11話 オロロロロロロロロ!
「な、なんだこれは⋯⋯!?」
自分の下駄箱のロッカー開けて、その中に可愛らしい手紙が入ってたら男子高校生はどんな反応をするだろうか。
喜んだり、期待に胸を膨らませたり、顔を赤くしたり。
まま色々あると思うが、少なくともネガティブなベクトルがポジティブのそれより勝つという事はないだろう。
普通なら。
「あぁあ⋯⋯」
そして、今現在の俺の反応を説明しよう。
額からは冷や汗が絶え間なく溢れ出し、足が震え、文字通り開いた口が塞がらない状態。
およそポジティブとは取れない反応のオンパレードぉ!レパートリィ! バラエティ! エンドレスゥ!
「どうしたの優斗? めっちゃ足震えてるけど」
「はひっ!? あ⋯⋯りりりりりり林王さん、お、おおおはようございます」
「お、おはよう。大丈夫なの?」
「だ、大丈夫であります! そそ、それじゃあ俺今日日直なんで! アディオス!」
「あ、行っちゃった⋯⋯」
テンションがおかしいのが自分でもよくわかる。
「な、名前でさり気なく呼んでみたけど⋯⋯変に、思われなかったかな⋯⋯」
*
マズイぞ⋯⋯これは本当にマズイ事になった。
今まで平坦な人生しか過ごしてこなかったから、全くどう対処していいのか分からない。
例えるならばそうだな⋯⋯日本人の女性ですら落とした事ないのにいきなり言語が通じない外国人の姉ちゃんを口説き落とせといわれたみたいな⋯⋯
いや違う、なんだよその例え! とりあえず落ち着け、深呼吸だ深呼吸。
何かの見間違えという可能性もまだあるじゃないか!
「⋯⋯」
俺は僅かな期待を胸に抱き、先程持ってきた手紙を再度確認する。
「⋯⋯やっぱそうだよなぁ⋯⋯うん、分かってたよ」
だがその確認作業は俺を更に地獄の淵へと追いやるだけだった。
『鳴海なる』
中央にそう丸っこく可愛らしい字で書かれた手紙のを机に叩きつける。
後ついでに言うとバッチリ『木枯優斗さんへ』と隣に書かれてある。
「⋯⋯何故? どうしてこうなった⋯⋯いやもう違うよこれ⋯⋯」
どこの世界に恋愛相談してきた男の好きな奴からラブレターもらう奴がいるんだってばよ⋯⋯
「ははは⋯⋯ははっ⋯⋯」
今俺の顔は、プリキュアもびっくりの絶望顔になってる事だろう。
「ん? いや待てよ⋯⋯」
これ別にラブレターとは確定した訳ではなくないか?
ラブレターと見せかけたドッキリとか、果たし状とかその可能性だってある。
なんなら鳴海さんは実は宇宙人で、これは日本語ではない未知の言語で殺すとか死ねとかそういう旨の脅迫文が書いてある可能性も⋯⋯
「取り敢えず手紙の内容読んでみるか」
『拝啓 木枯優斗さんへ
放課後、B棟校舎裏で待ってます。
鳴海なるより』
うーん⋯⋯
これは⋯⋯白だな! うんうん白だよ!
「何もなかった。 俺は何も見なかったし聞かなかったって事にしておこう、鳴海さんには失礼だけどシカトして今日は帰るぞー!」
そうだよそうだよ、別に俺が放課後にそこへ行きさえしなければ何もなかったって事になるじゃないか。
なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ、俺!
「そうと決まればこれはゴミ置場に――」
「おはよう木枯! おっ、なんだ? ラブレターか? ハートのシールなんかはってあんじゃん! ヒュー、モテる男は辛いねぇ!」
その声はまさか⋯⋯
「うっ⋯⋯た、武本ぉおオロロロロロロロロ! おはよおロロロロロロ!」
「ちょっ! え、えぇ⋯⋯大丈夫か!? あとラブレターにめっちゃゲロかかってるぞ!」
「え? あぁこれはもう捨てる予定だから大丈夫ぉおろろろホロロロロロロロロ!」
「ど、どうしちまったんだよ⋯⋯木枯」
余程笑顔のままゲロを吐いてる俺が不思議に思ったのだろう、武本の顔は青ざめていた。
そして、俺の周りには黄色くなって帰ってきた朝ご飯と、女子からの黄色い声援⋯⋯もとい悲鳴だけが残った。
*
「はいHR終わり、テストも1週間前切ってるからお前らしっかり家で勉強してこいよ」
その先生の言葉を合図に、教室から次々と生徒達が出て行く。
結局あのあとゲロまみれになった手紙は捨てたが、モノは無くなっても鳴海さんから手紙を貰ったと言う事実そのものは残る訳で、
「木枯! 俺今日鳴海さんと喋れたぞ! 木枯のあの『取り敢えずなんでもいいから喋りかければ』って言うアドバイスのおかげだ! ありがとな!」
朝から武本の顔を見るたび胃が痛くなる。
「武本」
「? なんだ?」
「俺に精神攻撃するのはやめてくれ」
「え、何言ってんだ?」
「⋯⋯こっちの話」
早くこの場から逃げ出したい⋯⋯
「あ、それとさ、バイトの話なんだけど、今から俺の家のカフェまで一緒に行かないか?」
「ん? バイト?」
「忘れたのか? ほら、木枯が相談のってくれる代わりにバイト代上乗せして雇うって話。あれ、親にオッケーもらったから案内しようと思ったんだけど」
「⋯⋯あ、あー! それね!」
一連の出来事のせいですっかり頭からぶっ飛んでた。
「⋯⋯悪いけど今日は無理かな、ちょっと用事があるから⋯⋯」
「そうか、ならしょうがないな。じゃ、また明日な!」
「んっ、また明日⋯⋯ふぅ⋯⋯」
⋯⋯さて、勝負の時間だ。
色々考えた結果、やっぱり取り敢えず行ってみる事にしてみた。
理由を簡潔に述べれば、もし、万が一鳴海さんが俺に告白などしてきたらそれを武本の為にもスパッと断る必要があるから。
⋯⋯それとついでに俺の時給1000円のためにも。
「はぁ⋯⋯それじゃあ行きますか」
B棟校舎裏
「⋯⋯」
そういや先日もここで一騒ぎあったばっかだっけか。
⋯⋯林王さんと姫香さんってどんな過去があるんだろうなぁ⋯⋯結局俺なんも知らないまま問題解決みたいな感じになっちゃったし。
『私にはないもの全部持ってるから』
『私にはないものいっぱい持ってる』
二人のこのやり取りが引っかかるよなぁ⋯⋯俺から見りゃ二人とも完璧人間でないものなんて無いように見えるけど。
⋯⋯いや、姫香さんは別か。
あの人の場合無いものってよりは余分なもの持ってるパターンだけどな。
なっ⋯⋯ま、まさか林王さんは姫香さんのその余分な部分をリスペクトしてあんな事を言ったのか⋯⋯!?
「林王さんまであんな事になったら⋯⋯一体俺はどうなってしまうんだ⋯⋯」
「あ、来てくれたんですね。こないかと思ってました」
彼女が来たのは、俺が胸の辺りに吐き気を催し始めた時だった。
俺より一回り小さい背、くりくりとした大きな目、目鼻立ち整った顔、そして何より⋯⋯その小さな体に似合わない大きな胸⋯⋯!
ロリ巨乳なのか⋯⋯そうなのか⋯⋯!?
「あぁ、うん。で? 俺に用ってなんですか?」
「話が早くて助かります。それじゃあ木枯さん、単刀直入に言います」
「は、はい」
自分の心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのが分かる。
あ、ヤバイ、これもし告白でもされたらヤバイかも。
姫香さんと違って多分正常な女の子だし、どうしよう。やっぱ来なければよかった。
ごめん武本、時給1000円と武本の恋心、踏みにじっちゃうかもしれな――
「姫香っちにもう近づかないでください」
「⋯⋯へ?」
え? どゆこと?
「近づかないって⋯⋯一体どういう⋯⋯」
「そのままの意味です、もう少し細かく言うならば半径1メートル以内に入らないでください」
「なんでそんな事⋯⋯?」
「なんで⋯⋯? そんなの決まってるじゃ無いですか」
「⋯⋯っ⋯⋯」
その小柄な体からとんでもない気迫が伝わってくる。
⋯⋯一体どんな理由がその胸の内に込められて――
「私が姫香っちの事大好きだからな決まってるじゃないですか!」
「⋯⋯はい?」
「はぁーーん! もう姫香っち大好き! あのさらっと伸びた黒髪も桜の花びらみたいな唇もちょっとつり気味なお目目も細くて長くてかつ綺麗な脚もぜーんぶ大好き!」
「あっ⋯⋯」
あぁ⋯⋯コイツもか⋯⋯
「だ、か、ら! そんな穢れを知らない姫香っちがこんな薄汚い男と一緒に居るのがもう耐えられないんです! 本来なら同じ空気吸ってるってだけで精神が崩壊しそうになるのに!」
コイツも⋯⋯頭おかしいわ⋯⋯
「ははっ⋯⋯ナニコレ珍百景⋯⋯」
「聞いてるんですか!? 大体ですね! なんで貴方みたいな人を姫香っちが好きになるんですか! 一体どんな手を⋯⋯はっ!? まさか薬を使って⋯⋯? この外道! 鬼畜! 性犯罪者! 社会不適合者! ――
武本⋯⋯お前の好きなやつ、レズで頭のネジお母さんの子宮の中に100本落として来た奴だぞ。
「どうしよう⋯⋯なんて言えば⋯⋯」
未だ続く彼女から発せられる罵倒の嵐を尻目に、俺は頭を抱え再び込み上げて来た吐き気をただ必死に堪えていた。




