夢の続き
また咳が止まらなくなった。映画館のバイトは相変わらず続けている。でも咳が止まらないならもう諦めた方が良いのかもしれない。
僕の父はかわいそうな人だ。眉は下がって、タレ目、あどけなく、いかにも人の良さそうな顔つきだ。そのためかいつもいろんなものを背負い込んでしまう。その1つが僕だ。同僚の知り合いがどうしても育てられないと言った子を引き取り、1人で世話をした。他にも女性関係や仕事、何でもかんでもしている。
僕が物心つき、高校生になった頃に現れた女性は今までの女性とは少し違った。これまではもっと彼を利用しようとする下心があったり、何か頼み事がある人ばかりだった。しかし今回は、ただ純真に彼を愛しているという顔つきだった。これまで彼は女性に振り回されるばかりだったが、この女性に対しては初めて自分の気持ちで関わることができたらしい。それは彼にとってとても珍しく、嬉しいことだったようだ。彼は僕にとても真面目な顔をして言った。
ーーー1人暮らし、できるかい?
僕はイエスと答えた。そうして彼はこの部屋から出て行った。
私はボロボロのアパートに母と住んでいる。父はどこかへ行ってしまった。蒸発、というわけではなく、本当にどこかへ行ってしまった。母は私をなんとか育てようと水商売を始めた。それがいけなかった。彼女は水商売で出会った人はただの客でしかないのに、愛されたいという気持ちに逆らえず、恋愛に持ち込んでしまうようになった。私は昼間、母が連れ込んだ男と鉢合わせないように公民館や学校で勉強していた。
僕の一人暮らしは全くイエスと言ってはいけないようなものだった。
冷蔵庫の中は空っぽで、強制されるまで水以外何も口にしなかった。僕にとって食事とは不浄なものでしかなかったからだ。だから僕は洗濯もするしお風呂も入るし、掃除もしたが、それは清潔にするものであったからだ。
そうしているうちに徐々に咳と肋骨の痛みが出るようになり、今では常習化してしまった。時々仕方なくご飯を食べると治ることから栄養失調なのだろうとも思っている。
ある時全く持って眠れなくなった。僕の唯一の救いは眠れることだったのにそれができないとなると一大事である。仕方なく病院に行くと睡眠薬と内科の紹介状までくれた。要らないなあとゴミ箱に捨てようとした時、
「要らないの?」
私は珍しく病院にいた。母親が睡眠薬を欲しがったためだ。私はよく知らないが、母親の睡眠薬の規定値は超えているためもう貰えないらしい。仕方なくわたしは眠れないと嘘をつき薬をもらう。
支払いを待っている時に痩せ細った男の子が私の眼の前を歩いて行った。私は彼を知っていた。彼は私を知らないようだった。彼は私の隣の部屋に住む男の子である。歳は高校生に見えるがなんとなしにあどけない。中学生と言われても仕方がないかも知れない。私は彼の父親が出て行ったことを知っていた。それから彼が急激に痩せたことも知っていた。
そんな彼が珍しく悩ましげな顔をしてゴミ箱の前に立っている。
声をかけないわけがなかった。
誰だ?
僕は見たことのない女の子に声を掛けられたことにとても驚いた。見たこともないというのは言い過ぎなのかも知れないが、整った顔立ちに焦げ茶色の髪、肌は少しピンク味を帯びている。見たところ高校生、それより少し大人びた様に見える。彼女は僕を丸々とした目で見つめ、「要らないの?」と再度聞いた。
「いや、要らないというか、まあなくてもいいやというか。」
何故だろう。さっきまでどうでもいいと思えていたことがどうでもよくなくなってきてしまった。彼女の目には僕の本心が透けてしまうかの様だ。
確かに僕は自分自身を大切にしたいと思えなくなっていた。だからどうにでもなれと思い、眠り続ける薬をもらう勇気を出したし、食事も穢いと思う心を押し込めてまで食べて痛みをなくそうとも思わなかった。
でも彼女に見つめられて初めて気づいた。実は自分のことを大切にしたいのではないかと。