ティーパーティー殺人事件〜御簾間振子の最初の事件〜
皆さま、こんにちは。今回初めての投稿で本当にぎこちないものとはなりますが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。これからも御簾間振子が活躍する事件をシリーズ化したいと思っております。難波川清也をどうぞ宜しくお願い致します。
東京・西麻布のど真ん中にある豪邸。うすいクリーム色の壁に薄茶色の屋根を持つその家には、「東洋のミス・マープル」と呼ばれる御簾間振子というお嬢様が住んでいる。振子は現在大学生であり、将来は父の会社である「ミスマホールディングス」を継ぐつもりらしい。これは、そんなお嬢様が自分の友達を呼んで、お茶会を開いたときのちょっとした事件の話である。
「ちょっと、嘉陽!このお菓子、あたしの望んだお味じゃないわ!今すぐ作り直してよね!」
振子は怒りのあまり息継ぎもせずに一気に言った。嘉陽とは振子の家の執事で(下の名前は蔵之介というのだが)、少し鈍臭い部分はあるが、頼もしい存在である。
「はい、かしこまりました。すぐ作り直させます」
「お茶会は依子達が来たらすぐに始まるんだから早くしてね!」
嘉陽はその言葉は無視して、足早に裏へと去っていった。振子は食べ物には特にうるさい性格で、少しでも自分の思い通りの味になっていなければこうして執事や使用人たちに文句を言う。そんなこんなしているうちに振子の友人たちが来てしまった。振子はさらに腹をたてる。
「来てしまったじゃない、ほら早く出て!」
嘉陽は少し顔を顰めながら応対にいった。しばらくして振子のよく知る声が聞こえてきた。そして、本日のキャスト五人が現れた。まず第一声を発したのは、振子の幼馴染である石川依子であった。
「いや〜振子!久しぶりねえ」
依子は昔から人の倍は元気で風邪を引いたことはないと公言する程であった。
「よっ、振子。相変わらずお嬢様だなぁ」
というのは『宝ジェンヌの息子』である無藤拓実である。無藤は大学の演劇サークルに入る、将来を嘱望された人間なのだ。体型はガッチリとしている方で別では『キン肉マン』とも呼ばれている。冗談を言うのも好きでかなり明るい性格だった。次に現れたのは玉川明という吹奏楽団の指揮者を父に持つこちらもある意味お嬢様である。明というのはメイと読み、顔を見なければ男と間違えられそうな名前である。どのような経緯でこの名前が付けられたのかが気になるものだ。
「久しぶり、振子。あんたほんと変わってないわねえ」
会っていきなりそんなことを言われ、振子は少し狼狽した気分だった。そんな振子の表情を見るなり察したのか、
「ごめ〜ん、気分悪くさせちゃった?」
と、場を執りもとうとした。実は二人は高校のときに、明の言葉で大喧嘩になり、お互いしばらく口を閉ざした時期があったのだ。それ以降、仲を取戻したのだが、明はそのことで後悔しているらしく、以降言葉遣いを神経質な程に気にかけるようになったのである。
「ごめんね、ごめんごめん。怒ってる?」
ともう一度言うと、
「怒ってないわよ」
と優しく囁き返した。
「全く、おめえだって全然変わってね〜な、明」
と口を挟んだのは、メンバーの中で一番チャラくて女ったらしの小本三希弥であった。実は彼にも黒歴史があり、高校で明と男女の関係にあったときに別の女と二股をした男であるのだ。
「あんたに言われたくありませ〜ん。私だって振子のために。それを言うあんたの方が変わってないわ。また女をいじくり回しているんでしょう?」
と明が言うと、彼は意表を突かれたように、
「それはッ」
と呟いた。
「ちょっと二人とも、喧嘩はやめなよお」
「あんたには関係のない話でしょう」
そう言われ狼狽するのは、メンバーの中では頭脳明晰な人物である、村野和明であった。彼は黒縁めがねをかけた、巷でいう眼鏡男子と呼ばれる部類に入る男である。彼はすごく感傷深い性格なようで、明からの暴言を浴びるとすぐに俯いてしまった。とそのとき、
「うっふふ。ほんと村野君ってばセンチメンタルなんだから」
そう言って、彼の後ろから5人目の人物が姿を現した。
「佐和子さんじゃないですか。やめてくださいよ〜、そんな」
彼女の名前は山口佐和子といって、村野と結構いい感じにある女でどちらかといえばおっとりしている。彼女はそんな村野を見て更に微笑し、
「村野君も変わってないわね」
と彼を皮肉るような口調で言った。すると振子も、
「んッふふ、とにかく皆変わってなくて良かったじゃない。昔に戻れた気分で良いわよ。ね?依子」
すると依子は、急に自分に話が振られたので少し狼狽したように、
「う、うん。まぁそうね。初心忘るべからず、な〜んて諺もあることだし」
と言い、まるで計らっているかのように二人で笑い合った。とそこに、嘉陽がティーポットとカップ、それにケーキを運んできた。
「遅いわ、嘉陽。皆を待たせちゃってるじゃない」
と振子が少しきつい感じで言うと、
「申し訳ございません、お嬢様」
と頭を下げて謝った。と、その様子を見ていた依子が、
「良いのよ、全然。こうやって久しぶりに話すことができたんだし。話せるだけでも嬉しいわよ」
と、さっき笑い合っていたときと同じ笑顔を見せた。
「いやあ、これはこれは美味しそうな紅茶だよ」
と小本が嘉陽に言うと、
「さよう、この紅茶は旦那様の会社である『ミスマホールディングス』の子会社である貿易会社を通してダージリンから直接取寄せた高級茶葉を使用しており、更にこのケーキもフランスの高級菓子店から取寄せたもの、食器などの調度類もドイツの食器製造メーカーから。これらは全てお嬢様の粋な計らいでございます」
「ていうか、粋な計らいって何だよ、確か振子の昔からの口癖だったような...」
すると振子は微笑を作り、
「秘密よ」
と意味ありげな口調で言った。そして更に口角を上げて笑顔になり、
「さあ、召し上がりましょう。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
そして彼らは自由にカップを取り、紅茶を啜った。
「さすが本場の味。口の中に葉の香りが広がるう」
と小本が褒めた。と、明が後ろから、
「チョコレート?あー、私...」
と言うと、やっとそのことに気づいたのか振子が相槌を打つ。
「そういえば明、カカオアレルギーなんだっけ。嘉陽〜、こっちへ来なさ〜い!」
そうして嘉陽が奥から出てきた。そして振子がその旨を伝えると、彼はすぐに、
「申し訳ございません、玉川様。ショートケーキをお作り致しましょう。こちらもお嬢様の粋な計らいでそのチョコレートケーキと同じ菓子店より取寄せたものとなっております」
「ありがとうございます、執事さん」
と明はそれまで見せていなかった笑顔を初めて見せた。
「明には残念だけどこのチョコレートケーキ美味しいねえ」
と無藤が久しぶりに口を開いた。その唇にはチョコのかすが所々に付いていた。そして彼がそのあとに飲んだ紅茶がそのかすを取った。
「いやあ、うん美味しい。佐和子さんも、ほら」
と村野が山口を催促した。
「うんうん、う〜ほんとね、とっても美味しい、ほらケーキも」
と山口も相手と同じようにした。
「あの二人、ほんと仲が良いわよね」
と二人のやり取りを見ていた依子が言った。依子は今まで男女関係を作ったことがないらしく、羨ましそうな目で彼らを見つめていた。
それからしばらく時間が経った。彼らはケーキも紅茶も平らげ、それぞれくつろいでいるようだった。そこへ嘉陽が奥からショートケーキを運んできた。そして何も載っていない盆に空の皿を回収し載せて、また奥へと戻っていった。
「やっとわたしのケーキが来たわね。さっ、いただきます」
彼女は丁寧に手を合わせて、それからケーキを口に運んだ。美味しいと言いながら彼女はすぐにそれを平らげてしまった。そしてそのケーキ皿を皆の様子を窺っていた嘉陽が片付けた。そして嘉陽が去った後、
「おいおい明、せっかくの高級なケーキなんだから、もうちょい味わって食えよ」
と小本が彼女をからかうと、
「あんたに言われたくないわよ」
と明も言い返した。とその刹那、彼女は顰めた顔をしていたのだが、その顔を更に歪めた。そして次第には、まるで食べ物が喉に詰まってしまったかのように首もとを異様な速さで掻く。このとき皆は一体彼女の身に何が起きてしまったのか全く状況を掴めず、うろたえるばかりであった。そして次の瞬間、彼女は「うぅ、ぐぁ⁉︎」と悪魔のような呻き声を上げ、そして倒れ伏した。そうして初めて彼らのうちの一人が彼女の身に近づいた。それは小本三希弥だった。
「お、おい、どうしたんだ?明、明‼︎」
「待って、触らないで‼︎彼女に触れないで‼︎」
そう言って振子は三希弥を明から離れさせ、自分が彼女に近づき、そして彼女の頸動脈に二本の指を当てて脈を確かめると、
「まだ脈はあるけれど、危ないわ」
そのときになって初めて皆は状況を掴むことができた。
「そ、そんな」
と声を漏らしたのは無藤だった。そして振子はそんな無藤の言葉を無視して嘉陽の名前を大声で呼んだ。そしてその声を聞きつけた嘉陽が大急ぎで奥から出てきた。
「め、明が」
「どうなさいました?」
「明がびくともしない‼︎」
彼女は率直に事実を伝えた。すると嘉陽は一瞬でその表情を変え、
「おどきくださいませ、お嬢様。貴女は今すぐ警察と救急を呼んでください、皆さんはそこから動きませぬよう」
そう叫ぶと嘉陽は彼女をじっくりと見た。それを見ていた五人は、ものも言えずただ只管、立っているだけだった。特に小本は頭を抱えて知り合いを嘆いていた。
しばらくして館に警察と救急が駆けつけた。そこには警視庁捜査一課警部である嘉陽の部下、警視庁捜査一課警部補浅口俊宏の姿もあった。浅口は現場に着くなり、彼女を様子を確認して、
「毒か?これは」
と言った。そこへ救急隊員が現れ、彼女を救急車へと運んでいった。
「警部、今救急車に乗せました。口許が青くなっていたので恐らく毒を体内に入れたのでしょう。どこに毒が仕込まれていたかは胃の内容物を調べてみないことには分かりませんねえ」
と言いつつ、浅口は五人を眺めた。そして彼らのもとへ向かい質問をした。
「失礼ですが、一人ずつお名前をお願いします」
そしてまず名乗り出たのは無藤だった。
「無藤拓実です。玉川さんとは大学の同期です」
「石川依子。私も同じ大学なんです」
「村野和明と申します」
「や、山口佐和子です」
「俺は...小本だ。小本三希弥」
全員が名前を言うと、浅口が事件について切りだした。
「被害者の玉川氏が誰かに恨まれていたとかそのような話は聞いたことがありますか?」
と浅口は訊いた。彼は被害者の姓に氏を付けて呼ぶのが癖であった。
「いえ、そんなものなかったわ、よね?」
依子が同意を求めると、無藤が無言で頷いた。
「でも、小本君は違うわよね。実は彼は明、いや玉川さんと付き合っていたんです」
そう言って依子は小本の方に向き、
「まさかあなた、彼女の横柄な態度に怒って二股したんじゃないでしょうね?それで彼女を恨んでいた...。彼女を恨んでいたからこそ二股したとか」
と言うと小本はすぐさまそれを否定し、
「ち、違う‼︎俺は彼女のことを...恨んじゃいねえ‼︎」
と悲鳴のような声で叫んだ。その様子を見るなり浅口は「まあまあ、落ち着いて」と彼を宥めながら、
「とにかくそのようなことはなかったのですね」
とこれ以上言い合いは避けたいのか、結論を確認すると、次の質問に移った。
「では玉川氏が倒れたとき、あなた方は何をしていらしたのでしょう」
「皆、何が起きているのか分からずに茫然としていたように思います。何しろ殺人事件なんて初めてですから」
「何言ってるのよ、まだ彼女が死んだわけじゃないでしょうが」
「俺、犯人分かるぜ」
突然、小本が言った。それを聞いていた浅口は訳が分からずに戸惑いながら、
「それはどういう...」
と興味を示した。
「犯人はどう考えてもあの執事に決まってる」
「け、警部が⁉︎」
彼は更に狼狽しながら、
「どういうことか、説明していただけますか?警部が犯人なんてどう考えてもおかしいでしょう」「おかしくないぜ。だってよ、毒を入れるチャンスがあったのはあの執事だけなんだからよ。ケーキと紅茶を運んできたのは彼なんだしな」
すると振子が口を開き、
「でも、この事件はそう単純ではないみたいな気がするの。一筋縄ではいかない...。だってそんなことをしたら自分が真っ先に疑われるのは明白よ。しかも嘉陽は警部よ?」
「じゃあ振子、お前はどう思うんだよ」
「まだ分からない。けど嘉陽は犯人じゃないと思う」
しかし彼は反論する。
「だがな、どう考えても犯人は執事だよ、奴しかない‼︎」
そのとき、彼の怒りを遮るかのように携帯の着信音が鳴った。標準的なベルの音だ。どうやら浅口の携帯が鳴ったらしく、彼が電話に出た。
「はい、はい。何ですって⁉︎はい、どうもありがとうございました」
そうして電話を切ると、彼は非常に暗い面持ちで彼らのほうに向き直った。彼らにはもう彼が何を言うかは予想がついていたことだろう。
「非常に残念なことですが...、今救急隊から電話があり、玉川氏が亡くなったと...」
「そんな...、どうしてこんな...」
「クソ、あの執事‼︎明をあんな目にぃ」
「だからですね、まだ警部が犯人だと...」
「そう、嘉陽は犯人じゃない。実は私、犯人の目星はもう付いているのよ」
すると浅口はたいそう驚いたふうに、
「そ、その人物とは誰なんですか⁉︎」
と言ったが、振子はかぶりを振って、
「まだ言えません。確信はありませんから。もう少し調べてみてから真相をお話ししようと思います。それより、台所を調べたいんですけど良いですか?」
「はあ、それはマズイですねえ。貴女は警察の関係者ではないので、ここを荒らされては...」
すると後ろから嘉陽が、
「いや浅口、お嬢様を、いや彼女を台所に入れてやってくれ」
「いえ、でも...」
「いいから」
と浅口の反対を制して、彼は台所への出入りを許した。彼女が去った後も浅口は質問をする。
「では、小本さんの仰った毒の入ったケーキは...?」
すると嘉陽が口を開き、
「すまないね、浅口君。実はもう紅茶の入ったコップとポット、それにケーキの入ったお皿、さらには亡くなった玉川様、いや玉川氏のアレルギー対策のショートケーキの入ったお皿も全て洗浄してしまったのだよ」
すると浅口の目が点になって、
「えっ⁉︎ほんとですか?」
と叫んだ。嘉陽はずっと申し訳なさそうな面持ちで、
「いや、ほんとにすまない。まさかこんなことになるとは思ってもみなくてね」
と言う。そこで小本が反論をする。
「ウソだ、ウソに決まってる‼︎ほんとは証拠を消すために...」
「何を言う‼︎私は執事の役をこなしただけだ。しかも私は警部だぞ。もしもそうして捜査を妨害するようなら、公務執行妨害で逮捕だよ」
「け、警部...」
そのときだった。先程のベルが鳴り響いた。早速浅口は電話に出る。
「もしもし。あっ、はい。えっ⁉︎あっ、そうですか。ありがとうございます」
そして再び彼らのほうに正面を向け、電話で伝えられた事実を告げた。
「実は、新たな事実が判明し、玉川氏の体に針のようなもので刺された痕が発見されたそうです。これで、犯人は毒を彼女の口から入れたのではなく、直接注射したことが分かりました」
「なっ⁉︎そ、それなら犯人は絞られてきますよね、刑事さん」
と無藤が言うと、村野が不思議そうに首を傾げながら、
「それってどういうことだい?無藤君」
「分からないかい?毒を直接注射するなんて、彼女に近づかなければできないことだ。つまり犯人は、彼女に近づいた者に限られるというわけだ。彼女が倒れるまでに近づいた者は、振子、小本、それに嘉陽さんの三人。犯人はこの三人のうちの誰かってことさ。まあ、今最も有力なのは嘉陽さんなんだろうけれど」
「俺が犯人だと言いたいのか?俺は犯人じゃない‼︎ふざけたことを言うんじゃねえ‼︎だったら俺の持ち物を調べてみろよ、注射器なんて出てこねえだろうからよお」
しかしその刹那、振子が奥から戻ってきて、こう告げた。
「調べなくとも、出てこないのは当然よ。だって彼は犯人ではないのだから」
すると全員が振子に注目した。そして山口が口を開いた。
「もしかして振子、犯人分かったの?」
「ええ。そしてもちろん、犯人はこの中にいるのよ」
「ええっ、一体犯人は誰だっていうんだ?」
村野がいうと、
「その前に、浅口刑事がさっき言っていたこと。あれで私は確信した」
「一体何を確信したの?」
依子が訊くと、
「実は、毒は全員が服用していたのよ」
と振子は言った。それを聞いていた皆は訳が分からず、首を傾げ合った。
「どういうことなんだよ、説明してくれよ。全員が毒を服用していた?だったら今頃、俺たち全員あの世にいるぜ?」
「いいえ、私たちの服用した毒は弱い毒。それに私たちは一緒に解毒剤も服用していたから、私たちの身にはなんともなかったのよ。でも、思い出して。明は違ったわよね?彼女はカカオアレルギーで、チョコレートケーキを食べなかった」
すると無藤は納得した表情で、相槌を打つ。
「そうか、毒は紅茶に入っていて解毒剤はチョコレートケーキに入っていた。だからアレルギーでチョコレートケーキを食べられなかった彼女は毒が回って...」
「そういうこと。しかしそこで予定外の出来事が起きた。そう、彼女が死んでくれなかったのよ。皆も覚えていると思うけど、彼女は最初から亡くなっていたわけじゃないでしょ?ほんとは彼女は、パーティーのうちに死ぬはずだった。まあ、こんなときのために犯人は注射器を持っていたんでしょうね。そして、嘉陽は注射器は持ってはいないわ。信じられないのなら、彼の持ち物をチェックしてみれば?」
そして真っ先に、見ていた一人が彼に近寄って、身体を調べた。と、
「やはり犯人はあなただったのね。あなたの今思ったことはこうだわ。注射器を持っているあなたは嘉陽に近寄って、自分のポケットの中にでも隠し持っているそれを、さも嘉陽のポケットから取り出したように見せる、ですよね?あなたが検分のために近づいたとき、注射針を彼女に...。間違いはな〜い?浅口警部補」
浅口はしばらく氷のように固まっていたが、しばらくして落ち着きを取り戻して言った。
「ば、莫迦な。私が?はぁ、どうやって。どうやって私が紅茶に毒を混入できたのですか?私は殺人が起こったときは、警察署にいたんですよ?それをどうやって。フッ、私にはできません。そんなマネ」
「紅茶は昨日届いたの。昨日私は嘉陽と出かけていて、家を空けていたわ。そして帰ってきて、荷物に気づいた。恐らくその荷物を運んできたのはあなただったのでしょう。まあ、荷物のサインを見れば分かるでしょうね、筆跡。あなたはそこまで目が行かないと思って気にしなかったんでしょうが、裏目に出たってことよ」
「しかし、ケーキはどうなんですか?あなたさっき、ケーキには解毒剤が入っていたと言ったが、いつ私がケーキに解毒剤を仕込む時間があるんです?」
「簡単よ。ケーキにはもともと紅茶に入れた毒を中和させる解毒剤の役割をするものが入っていた、ただそれだけ。あなたがそれに合わせて毒を手に入れたのでしょう。まあ恐らく毒は、スーパーでも薬局でも簡単に手に入るようなものだったと思うわ。そうして宅配になりすまして、上手く事件の下準備をした。パーティーについては、嘉陽から聞いたんでしょう?」
と嘉陽にも聞こえるように言うと、彼から返事があり、
「ええ、一昨日彼にダージリンの紅茶とフランスのケーキが届いて、お嬢様のパーティーをするから来ないかと。他にもお嬢様の友達が何人か来るということも伝えました。しかし浅口君、君は来ないと言った」
「ええ、もちろんそのとき彼の頭には、殺人計画という言葉がよぎった。そして私の友人に明がいることを確認し、実行した」
「フンッ、もしそうだとしても私はやってない。だいたい、注射器だって私が使うために...」
「いい加減にしなさい、あなたは注射器以外にも失態を犯しているの」
浅口は顔色を変え、
「何っ」
と短く吐き落とす。
「あなた、確か来てすぐこんなことを言ったわ。『どこに毒が仕込まれていたかは胃の内容物を調べてみないと分かりませんね』と言っていたわね?」
「そんなことを言った気もするが、それがどうしたっていうんだ」
「考えてみなさいよ、あなたが来たときにはすでにテーブルの上は片付けられていて、ケーキも紅茶もなかった。なのにあなたはまるで、毒は食べ物や飲み物に含まれていたかのように振舞ったわ。その理由は簡単。紅茶に毒を混入したのは他ならぬあなただからよ、浅口警部補。しかもケーキに毒が云々という発言を小本君がしたのは、あなたの発言の後よ。さあ、これでもあなたは自分が犯人じゃないと言い張り続けるのかしら」
すると彼はまるで魂が全て抜け落ちたように座り込んで語り始めた。
「あいつが悪いんだ。二股なんて真っ赤な嘘だ‼︎ほんとは彼女があの男を好きになったんだ。そう、俺を振ってでもあの女はあの男を、小本を...。ううっ、うあああああっ‼︎あいつがあ、あいつがあ‼︎」
彼の泣き噦る声は高い天井に響き渡った。彼の声は嫌に余韻を残す声であった。こうして『ティーパーティー殺人事件』は幕を閉じたのである。彼が自分のやりきれなさで流した涙とともに滴り落ちるようにして......
「はい、カットぉ。お前ら、即興劇にしてはクオリティが高すぎるだろう」
「やめてくださいよ〜、監督〜。そんな上手くないですよ〜」
すると小本役の男が言った。
「いや、グダグダだったぜ。まあ振子さんだから仕方ねえか」
「難波川君に言われたくないわよ」
「あっはははは。まあまあ。でも、執事役は笑っちゃったなあ、だってまんまじゃん。嘉陽さんの職業執事だし、それに振子さんはリアルお嬢様だし。ていうか、俺はまあチャラい役が似合うと思ったんだけどなぁ、どうなんだろう?」
すると監督が、
「悪くなかったぞ、まさに迫真の演技。恋人を亡くした哀しい男。んーっ、良い画だ」
と一人納得したように頷きを繰り返していた。
「まあとにかく、他のやつも迫真の演技だったぜ、さすが劇団たんぽぽ」
「あっ、今皆を皮肉ったわね?」
「知らねえよ。じゃそろそろ終わろうぜ、今日のところは。なあ監督」
と返答を誤魔化した。
「まっ、今日は終わりだ。明日は脚本が出来上がるから読み合わせをしようと思う。それじゃ、さようなら」
と彼が手を振ると、全員が揃って、「さようなら」と返した。
帰り際、難波川と振子が話していた。
「嘉陽、今日の晩餐は何があるの?」
「えっとですね、A5ランクの三重・松阪から産地直送の黒毛和牛を用いたステーキ、もしくはその牛肉を使用したハンバーグがございますがどちらになさいますか?」
すると彼女は首を傾げ、
「どちらも頂こうかしら。というのは冗談で、私はステーキがいいわ」
「さすがお嬢様。俺はここ三日間はコンビニ弁当なんだぞ‼︎おまけに今日はカップ麺というオチさ。全く...、俺と振子さんのこの差は何⁉︎」
すると彼女は難波川を嘲るように「フッ」と笑い、
「日頃の行いせいね」
と一言だけ言って、逃げるようにして車を止めている駐車場へ向かっていった。
「なっ‼︎日頃の行いってなんですか〜っ⁉︎あともうひとつ、粋な計らいって何なんですか〜っ⁉︎ったく、教えてくれたっていいじゃねえかよ」
と彼は吐き捨てるように言って家路を急いだのだった。空は夕焼け色に染まっていた。恐らく明日は晴れるであろう...
どうでしたか、やはりぎこちないものでしたでしょうが、ご拝読誠に有難う御座いました。前書きでもお伝え致しましたが、御簾間振子が難波川清也や執事の嘉陽とともに事件を解いてゆくこのストーリーをシリーズ化していきたいと思っております。
さて、ここでガラッと話は変わりますが、叙述トリックについてです。今回、実は劇中劇であったというオチ。実は作品の中でも『役』という言葉を使ったり、『宝ジェンヌの息子』であったりしています。そして何よりも最大は"御簾間振子最初の事件"だというのに、彼女はかなり慣れた手つきで事件を解いてゆくところですよね。まぁこのように少し思わせぶりな表現は含まれておりました。決して100点であるなどとは言えませんが、再度ご拝読のお礼をさせていただきます。最後になりましたが、感想又はダメ出しをどんどん受け付けております。特にダメ出しなどは今後の作品を作る上で大いに参考にさせていただきますので宜しくお願い致します。
平成30年7月 難波川清也