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2話 ピンチとは唐突に訪れるからピンチと言うのだ。


ピリリリリリリ、ピリリリリリリ


「いやそこは2の選択肢の方が菜々ちゃんの好感度上がるから! ⋯⋯って、ん? ⋯⋯も、もう朝か⋯⋯」


 昨日発売された超人気作のギャルゲーの続編を夜通しやり続けた俺はほんの少しの休憩のつもりでベットに入ったら中途半端な時間にそのまま寝てしまった。


 なんとも言えない不快感を抱きながら、目覚ましを止め時計を確認する。


「6時30分⋯⋯まだあと30分ぐらい寝れるな」


「ダメだよゆうくん、学校に遅刻しちゃうよ」


「分かってる分かってる、ちょっとぐらいだいじょ⋯⋯ん?」


「ほらゆうくん、早く起きて一緒に学校に行こ?」


「な、なんで伊花さんが俺の家にいるんだよ!?」


 いやホントに怖ぇよ、俺、彼女に住所とか教えた事ないんですけど⋯⋯

 というか戸締り昨日ちゃんとしたし、教えてたとしても入ってこれないだろ!


「え?もうやだなぁ⋯⋯分かってるくせに⋯⋯」


「いやすみません、全然分からないです」


「それはね⋯⋯ゆうくんが将来私の夫になった時の予行練習をしようと思って⋯⋯きゃっ、言っちゃった!」


「いや、そういう話じゃなくてですね⋯⋯まずどうやって俺の家の場所を知ったんですか?」


「うーんとね、昨日駅前のゲーム屋から嬉しそうな顔をして出てきたゆうくんを見かけて、そのままゆうくんが家に帰るまで後を付いて行ったの」


「ははっ⋯⋯そうなんですかぁ⋯⋯面白いなぁ⋯⋯」


 メンヘラ、ヤンデレ、妄想癖に更にストーカー気質まで加わってしまったのか...



「⋯⋯ねぇ⋯⋯そんな事よりゆうくん」


「へ?」


 彼女は急に口調を恐ろしく冷たいものに変えた。

 顔からは表現の一切が消えていく。


「さっき叫んでた菜々ちゃんって、誰?」


 場が凍りつく、その表現がこれほどまでにぴったり合う状況は無いだろう。

 彼女から放たれたその冷徹な一言によって俺は完璧に硬直してしまった。


「ねぇ、誰なの、ねぇってば?」


「あ、そ、その⋯⋯菜々ちゃんというのは俺が昨日買ってきたゲームの中の登場人物ででしてね、まぁだから⋯⋯現実にはいないので⋯⋯その、なんと言いますか⋯⋯」


「ゲーム?あぁ、ゆうくんの机の上にあるあのディスクの事?」


 すると彼女は俺の机まで歩き、それを手に取った。


「な、何を?」


「ゆうくんを惑わす奴がいるならたとえそれがゲームの登場人物でも消さなきゃ⋯⋯」


 そう言うと彼女はディスクの両端を両手で持ち、力を加え始めた。


「な!? や、やめて! 割らないで! お願いします!」


「ゆうくんゆうくんゆうくん⋯⋯ゆうくんは私さえいればいいの⋯⋯」


「ホホホホホントに! それ初回限定版で2万円もしたんです! なんでもするから割らないでください!」


「ゆうくんゆうくんゆうくん⋯⋯えっ、なんでも?ホントになんでもしてくれるの?」


「あっ、いや...今のは言葉のあやと言いますか...」


 し、しまった、完璧にやらかしてしまった。

 勢いでなんでもするなんて言ってしまったが⋯⋯彼女の事だから絶対まともじゃない事を頼むに決まってる。


「なんでもかぁ⋯⋯結婚して子供産むのは確定事項だし⋯⋯」


「お願いだから人の話を聞いて!」


「あ、そうだ! ゆうくん私のこと伊花さんってしか呼んでくれないから、これからは姫香ってよんでくれないかな? できれば愛してるもセットで今すぐ言って欲しいな! というか言って」


 あれ?意外と普通だな、こうなんかもっとエグいこと要求されると思ったんだけど...


「そんな事でいいなら⋯⋯ひ、姫香⋯⋯アイシテルヨ⋯⋯」


 だが実際に言ってみるとかなりくるものがある。

 何度も言うけど外見だけは憧れの伊花さんそのものもなのだ、そもそも長年のボッチ生活のせいで名前を、それも呼び捨てで呼ぶ男の友達すらいないのだ。


 それをいきなり何度も言うが外見だけは憧れの伊花さの事を姫香などと呼ぶのは恥ずかしすぎる。



 ちなみに彼女といえば、顔を真っ赤にして、目を大きく開いてこちらを見ていた。



「ゆうくん⋯⋯! うん! 私も愛してる!」



バキッ



「「あっ」」



 勢い余って彼女はディスクを割ってしまった。

 無惨にもそこに描かれたヒロインの菜々の顔が真っ二つになって地面に転がっていった。



「あぁっ、あっ⋯⋯」


「ご、ごめんなさい⋯⋯」


 結局、俺の一夜の努力の結晶と1万円は彼女の手によって葬りさられることになった。




「ごめんなさいゆうくん⋯⋯お金は勿論返すから、私を捨てないで⋯⋯お願い⋯⋯」


「あーうん、別にもう気にしてないから大丈夫ですよ」


「⋯⋯ホントに? ゆうくん、私の事怒ったりしない?」


「怒ったりなんてしませんよ。しませんからそのかわりもう少し離れて歩きませんか?」


 その後、お母さんになぜ彼女がここにいるのかを問いただしてみた所、

 『あんな可愛い子が優斗を起こしにきたなんて言うからそんなのあげるに決まってるじゃない!』と、さも俺がおかしいと言わんばかりの勢いで言い放った。


 ちなみに今は2人で登校途中だ。


「⋯⋯ホントにゆうくんは優しいよね」


「ハハハ、そんな事ないですよ」


 もし今ここで俺が怒りでもしたらまた彼女が自殺しかねないしな。

 ここは我慢だ。感情を押し殺しすぎてさっきから若干言葉が棒になってる気がする⋯⋯


「ふぅ⋯⋯」


 彼女を更生させる事を誓ったあの日からはや3日が経ったが、進展は⋯⋯未だなし。というか今朝の事といいむしろ悪化してしまってる気がする⋯⋯


「ねぇゆうくん、ゆうくんはなんで私と喋る時敬語なの? 我儘言えばもっと気軽に貴方と話しをしたいんだけど...」


「え?うーん、まぁ伊花⋯⋯姫香が俺の憧れだったから、ですかね。ほら、憧れてた人とかにいきなりタメ口とか無理ですし」


「そっか、幻滅したよね? 私、こんなんで」


「別にそういうことは全然ないですよ。ただ、少し意外だったってぐらいで」


「そう⋯⋯? じゃあさ、少しずつでもいいから敬語、直してね」


「あぁ、わかった、頑張ってみま⋯⋯みるよ」


 だが、彼女と一緒にすごしたこの1ヶ月の間にわかった事もある。

 どうゆう条件かは定かではないが、不定期的に俺の前で元の自分に戻り、まともに話せるようになるのである。ちょうど今の彼女みたいに。


「じゃあ早速親睦を深めるという意味も込めて...恋人繋ぎ、しよっか!」


 そういうと彼女は俺の手を掴みガッチリとホールドした。


「ちょっ⋯⋯! 周りの人も見てるし!あ、あと胸が腕にあたってるんですけど⋯⋯!」


「ふふっ、あててるの」


 あーーーーもう、ダメだ!正常に戻った伊花さんは破壊力が強すぎる!

 あぁ、もういっそこのまま彼女と結ばれてもいいんじゃ⋯⋯


 そんなバカな事を考えた次の瞬間。


「あっれぇ? 姫香?」


 後ろから声がかかった。

 俺はその声に聞き覚えがある、やたら勝ち気でどこか人を見下したような、そんな声。


 俺のクラスである2Bの女王、林王沙希だ。


 彼女の顔を見るやいなや伊花さんはパッと俺の腕を離しみるみる顔を青ざめていく。


「さ、沙希ちゃん!? どうして? 今日は電車じゃなくてバスで行くんじゃ⋯⋯」


「いやそんなのどうでもいいからさ。姫香、アンタ今日は家の用事で遅れるから先に行っておいてって昨日言ってたわよね?」


「あのっ、その、違くて⋯⋯!」


「なにが? いーよいーよ、その用事とやらは家の都合なんて全く関係なくて、そこの冴えない顔した彼氏といちゃいちゃする用事なんだよね? その為に私に嘘までついたんだ?」


「ち、違うの! ご、ごめんなさい⋯⋯!」


 ここで『彼女は悪くない! 悪いのは俺だ!』と言えたならどれだけカッコ良かっただろうか。


 勿論俺はそんな事を女王様に対して言える器なんかもってない。


「⋯⋯っ」


 俺はただ、目に涙をうかべて今にも泣き出しそうな彼女を黙って見ているしかなかった。

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