6話 怖いし、恥ずかしいからその笑顔はやめてください。
「どうして⋯⋯どうしてアイツなのよ!? なんでいつも⋯⋯いつも姫香は私の大切なモノを奪っていくの!?」
聞こえてきた怒声。
そのただならぬ声に俺は少したじろぐ。
「いやダメだ、はやく行かないと⋯⋯!」
あと数歩あるけば彼女らがいる校舎裏に着く。
「⋯⋯」
一歩ずつ、一歩ずつ着実に近づいていく。
その間も彼女達のやりとりが聞こえてきた。
「⋯⋯どうして?どうして殴ったりするの⋯⋯沙希ちゃん?」
「私にだって⋯⋯私にだってわかんないわよ! ホントは姫香にこんな事したくないのに! ⋯⋯でももう限界なの!」
また一歩、近づいていく。
「沙希ちゃんはさ、高校に入って変わったよね⋯⋯前よりももっと可愛くなって、性格も明るくなって⋯⋯ほんとに、ほんとに変わったよね」
「だから何!? 姫香は、アンタはそうやって私の事バカにしてたんでしょ! 無駄な努力しちゃって可愛そうって!」
「ちがっ、私そんな意味で言ったわけじゃ」
「もういい聞きたくない! 黙ってよ!」
「いやっ⋯⋯!」
彼女が再び手を振り上げる。
が、
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
「⋯⋯きゃっ!?」
間一髪。
彼女がその手を振り下ろすより前に、俺の全力タックルがきまった。
*
「ほんっとにごめん! 姫香!」
場所は変わって、俺たち3人は今図書館にいる。
ぐちょぐちょに濡れた制服に変わり、体操服に着替えた。
⋯⋯そういや前もこんな事あったっけ?
結局、体操服返してもらえなかったなぁ⋯⋯
「そ、そんな謝らないでいいよ沙希ちゃん! 私も悪かったし⋯⋯最近ずっと距離置かれてるような気がして⋯⋯私に何か原因があったんだよね?」
その後、何か林王さんが誤解をしているようだったので、俺と伊花さんとの関係を説明した。
彼女の要望もあり、自殺云々のところはごまかしながら。
ただ、その時彼女が『な、なんだ⋯⋯じゃあ2人は付き合ってるわけじゃないんだ⋯⋯』となぜか安心しきった顔で言っていたのが気になった。
あれか、自分の親友がこんな奴と付き合ってなくてよかったとかそういう事か⋯⋯
⋯⋯やめよう、悲しくなってきた。
「⋯⋯私さ、姫香の事がずっとずっと羨ましかったの、私にはないもの全部持ってるから、それが憎くて⋯⋯」
「ううん⋯⋯そんな事ないよ、沙希ちゃんこそ私にはないものいっぱい持ってる」
伊花さんがそう言うと。
「⋯⋯あははっ!」
彼女は大きく椅子にもたれ、笑った後にこう言った。
「あーあ! やっぱ姫香には敵わないなぁ」
「え? どういうある?」
「姫香は優しいねって事。そんなに可愛いのによく私みたいに性格ひん曲がったりしないよね」
⋯⋯いや、林王さん。
この人の性格、ひん曲がってるどころかもうポッキリ折れてますよ。
少しの沈黙の後、微笑みながら林王さんが口を開いた。
「ねぇ姫香、あんな事した後で都合いいかもだけど⋯⋯私と仲直り、してくれない?」
すると伊花さんは満面の笑みで、
「うん! もちろん!」
そう、答えた。
*
「じゃあ私は先に教室に行っとくから、後で姫香とアンタも遅れないようにちゃんと来なよ」
「うん、わかった」
「あ、はい⋯⋯」
あの女王、林王さんにこんなフレンドリーな感じで話される日がくるとは⋯⋯
「それじゃ!」
「あっ、待って沙希ちゃん!」
「ん、何?」
「えーとねぇ⋯⋯」
伊花さんが彼女を呼び止め、耳元で何かを囁いた。
すると林王さんはみるみる顔を赤くし、こう叫ぶように言って走り去っていった。
「そそ、そんなんじゃないから! もう! やっぱ姫香のこと嫌い!」
「⋯⋯姫香さん⋯⋯?何を言ったんですか?」
「ゆうくんは知らなくていいことだよ♪」
「ひっ⋯⋯そ、そうですか」
その笑顔めちゃくちゃ怖いからやめてくれませんかね⋯⋯
「⋯⋯ねぇゆうくん」
「なんですか?」
「ありがとね、私を助けてくれて。凄く⋯⋯かっこよかったよ」
「えっ、あっ⋯⋯あ、あぁ⋯⋯ど、どうも⋯⋯」
そう言って優しく微笑み、俺の事を真っ直ぐ見てくる彼女。
俺はなんだかものすごく恥ずかしくて、彼女の事をまともに見ることができなかった。
*
何よ姫香⋯⋯
『私と沙希ちゃんでゆうくんの取り合いだね』なんて⋯⋯
「私に勝ち目なんてあるのかなぁ⋯⋯」
机の横にかけてある手さげから彼の体操服を取り出す。
「これを使えば...ちょっとは有利になるかも⋯⋯」
「沙希ーー! 次移動教室だよー、早く行こー」
クラスメイトに突然声をかけられ、慌てて体操服を手さげにしまう。
「わ、わかったー、今行くー!」
⋯⋯やっぱり、これを彼に返すのはやめておこう。
だってそうじゃないと姫香に対して不公平だから。
「待ってなさい姫香⋯⋯もう今までの私じゃないの、絶対に、ぜーーーったいに、彼を落としてみせるわ」