16話 悪夢の始まり。
テスト明けの土曜日って物凄く興奮するよな。
全ての呪縛から解放された感じがなんとも言い難い快楽を与えてくれる。
まぁ月曜日からテスト返却という名の悪魔が始まるので、それまでの快楽だが。
「武本はテストどうだった?」
「俺か? 自分的にはできたけど周りもできてる風だったからあんま自信ないかな」
「えぇ!?」
「何だその顔? 時々変な顔するよな、木枯」
そんな⋯⋯俺全然出来なかったんですけど⋯⋯
特に物理とか何なのあれ? 音波と振動とか求めてどうするんだよ、ふざけんな。
「あれぇ? その反応は木枯君できなかったって感じですね?」
「ちちちちち違ぇよ! そういう鳴海はどうなんだよ?」
「ふっふーん、私を誰だと思ってるんですか? 滝海高校の首席合格者ですよ?」
「えぇ!?」
「いやだからその顔なに?」
コイツそんなに頭良かったのか⋯⋯確か首席合格は学費免除だった筈⋯⋯だからコイツ貧乏なのに私立にいんのか。
「そんな事より武本君! バイトは交通費も出るんですか?」
「えっ、あっ⋯⋯勿論⋯⋯でる、ぞ⋯⋯」
こっち見んな武本。
いや気持ちはわかるが。
「⋯⋯何ですかさっきから武本君? 人と喋る時はその人の目を見て喋ってくれませんか?」
「いやっ、ち、近い⋯⋯」
「鳴海、やめて差し上げろ」
武本の喫茶店でのバイト初日。
人の通りがまばらな商店街を俺と鳴海は武本の誘導の元、歩いていた。
「木枯君、なんか私武本君に避けられてないですか?」
「いや、そういう事ではないと思うぞ」
鳴海がバイトに参加するのを何としてでも阻止しようと思っていたのだが、コイツの家庭の事情を知ってしまってはもうそんな事は出来なかった。
「ほら、ここだぞ」
俺たちの数歩ほど前方を歩いていた武本がその歩みを止め、指をさした。
「うわー⋯⋯オシャンティだな」
そこにはカジュアルな雰囲気を醸し出した如何にもなカフェが建っていた。
インキャボッチには一生縁がない感じの店を前にして少したじろいでしまう。
「こういう所には縁がなさそうですよね、木枯君」
「人の心の声を読むな、あとお前失礼すぎるだろ」
本当にコイツは⋯⋯あぁ武本にこういう奴だって言えればなぁ⋯⋯
*
「おー、よく来てくれたねー! 平次郎から聞いてるよ。えーと木枯君に⋯⋯鳴海ちゃんね」
「よろしくお願いします」「よろしくです」
店に入った俺たちはカウンターの奥の事務室に行き、店長、もとい武本のお父さんに挨拶をしていた。
ガタイのいい武本とは対照的に細身で、口にヒゲを生やし、眼鏡をかけ知的な感じが漂うおじさんだ。
「それじゃ早速今日から頼むよ。制服は更衣室にもう用意してあるから」
タバコとライターをポケットから取り出して、笑顔でこちらを見ながらそう言った。
「えっ、でも研修とか⋯⋯」
「あー大丈夫大丈夫! 客全然こないから! たまに来る客も冷やかし同然のクソ老人しか来ないから、接客とか適当でいいから! はっはっはっ!」
タバコを咥えながら机を叩いて大爆笑を始めるおじさん。
「木枯君⋯⋯私少し心配になって来ました」
「あぁ⋯⋯初めてお前の考えに同意したわ」
*
「武本。暇だな、おい」
「まぁウチはいつもこんな感じだからなぁ⋯⋯」
それから数時間が経った。
カラスの鳴き声が何処からか聞こえ、夕日が店内に差し込む。
「ツモ! 字一色ぉ!」
「ツーイーソぉぉぉ!? まさかそんな⋯⋯ホントだ
。やるな鳴海ちゃん⋯⋯こんな点差つけられたの初めてだよ⋯⋯」
「ふふーん、小さい頃クソ親父によく雀荘連れていかれてましたから。まぁおじさんも少しは強かったですよ」
「悔しいなぁ⋯⋯」
「もう一回やりますか?」
「⋯⋯いや、もういいよ⋯⋯何回回連続で負けてるかわかんないしね⋯⋯」
「麻雀やってんじゃねぇぇぇぇ! その駒全部撒き散らすぞ!」
カウンターを叩き、怒声を放つ。
「なっ、や、やめてください木枯君! それに麻雀は駒じゃなくて牌です!」
「どぉでもええわ!」
確かにバイトが始まって最初の内は彼女も真面目にやっていた。
だが1時間ぐらい過ぎた頃ぐらいからそわそわし始め、店の端に置いてあった麻雀を見つけた彼女は、それからもうかれこれ数時間おじさんと麻雀をしていた。
「⋯⋯なぁ木枯、俺麻雀やろうかな」
「やめろ、ここが雀荘になる未来が見えるから」
大体土曜日だっていうのに客一人も来なかったぞ、どうなってんだこの店?
「これちゃんと給料支払われんの?」
「まぁこのカフェは父さんの副業だから。そこらへんは安心してくれ」
「あぁそういう⋯⋯本業は何してんの?」
「不動産」
「なら安心だな、うん」
下がり始めていた俺のおじさんに対する評価が上昇し始めた。
「木枯君、鳴海ちゃん、とりあえず今日はこのぐらいで上がるかい?」
「あ、はい、それじゃあ」
「わかりましたー、お疲れ様です。また今度、麻雀、打ちましょうね」
「⋯⋯いやそれはいいから」
*
「大丈夫かな、マジで⋯⋯」
数十メートルおきに街灯がポツリポツリと置いてあるだけの暗い夜道。
普段こんな時間に駅から家までのこの道を歩くことはないので、心に少し怖さが残る。
「まぁあんなんで時給1000円貰えんならいいんだけどさ⋯⋯」
ただ貰っていいのかという罪悪感さえ感じるほど本当に今日は何もしてない。
ただルールも全然わからない麻雀を観戦してただけだ。
「⋯⋯ん? 家の前に誰かいる?」
薄暗い住宅街をバックにしてシルエットが浮かび上がっていた。
そこそこ距離が開いているのでその人が男か女なのかも判然としない。
「あ、走ってった⋯⋯何してたんだろ⋯⋯」
その時の俺は特に気にすることなく、走っていくソイツを追いかける事もしなかった。
⋯⋯だが、それがすべての間違いだった。
「ただいまー」
「あっお兄ちゃん! ちょっと来て!」
「ちよっ!? なにっ!?」
家に入るやいなや、日葉里が何やら慌てた様子で俺を引っ張って二階の俺の部屋へと連れていった。
「あ、優斗」
そこには親父と母親が神妙な顔で話し合っていた。
「なんだよ? なんかあったの?」
「優斗⋯⋯これ⋯⋯」
「なになに⋯⋯」
一瞬、自分の目を疑った。
「⋯⋯は? 何これ?」
ベットの上に、大きめの石とバラバラになった窓ガラスが散乱していた。
「これ、石にまかれたんだけど⋯⋯」
そう言って母親は、俺に手の平サイズの紙を渡して来た。
「殺す⋯⋯」
そこに書かれていたのはたった2文字の言葉。
だが、俺を恐怖のどん底に突き落とすのには十分すぎるものだった。
「⋯⋯っ」
顔から垂れる冷や汗がしばらく止まらなかった。




