19話 生まれ変わったら何になりたい?
「ごめんね、無理言っちゃって」
「あ、まぁ⋯⋯なにか事情があるんでしょうし」
俺は姫香さんの彼氏でもないからわざわざ家まで送って行かなきゃいけない義務はない。
故に、次の駅で降りて引き返そうかとも考えたが、結局なし崩し的に彼女が降りる駅まできてしまった。
「あっ、あの川俺の住んでるところにも流れてますよ」
「そっか、ゆうくんが住んでるところ私のところより下流の方にあるもんね」
にしてもこの土手道ほんとに暗いな。
外灯も一応あるけど、数十メートルおきに置かれてるぐらいで意味をなしてるのかはいささか怪しいところだ。
遠くにぼんやりと映る街の明かりと、月の明かりが合辺りを照らしてくれてるお陰で割と遠くまでは見えるが。
「いつもこの土手道通ってるんですか?」
「んー⋯⋯いつも使ってる道が工事してて、代用の道って感じかな」
「親とかは迎えにきてくれないんですか?」
「⋯⋯私の家、共働きだから」
マジかよ⋯⋯
正直この夜道を女の子一人で歩かせるなんて正気の沙汰とは思えない。
こんなんじゃ何かあっても助けすら呼べないじゃないか。
「でもこうしてゆうくんと2人で歩いてると心強いよ、流石に私も怖くって⋯⋯」
「あぁ、なんだそういう事だったんですか。早く言ってくださいよ、そういう理由なら勿論一緒に帰りますから」
鳴海が言ってた様子が変ってこれが原因だったんだろうか。
「⋯⋯理由がないと私とは一緒に⋯⋯帰れないの?」
「⋯⋯っ」
――まただ。
おかしい、いつものあのワザとやってんじゃないかと思わせる程のメンヘラな発言とは全く違う。
こちらの心臓を直接掴んでくるような、そんな切なさがひしひしと伝わってくる。
「無くても⋯⋯別に理由なんかなくても一緒に帰れますよ。というかむしろあの姫香さんと一緒に帰れるんですから願ったり叶ったりですよ」
「⋯⋯そっか⋯⋯良かった」
ポツリ、
彼女は何かを最後に呟いた。
川の流れる音が遮り、俺の鼓膜ににその言葉の振動がが全て正確に伝わることはなかった。
「⋯⋯ゆうくんはさ、もし生まれ変わったら何になりたい?」
「? なんですか突然?」
「⋯⋯なんでも、それで何になりたい?」
突拍子も無いこと聞いてくるな。
まぁ彼女のそういうところは前々から変わってないが。
「そうですね⋯⋯まぁ、友達が作れる人⋯⋯ですかね」
「⋯⋯ぷっ、なにそれ面白いっ」
「言わせといてそれですか⋯⋯」
「あっ、ごめんねゆうくん! そういうつもりじゃないの!」
よくも俺の純粋な思いを⋯⋯
「⋯⋯じゃあそういう姫香さんは何になりたいんですか?」
「私? うーん⋯⋯」
そこからが長かった。
彼女は、ずっと顎に手をやり、眉間にしわを寄せ歩きながら考え続けた。
俺はそんな彼女を数歩後ろを歩き、返ってくる答えを待っている。
まさかこんなありきたりな質問でここまで悩む人がいるなんて⋯⋯
「⋯⋯よいしょっ」
俺は手持ちぶたさから、下に転がっていた石を拾い、川に投げた。
『ぽちょんっ』という音と共に、小さな水の波紋ができ、広がっていく。
「何にもなりたくない、かな」
気づけば、彼女は歩みを止め俺の方に振り返っていた。
「はぁ⋯⋯? なんですかそれ、全くもって意味がわからないんですけど⋯⋯」
本当に謎だ。
満面の笑みでそんな事言われても反応に困だちゃうだろ。
「なんだろ⋯⋯私にも分かんないや」
彼女はそう言うと、足元にあった石を拾い上げ、俺と同じように川へと投げた。
*
「それじゃあ今日はありがとうね、ゆうくん」
「それじゃ」
玄関の鍵を開け彼女が家の中に入っていくのを見届けた俺は、回れ右をし、帰路につこうとしていた。
「割とでかめな家だな、俺の家の1.3倍ぐらいはある」
今日の姫香さんはやはりどこか変だった。
いやいつも変なんだけど、逆に360度回って正常っぽかったからそれが俺には変に感じた。
⋯⋯ん? 360度回ったら一緒じゃないか?
「⋯⋯鳴海に一応報告しといてやるか、明日絡まれても面倒だし」
『俺も姫香さんの様子ちょっと変だとは思うけど、気にするほどでもないんじゃないか』
およそそんな事を書き、送信ボタンを押す。
「あっ、やべ、これあのメガネ野郎のアカウントじゃねぇか⋯⋯」
するとその刹那、
ピロリンッ
暗がりの住宅街に、スマホの着信音が鳴り響いた。
「⋯⋯え?」
偶然か?
心拍数が跳ね上がる。
いつものやたら距離が近い姫香さんに対するそれではない、なにか違う種類のものだ。
「ごくっ⋯⋯」
着信音がした塀の曲がり角へと歩みを進める。
一歩、また一歩と近くのに比例してさらに心臓の鼓動も高鳴っていく。
「おいクソメガネっ」
そこにいたのは――
「くぇ? いや⋯⋯もう飲めないですよ部長ぉ⋯⋯」
あのクソメガネではなく、ただの酔いつぶれた中年サラリーマンだった。
見れば、その手にスマホを握っている。
「ういっ⋯⋯流石にもう3軒目は無理ですよぉ⋯⋯ういっ」
「⋯⋯死ね」
「死ねだなんて酷いですよぉ〜部長ぉ⋯⋯確かにこないだ発注ミスしちゃいましたけどぉ⋯⋯」
コイツの髪の毛一本ぐらい抜いてやろうかと思ったがなんとか堪え、俺はあのメガネに送ったメッセを取り消し、鳴海へと送り直した。




