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腐食の刃  作者: 南天
2章
16/18

16話 急襲(上)



「おや、随分いい恰好をするようになったじゃないか」


 開口一番に、彼女は来客を頭からつま先までを眺めてそう言った。


 伸び放題だった髪は整えられ、古着ばかりを着ていた以前と違い、新しさの目立つ灰色のダッフルコート、冬用の厚いスニーカー。

 暖色でチェック柄の暖かそうなマフラーを首に巻き、冷たい外気に触れたからだろう、鼻先と耳をほんのりと赤くしている。


「……なんか引っかかる言い方」

「別に? ただもうウチを利用する必要もなくなったかと思ってな。いやあ、寂しいものだ」

 言葉とは裏腹ににこやかな顔を浮かべる店主――レリアをどこか釈然としない目つきで見つめる。

 しかし、彼女の内面など到底理解できないだろうと常から匙を投げるばかりだった彼――ユキは諦めたように軽く肩を落とした。


 ユキはそのまま定位置といっていい、彼女の事務机の傍の木箱へと向かい、どかりと腰を下ろした。

 もともと店の中だ、椅子の類は置いていない。


「それで、今日は何が入用で? 例の組織とやらに引き取られたのなら欲しいものは支給されると思うんだが」

「武器」

「……武器?」


「もう一か月も経つのに全然狩りに出してもらえない。だから武器も貰えない」

 むすっとした顔で彼は言う。

「そうか……だが、衣食住の面倒は見てもらっているんだろう? ならわざわざ狩りに向かう必要もないんじゃないか?」

「落ち着かない」

「職業病だな」

 ぼそりと、しかし面白そうに彼女は呟く。


「まあ、それはいい。金はあるのか?」

「ん。給料貰った」

「働いてないのにか?」

「……だから落ち着かない」


 実際は異能者のデータ収集という役割があるのだが、その必要性を彼はよく理解できていない。


「しかし戦闘にでないなら、お前一日中何してるんだ? 勉強か?」

「……なんでわかるんだよ。そうだよ! 勉強だよ! 使うことなんて一生ないってのに毎日毎日国数英理社! 面倒くさい!」

 声を荒げてみても、子供が癇癪を起しているようにしか見えないらしい。頬杖をついて眺めていたレリアは口元に手を当てて視線をずらしている。

 不規則な吐息の漏れる音、それこそ何かをこらえているような。

 

「仕方ないだろう。まだ小学生なんだから」

「年齢なら中一だ!」

 くっくっと喉を鳴らす彼女に向って吠えたところで、余計喜ばせるだけだ。

 最後の一吠えをし、その後は心を落ち着かせる。むしゃくしゃもすべて吐息と共に吐き出してしまう。十代ですでに溜息が癖になってしまっていた。


「……それと、検査ばっかりだ。データがどうのこうのって言ってたな」

 一通りのじゃれあいを済ませ、彼は話を続ける。何があったかの報告も、半ば定例化している。巷では世間話といわれるそれも、内容が物騒であればまた別物だ。


「なんだ、一応貢献してはいるんだな」

「なんの役に立つんだよ」

「未知というだけで調べる価値があるものさ。月面や深海、密林の奥地。そうそう手は出せないが調べれば何かの役に立つかもしれない、未開の領域。それと同列なのさ、異能者――そしてエーテルの可能性は」

「ふうん」と、彼は頷く。

 深海やジャングルがなぜ調べるのが難しいのか、それは彼にはわからない。ただ、月と並べられてしまえば浅学なユキでも理解できる。何といってもお月さまには宇宙船がないと行くことすらできないのだから。


「じゃあ、異次元体のエーテル心炉も?」

 ユキはこれまで自身が集めてきたものを、そしてこれからも集めることになるだろうものを思い浮かべる。異空間の崩壊とともに消えていく、エーテルの塊であるはずの異次元体の体。

 その中でも残る唯一の異次元由来の存在。

 それがエーテル心炉。

「まあ、そうだな」

 頬杖をついていた上体も、ギイと軋ませて椅子の背もたれに預けられる。


「あんなもの調べて何になるんだろ」

「――さあな」

「わからないものなんて売るなよ」

「お前はスーパーの店員が店に並べてるじゃがいもがどんな用途で使われるのか、いちいち確認していると思うか?」

「カレーだろ」

「シチューかもしれない」


「……てか結局食べるためだろ」

「そうだな」

「じゃあなんで言ったんだよ」

 二度目の溜息をつき、肩をすくませる。


「まあいいや。いつもの頂戴。二つ」

「はいはい」

 彼女は椅子から立ち上がり、壁に掛けてあったものではなく、後ろの収納棚の中から二振りの刃物を取り出す。

 市販品――といっても軍用だが――に異能によって特殊な処理を施された長大なマチェット。

 買うものが大体決まっているお得意様向けの商品はわかりやすいように分けておいてある。彼の分もまだ残されているようだった。



「しかし、あそこの正式な一員になったってのに、他所でこんなものを買っていいものなのかね?」

 法律的には完全に違反だということは一考にもされない。

「さあ?」

 首を傾げるユキは心底興味がない、といった風だった。

「……後で報告くらいはしておけよ?」

「? わかった」




 服装に合わないぼろぼろの長財布から代金を取り出して渡す。彼にしては珍しいピン札だった。

「瓶はいる?」

「んー、一応貰う」

「はいよ」

 包装も何もない刃物と、幅の広いガラス瓶を一つ受け取る。



「ほかに何か買うものはないか?」

「んー」

 店内を見回す。大体が局内の購買で手に入るもの。そうでなくても安定した生活を手に入れた今となっては街で買えるものばかり。

 ごったに返した商品棚を見ながら、彼は少しばかり胸に寂しいものを覚えた。


「そうだ、金に余裕ができたのなら、こういうのも買っていかないか? 最近仕入れたんだ」

 にやついた顔を隠そうともしない彼女が机の脇のキャビネットから取り出したのは、封の切られた箱。

 底の部分が受け皿となり、カラフルな袋が十袋二列で並べられている。

 以前商品棚に紛れ込んでいた食玩、その最新弾だった。


「いらねーよ!」

 目にした瞬間、反射的に彼は叫んだ。

 彼女はいつまでたっても自分をからかうのをやめる気はないらしい。しんみりとしていたのが馬鹿らしく思えていた。


「ウエハースチョコもついてるぞ?」

 にやつきから営業スマイルへと変わった彼女は袋の一つを拾い上げ、封を切る。

 甘い香りがユキの鼻をくすぐった。

 局の購買、また局員のお裾分けでは見かけないタイプのお菓子。


 実演販売のように、レリアは取り出した一枚をサクサクと小気味よい音を立てて食べ始めた。


 完全にからかっている。

 考えるまでもなくそれがわかった。

 すごく雑なからかい方はかえって気になってしまいもする。


「……」

 ちらと目が向かう。

 彼女の口元、手元、そして机の上の箱へ。

 パッケージには広い年齢層にも受け入れられそうな絵柄のキャラクター。

 玩具であるカードはおまけ。

 本体はあくまでお菓子。



 ***



 店を後にした彼の手には、一枚の食べかけのウエハースチョコ、そしてキラキラ光るプラスチックのカードが握られていた。



 ***



 十二月も中旬を過ぎ、年の瀬もだんだんと近づいてきた頃。

 世間はクリスマスムード一色で、街中はきらびやかなイルミネーションで彩られている。

 駅前や、少しさびれた商店街にもクリスマスは等しくやってくる。ジングル・ベルが聞こえない場所はない。


 オフィス街だって例外ではない。繁華街と比べてしっとりとしたクリスマスソングが小さなステレオから流れ、落ち着いた色合いの電飾に木々がきらめく。

 そんな中で唯一豪華に目立つのはクリスマスツリーだ。

 小広場に大きなモミの木が設置され、鉢植えにパンパンに敷き詰められた真っ黒な培養土に植わっている。


 邪魔にならないよう円錐状に整えられた枝葉には赤のリボンに金のモール、白いふわふわのスノーが散りばめられ、ほかにも色とりどりのボールが点々としている。天辺には大きな星が輝いていた。

 鮮やかな蛍光色の電飾も巻かれ、下からのライトアップと合わせてオフィスビルの街に華やかさを与えている。




 しかし、どんなに飾ったところで異空間の中では色を失ってしまう。


 きらびやかな光は失われ、色とりどりの装飾も白と黒の濃淡の違いでしかない。

 灰色の世界ではそれはただの置物だ。


 特大の唸り声が辺りに響く。

 未完成な発声器官をぐちゃぐちゃと汚らしく鳴らし、それは不愉快そうに体を揺らす。

 邪魔だとばかりに振るわれたかぎ爪が特別な価値を失ったモミの木を倒す。呆気なく倒れは大木はそのまま異次元体の大柄な体に押し潰され、ミシミシと音を立てて潰れてしまった。

 1トンを軽く超えそうな超重量にはいかな巨木であろうと耐えられはしなかった。


 灰色のツリーがなくなり、広場はますます視界が開ける。

 広がるのはタイル敷きの小さな広場。

 等間隔に植樹帯が設置され、コンクリートの景色に背の低い木々が緑を差していたのだがそれらももう見る影もない。

 周囲に並べられたベンチごと薙ぎ倒され、ビジネスマンたちの憩いの場は無残な荒れようだった。


 もはや遮るもののない闘技場。

 狡猾な手段など必要とせず、力で捻じ伏せることのできる化生が好む小さな狩場となっていた。



 その広場は戦場として最適だ。

 巨体を有する異次元体にとってだけでなく、相対する異能者たちにとっても。

 多人数が立ち回るのに十分なスペースがあり、障害物がなければ回避も容易い。

 身を隠すものがない、という意味で言えば少々都合が悪いが、暴れることしか能のない相手であればそれも無用な心配だ。


 そして何より、彼のように遠距離から狙うタイプにとっては、まさに打ってつけの狩場でもあった。



 風も吹かない異空間の中。

 適当なビルの屋上に陣取り、縁の出っ張り、パラペットと呼ばれる場所にバイポッドを立てて、狙撃手――霧原はスコープを覗く。

 半径が百メートルを超えるような広さになることは滅多にない異空間という特殊な戦場。

 さらに使用者が優れた視力を持つ異能者であるとはいえ、正確な照準のためにそれは欠かせない。


 彼が構えるのはバレットM82A1という、アメリカ生まれの現役の火器。

 50口径弾を採用した、全長1500mmに届こうかというほどの化け物ライフル。

 対物狙撃銃と分類されるそれはこれまで彼が使用していた通常の狙撃銃と比べて威力も、有効射程も、そして大きさも桁違いである。

 もっとも射程に関してはその恩恵にあずかることはない。使用するのが異空間内に限るからだ。

 彼が重視したのはその威力。

 銃火器はたとえ異次元体が相手であっても、エーテルでコーティングされた弾丸さえ用意すれば安定した火力を約束してくれる。

 しかしそれは言い換えるとカタログスペック以上の威力は出ないということでもあった。

 相手の頑強な装甲・筋肉等を破壊できるほどの威力がなければ、どれだけ撃とうが牽制程度にしかならない。


 彼がこれまで相手にしてきた異次元体は狙撃銃や小銃、最悪拳銃程度でも十分対応できた。弾薬も最大で7.62mm弾。バレットに採用された12.7mmのライフル弾など、これまで使ってこなかった。

 それでも、コアであるエーテル心炉を潰さない限り死に切らない異次元体相手ゆえ一発必殺とはいかないが、それなりの戦果を挙げていた。生還率の低かったかつての実働班の中で、彼が生き残っていることがその証拠だ。



 しかしそんな中、威力不足を感じたのはやはり先の梓田駅での災害級の異空間が発生したときだろうか。


 実働部隊の生還率が上がった理由。

 異次元体対策局での最強の駒。

 彼にとっての最強像であった同僚――矢柳千陰をもってして手こずる異次元体が、ひと月ほど前に出現したのだ。

 その時は彼女と、そして新たに局に迎え入れられた一人の小さな異能者によって倒された。

 しかし、そんなものがまた出現したら。

 もし現場に彼女達がいなければ。


 あるいは彼女達が負けてしまったならば。


 果たして自分たちに止められるのか?

 きっと、多数の命を犠牲にしてでも倒すのだろう。びびりも多いが、意気地なしというわけではない。

 彼らのほとんどは、一度安寧に逃げたとはいえ、自ら戦う道へと向き直った連中なのだから。


 しかし、そうならないため、させないために彼は力を求めた。

 戦闘スタイルというものはそうそう変えられない。何しろ数年かけて積み上げてきたものなのだから。


 だからこそ彼は、得物を変えた。

 より大きく、より重く、より殺傷性の高いそれへと。



 ***



 十字のサイトの中に映し出されるのは暴れ狂う異形の姿。この異空間の主の姿だ。


 かろうじて薄い皮膚に覆われた巨体は、その赤からピンク色の筋肉を透けさている。どくりどくりと脈打つ血管がいやに目立つ。

 しかし、身体のすべてがエーテルで作られた連中の体組織にはミオグロビンなんてものも含まれていないはずなのに、その筋肉が赤いとは、おかしな話だ。

 既存生物を模倣する連中はガワだけでなくその構造までをも再現する。そのほうが利点があるのだろうが、弱点たる心炉の位置が頭部あるいは胸部に偏り、異能者にとっても都合がよかった。


 目算三から五メートルほどの全長をした標的。分厚く、そして角質化した鱗に覆われた大きな前肢を用いて動き回り、顎が外れているかのように開く大顎をもたげる。

 大口に並ぶ牙は不揃いな上歯抜け。まぬけなようで、しかし怪物然とした悍ましさを失わない。


 爬虫類らしい角鱗は腕や尾など、一部にしか見て取れず、また未発達の皮膚なためか毛もほとんどない。

 後肢は前肢と比べ全くと言っていいほど発達しておらず、長い尾と合わせて常に引きづっている。つまり機動性は皆無と言っていい。


 突き出した顔。大きく開く口からワニ、あるいはカバのなりそこないのようなそれは、明らかにかつての昆虫群に比べ劣った存在であった。


 図体ばかりが立派で、動きもまるで洗練されておらず、鈍重で力任せなもの。

 それこそ、対物ライフルなんて必要ないほどの敵であった。


 しかし、油断は許されない。

 彼が撃つことはおそらくないだろうが、照準器から目を離すことはしない。


 異次元体――仮称ワニ型のそれと相対しているのは四人の異能者。そして、一人離れた位置で様子をうかがう一人。

 彼ら全員が霧原の同僚で、特に四人は経験の浅い一般の部隊員。

 この程度の相手であれば、彼らに経験を積ませるいい機会でもあった。

 力不足を感じていた自身が戦えないことには思うところがないでもないが、同僚の生還率を上げるというのも大事なことだと理解している。



 サイトの向こうではそれぞれの得物、刀剣類、そして棍棒を振るう姿が見て取れる。

 銃火器を用いた者はいない。

 そも、局内でも少ない。弾薬の製造方法が限られているからだ。

 霧原が作った予備を使うものもいるにはいるが、それは異能が戦闘向きでないものがほとんどで、そもそも戦場に立つことがない。


 四人はお互いの行動をカバーしながら、うまく連携をとって異次元体を追い込んでいく。

 長物を使うものが多いからか、堅実さが目立つ。一方で有効打もいまいち与えられていないようだったが。


 どちらに転ぶか。

 彼はやはり油断はできないと、気を引き締めた。




 発達した前肢、そして大顎も大振りであれば回避も容易い。巨体の動きがそもそも遅ければ、少し距離をとるだけで簡単に有効範囲から外れる。


 相手の攻撃をよけ、そして僅か以上の硬直を狙い、槍が突き出される。大気を揺らめかせながら繰り出されるそれには異能が付与されているのだろう。

 激しい〝熱量〟を含んだ一撃。

 それは異次元体の首に突き立てられ、白煙を立ち昇らせながら緑色の液体が噴き出す。

 高熱に薄い皮膚も、筋肉すらも焼けこげ、溶け落ちていき、ますます粘度の高い液体が零れていく。

 それは連中にとっての血だ。


 通常の生命体であれば、およそ致命傷に当たる傷。

 それを受けて異次元体は絶叫のような、あるいは怒りの咆哮のようなものを上げる。

 離れた位置にいるはずの霧原の耳にも、それは痛いほどに響いた。



 好機と見たか、ほかの二人も己の得物を掲げ突撃する。一人だけがそれを見送った。

 それぞれカラフルに色付いた得物を振るい、異次元体に取りついた。


 しかし、それを見て霧原は大きく舌打ちをする。

 彼の眼はサイトの向こう、倍率をそれほど上げていないままでも、半透明の皮の下〝それ〟が蠢くのを目にしていた。



 異次元体は体が生物として完成されているほど、既存の生物へと近づくほどにその脅威度を増す。


 単純に身体構造の完成度というものもある。

 しかしそれ以上に、生物が長い年月をかけて作り上げてきた動き――確立された攻撃手段を十全に模倣することができるからだ。


 頑丈な糸を用いて獲物を捕らえる蜘蛛。

 一秒に満たないスピードで鎌を振るう蟷螂。

 己の武器を使いこなすということはそれだけで脅威となる。



 しかしだからこそ、あのワニ型の異次元体のように中途半端な存在に油断は許されない。


 いまだ完成していない身体。

 それは多岐にわたる進化の可能性を持っているということ。正式な手順をもって進化も変態も成長もしない彼らは、どれだけワニかカバにしか見えなかったとしてもそのどちらかに行き着くとは限らない。


 皮膚の下で蠢く肉塊。

 薄い膜のもと不自然な盛り上がりが生まれ、まさに破裂したかのように、一瞬にして己の皮膚を突き破る。


 びちゃりと肉片を飛び散らせながら現れたそれは四つの突起を備えた、巨体に比しても不釣り合いに大きな腕。

 通常考えられない五本目の肢。

 遺伝子なんて上品な設計図を持たない異次元体は時に人間の理解の範疇を超えた姿となる。


 先端が吸盤上に発達した長い指を持ち、ぬめる皮膚が存在しないことを除けばそれはカエルの前肢に見えただろうか。

 元よりあった両前肢、当然後肢よりも巨大なそれは、今にも振り下ろさんとばかりに掲げられていた。


 突然のことに呆気にとられたのだろう、三人は僅かばかりに反応が遅れた。

 慌ててとびすさる彼らだが、今なお根元から伸び続ける巨腕が相手では完全には逃げきれない。


 内一人に向けてそれは容赦なく振るわれ――


 ――そしてその根元を弾けさせた。


 大気を震わすほどの炸裂音と、銃身からストックまでが大きく震えるほどの反動。

 それを苦も無く抑え、狙い通りに放たれた50口径弾は異次元体の腕、その根元を食い破った。

 筋繊維が大きく抉り取られ、骨まで削れたそれは重さを維持できずにぐちゃりと折れ曲がる。


 土煙を上げながら地に崩れ落ちたそれは完全には断ち切れてはいない。薄皮一枚、僅かに残ったぐちゃぐちゃの肉で体とつながり、神経も通っているのだろう、指先がひくひくと動いている。

 そして間を置かずに、ゆっくりではあるが三分の二ほどがはじけ飛んだ根元も徐々に繋がり始める。


 バレットの装弾数は10発。

 次弾を放てばそれも簡単に封じることができる。

 しかし、撃つことはない。必要もない。


 残った一人が駆け寄り、再生の前に断ち切ったからだ。

 こうなることを予期していたのなら、評価していてもいい点だろう。チームとしては仲間を止められなかった分赤点だったが。


 逃げ遅れた一人は今まで傍観に徹していた者に連れられていた。

 ただ見ていたわけではない。

 いわゆる引率。あるいは教官のようなものだった。


 ――ならば自身は何の役割を持っているのか。


 上から見守りながら、警戒に回す必要のない余った思考スペースでぼんやりと自問する。


 ――きっと〝護衛〟なのだろう。


 答えは簡単に出た。

 普段は一人で討伐に向かうことの多い彼だが、最近はもっぱらチームを組んでいた。というよりも、既存のチームに組み込まれていた。

 上も、いろいろと考えがあるのだろう。

 過去を鑑みてか。

 それともこれからのことを見据えてか。

 どちらなのかは彼にはわからないが。



 スコープの向こう。

 三人がようやく混乱から立ち直ったようだった。ようやく、といってもほんの数秒なのだが。

 異次元体もあれ以上の搦め手を持たなかったのか、その後はより慎重になった四人の連携の前に、呆気なく封殺された。



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