9話 俺の恋のキューピットになってくれ。
その後、俺は相変わらず一人で、B棟を経由し教室への帰路についていた。
姫香さんや林王さんと教室に帰るのはいろいろ弊害がある。
俺としては彼女らと一緒に居られるのを見られるのは正直あんまり好ましい事ではないのだ。
クラス⋯⋯いや、学年の人気者2トップとこんなクソインキャが一緒にご飯を食べてるなんて事がお おっぴらに知られでもしたら、周りがどんな反応をするのかは大体予想できる。
もしかしたら男子達が暴徒と化すかもしれない。
それでイジメにでも発展したら⋯⋯
「⋯⋯こわっ⋯⋯これからは今よりももっとに慎重にならないとな」
やっぱり林王さんだけでも来ないよう頼んでみるか?
「そもそもやっぱ来る理由ないよな、林王さん」
それについては、考えれば考えるほど答えから遠ざかっていく気がする。
「⋯⋯まぁ俺にリア充の思考なんて分かりっこないし。ただの気まぐれだろ、多分」
触らぬ神に祟りなし。
姫香さんだけでも手一杯なんだから林王さんとはあまり深く関わる事は辞めておこう。
林王さんと友達になるなんて想像もつかないしな。
「あ、いたいた! おーい、そこの木枯、だったか? ちょっと待ってくれー!」
と、そんな事を考えていると、俺の後方からガタイのいい巨大な男が何やら凄い勢いで走ってきた。
「ん⋯⋯? あれは⋯⋯」
そいつが俺に近づいてくるにつれ、そいつの正体がわかった。 同じクラスの武本平次郎だ。
どっちかといえばカースト上位のお方だが、そんな人が俺に何の用だ?
「はー⋯⋯はー⋯⋯木枯、歩くの速ぇんだな⋯⋯」
膝に手をつき、かなり息を切らしてる様子だ。
「な、なんか俺に用?」
いきなり喋った事もない人に声を掛けられ、内心すごく動揺している。流石に同性なのであからさまにテンパるという事はいが。
「そう、それなんだが⋯⋯俺見ちゃったんだよ、木枯、お前があの2人と一緒に屋上に行くとこ!」
「なっ!?」
ば、バレた!? あれだけ注意を払ってたのに!?
終わった⋯⋯
あぁサヨナラ、僕の学園生活⋯⋯
「いやーまさかあの2人を、木枯のような⋯⋯まぁその失礼かもしれんがあまり目立たない奴が侍らせるなんて意外も意外⋯⋯って、ど、どうした?」
俺はその場に崩れ落ち、泣いていた。
「ゆるじで! 市中引きずり回しの刑でもなんでも受けますから!お願いだからバラさないでぇ!」
「お⋯⋯おう、よくわからんがそんな事しねぇぞ」
武本は顔を若干引きつらせ、そう答えた。
*
「落ち着いたか? ほれ、ハンカチ」
「あ、ありがとう⋯⋯た、武本」
良い人そうでよかったぁ⋯⋯
ホントどうなる事かと思った⋯⋯
「⋯⋯で、俺に用って⋯⋯?」
「あーそうそうそれなんだけどさ」
そういうと彼は俺の耳に顔を寄せてきて。
「実は俺、好きな奴がいるんだよ」
「は、はぁ⋯⋯」
そう言われましても⋯⋯そういう話は身内でするもんじゃないのか?
「そこで恋愛マスターの木枯に相談なんだけど⋯⋯」
「ん? 恋愛マスターって⋯⋯?」
「恋愛マスターの木枯らしに恋愛マスターの道を恋愛マスターっぽいやり方で教えてもらって恋愛マスターに俺もなって、恋愛マスターになってからその好きな女の子に恋愛マスターだよって告白した――」
「だから恋愛マスターって何!? というか言い過ぎだろ! しかも最後らへんよくわかんない事になってるからな!?」
「仕方ねぇだろ! こういう話はあんまり得意じゃないんだよ! 頼むよ恋愛マスターの木枯!」
そう言って俺の制服を掴んできた。
なんだコイツ⋯⋯なんでこうも俺の周りにはヤバイ奴が集まってくるんだ⋯⋯
「いやなんで俺が恋愛マスターになってるのかも分からないし、第一そんなの普通に友達とかに相談すればいいんじゃ?」
俺がそう至極普通の質問を投げかけると、彼は改まった顔になって、
「⋯⋯俺ラグビー部に入ってんだけど、スポーツ一筋で恋愛には興味ないみたいな感じで勝手にとられてさ⋯⋯そういうのを仲間内でいまさら相談なんか出来ないんだよ⋯⋯」
「そ、そうなんすか」
「改めて頼む! もうお前しかいないんだ!」
「えー⋯⋯」
「⋯⋯そうだ! なんなら俺の親がやってるカフェのバイト、元の時給900円にプラス100円で雇うように言っておくから!」
「⋯⋯ま、マジ?」
「俺はこう見えても漢のはしくれ。嘘はつかねぇぞ!」
短期間でエロゲ2本も買ったせいで今俺は金欠状態になっててお金に困ってる。
時給1000円で高校生を雇ってくれる店なんてなかなかない⋯⋯
どうする⋯⋯
「しょ、しょうがないなー⋯⋯ちょ、ちょっとだけだぞ!」
「本当か!? マジでありがとう!」
金欲には、勝てねぇよ⋯⋯
「じゃあ早速明日から頼むな!」
「お、おう⋯⋯力になれるように善処するよ」
恋愛なんてした事ないし多分一切力にはならないだろがな⋯⋯すまん⋯⋯武本⋯⋯
「あ、因みにだけど誰が好きな子?」
「鳴海なる、ほら、知ってるだろ? 林王達と一緒にいるあの茶髪でボブカットの」
「り、林王グループ⋯⋯」
「それじゃ俺は教室に行っとくから、頼むな!」
それを言い残し、武本は走り去って行った。
「めんどくさい事になったなぁ⋯⋯よりにもよって林王グループの⋯⋯はぁ⋯⋯⋯」
気づけば、栓を外したかのように口からため息が出てきていた。




