14話 弱みを握る。
「おい鳴海ー、この2限目の放課までにプリント職員室の提出ボックスに入れといてくれー」
「はーい、分かりました先生っ」
「⋯⋯ちっ」
甘ったるい猫なで声出しやがってアイツ⋯⋯
あれに騙されて40人の若き戦士達が犬死にしていったのか⋯⋯
「⋯⋯? スマホに着信? なんだ珍しいな、アマゾンからか?」
見ると、通知画面にはただこう一言、
『代わりに持って行ってください』
と、そう表示されていた。
勿論アイツから。
「拒否権は⋯⋯ないよな⋯⋯」
そして、それからというものの。
『喉が渇いたのでゴム手袋つけて自販機にいちごオレ買いに行ってください、お金はそちらで』
『英語の課題忘れたのでゴム手袋つけてやっといてください』
『姫香っちに近づくな、締めるぞ』
『ねぇゆうくん、なんでここ最近私の事避けるの?』
『あっ、数学の課題も忘れたのでゴム手袋つけてやっといてください』
『廊下にあるロッカーに世界史の教科書をゴム手袋つけて取ってきてください。あ、廊下にあるロッカーってなんか面白いですね』
『だから姫香っちに近づくな、殺るぞ』
『ねぇなんで避けるの⋯⋯ねぇ⋯⋯』
『購買にパンをゴム手袋つけて買ってきてください、お金はそちらで』
『一人で便所飯でもしててください、絶対に屋上にはいかないように』
『おい、姫香っちに近づくんじゃねぇ、頭引っこ抜くぞ』
『ねぇ⋯⋯ねぇ⋯⋯ねぇねぇねぇ、私もう耐えられないよ⋯⋯ゆうくん、避けたりしないでよ⋯⋯ねぇ⋯⋯ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ』
「⋯⋯」
メールの着信履歴を確認する。
その行為でここまで気が滅入る時が来るとは⋯⋯
「飯まずいな、やっぱ」
便所飯なんていつぶりだろうか。
少なくとも姫香さんと出会ってからは一度もないな。
「⋯⋯また着信だ⋯⋯」
『私の代わりにゴム手袋付けてトイレ行ってください』
「⋯⋯何言ってんだコイツ、気でも触れてんのか?」
アイツがバイトにもし来たら俺、辞退しようかな⋯⋯あぁでも時給1000円も捨てがたいなぁ⋯⋯
「あっゆうくんっ、見つけたー」
「ん?」
なんだ⋯⋯ついに幻聴まで聞こえるようになったのか⋯⋯
「そっち行くねー」
⋯⋯やけにリアルな幻聴だな⋯⋯
「よいしょ、うんしょ⋯⋯」
上から聞こえてくる⋯⋯?
「⋯⋯ひっ!? ひ、姫香ひゃん!?」
見上げると、隣の個室との壁をよじ登って今まさにこちらち降りようときている姫香さんの姿があった。
「な、何してるんですか!? それに、パッ、ぱっ⋯⋯パンツが⋯⋯!」
「きゃっ!」「ふぐっ!」
すると姫香さんは足を滑らせ、俺の膝の上にダイナミックにダイブして来た。
彼女のなんとも豊満なお尻の圧と便座にはさまれ、俺の脚が悲鳴をあげる。
「⋯⋯っ!」
「ご、ごめんゆうくん。大丈夫?」
「⋯⋯大丈夫⋯⋯です」
近い。
彼女の顔が目の前にある。
少し俺が顔を動かせば彼女の唇に触れてしまいそうな、そんな距離。
お互い口を開かない時間がしばらく続いた。
「⋯⋯ねぇゆうくん。なにか、私いけない事したかな⋯⋯?」
先に口を開いたのは彼女の方。
「え? なんでそんな⋯⋯」
「だってゆうくん、私の事あからさまに避けてるから⋯⋯なにか私がしちゃったのかと思って⋯⋯嫌いになっちゃったのかなって⋯⋯」
彼女の顔は悲壮感に満ち溢れた、なんとも淋しそうな顔になっていた。
アイツに彼女に近づかないよう言われてたった2日しか経ってないが、彼女にとっては大きなダメージなんだろう。
「⋯⋯ずるいですよ、ホント」
そんな顔されたら適当にあしらう事も出来ないだろ⋯⋯
「なにが――」
そして俺は彼女の肩を掴んで、言いかけた言葉を遮るようにして。
「俺が姫香さんを嫌いになるなんて絶対にあり得ないですから、これは本当に。だから⋯⋯少し待っててくれませんか? 絶対に⋯⋯絶対になんとかしますんで。だからもうそんな顔しないでください」
彼女の目を見て、真剣な表情で。
「ゆうくんっ⋯⋯!」
すると彼女の表情は面白いように明るくなっていった。感情の起伏が激しい赤ちゃんみたいに。
「いでででで! ちょっ姫香さん強い! 抱きしめる力が強すぎます! 胸が当たって⋯⋯、胸がぁぁぁぁ」
彼女の抱擁は、童貞には少々刺激が強すぎる⋯⋯
*
「とは言ったものの⋯⋯どうすればいいんだろうか⋯⋯」
放課後。
俺は日葉里に頼まれたドックフードを駅前のショッピングモールまで買いに来ていた。
「考えられるのは⋯⋯逆に彼女の弱みを握るとか。それも物的証拠が無いといけない、俺の言葉なんて誰も信じないからな」
俺にも林王さんや姫香さんみたいな人望があればなぁ⋯⋯いますがにでもアイツはレズの頭おかしい奴だっていう話を流せるのに⋯⋯
「って噂をすればなんとやら⋯⋯鳴海の野郎じゃねぇか⋯⋯」
ドラックストアの入り口付近に彼女はいた。
何やら商品を物色してるようだけど⋯⋯
「触らぬ神に祟りなしってね⋯⋯さっさとドックフード買って帰る――」
瞬間、自分の目を疑った。
急いで彼女の元へと駆け寄る。
「おい、お前何してんの?」
「えっ? こ、木枯君⋯⋯?」
彼女のカバンへと突っ込んてでいる手を掴み、怒気を強めてそう放った。




