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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
密会

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72/86

71:自問自答と面会と計略


 スレイドの訪問から、六日が経過していた。


「食事だ」


 見張り役の男がガシャガシャと格子を揺らし、ジョンを呼ぶ。

 複層錬金術式合金の格子、その隅に設けられた小さな差し出し口よりトレイに載せられた食事が入ってくる。


「いただこう」


 ぼそりと言って、ジョンは近づく。

 素足の爪先でトレイを足下に引き寄せ、覆いかぶさるようにしてがつがつと食らう。

 湿気たパン。硬く筋張った肉を煮たもの。蒸しただけの人参と芋。味の薄いレンズ豆のスープ。

 それらを丁寧に咀嚼して平らげる。

 見張りの男はその様を見ながら、なんとはなしにぼやいた。


「お前さんよ。毎度、よくそんなメシを勢いよく食ってられるな」


 格子の向こう、壁際に置かれたスツールに腰かけながら。どこか感心しているような口調でそう言った。

 ジョンが動きを止めて見返すと、男はトレイに載った食事を指さす。


「献立もさほど変わらず、味付けも大して考えられてねえメシだろうに」

「……そうか?」

「そうだろ。俺ならそんなメシ、三日とつづいただけで気が滅入るぜ。お前さんもしや味がわからねえとかか?」

「いや。そんなことはない」

「ならなんで耐えられる」

「普段も大差ない食事だったというだけだ」


 ジョンが何気なく返すと、見張りの男は同情したような顔つきになった。

 だがもともと、ジョンにとってほとんどの食事は補給の意味合いしか持っていなかったのだ。

 身体をつくるたんぱく質と身体を動かすための栄養とが、ある程度取れればそれでいい。そんな考えのもと、なんならいまここで食べているものより質の低い食事ばかり摂っていた。たまの楽しみで、オムレツを食べていた程度で。

 ガラスのコップに注がれた水を、こぼさないよう器を噛み割らないようにくわえて飲み干し、ジョンはトレイを爪先で追いやった。


「返すぞ」

「お、おう……あとこれ、今日の新聞だ」

「ああ」


 トレイと交換に、ジョンは新聞を受け取った。

 差し出し口を介したやり取りのあとは、会話もなくなった。見張りの男はトレイをワゴンに片付けたあと、スツールに腰かけたまま本など読みはじめている。ジョンもベッドに腰かけ、足元に開いた新聞を足の指でめくった。

 ……監視はあるが、それほど厳しくはない。

 ジョンは新聞に顔を向けたまま上目で男の方を見た。のんきにページをめくっている。


 この見張りの男は警察ではなく、どうも上等区画の中で都市議会やDC研究所に関連した仕事を成している上流階級の血縁者のようだった。身のこなしに武術や捕縛術などを修めた様子がなく、またここでジョンが囚われている理由について「技師長のオブシディアン・ケイト・エドワーズに反抗を許さないための人質」と認識していることからもそれがうかがえる。

 よって監視といってもジョンが穴を掘ろうとするとか過度に話しかけて情報を引き出そうとするとか、脱獄を図ろうとの動きさえ見せなければとくに制限をかけてくることはない。「運動不足になる」と言って日課だった蹴りの練習や筋力トレーニングの許可を申し出たときも、あっさり認めてくれたほどだ。


 故に、なんとか隙を見出して、ここを抜け出ようと。

 先日まではそう、考えていたのだが。


「……理由か」


 それがスレイドの訪問と提示された条件によって、状況が変わってしまった。

 残り二十五日。次に奴が訪れるまでに、奴が強さを求めた目的と、■■■を殺さず腕を奪うに留めた理由とを、つかんでおかねばならない。

 それで再戦ができるのなら。考えつづけるほかに、道はなかった。


 復讐を果たすため。


 そのためだけに、ジョンは三年の月日を生き長らえてきたのだから。

 ……黙々と読み進めた新聞を畳み、足の親指と人差し指で挟んで部屋の隅へ引きずる。溜め込まれた新聞の山に、投げ出すように置いた。一面記事には『イェディン大主教 来月中旬ドルナクへ再訪』と見出しがついている。


 外の動きは記事を読むことでだいたいはつかんでいた。自分がスレイドを――現在はアシュレイ・ドリーと名を変えているようだが――殺害しようとした犯人として逮捕拘留の扱いになっていること。第七騎士隊を除籍になっていること。

 そして『お嬢』がロコ・トァンという偽名を名乗った何者かであり。大主教に腹部を刺されたダメージで入院していたが、脱走して行方知れずになったこと。


 一ヶ月の間に、ずいぶんといろいろなことが起きていた。

 お嬢が無事でいれば、よいのだが。

 ……お嬢。

 半人前の妙な女だと判じて、そのように呼んできた彼女。

 その正体が大主教の娘であり、どういう事情か父を殺そうとしていたなどとは、さすがのジョンも驚くほかなかった。彼女は悲哀に満ちた憎悪と純粋過ぎる殺意とを、その身の内に溜め込んでいて――

 それは、はじめて、見る姿だった。


「……くそ」


 またしても考え込んでしまう。この一ヶ月以上の間、投獄され己の状況に気づいてから、繰り返し考えつづけていることだ。

 ロコ・トァンを名乗ったお嬢が、どうしているのか? あのはかなげな後ろ姿、「見られていい姿ではなかった」との言葉を発した彼女の表情。すべてが、食い込んだ棘のようにジョンの心の奥深くに突き立っている。

 彼女は無事なのか。

 なぜあのような行いに及んだのか。

 見られていい姿ではなかった、とはどういう意味か。


 ……なにも、わからなくて。

 自分が、自分で思っているよりも彼女を信頼し、彼女を知っていると思い込んでいたことに気づかされる。実際にはなにも知らなかったというのに。名前すら虚偽のもので、果たして自分はなにをどれほど知っていたのだろうか。

 本当の彼女は、ああも強い意志でひとを殺害しようとする人間だったのに。


「あいつは、なにを想っていたのだろうか」


 スレイドに対してでもあり、お嬢に対してでもある問いをつぶやき、ジョンはベッドへ寝転がる。

 同時に、スレイドやお嬢も、自分に対して同じことを想ってやしなかっただろうかとも思う。他人から見えていた自分の姿は果たしてどのようなものだったのか、とジョンははじめて己の歩みを顧みた。

 振り返ったところで、止まることはないだろうが。しかし、知りたいとは思った。

 とくに、お嬢からは。自分と同じく個人的な目的の元、スレイドを仇敵として追っていたジョンについて、どう思われていたのか。訊いてみたい気がした。

 同族と、見ていたのだろうか。

 彼女の剣技――と呼ぶと否定されるのでいつも技とか術とか曖昧な呼び方をしていたが。お嬢の身に付けていた《聖者の御技》なる体術を思う。

 おそらくはアークエの中に属したことで鍛えられたその技は、自己再生を可能とする吸血鬼相手にさえ慣れてくれば十二分に戦えるほど研ぎ澄まされていた。

 ジョンの体術と同じように。

 他者を害する術として、磨き上げられていた。

 あれは、復讐のため身につけた技だったのだろうか。

 語らなかったということは、語りたくないことだったのだろうけれど。


「くそ」


 もう一度虚空に毒づく。

 考えるほど、

 自身の空虚さに気づかされたのだ。


 ……やがて気を落ち着けてから、またスレイドの問いについて考え込む。強さ求めた理由と、腕を奪うに留めた理由。

 いくら考えても答えは出ず、二の腕を枕にするように寝返りを打った。

 ――腕。

 金属製の《銀の腕》が失われた状態にも、ある程度は慣れた。最初のうちは腕が無い己の姿に三年前の記憶がフラッシュバックし半狂乱になったが、どうにもならない状況だと強く心中に刻み込むことでやっといまは落ち着いた。

 この腕を取り戻すことも、いまのところはスレイドの条件に乗らない限り難しいだろう。

 それにしても、瞬時に切り落とされるとは思ってもみなかった。


「騎士団長、か」


 その雷名はもちろんジョンの耳にも轟いていた。が、唯一単独で現象回帰を処理したという実績により彼は「いざというときの切り札」扱いで、前線に出てくることは一切なかったのだ。

 ここへ来て四年を数えて。ようやく目にした、彼の剣筋。

 暴論としか思えない「回復を意識される前に斬れ」という吸血鬼対策を実行できる腕は、たしかに本物だった。

 銀の残光を目で追うのがやっとの、凄まじい剣速。予備動作も初動もまるで感じ取れない、はじまりから終わりまで等速のうちに刻まれる斬道。

 あのアブスンですら、動いているジョン相手では切り込むまでしかできなかった複層錬金術式合金を両断せしめた威力……まあ、アブスンは鉄剣でそれを成し得たのだから、得物さえ同じなら切り落としていたのかもしれないが。


「ん?」


 そういえば、アブスン。

 奴に接触し《急速分裂型》への変異条件を伝えたのは、スレイドだった。

 けれど奴自身はアークエでもなんでもない、無宗教で無信心な男だったはずだ。それがなぜ、わざわざ表へ出てきたのか。

 たしかにかつてはジョンと同じく、《剣啼》の名を戴くアブスンに憧れていたはずだが。

 三年前(あの日)、奴はそういった精神とも決別を図った。

 もう剣にはこだわらない(・・・・・・・・・)。そういう存在に成り果てていた。

 つまり傷つくことをよしとする化物ばかやろう


 そう、ジョンが常々お嬢などにも言い聞かせていた『自壊戦法』。吸血鬼のよく採るあの戦闘手段が、剣を捨てたことの象徴と言える。


 圧倒的な回復力を頼りに「人間なら戦闘不能の傷をあえて受け」攻撃後という回避できない隙を突いて殺す技。あるいは、人体が自己破壊を防ぐために痛みでセーブしているはずの挙動をあえて採ることによる慮外の攻撃。

 アブスンは失血がひどすぎたために採れなかったし、ほかの吸血鬼も大抵は痛みをこらえて一瞬、奇襲戦法として使う程度の手段。

 しかしスレイドはこれを、最初から使いこなしていた。身で受け止めて死に体になった相手を斬り殺す外法の技を、ものにしていた……。

 いや、その話はいまはいい。

 とにかくも、すでに奴の中には剣士へのあこがれなどないはずなのだ。


「……ならば、なぜ?」


 ふと気になっただけの一点だが。

 どうにもそこに、重要な事実が隠されているように感じてならない。

 寝転がったまま考えに沈みつづけるジョンは、そのままアブスンとの会話などについても考えつづけた。

 なにか。

 なにかスレイドの問いのヒントになるものを……


「ジョン・スミス」

「なんだ」


 そこで監視役の男に話しかけられたので、壁の方を向いていたジョンは身を起こして反応した。

 格子の向こうで男は立ち上がっており、がりがりと髪の短い頭を掻いていた。


「面会だ。時間は三十分」


 言って、着ていた仕立ての良いジャケットの懐から時計を取り出すと時間を計りはじめる。

 ジョンがベッドから足を下ろして立ち上がろうとしていると、訪問者の人影が格子の前に現れる。

 背の低いシルエットが、キイキイと音を立てて近づいてきた。


「……ディア」

「……ひさしぶり」


 車椅子に腰かけた彼女は、格子の前で車輪を止めるとジョンに向かってうつむいた。


        +


 あのサミット会場をあとにしてからなので、じつに三十六日ぶりとなる。

 金の髪を三つ編みにして鎖骨の上に流し、長めの前髪の隙間から赤みを帯びた黒曜石の瞳をのぞかせる彼女は、ちいさな身体をさらにちいさく押し縮めようとしているかのような姿だった。

 ぎゅっと組んで握りしめた両手を、膝から先のない足の腿に置く。うつむいていて表情がうまく見えないので、ジョンは格子まで近づいて彼女の前で膝を折った。


「大方の事情は、聞いている」


 監視役や、スレイドから聞かされた。

 このドルナクの闇を知ったがためこうして囚われの身となったジョンが、まだ口封じのため殺されずに済んでいる理由。それはディアという果学研究学会でも相当に才あるとみなされた人材を言いなりにさせるための人質なのだ、と。


「辛い目に遭っては、いないか」


 ジョンは問う。見たところ、白衣まとう痩身には痛みによる動きの硬さなどは感じられない。つまり怪我を負わされたり、身に危険が及んだりはしていないようだが。


「……少し、痩せたか」


 のぞきこむように顔を見て、ジョンはぼやく。

 ディアはすっと前髪越しに視線を合わせ、ジョンの顔を見返す。

 途端に泣き笑いのようななんとも言えない顔になって、「ばか」と息を吐き出す仕草に音を載せただけの、ちいさな声でジョンを罵倒した。


「誉め言葉のひとつも知らないくせに。……そういうとこだけは、すぐ気づくんだよね」

「目方は格闘においても剣においても重要な因子だからな」

「ばか。台無しだよ」


 笑いの方を少し強めながら、ディアは目元をぬぐった。


「……辛くなんてない。私より、きみが心配だよ、■■■」


 過去の名で、ディアは呼ぶ。

 普段ならばやめてくれと制止をかけるところであるが、スレイドとの遭遇で完全に気持ちが過去に戻り切っている現状、その名で呼ばれるのがしっくりきたので今日は訂正しなかった。

 ジョンは静かに、ひざまずいていた姿勢を崩して座り直しながら答える。


「幸い、食事も扱いも騎士団に属しているよりマシだ。情報などについてもとくに知ることを止められていないからな、新聞と伝聞で状況も把握している」

「腕は……、」

「最初のうちは、少々。……お前に迷惑をかけた時期のようになったが、いまは慣れた」


 歯噛みして、さすがに視線を逸らす。両腕を失い自棄になっていた時期のジョンを支えてくれたのはディアだが、そのやさしさに彼は甘えてしまったことがある。

 要は、八つ当たりだ。

 本音を言えば詳しく思い出したくないが、それも己の甘えなのだろう。そのように思い直して、ジョンは視線を上向けディアに正面から向き合った。


 すると彼女は。

 心底からほっとした表情で、ジョンの感じる気負いの一切に触れていなかった。


 ……その表情があまりにも『完璧すぎた』ので、逆にジョンは気まずくなった。

 気を遣わせたと、気づいてしまった。だがこれを表に出せばまたディアに負担をかけるだろう。だから流して、ジョンは「ああ、大丈夫だ」と自分の無事だけを主張した。

 起きてしまったことはもう変えられず、変えられないからこそ、そこを振り返るとき生じる感情とそのやり取りも変えられない。

 きっとこれから先もずっと。ジョンは気負い、ディアは気を遣い、ジョンが気づき、けれどなにも言わず。負債は変わらないままで関係性も不変なのだ。

 その変わらなさに、不謹慎ではあるが、わずかに安堵しつつジョンは話をつづける。


 ――――しばらくは、互いがどこまで把握しているかを話し合った。

 ジョンからは、ここが迎賓館の地下であること。ジョンとお嬢の処遇。表でのドルナクの状況。吸血鬼と《血盟》の正体。騎士団も研究所も教会もすべてが実験に加担していたこと。

 ディアからは、DC研究所の首脳会議に出席するようになったこと。そこで耳にした現象回帰型の人工製造。迫った大主教の訪問と最終実験。ドルナク外でも吸血鬼が生き長らえる安定剤の存在。ジョンとディアの態度次第ではジョンの待遇も変わること。などが語られた。

 この会話の中で。

 ジョンは、気になる点をつまみあげた。


「……大主教の訪問と《現象回帰型》の最終実験……その、日程は」

「どうしたの?」

「二十五日後と言ったな」

「そうだけど」


 小首をかしげるディアの前で、ジョンは視線を床に落とす。

 二十五日後に最終実験。

 いまの時点で、スレイドと約束をした日から六日が経過している。

 そして奴の指定した日時は――


「あいつが……成るのか」

「え?」

「日数的には合致する。まさか……いや。奴は剣士としての戦い方などとうに捨てている。自身が勝つためならそこまでやる」

「どういうこと、なにに気づいたの、ねえ」


 格子越しに片手を差し入れるようにして、ディアは困惑の色を声に宿す。

 ジョンはゆっくりと顔を上げて、彼女の疑問に答えた。


「最終実験の対象者はおそらく、スレイドだ」

「……うそ」


 息をのむディア。

 彼女に顔を寄せ格子に頬を押し付けるようにして、ジョンはさらに、小声で、つづける。


「……その上で俺を、殺すつもりだ」

「な、なに? ……殺す、って」

「奴が先日ここへ来て、俺に語った。『とある条件を満たせば俺と戦う』と。だがその約定の日時は一か月後――つまり、最終実験と一致する」

「現象回帰型に、成るつもりだって言うの」

「あいつはやるだろう」


 より死ににくい存在に近づくためなら、躊躇しない。

 そういう人間でなければ、そもそも■■■と殺し合う羽目になど、なっていなかったはずだ。

 あいつも強くなりたい人間だった。

 ただその『強くなる』ために選ぶ手段が、ジョンたちには到底納得できない方向にズレてしまっていただけで。■■■に勝てると思えないままに強さだけ求めた目的が、わからないだけで。

 強くなりたい、という性向だけは一貫して変わっていない。


「……俺を殺せばお前にかかる鎖はなくなる。そうなれば研究所や上の人間も黙ってはいないだろうが」


 奴の目は、悲哀と恐怖に満ちていた。

 ジョンを恐れている。だからこそ、断言できる。スレイドは今度こそジョンにとどめを刺さなければ、安心できない。安らかに生きられない。怯え故に。

 だから、殺しに来るだろう。


「それでも、ドルナクの暗部を敵にして生き延びる算段があるってこと? ……あ。安定剤……!」

「当然そこも視野に入っているだろう」


 スレイドはドルナクの外に目を向けている。ジョンとの会話で「外に逃げればよかった」と口にしたのは、ジョンへの嘲弄もあったろうが彼自身の願望からの発言にも思える。

 しかしいつから外を見ていたのか?

 それはおそらくは吸血鬼と化し、囲まれて《血盟》に入るよう促されこのドルナクの闇をのぞきこんでからずっと、だろう。

 あの男は、自身を生かしつづけることだけを、考えている。


 ……『理由』のひとつは、案外それなのかもしれない。


 思い至って、ジョンは噛みしめる。幼い頃から腕を競い合い、共にありつづけた知己の現在の在り様を。

 よく知っていると思っていた人物を、自分がなにも理解できていなかったことを。

 次いでお嬢のことを思い出し、自分は、同じことを繰り返していると感じた。


「だから、……断ち切らなければならん」


 奥歯を軋ませ、ジョンは断ずる。

 ディアは震えた面持ちで、ジョンの発言を聞いていた。


「戦うの? 《現象回帰型》になった、あいつと」

「奴が約定を守ろうと守るまいと。俺は、奴を今度こそ殺す」


 あの騎士団長ほどの腕でようやく倒せる《現象回帰型》であろうとも。仮に奴が条件を満たしても約定を守らず、腕を与えずに戦おうと言いだしても。

 それでもジョンは殺す。手段も勝算もなくとも、殺す。

 まずそこはぶれず決めておかねば、どうにもならない。

 おそらくは闇を煮詰めたような目になっているだろうジョンと真っ向から視線を交わし、ディアは、こくりとうなずいた。


「……わかった。でもあいつを、みすみす《現象回帰型》にさせた上では戦わせられない。だから――」


 格子の隙間から両手を差し入れ、ジョンの頭を左右から包むようにつかむ。

 引き寄せて、額を突き合わせるようにした。複層錬金術式合金の格子が直接の接触は阻んだが、それでも。熱が伝わるくらいに、近く。


「――それまでにそこから、出す。なんとしても」


 最後に、それだけ伝えて。

 ディアは手を離すと、去っていった。監視役の男は「なにか受け渡したり受け取ったりしてないよな」とそこだけは入念にチェックしたが、言葉以外にはやり取りしていないので当然なにも出てきはしない。

 だがなによりも重要なやり取りがあった。

 ジョンはベッドに腰かけ、新聞を見やる。一面に、大主教再訪の報が掲載されている。


「二十五日後」


 リミットを思い、彼は身の内の熱を高めた。


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