルまみれだけど。
「でも、ひんやりヌルヌルでちょっと気持ちいいかも……」と恍惚の表情で体中のぬめりを手で剥がす。
おいおい、ローションプレイに興味もたないでくれ。
さらに卑猥になるじゃないか。
くっ、鎮まれ我が魔剣!
こんなところで暴発したら変態の烙印を押されるぞ!
「――おや? おやおや?」
ヌメヌメを剥がしている花娘が首をかしげて怪訝する。
まさか俺の下半身に気づいた?
俺はポーカーフェイスで尋ねる。
「どうした? 体に異常でも…?」
「むしろ逆。……肉体崩壊が止まっています。しかも体が正常になっていますわ」
は? どういう意味?
すぐにステータスを確認するとさっきまでHPゲージなどが赤く点滅していたが、今では緑色で満タン状態であった。
一体、なにが起きたんだ?
その答えを、状況判断で察した犬娘が言う。
「……たぶん、ジャイアントスライムの体内からジャイアントスライムに蓄積されていた栄養素を無意識に逆に直接吸収した……おかげ?」
「なるほど。その仮説は正しいでしょう。ジャイアントスライムは数百のスライムの集合体。一個体に詰まった栄養素が圧縮され高密度の栄養源となる。《叡智閲覧》による記録を調べたところ、ジャイアントスライムが倒された場所が十年間、豊穣の大地と化したという記述がありますし、栄養不足の私が完全回復するのも当たり前ですわね」
ふーん。俺は腕を組んで黙って頷く。
犬娘と花娘の会話に入りずらいが、言ってる内容は理解できる。
一言でまとめるなら、スライム(大)は超高カロリーだった、ということ。
その証拠に痩せこけようとしてた花娘の肌と葉と根っこにつやが出て、肉付きになっている。枯れた農作物に栄養剤を与えても、こうも早く元気にはならないだろう。
それだけ肥料としての栄養素が高いと言える。
農業者なら喉から手を出しそうだな、スライム(大)。
――BURUN
スライム(大)が俺に身を寄せて、体をこすりつけてくる。
なんか飼い犬みたいだな。甘えたいのか?
ごくろうさま、と俺はスライム(大)をムニュムニュと触って労う。
ノーマルのスライムに比べて張りがちょっと強めだが、これはこれで気持ちいい。
もっと体で感じたいため柔らかい抱き枕の感覚で、抱き着こうとすると、突如としてスライム(大)のボディーがはじけ飛んだポップコーンみたく手のひらサイズの通常スライムたちに戻っていた。
これにはちょっと驚く。
――PURUN!
不良スライムが飛び掛かり、俺の頭の上にまた座り込む。
元の姿になったのは《同系分裂》の効果である。
《同種分裂》
【分裂し、同系統の個体へ退化する】
【退化した場合、ステータスが半減する】
【追加されたスキルはそのまま保有する】
通常のスライムに退化したことにより、ジャイアントスライムよりステータスが大幅に低下。しかし、進化前ではLV:10だったのに対し今ではLV:30のスライムになっている。ステータスもLV:10のときよりも二十五倍と十分高めで、スキル欄にはジャイアントスライムに追加された《生命増加》《物理耐性》《斬撃無効》がそのまま残っていた。
進化と退化のたび、姿かたちを変え、ステータスとスキルが成長。
高性能なオークを言わせれば、スライムって下手すればチートかもしれない。
《同族合体》の条件もわりよ緩そうだし、合体と分裂を繰り返せば最強のスライムになったりして。
……育成ゲーマーの血が久々に騒ぐ。
――PURUN!




