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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
終章 牢獄

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67:中枢会議と義足の男と提案


 DC研究所最上階、地上八階中央の会議フロア。

 楕円形の卓を囲み、果学研究学会とDC研究所の上位陣が十数名、集っていた。

 薄暗い部屋の中で幻灯機から写し出される映像をもとにして会議は進んでいる。

 いままた、一枚絵スライドがカシャ、と切り替わった。

 映るのは都の高分解能電子顕微鏡で撮影された、ごく微細な生物の写真だ。

 聖潔室クリーンルームであるこの室内には一切存在しないが、一歩外に出てドルナクの中を歩けば日に数万~数十万という単位で吸い込んでいるとされる微細生物。

 最初の感染者の名をとってRHウイルスと命名された――人間を吸血鬼に変異させるものだ。

 進行役の男が、資料を提示しながら研究の現状を報告する。


「……ウイルス培養の方は順調に進んでおります。吸血鬼のサンプル相手に大量投与する最終実験まで、残すところあとわずかとなりました」

「ふむ。量産体制に入るまでも秒読みだな」

「安定剤の方はどうだ? ドルナク外でスモッグ中に混ざるウイルスの継続摂取ができない場合に、ウイルスの巣喰った脳組織の崩壊を防ぐというアレは」

「すでに実験は済んでおります。下等区画の吸血鬼に投与した上で《険難の道(スティープヒル)》を通じて上等区画まで来るよう命じたところ、スモッグのほとんどない迂回路であるあの道を踏破してくる結果を出しておりました」

「それは重畳」

「それで、このRHウイルスについてですが。一般人への情報浸透は少しずつおこないます」

「すでにある程度市井にも下準備ははじめているのだろう? その、なんだったか。成分数値の指標を一般常識とすることで」


 言いつつ、列席する老翁のひとりが資料をめくって目を細める。

 彼の見ているグラフを見て取った進行役が、言いたいことを察して口にした。


「オド濃度のことですか?」

「それだよ。感情をつかさどる脳部位の働きによって変化する特定の血中成分比率、だったか」

「ええ。あの数値が高いほど吸血鬼化しやすくなりますからね……あとは先般のサミットでタリスカ女史から発表された脳関門とレセプタをすり抜ける微細生物ウイルスの存在について、当たり前のものだという風潮をつくりましょう」

「そこから転じて脳内にそうした物を送り込むことを常識とできるよう下地をつくるわけですな。次第に吸血鬼……もとい、計画上の公式名で呼んどきますか……《再生者リジェネレータ》の存在を当然とできるように」

「一般民衆に受け入れられる下地がなければ軍事転用もなかなか認められないからな。ちなみに、反発しそうな芽はないのか?」

「あるとしたらラクアの過激派から『研究のため腑分けしていた遺体損壊についての是非を問う』というかたちでしょうが、そこはホラ。大主教がこちら側ですから」

「ええ。十六年前から戒律に加えるこたぁなくとも流説操作で『遺体損壊への忌避感』を蔓延させとりましたが、また今度はイェディンから忌避の緩和をもたらすような印象操作を成してもらえばよいでしょうよ」

「医学の発展と進歩はラクアの教えに反しない、というようなかたちですね」

「然り。もちろん、果学研究学会われわれとのつながりを明確には見せずに、だぞ」

「ではそのように。……そういえば学会と言えば彼女、グレアでしたか。サミットからこっち、ここにもよく出入りしているようで」

「論文でも見てもらいにきているのか?」

「いいえ、むしろ彼女は学会の方で論文を確認する側の人間ですよ。その彼女ですが、どうもあの……ガージェリーの、弟子のようで」


 進行役が気まずそうに言うと、居並ぶ老翁たちにざわめきが走る。


「ガージェリー・ウィールーンズ!」

「聞きたくもない名だ」

「もしや我々に探りを入れているのか?」

「プロジット初号機について……十四年前の件を嗅ぎ付けたか?」

「もしかすると……、ですね。サミットの際にグレアは二号機を見学に来たそうですが、アレの周囲環境情報入力機構についてブツブツと漏らしていたとのことですし」

「まずいな」


 老翁たちはざわめく。


 ――RHウイルス。

 十六年前に火の山に眠っていたその繁殖地を掘り当てたリンキン・H・グランドが転落死しかけた際に……大量のウイルスを体内に取り込んだことで現象回帰型吸血鬼は生まれた。そしてドルナクの街にもウイルスがはびこり、徐々に吸血鬼は数を増していった。

 それから二年後。またも掘り当てられた大規模な繁殖地からドルナクへとRHウイルスが流れた一件があった。


 が。

 その日プロジットは、『誤作動』を起こした。


「くそ、ガージェリーめ。こちらの想定より高性能な階差機関などつくりおって……」

「周囲状況の入力から自動判断で計算結果を出すなど、厄介な機能を」

「これだから有能過ぎる奴は嫌なんだ」


 毒づく老翁たちは、かつての記憶を払うかのようにかぶりを振った。

『誤作動』。

 そう世間に認知されているプロジットの暴走は、そのじつ――製作者であるガージェリー・ウィールーンズが仕込んだ更新型自動判断機構による正常な稼働(・・・・・)だったのだ。

 周囲の環境情報を自動入力して産業区画の人員配置などの動きを決めるプロジットは、二年前にはじまった吸血鬼事件の惨劇を忘れておらず。

 ウイルスの大移動という周囲環境の変化のあとに訪れたドルナクの治安悪化・リンキンをはじめとした吸血鬼による暴虐の傷跡の記憶から、自ら産業区画を止めた。


 業務で外に出た人間を吸血鬼化させて産業を遅滞させないために。

 あのときの惨劇を繰り返さないために。

 一時の被害額よりも人命を優先し、一切の業務を停止するよう計算結果を出した。


 ……だがこの事実を知られては困るDC研究所と果学研究学会のメンバーは、その計算結果をプロジットの『誤作動』であるとして吸血鬼との関連付けをされないよう情報を操作。

 製作者であるガージェリー・ウィールーンズを学会より追放して発言権も失くし、二号機の開発にも関与できないよう十重二十重に妨害策で囲んだ。

 結果、二号機はRHウイルスを感知しないように入力機構に調整が加えられ。

 なにひとつ外部には漏れないように事態を終息させたのである。


「まったく、面倒だな」

「然り。グレア嬢は、ひとまず泳がせておけ」

「ですが……あまり目障りなら」

「そこは任せるよ。《血盟》を動かすなりなんなり、な」

「だな。邪魔な奴らは《血盟》に処理させるに限る」

「吸血鬼事件としてしまえば基本、調査も入らんからな」


 ごみをひとまとめに片付ける先を見つけたかのように会話を終わらせ、議題は移る。

 一枚絵がカシャ、と切り替わった。

 映し出されるのは鉄製の義手を思わせる、細長い機械。ただし手先が天に向いており、義手で言うならば手首から先に当たる部位が下を向いた格好だ。

 そのかたちから《雛鶴クレーン》と呼称されている。

 ……ようやく自分の番か、と彼女は思った。


「ではつづいて人操作型実働機械マニピュレータについての会議ですが。エドワーズ技師長」

「はい」


 死んだような目で、周囲で語られるさまざまな闇について訊き流していたオブシディアン・ケイト・エドワーズ。

 自身の研究についての話に移ったことでほんのわずか、目に光を取り戻して、彼女は手元の資料をめくる。

 こほんと咳払いひとつ。

 車椅子を卓に近づけ、わずかに身を乗り出すようにして周囲を一瞥した。

 この場においてディアはもっとも年若い。つまり軽んじられて当然ではあるのだが、一応全員が聴く耳を持ってくれてはいる。

 ……ジョンを人質にしてまで手元に置きたいと思わせる程度には、己に人的価値があるということだ。あのクリュウとヴィクターの、「従え」という言葉がよみがえる。つらくて、泣きそうだ。


 だがそれをこそ。

 必要とされていることをこそ付け入る隙とするべく、ディアは肝を嘗め薪を枕にする心持ちでこの場に臨んでいた。

 いまは『自分は有用である』と、ひたすら己を売り込むしかない。


「現状の人操作型実働機械プロトタイプ、通称《雛鶴》のレスポンスは高速かつ精密であり、たとえば駆動鎧装の組み立て作業や外傷を塞ぐ程度の外科手術までならば遠距離でもおこなえる仕様となっております」

「ただ、まだ有線だったか?」

「現状はそうですね。無線操縦技術はコイル及びヒイロカン――雷電に反応して瞬間赤熱する錬成金属ですが――これらを用いて瞬発力のある反応を引き出せてはいるのですが、まだ実用段階ではありません。その代わり有線であれば費用としてもかなり抑えて作成できますので」


 次のページを見やる。

 そこには駆動鎧装の組み立てを複数機同時におこなう図、アームアタッチメントの付け替えで装備した縫い針で大きな裂傷を縫う図のほか、設置された蒸気裂弾スチームバーストを離れた位置から解体する図などがあった。

 その横には応用展開例として『無線技術化に成功後は蒸気裂弾搭載の蒸砲戦車チャリオッツを遠隔操作→攻め入った敵陣にて炸裂』といった案も書かれている。

 直接的にひとの死に繋がる、そういう応用例だ。

 少し、その字面に固まる。


「あー、そんじゃその有線操縦を用いてウチらのを動かす感じッすかねェ?」


 と、報告中だというのに割り込んできた軽薄な声に、ディアは意識を引き戻される。

 楕円形の卓の斜向かいで、椅子の上に片膝立てた姿勢の男が見える。

 ディアよりは歳を食っているが、それでもこの場では相当に若い。まなじりの垂れた目でわざとらしく視線を逸らし、男は右膝――駆動鎧装の脚だ――を抱え込むように白衣の内に引き込んだ。

 両サイドを刈り上げて頭頂だけ毛量残した金髪と、頬骨の突き出した面相が特徴的な男だった。

 机に片肘ついて、ディアの視線に対しては無視を決め込んでいる。


「マルズ。まだエドワーズ技師長が報告中だ」

「ヘイヘイ。悪ゥございました」


 目上の人間に諫められても、悪びれた素振りなく拗ねて見せる。まるで子供としか思えない、

 が、周囲に聞いたところあれで三十、ゴブレットと同じ歳らしい。

 ブルケット・マルズ。

 タリスカともどもサミットのときに訪れていた、果学研究学会の人間だ。専門は人体工学で、この場にも改良型駆動鎧装の報告でやってきた。

 ディアは気を取り直してつづけたが、目の端では彼の発表資料を捉えていた。


 ――《一番槍ソニックグレイブ》。

 騎士甲冑の各部を丸く太らせたような構造の、巨大な搭乗型駆動鎧装。

 高機動・高出力・高耐久・人型故のあらゆる対応力の高さ、などなど兵器としての様々なポテンシャルを秘めながら、実践投入には至らなかった機械だ。

 その理由は単純。

 あまりの動きの激しさに、搭乗者が耐えられないのだ。

 絶えず放熱に晒され蒸し風呂状態となる内部。高機動だがそれ故に内部へかかる慣性。それらがあっという間に搭乗者を潰す。


 故に蔑称が《音速の墓標(ソニックグレイヴ)》。

 せいぜい短時間の運用しかできないだろうと、ほとんど試されもしなかった欠陥品。

 だがディアたちの研究してきた人操作型実働機械マニピュレータによって遠隔操作が可能となれば、操縦者は自陣深く安全な位置から戦局に介入できる可能性となる。

 そこで、この場には製作者であるブルケットが呼ばれているというわけだ。

 そのような現状について思いを巡らしていると、密やかな話声が耳に入る。


「……まあしかし、《再生者》の計画が軌道に乗りさえすれば、無線操縦も必要ないのだがなぁ」

「乗せるつもりか、おたく」

「だって彼ら、どんなひどい状況に追いやっても死なないんだろう?」

「たしかに自身の首に繋がるギロチンのひもを持たせた上で腹を掻っ捌いても、まるで死に至ることがなかったとのことだが」

「とはいえサウナに入って戦えるか? という話だろう」

「はは、ちがいない」


 くだらない、人命をなんとも思っていないジョークを小声で話す老翁を横目に見て。

 ディアは手にした資料の端を握りつぶしそうになりながら、努めて平静に発表をつづけた。

 そのさなか、斜向かいのブルケットとまた目が合う。

 にやりと笑う彼は含みのある口許を手で隠し、そのあとは一切視線を向けることなく自分の番まで黙りつづけていた。


        +


「つッまんない会議だったなァ、エドワーズ」


 会議を終えて三々五々に散っていく中、近づいてきたブルケットはそう口にした。

 軽薄そうな笑みを顔いっぱいに押し広げたこの男は、滑らかに動く脚部駆動鎧装――マルタ製作所の《前足前進ホッパー》シリーズ三型をベアリングと駆動系にカスタムしたもの――へ体重を預けながら、ディアの前で壁に肘ついたポーズをとっていた。


「そうですか」

「おっと、ちょッとばかり雑談してくれてもいいだろよ」


 つれない態度で横を抜けようとするが、車椅子の進路に駆動鎧装の右足を差し出されたのでむっとする。

 見上げると視線を逸らした顔で笑いながら、ブルケットは丸めた資料で己の肩を叩いた。

 ちょっとだけ気弱そうな表情をのぞかせて、あいた片手で頬を掻いた。


「頼むよ。俺ァ都から来たばっかで、ここの研究所の雰囲気よくわかんねェのよ。……それに周囲のお偉方とはどうも波長が合わんもんでね」

「そうですか。もう少しまじめにすれば、波長も合うんじゃないですか」

「まじめェ? まじめねぇ。こんな研究でまじめになんかなれるかね、お前」


 ブルケットは丸めた資料を肩から下ろすと、両手でねじってくしゃくしゃにして近くにあったくずかごへ投げる。ディアは唖然とした。

 一応都から招聘しょうへいされた立場なのだろうが、それにしたってやりたい放題だ。見とがめられていたらどうするのかと思いながらディアが視線を周囲に走らせると、「見られてなんざいないよ。そんくれェは気ィつけるさ」と上から声がかかる。

 頭の後ろで手を組んだブルケットは、口の端を吊り上げて犬歯をのぞかせた。


「なぁでも実際のハナシよ。エドワーズ、お前はこんな研究でまじめになれるのかね」

「こんな、って言い方は」

「ちがうか? でもよ。俺ァここに住んでるわけじゃないから言えるのかもしらんけど、吸血鬼ってェのも元は人間だろ? ソイツをあんなふうにさ、蒸し風呂押し込んで戦線送り出すのを笑ってジョークにするような研究と集まり。まじめになる要素があるかね」

「それは……」


 口ごもる。

 だいたいまじめに、とは言ってもディアだって真剣にいまの研究に取り組んでいるかというと微妙なところだ。

 ブルケットはそんなディアの内心を読み取っているのか、片眉を吊り上げると「ま」と言って一拍置き、話題を切り上げた。


「ま、《音速の墓標(アレ)》つくった俺が言うことじゃねェんだけどさ。でもお前も俺も、言われたらつくるしかない立場だろ。まじめさってのァ使うとすり減る紙ヤスリみたいなもんだ、あんま無理しない方がいいよ~っていうおっさんからの忠告な」

「……忠告」

「そ。さっきの会議中も、なァんか思いつめた顔に見えたわけッすよお前。これまではあんな中枢の会議、出てなかったんじゃねェの? さいきん知ったクチか?」


 図星である。

 技師長という地位自体はDC研究所でも五指に入るのだが、これまでは研究一辺倒で会議や他部署とのすり合わせに参加させられることはなかった。

 いや……いまとなっては認めざるを得ない。意図的に、外されていたのだろう。

 そんなことにも気づかずのうのうと生きていた自分のふがいなさに、ディアは微かな苛立ちを覚える。


「事情あって参加義務づけられたのかもしれんけど。無理だけァすんなよ」

「……ご心配どうも」

「なァに大したことじゃねェさ。んじゃまたな、エドワーズ」


 快活に笑い、去っていく。

 彼が会議中に声を上げたのも、結局のところはディアが嫌な想像に囚われて固まっているのを見て取ったからなのだろう。

 いいひとだったのかもしれないな、と思い、同時にディアは配慮を感じ取ることもできないほどに自分が余裕をなくしているといまさら気づいた。

 ……疲れている。


「一ヶ月。……まだ一ヶ月、か……」

「左様。まだ一ヶ月。されど一ヶ月、というところかね」


 ひとりごちたディアの後方から、低く落ち着いた声が近づく。

 迫ってくる足音に振り返ることはない。

 横を通り過ぎたところで、目だけ上向けて視線を交わす。

 とげとげしい赤髪。炉のような色の瞳。

 DC研究所の中ではめずらしい、白衣を着用していない三つ揃えの服装で長身を包む男。

 クリュウ・ロゼンバッハがそこに居た。


「今日も会議ご苦労様。ご老公(ヴィクター)から労いの言葉をかけてやれと仰せつかったのでね、こうしてはせ参じた次第だよ」

「そう、ですか」

「つれない返事だ。まあいいがね。仕事さえきちりとこなして貰えれば我々は態度になど頓着しない」


 極めて商人らしいことを言いながらクリュウは数歩、ディアの横を過ぎて歩く。

 足を止め、くるりとこちらを向いた。


「そして態度がどうあれ仕事をこなした者には褒美を与える。……喜びたまえ、彼と面会の時間だ」


 裏があるのかないのかわからない顔で、そういった。



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