15話 懸念
『今日午後4時ごろ、東京都品川区の路上で男女複数が死亡しているのが、帰宅途中の男性によって発見されました。警視庁は現場の状況から殺人事件と断定し捜査に当たっているとのことです』
手元の機械へ向いていた視線が、ふっとテレビへと向かう。
待機室に設置された大型のモニターは、テレビの置かれた談話コーナーから少し距離のある、簡易な会議スペースからでもよく見える。
事件現場と思われる、住宅に囲まれた一般道路を映していた。画面の中では青い服を着た数人が作業――現場検証をしているのが見て取れる。
『警視庁によりますと、遺体はひどく損壊しているものの、身に着けていた荷物から一人を除いて身元は判明しており、被害にあったのは――さんの計七名とみられ、警察は無差別殺人事件として扱い、周辺の住民に注意を呼び掛けています。犯人は依然として判明しておらず、これまでの状況から事件の目撃者にも被害が加えられているとみられ、現場に不用意に近づかないよう――』
ピッと、手元から電子音が響く。
視線を落とせば、ワンセット分の作業が終わっているようだった。
ロの字型に並べられた長机、その一画。
白いテーブルの上に置かれた小型のプリンターほどの大きさの機械には、丸口の挿入口と排出口、そして手を添える部分が用意されている。
排出口の受け皿には長さが6センチほどで先が尖った金属質のものが9個並び、カランと音を立てて10個目が追加された。
淡い緑色で、内部の鉛の芯が透けて見える。
しかしプラスチックやガラスなどではなく、金属、場合によっては金属よりも固いかもしれない。
ギルディング・メタルの代わりに、固化したエーテルで覆われた12.7mm弾、その弾頭だった。
エーテルは本来決まった形を持たない。エネルギーとしてしか換算することは不可能で、雷や炎のように、物理現象、あるいはそれと物質との中間のようなものでしかない。
それこそ〝純粋なエーテル〟を物質として生成できるのはエーテルを用いて肉体すらも構成して見せる異次元体、その心臓部くらいであり、通常の異能者も、科学技術でも、それを再現することはできていない。
そして、それをできるのが彼――霧原の異能だった。
エーテルの固化。
正確には放出したエーテルが力場――引力を発生させることで気体あるいは液体を無理やり昇華(固化)、凝固、あるいは凝縮させるというもの。
非正規の力で作られた結合は非常に不安定で、既存物質であればその物質の融点・沸点によってすぐにまた別の形へと戻るのだが、もともと決まった形を持たないからか、エーテルだけは長時間固体のままで残すことができる。
この異能を利用して彼は普段から〝弾頭〟を作っているのだ――対異次元体用の特殊弾頭を。
『また、一連の猟奇殺人事件と関連性が高いとみられ、今月に入ってから既に四件目となって――』
アナウンサーの声を耳に入れながらも、一日の作成ノルマを終えた彼は機械の隣に置いてあった箱――単なる収納箱へとそれらを詰めていく。
計百発。
かつては時間のかかっていたそれも、今では小慣れたものだった。もっとも、最近は使用するライフル弾をいつもと変えたため少しばかり遅くなったが。
なんにせよ、これを後で開発班のもとへと持っていき、弾薬を作成してもらう。薬莢や火薬、雷管までは彼には作れない。
「また、物騒な事件だな」
談話コーナー、モニターのそばのソファに座っていた男性が声を発した。
大柄で筋肉質な男で、短い黒髪をソフトモヒカンにしている。
霧原の同僚、押井守康だ。
「最近多いな。今何人目だ」
箱に詰めながら、彼は相槌を打った。現在待機室には彼ら二人しかいない。
「最初が十一人、次が四人、その次が八人、先月最後が十人。今月初めが八人、次が五人、その次がまた十人――そして今回が七人。六十三人だな」
「おっそろしいねえ」
軽口のように答える。
心が痛まない、とは言わないが、こればかりは彼の仕事ではない。彼の仕事は異次元体を狩ること。殺人犯を追うのは警察の仕事だ。
「――だが」
「あん?」
弾頭を詰め終えた霧原は、ここでようやく顔を上げた。視線をテレビ、およびソファの方へ向けると、ごつい後頭部が目に入る。
「殺人事件自体はもっと起こっている」
「そりゃそうだ。毎日どっかしらで人が死んでるだろうよ……まあ、これだけでもとんでもねえ数だけどな」
「そういう意味ではない」
「……ならどういう意味だよ」
頬杖をついて、続きを促した。
「この連続大量殺人を除いても、最近は少し件数が多すぎる。都内の事件がな」
「わざわざ数えんてんの、お前」
「気になったから調べただけだ」
「……警察か探偵でもやれりゃあよかったのにな」
「この仕事が、性に合ってるさ」
彼は初めて霧原のほうへと振り向かえり、肩をすくませた。
「それで、探偵さんは何が気がかりで?」
おどけた調子でそう告げれば、根がまじめなのか、そうでないのか。押井も妙に芝居がかった口調で語り始める。
「先ほどニュースで取り上げられていたのは、巷で連続猟奇殺人と呼ばれるもの。特徴は発見されるのは惨殺死体であること、そして無差別であること」
「それで?」
「報道では詳しく取り上げていないが、どうも惨殺というのは二通りあるらしい。片方は胸に穴が開いている。拳ほどのな。そしてそれは一人分だけ。他は、それこそ適当といっていいほど単純な殺され方をしているらしい」
「へえ」
得意げとはまた違うが、滔々と語るその様は妙に説得力があった。
「もう一方はもっと惨たらしく……首が落とされていたり、遺体がバラバラだったりするらしい。こちらも一人分だけな」
「……じゃあ、探偵さんは犯行の手口の違いから犯人は複数いるって考えているのかい?」
「ああ」
押井は大きく頷いた。
「俺が気になっているのはそれだけではない。最近は殺人事件が多すぎる、といったろう? この連続猟奇殺人とは違って、複数人が一気に殺される、いわゆる大量殺人ではないため関連性は見出されていないようだが、他は他でまた共通点があるらしい」
「それは毒殺だったり、刺殺だったり、撲殺だったり……バラバラだったり。一見普通の殺し方――言い方が悪いな。だがまあ、言葉だけではよくある殺され方をしているように聞こえるが、使われた毒が同じだったり、推定される犯行に使われた刃物が同じ形状だったりと共通点があるわけだ」
「お前どっから持ってきたんだよ、んな情報」
ここまで聞いて、霧原は思わずといった調子に疑問を口にした。これらの情報はテレビでは取り上げていないようなものだ。
「いやなに、栄子の伝手で警察関係者の知り合いができてな」
口角をニッと上げて、彼はそういった。
冨高栄子。一般の部隊員に所属する、彼の恋人だ。
「けっ、なんだ惚気なら聞かねえからな。つか、その警察のやつ大丈夫かよ、情報漏洩じゃねえか」
「……向こうにも、どうも思うところがあるらしい」
笑みもひっこめて、彼は声を低くする。
「どうやら、俺らにもお鉢が回ってきそうだ」
真剣な顔でそう言われれば、彼もまたそれなりの顔にならざるを得ない。頬杖をほどき、眉根を寄せて問うた。
「どういうこったよ……異次元体じゃあねえだろ? 連中なら死体は丸ごと食っちまう」
「そうだな」
「……おい。まさか」
「――異能者、か?」
霧原でも、押井でもない、涼やかな声が響く。
待機室の扉を開け、入ってきた女性。長い黒髪を後ろでまとめ、身にまとうのはパンツスーツ。手には折りたたまれたベージュのチェスターコートと、長さが不揃いの二振りの刀。
口端を怪しく歪める彼女は、やはり霧原の同僚の一人、矢柳千陰だった。
「……そういうことだ」
少しばかり面を食らった二人だが、彼女の問いに押井は答えた。
「お前、どっから聞いてたんだよ」
「大体全部だな。更衣室で着替えていたからな」
更衣室は待機室のすぐ隣だ。
「地獄耳かよ」と、霧原がぼそりと呟くが、彼女はまるで耳に入れない。
椅子に座るでもなく、扉付近の壁に背を預けた。押井の推測を最後まで聞く気のようだ。
彼女を一瞥して、押井もまた口を開く。
「さっき、一人を除いて適当に殺されているといったろう? ああ、大量殺人のほうでな。きっちり殺されてるのはもしかしたら異能者なんじゃないかと、警察のほうは疑っているらしい。近くうちの系列の研究所に遺体が運ばれるそうだ。検死のためにな」
「じゃあ、一連の事件は……もともとは異能者同士の殺し合いだと?」
「検死の結果次第では、な」
それを聞いて、霧原は額に手を当てた。参ったと言わんばかりに背を仰け反らせて。
「面倒くせえな」
言葉通りに、ただ面倒というだけではない。
彼は内心で冷や汗をかいてもいた。
もし、一連の事件が異能者によるものだとしたら。
もし、それが手練れの異能者によるものだとしたら。
もし、そんな連中に狙われてしまったとしたら。
自分はきっと、簡単に殺されてしまうのだろう、そう考えていた。
異次元体と戦うことにはもう慣れた。それでも恐怖心が全くなくなったわけではない。
一方で、異能者と戦うことにはいまだ強い恐怖心を持っていた。
霧原はちらと、壁に背を預けた千陰へと視線を向ける。
〝楽しみ〟
その感情を隠すこともしない、吊り上がった口角。
言ってしまえば、彼女と同類な連中なわけだ、犯人とやらは。そんな連中に、彼は、いや彼らは勝てはしないだろう。集団で当たったとしても、きっと烏合の衆だと言わんばかりに一蹴されて終わり。そんな未来ばかりが見えて仕方ない。
そんな彼の内心を知りもしないのだろう、彼女は背を預けていた壁から離れ、ドアノブを握る。
「行くのか?」
背を向けた彼女に、押井は声をかける。
「ああ」
「まだ人目も多いし、発見報告も上がっていないが」
彼女が手に持った刀、特に大太刀――蒼雷渡を見てそう言った。
「その異能者とやらにも会えるかもしれないだろう? こいつは、まあいつも通りうまくやるさ」
肩をすくめながらそれに答える。
こっちは大物か、もしくは深夜にしか使わないしな、と大太刀を軽く掲げる。
しかし、それで納得してもらえるわけがない。
「だとしてもだ。いつも言ってんだろうが、偽装ぐらいしろって。移動がバンだろうが降りりゃ意味ねえんだからよ」
先ほどまでの思考はひとまず隅に置き、霧原は彼女に対して厳しい目を向ける。
彼らが苦言を呈するのも、いつものことだ。
実力で心配することはない。単に〝目立つから出るな〟、あるいは〝隠す努力をしろ〟そういう意味だ。
彼女は妙なポリシーがあるようで、刀は必ずと言っていいほど腰に差す。専用の収納具を与えられているにも限らずに。
「いいだろう別に。いままでヘマをしたのだって数回しかない」
「その数回があっちゃいけないってわかんないか?」
「口止めをすれば、問題あるまい」
「……まさか口封じに殺したとか言わねえだろうな」
「……お前は私を何だと思っている」
「戦闘狂」
「……」
千陰が二人の会話を見守っていた押井のほうへ視線を向けると、彼は顔をふいっと逸らした。
「……なんだっていい。私は出るぞ」
手をかけていたノブを捻り、部屋の外へと一歩踏み出す。
待機室のタイルカーペットと違い、リノリウムの床がブーツの靴底と触れてカツンと小気味よく音を鳴らす。
「気をつけろよ」
「襲われたからって殺すなよ」
押井の純粋な気遣いと、毛色は違うが彼なりの気遣いなのだろう、霧原の声を背に受けて彼女は一度振り返る。
「お前らもな」
そう告げて、彼女は扉を閉めた。
淀みのない足音も、徐々に遠ざかっていく。
「……あいつも、だいぶマシになったか?」
「んまあ、最近は、そうかもなあ」
残された二人は、変なものを見たような顔のまましばし固まっていた。
彼女がこと戦闘において、誰かを気遣うというのはそれは珍しいことだ。ナチュラルに足手まとい扱いすることは多々あったが、それとはまた別に。
「……恋か?」
「なんでお前はそう恋愛脳なんだよ。んなナリでよ」
***
「……飽きた」
ぐでっと擬音がつきそうなほどに突っ伏したユキが、ぽつりとこぼした。
小テストの採点を終え、次いで空欄及び誤答の部分の解説を終えたあたりの頃。
とっくの昔に集中力の切れていた彼は何とか簡易な復習を終わらせるに至っていた。
「じゃあ、休憩にしよっか」
教師役であった弥永はにこやかにそう言う。
「きゅ、休憩?」
「そう。休憩」
「終わりじゃなくて?」
「うん。十分休み」
「……スパルタ?」
「違うよ!?」
弥永の頭には先の光景がフラッシュバックする。頭を振ってそれを追い払う。
「学校だって休憩時間は十分でしょ? ユキ君は今日はまだ三限目だから、もう一限分くらいはやっておきたいかなあ」
長く教育から離れていたユキは通常のカリキュラムとは異なった授業を受けていたが、彼女は少しずつ普通の授業形態に近づけようと画策していた。
彼が現役の学生でいられる年齢までに社会が変わってもいいように。
異能者が世間に受け入れられ、彼が再び学校に通えるようになってもいいように。
彼はその道を選ばないかもしれない。しかし、その選択肢だけは残してあげたい。
それが彼女の思いだった。
しかしそんなことは知ったことではないユキは絶望的な表情を浮かべている。
二度目ともなれば逃走なんてことをしようとは思わなかったが、頭から煙も上げそうなほどに疲弊した頭ではあともう一時間分の授業などとても耐えられるとは思えなかったのだ。
今ばかりは適度に調整された暖房が恨めしい。涼しい空気が欲しい。頭を冷やしたい。
その一心で彼はおもむろに立ち上がると、壁際に寄り、窓を開けた。
室内に外の空気が入ってくる。
冬の冷たい空気が肌を撫でる。
冷たいはずのそれもいいリフレッシュになり、心地よさに思わず頬を緩めた。
「あ、そうだ。チョコ食べる? 頭の栄養補給」
「食べる」
差し出されたそれを即座に受け取る。
対策局に所属してからというもの、彼の食生活もだいぶ変わった。また、嗜好品の類も口にする機会に恵まれていた。
局や寮で提供される食事、あるいは貧乏を脱した、というのもあるが、今のようにお菓子の〝お裾分け〟をもらうことも多かった。
そこにどんな思惑が隠されているのかは、彼は気づかない。13歳という中学一年生に相当する年齢だが、まるでそうは見えない低身長の彼は気づけない。
実年齢以上に子供に見られているなんてことは、決して知らない。
窓枠に肘を置いて個包装のチョコ菓子を口の中で転がしていると、視界の端に黒い大きな車が映った。
ユキが見下ろすのは、真っ暗になった外の景色。ところどころに背の高い電灯やフットライトでライトアップされている広い駐車場。
そこをゆったりとしたスピードで走る黒塗りのバン。
異次元体対策局の実働部隊が移動する際に用いられる車両だ。
通常バンを用いて移動する。しかし、異空間の反応を感知した際、道路状況によっては降車して徒歩で向かうことも多い。
あるいは深夜など、通行人のいない時間帯には最初から車両すら必要としないこともある。
自分の足で走ったほうが早い者がそれにあたる。現状、一人しかいなかったが。
車は駆動音と白い排ガスをマフラーから引きながら、眩いライトは正門の方へ向けている。今から敷地の外へ向かうようだ。
狩り――彼ら風に言うのなら、異次元体の討伐へ向かうのだろう。そうぼんやりと眺めていた。
また、なんとなくだが知った顔が乗っている気がした。
――千陰かな。
なんの根拠もないそれだが、どうにもそれが正しいように思える。
同時に、自分はいつ出られるのだろう、と思考が逸れていく。
彼女のように戦闘に喜びを見出しているわけではない。むしろ生きるために狩りをしていた彼は、好んで狩りをしたいとは思わない。
しかし、何もしないのは落ち着かないのだ。
それなりの決意をもって所属を決めた、というのもある。
だが一番は習慣だろう。特に狩りをしなければ食い扶持も稼げない生活をしていた彼は、不必要な焦燥感にどうしても駆られてしまう。
余談だが、勉強漬けの毎日のストレスもあった。そろそろ発散したい、と。
「ねえ」
「何かな? おかわり?」
「……貰うけど、そうじゃない」
てのひらに乗っけられた包み紙を開きながら、彼は口を開いた。
「いつまでこうしてればいいの?」
「? こうするって?」
意図が分からず、こてんと首を傾げる。彼女の口にもチョコレートが収まっているのか、少しばかり頬が膨らんでいた。
「まだ一回も狩りに出てない。戦力が必要だってきいてたけど」
「ああ」
弥永は、困ったなあと頭を掻いた。
彼女はその理由を知っている。しかし、教えないように、とも釘を刺されていた。
「ケガももう治ってるし」
ユキは包帯の巻かれた左手をぷらぷらと振って見せる。
ひと月前にひどい骨折をしたはずの腕も、すでに完治している。エーテルの恩恵は使わせてもらえなかったが、それでも単純に回復力が高い異能者であれば全治数か月のそれも数週間で元通りとなる。
「えっとねえ」
視線をあちこちへと彷徨わせながら、彼女は頭の隅に追いやられていた建前を探す。こういう時のためにカバーストーリーも用意されていたのだが、元来嘘の苦手な彼女はその内容が頭からすっぽ抜けてしまっていた。
外に向けられていた視線も、今では彼女の方へ向いている。
じいっと眺められては、冷や汗までもが内心伝う。
「あ、そうそう! ユキ君はもうしばらく経過観察とデータ収集に専念してほしいんだって!」
よく思い出した、と彼女は自身を褒めたたえる。
「ケイカ観察?」
やりきった笑みを浮かべる彼女と違い、ユキの頭には疑問符が浮かんでいる。
「そうそう経過観察。腕の骨折もそうだし、ユキ君前の事件でかなり無茶したみたいだからね、体に随分負担が掛かっているって川島さんが言ってたでしょ?」
その手の話にはうるさい川島の顔が、ユキの頭に浮かぶ。真剣で、そして少し説教臭い顔。
うげえ、と表情を崩してはいるが、川島のそんな説教も案外嫌いではなかった。
「それと、うちって今までずっとエーテルを使い続けてきたのって千陰ちゃんくらいしかいなかったんだ。うちの系列の、本職の研究機関でもそれは同じ。実働班の皆も異能に目覚めてからそれなりらしいけど、フルパワーで使い続けてたのってやっぱりあの子だけでさ。〝エーテルを継続的に使用するとどうなるか〟、そのサンプルが千陰ちゃんの分しかなかったの。そこで現れたのが君!」
びしっと指をさされて、ユキは思わずそれに注目する。
「ユキ君も長い間エーテル心炉を使い続けてたっていうし、そのデータが欲しいんだ。霧原さんとか押井さんとか、赤峰さんなんかも数年近く戦ってるけど、やっぱり集団戦なのがいけないのかな? 千陰ちゃんとか、在野の異能者たちよりもやっぱり一歩劣っちゃって」
彼女が告げた内容は、まるきり嘘ということはない。しかし、ユキに限っては少し事情が違う。
深くまでは聞き及んでいなかったが、彼女がユキの学業に置いての教育担当になると決まってからは、他の局員以上にはその理由を聞いていた。
どうにも彼のエーテルはあまり体によくないものだ、と。
彼にそのことを告げたのはやや苦い顔をした局長と川島、それと宮添。
要所をぼかしたような説明であったが、教師を目指していただけあって、子供好きの彼女にとっては理由はそれだけで十分だ。
できるだけ彼を戦場から遠ざけようと、用意されていたカバーストーリーを口にする。
嘘をつくのは苦手だが、内容は真っ赤な嘘というわけではない。
何より、ユキの身を案じるのは彼女の本心であった。
惜しむらくは彼が経過観察とデータ収集、その両方の必要性がいまいちわかっていないということか。
ユキは「ふうん」とひとまずの納得を得たが、どことなく不満といった雰囲気が漏れ出していた。膨れっ面ほどでもないが、眉根を寄せて、口も若干尖らせて。
困ったな、と再び頭をかく弥永は、唐突にパンと両手を合わせる。
「さ、休憩終わり! 続きを始めるよ!」
「うえっ」
「次は国語だ!」
そして、とりあえず彼の嫌いなお勉強へと意識を向けさせた。