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09 城塞と飛竜と日記


 最初に言っておく。


 昨夜はお愉しみでしたね、展開はなかった。


 実際性的に襲われが、ギリギリのところで首チョップで気絶させたので、互いの貞操は無事だ。

 眠っている犬娘を屋敷に一人置いておくのも不安なので、予定していた探索は一時中止し、屋敷の調査と掃除、そして、食料の調達をすることにした。

 調査の結果屋敷内のトイレやキッチンなどの設備は壊れていおらず、掃除するだけで使用できることが判明。西洋式の竈なので掃除の後に巻き割りをしなくては。

 その後、屋敷の一角に寝かせていたシャルロットが起きたので一緒に屋敷内を掃除をし、夕方前には屋敷内はきれいにすることができた(割れた窓ガラスや壊れた家具類はそのまんまだが)。


 これでやっと、この屋敷を拠点に俺の異世界でのスローライフを始めることができる。

 拠点確保を祝して、夜は昼頃にシャルロットが調達してきた食材(小動物や果物など)で作った料理で無礼講――したまではよかったんだが。その夜、シャルロットが「オーズと…寝る」と言って強制的に俺のベットに潜り込んできた。

 最初は説得を試みるも、断固として首を横に振らず、俺はペットの犬と寝る感覚でしぶしぶ一緒に寝ることに。

 寝ぼけて俺に抱き着いてはモフモフとムニュムニュのダブル癒しパンチをかましてきたのは焦った。

 おかげで朝までぐっすり寝れて、下半身が朝まで元気溌溂だ。。

 なんどもいうが俺はケモナーではない。ロリコンでもペドでもない。なのになんで反応してしまう…マイ榴弾砲。

 誤爆しないよう密かに処理はしておいたが、この節操のない自分の身体に嫌気を差す。

 

「オーズ…どうして深刻そうな顔してる…? 一人で悩むなら姉に相談…すべき」

「相談するの何も相談相手が原因なんだよ」


 現在俺たちは、廃墟の町を歩いていた。

 昨日予定していたこの廃墟の探索のためだ。

 目的地は町の中心にある遺跡。マップで確認したところ、小型の魔物しか徘徊していないが、こちらに危害が及ぶかどうかこの目で確認しなくては安心できない。

 煩悩と自己険悪でいまだに精神的に辛いが。


「昨日…襲ってしまって御免なさい…私、酒に酔って大切ななこと失念してた…」

「はぁ、もういい。それだけ反省してるなら許して――」

「私まだ子供産めない年だから…オーズの子供できない…繁殖する必要性がなかった…不覚」

「そこじゃねーだろ、ワン娘。あと、さらっと繁殖とかいうな。確信犯か」


 年とか種族とかいろいろ問題ありすぎてどう説明しきれん。

 それ以前に俺は独身主義なので結婚ルートだけは絶対に避けたい。


「冗談……そんなヘマはしない…そもそも子供出来たら長と集落にバレると厄介…とくに長に問い詰められる」

「当たり前だ。外出していたが娘がいつのまにか母になってたら誰だって驚くは」


 生まれてくるのは十中八九、雄のオークで間違いない。

 なにせ、エロゲーみたいな孕ませに特化した固有スキルがあるしな。

 


《淫獣》

【常時、精力絶倫状態】

【精液量を増加させる】

【精液を高速で生成させる】

【性行為中、自身のSPを倍加および消費を抑える】

【性行為中、対象の全能力値を半減させる】

【性行為中、対象の思考能力を低下させる】

【性行為中、対象の全耐性系スキルを無効化】

【自身の体液に媚薬効果を付加】

【強制的に対象を受精させる】

【生まれる個体は種付けした個体と同じ種族となる】


《性別固定》

【種族の性別を固定化】

【異種との交配を可能にする】


 字面通り鬼畜なスキルだな。まさしく淫獣だ。オークのためにある能力と言って過言ではない。

 おかげで、一発で子供出来ちゃうなー。父親にはなりたくないなー。

 というか、娘を孕ませた罪でコボルドたちに殺されるのは確実だろう。

 バットエンド回避のために、こいつとピュアな義姉弟関係でいるほうがいい。道徳的に考えて。


「俺たちは義姉弟だろ。認めたくないけど、姉と弟なら、それなりの関係と距離を保つことが大切だと思うんだが…」

「だったら、私を尊敬して姉と呼ぶべき…もしくはねぇねぇ、おねいちゃん、おねいさま、おねいたん」

「姉としての尊敬とカリスマ性を磨いてから出直してこい、ワン娘」


 この天然ボケ犬娘と長い付き合いなるのは、精神的に疲れそうだ。おもにツッコミで。

 もしも、前世の知人たちがここにいれば俺の代わりにツッコミをして……くれないだろうな。

 あいつらツッコミキャラじゃなくボケキャラだし。むしろ、俺の負担が増えるだけだわ。

 脳裏に「見てくだされ岡崎氏! アダルト漫画先生の新作同人誌! 前回の作品で、勇者がドS姫様に後ろの穴を奪われたあげく戦車で爆散されたのに対し、今回は勇者がTS化してゲイ魔王に恋に落ちるという勇者と魔王と姫様の三角関係展開! 嫉妬と憎悪と恥辱まみれの泥沼にパーティーメンバーだった女騎士(男の娘)が戦闘機に乗って現れて修羅場をさらにカオスにするところがとてもおもしろくみどころ満載でござるぞ!」や、「親友! 実は俺、新しいトレーニングを思いついたんだ! その名も尻マラソン。尻の筋肉だけで5キロを走るという尻を念入りに鍛えることができる修行だ。これで俺の尻も腹筋と力こぶ同様、麗しき筋肉に変身すること間違いなし! さぁ、俺と一緒に尻を鍛えようぜ! 拒否権はない!」など知人との思い出が蘇る。

 思い出しただけで鼓膜と臀部が痛い。

 

「むぅ…オーズ手ごわい…。そんなに私を姉と呼ばないなら…私にも考えが…ある」

「最初に言っておくが性的な攻めは逆効果だからな」

「…チっ」

「おい、今舌打ちしただろ」

「オーズの空耳…。言われなくても攻めすぎるのは逆に好感度を下げるって母さんから昔…聞いたからやらい。むしろ攻めがだめなら誘え…餌が極上なほど男は貪欲に食いつく、そこで一気に畳みかけろ…反発するなら証拠を突きつけて黙らせろ…。これ、母が教えてくれた男を落とす有効…手段」

「結局のところ既成事実作って完全包囲してるだけだろうがッ」


 おまえの母親はコボルドだよな?

 銀座のホステス並みに男の性質を熟知してるぞ。


「当時の私にはその言葉を理解できなかったけど…仲良くなるにはプレゼントをあげるのが…一番効果的と私なりに解釈した。だから、これ…あげる」


 ゴソゴソと袖から取り出したのは土産屋で売ってそうなパワーストーン的なペンダントだ。

 まるで編み糸のような細工で加工された金属製の紐。

 その紐に簡易に取り付けられた翡翠の石。ガラス細工とは違い、天然の石をそのまま使用したような原石で表面に虎のような文様が浮かんでいた。


「これは?」

「グリーンタイガーの魔核で作ったペンダント…。昨日渡したかったけど酔ってて忘れて…た」

「魔核? なんかドロップアイテムぽいけど、どういうもんなんだ?」

「魔核は魔物と魔族の重要な器官…それがある限り私たちは進化できる」

「進化…!!」


 進化という言葉に過剰に反応する俺。

 これでもゲーマーの端くれだ。モンスター系の育成ゲームは昔からやっていたし、今でも好きなジャンルだ。ボールでゲットとか電子獣とか悪魔とか。

 とくにレベルMaxで最終進化まで育成して、効果力で無双しまくるのが快感でたまらなかった。


「魔核は魔物と魔族の魔力と生命力でできた石…生きてる限り体内で魔核が成長して…私たちを進化させる」

「経験値みたいなもんか。ゲームみたいにレベルが上がれば進化するじゃないんだな」

「レベルも魔核の成長度と比例されるから…それも正しい…ただ、スキルの習得とか周囲の環境とか特定の条件が必要なことも…ある。それと、これは重要な…ことだけど魔核が抜かれると進化できなくなる。もちろん、他人の魔核を埋め込んでも進化できない」

「つまり、換えのきかない専用アイテムか」


 補足して魔核は魔物の肉体の一部なので自然治癒で復元するらしいが、それには十数年の時間が掛かるとのこと。ポーションや再生スキルなら復元速度も早くなるも、それでも数年単位だという。

 そういえば、グリータイガーをほぼ丸ごと食ってたけど、グリータイガーの魔核ってあったけ?


「運よく、オーズの食い残しに…あった」


 …思い出した。喰ってる最中、スイカの種みたいな硬いものがあったからぺって吐き捨てたわ。

 生肉を食べるのに夢中で忘れてたわ。


「魔核はいろいろと使い道あるけど…御守りとしても効果ある…グリータイガーの魔核となればそれなりのご利益あるはず」


 シャルロットがペンダントを俺に渡した。

 生前はおしゃれなど無縁だったが、着けて着けてという視線がまぶしいのでつけてみることにした。

 どういうご利益があるか知らないが、厄除けの効果くらいあってほしい。

 異世界は物騒なので。



  ●●●



「…最初に来た時はどうしたワイバーンの骨があるのか疑問だったけど…こんなにワイバーンの骨があるのは…異常」


 大量のワイバーンの遺骨があちらこちらに散らばっていることに不思議がるシャルロット。

 凶暴な魔物が徘徊してる樹海だが、シャルロットによればワイバーンやドラゴンなどの龍種は生息しておらず、数か月に一度くらいに餌と羽を休めるため、三匹ほどが渡り鳥のように樹海にやって来る程度のこと。

 また、人骨については樹海の資源目当てに足を踏み入れて魔物や遭難で遺体となる人間がたびたびいるためそれほど珍しくないらしいが、不可侵条約的なこの土地に多くの人間の遺体と、樹海で一桁ほどでしか立ち寄らないワイバーンが(自家製マップで確認したところ)約百体が骨となって朽ちていることに、彼女も疑問を抱いたていた。

 昨日まで自ら集落の外に足を踏み入れてなかったにせよ、一様この森の住人なので何かしら知っているのかと思ったがそうでなかったようだ。


「…骨の状態から考えて…死後二十年は経ってる…私生まれてない」


 骨を触って遺骨を検証するシャルロット。

 素人目の俺には分からないが、骨に詳しそうなコボルド(犬)の観察眼は信用性がある。

 彼女の言葉正しいなら、目の前の惨劇は約二十年前ということだろう。それ以前に、この盗賊(仮)はこの地に住んでいたことになる。

 しかし、人が寄り付かない樹海の奥にある廃墟になんで人が? 

 しかもなんで大量のワイバーンに襲われてるんだ?

 いったいこいつら何者? この地でなにが起きたんだ?

 う~ん、謎だ。


「気になるなら…私が長に昔何が起きたのか聞いて…みる?」

「悪いがそれはダメだ。普通ならそれが手っ取り早いが…下手に喋ると感づかれて俺たちのことがバレる恐れがある」

「……たしかに。私がこの場所に来たことが気付かれて……長やじじばばにいっぱい叱られるかもしれない」


 しゅん~と、耳を垂れ下げて怯えるシャルロット。

 よっぽど祖父に怒られたくないようだ。


「ワイバーンの骨と魔核が目の前にいっぱい…ある。持って帰ればみんな喜ぶ…でも、それで私とオーズのことバレちゃう…」


 シャルロットが悔しそうにワイバーンの骨とそばにあった石ころに視線を向ける。

 石ころは俺の首にぶら下がったグリーンタイガーの魔核に似ていた。色は黒く、龍の頭のような白いマークがあった。

 俺はその石を拾い上げる。


「これも魔核か?」

「うん、ワイバーンや龍種の素材は貴重…骨は鉄より硬く…鉄と鍛えることで強い武器に…なる。魔核もその武器を加工するための燃料に…必要不可欠」


 人気狩りゲームみたいな設定だな。

 魔核はいろいろな使い道があるとさきほど聞いたが、そんな使い道もあるのか。

 どうやって作るのか興味があるが、武器を加工するための技術と知識のない今に俺にとってワイバーンの素材は不要なものなので犬娘あげたいところだが、彼女が危惧しているように、貴重なワイバーンの素材を大量に持って帰れば、仲間から不審がられるのも無理もない。たとえ、ワイバーンを狩ったと偽っても、骨と魔核だけというのは不自然すぎる。それに、彼女が鑑定したように骨の状態でいつの時代のものなのかバレてしまう。

 可哀想だが、ワイバーンの素材を持ち帰ることを諦めてもらうしかない。


 シャルロットも納得し、ワイバーンの素材は探索が終わった後にどこか倉庫らしき場所にまとめて置くことに決定した。

 なお、探索を再開しようとしたときに、シャルロットが「帰ったら…叔父さんに鍛冶のことを教えてもらおう…」と小さく呟いていた。

 もしかして、ここであの素材で武器で作る気か?

 彼女がやりたいのなら、俺は別にかまわない。というか、ついでに俺にも武器作りについて教えて惜しい。

 男子は武器が好きな生き物だ。自分だけの武器を作ってみたいのは本能のようなもんだ。

 だとすれば作業場は必要か。

 拠点である屋敷は広いが木造建築なのでダメ。下手したら火事になる。

 そういえば、この廃墟は一様別荘という名の町なので、もしかすれば鍛冶屋くらいあるかもしれない。

 マップで確認したところ、ここから北東に行ったところに半壊しているが工房らしき鍛冶場があった。どの程度の損壊かは知らないが修理できる程度なら、そこを使わせてもいいだろう。

 探索が終わったらシャルロットと一緒に見に行くか。



  ●●●



「……でかいな」

「…うん」


 遺跡らしき場所に着いた俺とシャルロットが最初に呟いた言葉だがそれだ。

 廃墟の中央に着いた俺たちを待ち構えていたのは巨大な城壁。

 底が見えない水堀と分厚い石壁に囲まれ、壁の上に大砲らしきものがちらほら覗いていた。

 雨風にさらされところどころ裂傷しているが、逆にそれが歴史を感じさせ堅牢なイメージを強く抱かせる。


 ――怪獣らしきの骨が城壁を押し潰していなければ。


 骨の形状からしてワイバーンだろう。

 だが、その辺に転がってワイバーンの骨と違い、こちらの骨は最小で丸太、最大で灯台と思わせるほど太く大きい。

 骨でこの大きさなら肉がついていた生前はどれほどの巨体だったのか。

 分厚い石壁が無理やり押し倒されたように崩れ落ちており、羽らしき骨が水路や周囲の家々に突き刺さり城塞全体を取り囲む。どことなく壊れた鳥籠を連想させる。

 しっぽらしき骨は約50メートル以上長く、水堀を余裕に超え、住宅地まで伸び、もはや橋として言いようがない。

 怪獣の上半身は城塞の向こう側へあるので、城塞の向こう側にいる俺たちは壁が邪魔で見えないが、下半身だけでもその圧倒的質量は遠くからでも感じられる。

 そんな異様な光景に唖然する俺に、シャルロットが言う。


「たぶんコレ…グレート・マザー・ワイバーン。母さんが昔、話してたくれた…ワイバーン系統の上位種。翼を羽ばたけば町ひとつが吹き飛び、レスを吐けば国一つ焼き滅び、一日で千体のワイバーンを産み落とす伝説の魔物…」


 ガチで怪獣だな。

 どこぞの怪獣王と対決してそうだ。


「でもおかし…。グレート・マザー・ワイバーンはすべてのワイバーンの母親呼ばれる個体で…おもに住処で卵と子供の育児が仕事…住処から外にはあまり出ないはず…。なんでここに? それに、どうして倒されてる?」

「そんなもん、俺に聞かれてもわからん。あの遺跡――というか城塞を調べればわかるんじゃないか。手がかりがあればの話だけど」


 マップで細かく確認したが、城壁の内側にある城らしき建造物が四割ほど崩壊していた。

 十中八九、この骨となったワイバーンたちの襲撃だろう。六割ほど健在なのは幸運だ。城の耐久性からして探索してる最中に、建物が倒壊する恐れはまず無かろう。


 だが、まずはどうやって向こう岸に渡るべきか。

 城塞には巨大な門があるが、水堀を渡るための橋がなかった。橋を架ける設備でもあるのかと思ったがマップ内にそれらしき機材がなかった。

 代わりに船を停泊するための場所があったので、大昔は城塞との行き来は船で行っていたのだろう。

 で、肝心の船はというとマップで確認したところ水堀の深い底に沈んでいた。

 自然によるものか、それともワイバーンの襲撃によるものかは不明だが、どちらにしろ水堀を渡ることができない。

 さて、どうしたものか…。


「オーズ…こっち」


 シャルロットに呼ばれ、声のするほうへ振り向くと、彼女はグレート・マザー・ワイバーンのしっぽの上を歩いて水堀を渡っていた。

 いつのまに。というか、乗ってて沈まないのかソレ?


「気を付ければ…落ちない」


 丸太みたいな骨の上でシャルロットがジャンプする。骨は揺れるが沈む気配がない。それなりに浮遊はあるようだ。

 彼女の後を追うように俺もしっぽの上に乗ってみると、意外と橋として使えた。

 そいうえば、ワイバーンの骨は武器の材料に使えるといってたから、骨自体そうとう硬いのだろう。それに丸太以上の大きさなのだが、その分の浮力があってもおかしくない。

 ただ、固定されてないため歩くたびに浮き沈みが激しく、丸太状なので横に回転して水堀に落ちてしまいそうになる。有名な忍者の名を冠したアトラクションを奮闘させるなこれ。


 そして、水にドボンせず、無傷で骨の橋を渡り切った。

 城壁に設置された鉄製の巨門は風化と戦闘によるものか、大人一人ぶんは通れそうな隙間ができており、そこから入れた。

 城壁の内側には西洋の城を連想させる石造りの建造物が半壊しているものの形を保ちながら建っており、その建物に怪獣の上半身が突っ込んでいる形で寄りかかっていた。頭部らしきものは半壊した城の屋上にあり、下から見上げても見えない。

 次に周りを見渡す。あるのは木造建築や訓練所らしきグランドと道具類に武器類。

 そして、人の飛竜の遺骨が散らばっていた。

 波阿弥陀仏。あとで供養してやるから、化けて出ないでくれよ。


「オーズ…どこから調べる?」

「とりあえず、一階から順に上に上がるか。目標はあの怪獣の頭がある屋上まで」


 自家製マップと匂いセンサーのおかげで建物内の構造と生息している魔物の行動と配置はバッチリ確認済みだ。

 あとは安全なルートを通って上の階層まで探索するだけ――と、考えてた時期が俺にもありました。

 覚悟はしていたが、建物の中は案の定、悲惨な殺人現場になっておりましてね。

 無残に散らばった人骨と竜骨、鋭い爪でひっかいたようなボロボロの壁、昼近くだというのに暗い通路、そして、乾いてもなお色濃く残っていた大量の血痕(オークの嗅覚が鋭いので血の匂いが鼻に入る)。

 いかにもでてきそうな雰囲気だ。

 もしも、時刻が夜で、床に散らばっていたのが骨でなく血肉だったら逃げるか気絶していたわ俺。不謹慎だが骨になってくれてアリガトウございます。


「…止まって」


 横で歩いていたシャルロットの静止に、従って立ち止まる。

 シャルロットが袖から取り出したナイフを床に向け投げると、床に突き刺した場所から緑色の体液のようなものが吹き出し、人間とは思えない奇妙な悲鳴が廊下に響く。

 数秒して、そこに蜘蛛のような生き物がナイフに突き刺さったまま絶命した状態で出現した。

 トラップ・スパイダー。周囲に擬態して近づいた得物に麻痺効果の液体や粘着力の高い鋼並みの糸で対象を捕食する蜘蛛型の魔物だ。この蜘蛛は周囲に素人では見えない不可視のトラップを設置するので、非常に厄介だ。

 もっとも、俺の嗅覚センサーと、罠を熟知しているシャルロットには、そんな小細工は通用しない。トラップ・スパイダーが仕掛けたトラップはすべて彼女が解除している。

 ちなみに、トラップスパイダーを見つけてこれで十五匹目である。

 この蜘蛛以外にも音を立てず気配を消して鋭い牙で血を啜ろうと目にもとまらぬ速さで飛び掛かってきた蝙蝠型のミュート・バットや、鉄板すら打ち貫く釘のような棘を背中から散弾のように飛ばす針鼠型のスパイクシューター・マウス、集団で相手に引っ付くと同時に自身の体温を1000度近くまで上昇させ相手を焼き殺そうとする蜥蜴型の熱蜥蜴などなど、体長30センチ未満の魔物がゴロゴロと襲ってきた。おそらく住処を荒らしに来たのだと勘違いでもしたのだろうが、この世界の魔物は殺意高すぎだろ。

 まぁ、そいつら全部、シャルロットが狩りつくしたけど。

 隠れた蜘蛛を即座に見つけ出しては投げナイフで殺し、高速で飛んできた蝙蝠を剣で斬り落とし、高速で針を飛ばす鼠を針を飛ばす直前に手榴弾みたいな爆弾で爆死させ、地面を這う大量の蜥蜴たちから逃げるために(あの細腕と低い筋力で)床を殴り壊して落としたりと頼もしすぎる活躍を見せてくれた。


 というか、うちの義姉優秀すぎ。

 熟練した人間の冒険者でも下手をしたら死んでしまうほどの危険な魔物だとシャルロットが俺に事前に注意をしていたが…。

 淡々と壁と天井に隠れた蜘蛛をナイフと瓦礫の破片で撃ち落とす後姿に、こいつらそんなに危険なのかと疑問を抱いていしまう。

 ってか、今の俺ってナビ係と魔物の剥ぎ取り(蜘蛛の液体のビン入れとか針鼠の棘の回収など)しか活躍してないな。

 おかげで安全に探索ができるが、女の子に任せっきりは男としてダメだろうし。

 かといって、今の俺には魔物との戦い方も、罠を解除する技術はない。というか選択枠がガンガン行こうぜしかない。

 戦闘技能以外を取るのが、次の課題だな。

 まずは対魔物戦のために、次に魔物が現れたら俺一人で戦うってシャルロットに頼んでみるか。

 危なくなっても、ちかくにブランコの犬姉がいるし、なによりオークのスペックなら生き残れるはずだ。ぶっちゃけ頑丈大だし、オーク()


「オーズ…屋上まであとどれだけ?」

「この階段をあがればすぐだ。疲れたのか?」

「ちょっと…だけ。手持ちの道具が少なくなってきたけど…まだ大丈夫。投げナイフはスパイクシューター・マウスの棘で代用できるし、爆弾も手持ちの火薬があるから時間があればすぐに…作れる」


 袖のなかをごそごそ手探りで確認して言うシャルロット。

 さきほどから、投げナイフや爆弾やビンをいくつかとりだしていたが、あの平たい袖の中にどうやってモノを収納してるのだろうか。四次元的な収納アイテム?

投げナイフは投げた後に回収すればいいのだが、トラップ・スパイダーの蜘蛛の体液(強酸性)で溶けてたので再利用は無理だった。

 素手の攻撃は危険があるな。あとで武器にできるものでも調達しておこう。


 そんなこんなで、城塞の探索をはじめて一時間ほど。

 俺たちはようやく屋上へとたどり着いた。


「……念のため聞くけど、この辺に海てある?」

「無い。湖はあるけど海はない。ここ、大陸の中心だから、海に行くには南に進まないといけないけど……早くても一か月半はかかる。でも、どうしてそんなこと聞く?」


 不思議そうに首をかしげる。

 いや、だってね…。


「どうみても海賊のキャプテンだろこいつ」


 海賊のキャプテンの格好をした一体の骸骨が後姿で立っていた。

 なぜ海賊だと断言できたのはそいつが海賊帽を被り、背中のコートにばっちりと髑髏マークが描かれていたからだ(となると、この町で転がってる人骨は盗賊たちのじゃなく海賊たちということになる)。

 両手で巨大な錨を握り締めており、その錨で杖代わりにして骨の身体を支えている。

 そして、錨は竜の形をしたトラック程の巨大な頭蓋骨を粉砕していた。


 状況から推察して、この海賊が眼前の怪獣――グレート・マザー・ワイバーンを倒したらしい。

 それも船の錨でだ。


「グレート・マザー・ワイバーンの頭蓋骨を叩き割ってる…マザーの死因はこれで間違いない。この人間も足元の乾いた血痕の量から考えてそうとう血を流したんだと思う。たぶん、最後の一撃でマザーを倒して、そのまま…」

「相打ち…か。錨で怪獣の頭をたたき割るってもはやチートだな」


 竜骨とキャプテンの遺骨を検証して呟く。

 怪獣相手に一人で挑むなど馬鹿げているが、現実に一体の怪獣の遺体が目の前にある。

 否定できない事実だ。


「だとすれば、この人は英雄級かもしれない…。通常のワイバーンはともかく伝説級の魔物をひとりで倒すなんて…そんな人は数十年に一人いるかどうか…の話」


 シャルロットによればグレート・マザー・ワイバーンのレベルは推定80LV。

 人間のレベルが70LVだと英雄の領域だと呼ばれるため、このキャプテンのレベルも70LV以上でなければ倒すことは不可能だということ。

 一体なにもだったんだこの海賊は?



 ●●●



 謎のキャプテンと砕けた怪獣の頭蓋骨以外、あやしいものがなかったので今度は遺跡の地下のほうへ足を運んだ。

 地下へと続く通路は大量の瓦礫と鍵がかかった鉄製の扉で遮られていたが、俺が膂力任せに瓦礫をどかし、シャルロットが針で鍵開けでこじ開けた。

 地上と違って遺体はひとつもなく、室内の保存状態が良かった。地下でのワイバーンとの戦闘が行われていなかったためだろう。

 それとも、あえて瓦礫で隠したのかもしれないが、これは俺の憶測だ。

 自家製マップを確認する。

 遺跡の地下は三階層に分かれており、地下一階と二階は小部屋、地下三階は広いドーム状で、中央にはさらに地下に続く謎の扉が存在していた。念のため《地理》で遺跡の下を確認したのだが、なぜか検索不能だった。

 このスキルは土地を調べることができるため、足元にある洞窟すら観測できるはずなのだが。

 マップ表示ができない謎のエリアが遺跡の下にあるのか?

 そのエリアへ続く唯一の扉は怪獣が突撃しても壊れない超合金で出来ており、完全閉鎖魔法、完全封印魔法、完全魔力無効化という強力な魔法が付加されていた。おまけに、超物理対抗障壁と呼ばれる結界魔法が扉の表面に十万枚ほど重ねているため壊してこじ開けるのは絶対に無理だ。

 このことをシャルロットに説明したら、「そこまで徹底してることは、そうとうな危険なモノを閉じ込めている可能性が…ある。下手に触らないほうが…いい」と冷静に言った。

 俺も同感。触らぬ神に祟りなし、の言葉通り従い、地下三階は行かないことにした。


 地下一階に足を運び、すべての部屋を捜索。書斎室や執務室などといった部屋が多く、書物などが少なからずあったがどれもこれも湿気でカビが生え、虫食いでボロボロになってたため読めることができなかった。

 地下二階には武器庫らしき部屋があったが、武器類は一切置いていない。この町を立ち去ったときに当時の人々が持ち去ったのか、それとも海賊たちがワイバーンとの戦闘のためすべて持ち出したのかは不明だ。


 次の別の部屋に移動したのだが、その部屋には鍵がかかっていた。

 もちろん、シャルロットが器用に鍵開けをしてくのでスムーズに空いたが、その部屋の奥にさらに扉があった。それも銀行の金庫のような重圧感がある金属の黒い扉だ。もちろん、壁も金属製で黒塗りだ。

 扉の横には0から9の数字とが刻まれたボタンとレバー、そして五桁の数字を表示するガラス張りがあった。

 ただし、電子製でなく、絡繰り仕掛けの装置だ。その証拠にガラス張りの向こうになにやら歯車らしき機工がある。ファンタジー世界のくせに、絡繰り仕掛けとは面白い組み合わせだ。

 しかし、鍵穴式でもダイヤル式でもなく暗証番号の入力とは面倒臭い。ダイヤル式だったらすぐにあきらめたんだが。


「オーズ…さすがの私もこれを開けるの…無理」


 シャルロットが金庫の扉をぺたぺたと触りながら落ち込む。

 ここまで見事なピッキングで鍵開けを成功していた彼女だが、鍵穴以外の鍵はみたことがないらしく、開け方は知らなかった。

 ただの金庫なら俺の膂力で無理やりこじ開けるという手もあるが、どうやらこの扉は地下三階の謎の扉と同じ超合金で、完全魔法無効化と超物理対抗障壁が付加されていたため、物理的に壊して入るのは不可能だ。

 金庫を開けるのを諦めるか、それとも正解するまで数字を押し続けるか…。


 …そういえば漫画でこれと似たような展開があったな。たしか、主人公がボタンに……うん、やってみる価値はありだな。


「なぁ、なんか粉もの的なものはない? 色が濃いものがいいんだが」

「ん? 粉ものなら昨日の夕飯の食材を狩りに行ったときに採取した赤獅子茸の胞子なら…この瓶に入ってる」


 シャルロットが袖から取り出したのは赤い粉末が入った小瓶。

 赤獅子茸は、獅子唐辛子の味と辛みのある胞子を振りまくキノコだ。その胞子を食べ物にかけると美味辛くなり絶品になるのだが、今は関係ない。


 その胞子が入った瓶を俺は暗証番号のボタンに降り掛け、余分に着いた粉末を息で吹き飛ばす。

 すると、五つのボタンに指紋らしき文様が浮かび上がった。


「お~人間の指のあとが浮かんだ」

「よし、うまくいった」


 この部屋はシャルロットが開けるまで密室だった。

 だが、足元の床を見ると泥が固まった土の塊がそこらにあった。おそらく、海賊たちがこの金庫を利用するため、この部屋まで行き来していたのだろう。その時に足についた泥が床に落ちて、そのまま放置されたのだ。

 だとすれば、この金庫を海賊たちが開け閉めしていたことになる。

 二十年以上の年月が経ってるといえ、この部屋は密室しかも地下は封鎖され小型の魔物徘徊していない。ならば指紋くらいは残ってる可能性があった。もしも指紋を検出する方法で指紋を浮かび上がらすことができれば、パスワードの数字が判明できる。

 俺の予想は的中した。


 あとは、この指紋が浮かんだ数字をどう配列させるか。

 最初は数字が小さい順に押してみる。ガラス張りの向こうで押した数字と同じく刻まれたプレートが出現した。こういう仕組みなんだな。ちょっと面白そう。

 プレートが押した数字順に五枚横に揃った。が、開く気配がない。失敗か。

 ためしに横にあるレバーを下におろしてみると、プレートが下がり、リセットされた。ギミックが細かい。


「この人間の指紋がある数字を押せば開く…の?」

「あぁ、一回ずつ押して、並んだ数字が正しければ開くぞ。やってみる?」

「…うん」


 シャルロットが頷くと、適当にボタンを押す。

 だが、それで当たるほど現実は甘くはな―――。


 ピンポーン!


 ファンタジーに似つかわしくない正解音がどこからか鳴った。

 つづけて、歯車が急激に回り始まる音が鳴り響き、閉ざしていた重圧な金属製の扉がゆっくりと開かれていく。


「マジで…?!」

「えっへ」


 一発で五桁の数字を当てたことに驚く俺。

 シャルロットは胸を張って、「お姉ちゃんは…すごい子」と自画自賛していた。

 この義姉、侮れない。




●●●



 金庫の中はテレビや漫画で見た通り、金や銀の延べ棒が山のように積まれ、高価な美術品や宝石類が棚や床に置かれていた。

 普通の高校生にとってこの光景は唖然するしかない。

 なにせ目の前に金塊があるのだ。

 金紙に包まれたチョコでなく、本物の金の塊。

 それも沢山!

 沈黙系クールキャラ(自称)の俺でも触るのに躊躇してしまう。


「オーズ…見て、見て」


 横を振り向くと、シャルロットが高そうな装飾品を身に着け、SR(スーパーレア)ぽい双刀を掲げて「どう? 素敵にかっこいい…?」と質問してきた。

 躊躇なくやっちゃその姿勢に、憧れを抱きそうになる。



「はいはい、かっこいいかっこいい」

「むう…反応が薄い。そんなに似合わない?」

「そうだな…たしかにかっこいいけど、なんか成金ぽい。おまえはどっちかというとその民族衣装のほうが似合ってるし、その衣装に似合った工芸品で固めたほうが魅力が上がると俺は思うぞ」


 と、プロみたいなセリフを吐いたが、ぶっちゃけ俺はおしゃれという概念がない。生前は着れるならそれでいいという感じでダサいシャツも恥もなく着ていたしな。

 なので、オタク眼鏡の思考で考えて言葉を選んでみた。あいつらなケモナー相手でもベストなコーディネートの案を出してくれるはずだ。

 

――『アイヌ民族風の犬娘なら、白と紺碧もしくは赤紫がいいでしょうね。やはり伝統的な芸術で萌え表す娘には同じ文明的芸術観で固めるのが一番でござる。あっ、装飾品は木彫り製がおすすめですな。金属製よりそっちのほうが自然性があるのでより風味をだすでござるよ。犬に金属類をもたせると従僕したようなイメージがして自然と共に生きるアイヌ文化とは相反しているので。まぁ、某としては民族風から洋風にジョブチェンジして新たな萌えを見出すのも一興かもしれまんせが。たとえ、メイド服とかどうでしょうか。萌えの伝統作品でござるが、ケモナーでも似合いますよ。メイド服に付加された品格と瀟洒にケモナーの獣性と愛玩動物の可愛さが合わされり、また違ってメイド文化が新たに改革され――』


 呼んでもいないのに俺の脳内に勝手に出てくるな親友。

 長々と喋る親友の幻影を振り払う。

 三日間、あいつのうんちくを聞いていなかったせいで、つい親友のことを思い出してしまった。

 

 とにかくだ。あいつらしいアドバイスまねて、シャルロットにおしゃれのアドバイスをしていく。

 するとシャルロットが「なら…これはいらないと」とほほをほんのり赤くしながら金ぴかの首輪や腕輪を無造作に捨てた。

 おいおい、一様、この土地の宝物だろう?

 文化遺産の一部なんだし粗末にするなよ。

 俺の注意の視線を気にせずシャルロットは自分に似合った装飾品を探し始める。

 うーん、コボルドだけどやっぱり女の子か。

 おしゃれは異世界でも同じなんだな。

 シャルロットが放り投げた装飾品を拾い上げて近くの棚に置いていると、金塊の山に隠れていた木製の机を見つけた。

 近づいてみると、その机は地下一階にあった家具類と同じデザインで、周りの高級品でないことが素人の眼でもあ分かる。

 その机の上に一冊の本が置かれていた。表紙には英語のような言語が書かれていたが、なぜかその単語を理解することができた。

 これが、宇宙娘が俺たち転生者に与えた翻訳能力の恩恵だろう。便利だなこの能力。英語の授業にほしい。もう学校に行く必要ないが。


「オーズ、それなに?」


 装飾品を中断したシャルロットが横から言う。


「日記だ。上にいた海賊たちの」

「どうして…彼らの日記だってわかるの?」

「表紙に『ドレットノート海賊団航海日誌四巻目』って書かれるし、ほら」

「……ほんとだ」


 表紙をシャルロットに見せる。

 この日誌が遺骨となっている海賊たちのものなら、この土地で何が起きたのか分かるかもしれない。

 日誌を開いてみると、地下一階の書物と違って保存状態が良かった。

 金庫に保管されていたため、劣化が進まなかったんだろう。幸運だ。

 シャルロットも日誌の中身が気になるので、俺の横で日誌を覗いていた。


 さて、一体何が書かれているのやら。


2019/2/23修正しました。

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